風の齎す知らせ
新たな手駒が増え、更に動き易くなったオーガは、一人の魁羅を、バンドーリアの侍女として送った。魁羅で無かった前任の者は、行きたがっていた場所へ移動させ、不平不満を抑える。
意気揚々と、新しい所属先へ行く件の侍女は、オーガにとって、害にも実にもならない者だった。
放っておいて大丈夫な者であった為、王宮からの追放は免れた。
まあ、実際、侍女が止めたり、移動したりする事は、今の王宮では日常と化していたので、別段問題にはならない。
何時も事と流され、噂にも上らなかった。
バンドーリアに付けた魁羅から、情報が受け取れるようになった彼は、今まで以上に、王宮での出来事を把握して行った。
「…城外の情報を知りたい所だが…、
そうか…あのケフェルとかいう者に、繋ぎを付ければ判るな。」
以前、忠誠を誓われた、精霊と人間の混血を思い出し、その名を呼ぶ為、両開きの窓を開け放つ。
『風の精霊・ケフェル、我の声が聞こえるなら、此処へ。』
精霊として扱い、呼び掛けてみる。
何事も起こらなければ、何か、他の方法を考えるつもりだった…が、風が入り込み、その姿を形作った。
「御呼びでしょうか?我が主。」
黒髪の青年は、オーガを主と呼び、その場で跪き、首を垂れる。
その姿の青年へ、声を掛ける。
「ケフェル、お前に頼みたい事がある。
今、王都では、どの様な動きがあるのか?あの忌まわしき者達の動向も然る事ながら、民衆の動きも知りたい。」
「そう言う事でしたら、御任せを。
私は風の精霊の血筋、情報を得るのが特技でもあります。」
そう返事をしたケフェルは、空中に鏡のような物を作り出した。風の気配を感じるそれは、何処かの風景を映し出す。
初めて見る物に、オーガは驚き、声を上げる。
「これ…は?」
「風の精霊が作る、風鏡と言う物です。
様々な場所を映し出す事の出来る、便利な物ですよ。あ…これです。この人物が、今、巷で噂になっている者です。」
風鏡に映し出されたのは、薄金の髪と紫の青年。
その傍には紅の騎士と、見覚えのある薄茶の髪の青年がいる。彼等の姿で、前面に映っている人物が誰であるか、判った。
「エーベルライアム・シエラバレド・カレミアムいや、
エーベルライアム・シエラバレド・キャフェア・イロア・マーデルキエラか…。
良い火種だ。我が目的には、欠かせぬもの…。」
「彼の名を御存じで?マーデルキエラと言えば、確か…死んだ筈の前王の、弟君の家名でしたね。と言うと…。」
「この者は、その息子に値する。……このまま放っておいても、構わぬな。」
彼等が起こす行動が、何に直結するか、オーガには予想が付いた。愚王と化したガイナレムを廃し、恐らくはこの者が、次なる国王に立たされるであろう。
エーベルライアムがまだ、青年文官として王宮にいる頃、魁儸の目で見た時、野心家で無いと判断した。そして、彼の副官として、義理の兄であるバルバートアが就いている事も知った。
件の青年は、宰相の意見に反対し、王直々に追放させた。
その時に本当の名を知り、それを調べた結果、王族と判ったのだ。
放っておけば、その者が自ら動き、この国を破滅に導く手段の一つになると予想して、魁羅の術も、魅了の術も施さなかった。
バルバートアが傍にいたのも、術を施さなかった理由の一つであった。
自らの力を隠す為、術を掛けなかった事が自分にとって、都合の良い方向へ進むと推測していたが、これ程まで、効果が上がるとは予想以上だった。
彼を中心として、民が動き出している現実。
このまま進めば、近い将来、この国は亡ぶ。
目的を達成出来る日が近付くのを、オーガは嬉しく感じていた。
「我が主、此の者の傍にいるのは、炎の騎士と義理の兄君ではないのですか?」
ケフェルが傍にいる者に気が付き、尋ねると、オーガは頷き答える。
「そうだ、恐らく、エーベルライアムとやらが、炎の騎士の主だろう。
義兄上は、エーベルライアムの副官だったから、そのまま傍にいる様だ。」
義理の兄であるバルバートアの無事を確認し、内心ほっとして、忌まわしき王国の者達の動向を聞く。返って来た言葉は、王宮から追放されないオーガ達に焦りを覚え、あれやこれやと手を焼いているとの事だった。
エレラが寵姫である事から、手放さないと言う結果を、予測出来無かった様で、他の手段を目測しているようだ。
普通の王族なら、あの噂で国に対する影響が大きいと判る為、自分の愛する寵姫であろうと手放すのだが、ここに居る王はそうしなかった。
半ばオーガの魁羅になっている者で、それを拒む様に操られているとは、気付かない。あの王族であると考えているのであれば、ここに居るオーガが、邪気であるとは気付けないのだ。
普通の子供のように振る舞っている少年が、実は邪気を内に秘めた、邪悪なるモノと化しているとは、誰も考えない。
そう取られるよう、振る舞っているからこその、周りの対応であり、行動であった。
それは、あの忌まわしき王国の、残党たちにも言える事。
本当の実力の一端を見せたものの、無害な少年に見える行動と姿で、あの王族の生き残りだと、未だ思われている。
だか、譲られたとしている剣は、元々オーガ自身の物。
それを宣言したにも関わらず、あのダイナダルクとかいう者は、オーガを無能な殿下扱いをしている。いや、自分より剣の優れたオーガを、認めたくないのだろう。
オルトガーリニアという無能な王族に似ている者が、自分より力が強いなど、プライドが高そうだったあの男なら、認めそうに無い。
馬鹿な男…と思いながら、ケフェルの齎す情報を整理して行く。
そこから導かれるのは、この国が滅んだ時の、彼等の対応。
王族と思っている者をどさくさに紛れ、攫った挙句、彼等を使い、仲間を呼び寄せ、この国を自分達の王国にと目論む。
王宮内で放置している間者の数を考慮すると、その結果が導かれる。
これ以上、彼等を利用する事など、頭に無いオーガは、攫われたとしても、残党を残らず始末する結果しか、求めない。
己の持つ力を駆使すれば、一瞬で終わるが、それでは面白くない。精霊を苦しめた分も、奴等に苦しみを味合せる…それでなければ、意味が無いと思っている。
何れはそうする心算だが、今では無い。
この国が滅んでからの行動と再確認し、泳がせる事にした。
接触を持とうとする間者を騙し、手玉に取る。
王宮からの脱出には、彼等の力を借りる事はしない。それだけは、絶対避ける物と認識している。あの忌まわしき連中には、借りを作りたくないし、他の国を滅ぼす時に、使えるかもしれない。
そう考えたオーガは、彼等を滅する事を延期した。
情報を聞き終えたオーガは、ケフェルに帰る様、指示した。
しかし、彼は伝え残した事があると、彼に告げる。
何事かと思い、話すよう促すと、彼は真剣な顔でオーガに語った。
「炎の屋敷に、精霊騎士が集まっています。
今はまだ、5人ですが、続々と集まる様です。」
「…?5人?ああ、風の騎士と闇の騎士、緑の騎士か…後、焔の騎士の様だが…6人ではないのか?」
屋敷の気配を辿ると、炎の気配が3人程、増えている。
知っている気配が一人だったが、二人程、知らない炎の気配だった。それを口にするが、否定の言葉が返って来た。
「確かに、焔の気配は3人ですが、焔の騎士は二人で、もう一人は………
……炎の神です。」
意外な言葉が返って来ると、オーガは驚き、確認を取った。
「風鏡で、確認出来るか?…見つかる可能性があるなら、無理にとは言わない。
だが…何故、炎の神が……炎の騎士の主に係わる事か?」
「私程度の風鏡の術では、風の騎士若しくは、神がいるのであれば、確実に見つかるでしょう。ですが、炎の神がいる理由は御察しの通りです。
彼方でも問題が上がっているらしく、その為に来ているようです。」
理由を聞いたオーガは、納得し、こちらに関わるのでなければ、放置する事に決めた。彼方の問題が解決すれば、今度は王宮へと来るだろう。
炎の神がいるとなれば、王宮への内乱は、神々の預かりとなる。自分という邪気がいる事を知られている為、確実に、守護神たる異名を持つ神々がやって来る。
光の神・ジェスク神、空の神・クリフラール神。
この二神の神との対立が、目に見えて判る。どちらの神にせよ、剣豪と名を知らしめている彼等に、興味が無い訳では無い。
剣の腕を欲するオーガに取って、この二神との戦いは、自分の実力を見極める事の出来る物と、感じると同時に、自らの滅びにも直結する。
邪気がこの身に在る限り、彼等とは相容れ無い関係。
世界を守護する者と、世界を破壊する者。相対する両者に、和解の道は無い。
在るとすれば、どちらかが滅ぶ事か、オーガの中の邪気のみが姿を消す事。
前者は確実に、オーガの命さえ消失するが、後者はオーガの命は残る。
可能性としては、前者の方が高く、後者の方は著しく低い。
然も、彼等の剣は邪気を宿す器ごと、消滅させる力を持つ故に、後者になる事は皆無に等しい。
オーガには、この身が滅ぶ覚悟は、既に出来ている。
邪気に身を任せた以上、それに支配されるか、消滅するかの行く末しか無い。
それでいい、そう、彼は考えていた。
彼の考えを判っているのか、風の精霊の血筋の者は、只静かに、目の前の主を見つめていた。
主が滅びの道を歩むなら、自分を共にと、思いながら…………。




