宰相の見た虚構
エーベルライアムとセルドリケル──マーデルキエラ公爵家の親子が、現在滞在している屋敷で、策略を巡らせている頃、王宮ではラングレート宰相が、集まった情報を纏めていた。
自分が養子にした兄弟の事、王宮にいる者達の異変、諸国の対応に、国内の事情…様々な情報に目を通し、己の考えを纏めて行く。
養子であるオーガ達の素性は、彼等の話から件の王族へと繋がるが、腑に落ちない点が多くある。
普通精霊剣は、只、譲られただけでは扱えない。
件の王族は、その譲られただけの者であった筈だが、ここに居るオーガと名乗る子供は、楽々を扱っている。
祭りの際、外出先でその子が、精霊剣を扱っていた事を目撃され、件の王国の者を圧勝で倒した事が耳に入っている。
あの皇子が剣を扱えない事は、宰相も知っていた。
だが、自分の養子の子は、類まれな剣の才能を持ち、精霊剣に選ばれているのだと判った。自分の野望に感けて、気付かなかった事実を知り、そして、この王宮の異変の原因を推測する。
辿り着くのは、やはり、養子にした兄弟。
大人しい彼等に、何が出来るのかと思いながら、今までの行動全てが、偽りではないかとも疑う。
そんな時、不意に彼の執務室の扉が叩かれた。
「ラングレート宰相殿はいらっしゃいますか?御子息の方が、御見えです。」
王宮に仕える侍女の、抑揚の無い声が聞こえ、件の兄弟の弟の到来を告げる。入るように促し、その弟を見つめる。
以前の様に、恐れを抱く表情をしていない彼へ、傍に来るよう、告げる。
「久し振りだね、オーガ。さあ、遠慮せずに近くへ来なさい。」
彼の言葉を聞いて、真剣な表情の少年は、そのままの顔で、養父である彼の許へ近付く。急な呼び出しで、何事と思っているらしい少年は、それを口にする。
「義父上、姉上から話がしたいと御聞きしましたが、何事でしょうか?
……若しかして、件の噂なら、あれは私達ではございません。」
「いや…噂の事では無い。
この王宮の事なのだが…ブラン、人払いをしてくれないか。」
扉の傍にいる側近へ人払いを命じると、ラングレート宰相は本題に入った。
「オーガ、この処の王宮の様子を、如何思う?」
「…如何って…戦が始まって、慌ただしくなっています。
人も入れ替わりが激しくて…何だか、殺気立っている様な感じです。」
姉に隠れて、怯えていた子供とは思えない程、堂々と物を言う少年へ、宰相は自分の意見を叩きつけた。
「確かにそうだ。だが、この変化はある時期から、始まっているんだ。
………オーガ、お前達は此処へ、何をしに来た?あの王国を復興する為か?」
突き付けられた質問に、少年は誤魔化そうとして、不思議そうな顔で答える。
「義父上、何の事ですか?
私達は、あの王族と何の関係もございませんし、世の中には変化が付き物でしょう?おっしゃてる意味が、解りません。」
少年の態度に、宰相は顔を顰める。
最初の時、扱い易い子供だと思っていた少年が今、最も扱い難い者だという事を感じ、彼の心の内を探ろうとした。
「確かに、世の中には、変化が付きものだ。
しかし、その変化が多くなりだしたのが、お前達が此処に上がってからだ。
違うか?」
「…何をおっしゃりたいのか、判り兼ねます。
単なる偶然ではないのですか?」
再び返された答えで、養父である宰相は、可笑しさに気付いた。あれ程頭の良い少年が、自分の言った言葉を、理解出来無かったとは思えないのだ。
腹の探り合いになると感じた彼は、それを防ぐ為、率直な質問を投げかけた。
「偶然では無い、全て調べ上げた結果、出た結論だ。
オーガ、初めの質問に戻る。
お前は、何をしに此処へ来た?…妙な誤魔化しは、もう、通用せんぞ。」
強気な言葉に、少年は瞳を閉じ、口を閉ざした。
何かを考えている様子に、宰相は少年が行動を起こす時を待った。
エレラに言われ、義理の父親である宰相の許へ赴いたオーガは、時が来た予感をヒシヒシと感じていた。
件の宰相を魁羅として操るか、そのまま放置するかを見定める時。
遅かれ早かれ来るそれが、今になった事を感じ取り、養父の執務室の扉の前に着く。案内の侍女が部屋の主に問いかけ、入る様に返事が返ると、彼女によって開かれた扉を潜り、中へと進む。
部屋には、窓を背にして大きな木製の机に座っている宰相と、扉の横に控えている補佐がいた。宰相から、傍に来るように指示され、それに従う。
姉としている者から、伝えられた事と噂の事を話し、義父親と向き合う。
以前の様に怯えを見せず、面と向かって視線を合わす。
人払いをされた部屋で、幾つかの質問に判らないと答えるが、それが偽りと見抜かれている事に勘付いていた。
何処まで誤魔化せるかと思いながら、内心面白がっていたが、とうとう、相手が痺れを切らしたらしい。
妙な誤魔化しは通用しないと宣言され、一旦瞳を閉じる。
考えを巡らせ、誤魔化しを止め、ゆっくりと瞼を開け、ラングレート宰相を見つめた。
「……ふふ、ここいらで、潮時か…。
まあ、この王宮に入り込めた事には、感謝する、野心家の宰相殿。
我を呼び出したのは、目的を聞く為か…それを聞いてどうする?」
口調が威厳を含んだ物へ変わり、人懐っこい微笑から、獲物を狙うような不敵な微笑へと、その表情を変える。オーガの変化に驚きを隠し、真剣な目でそれを受け止める宰相は、彼の質問に答える。
「返答によっては、排除も厭わない。が、私の意向に沿う物であれば、協力する。
…これで如何だ?」
言う気になったかという言葉が、後に続くと思える回答で、少年は笑みを深くし頷く。
宰相が自分を排除するのであれば、その前に魁羅として術を掛ければ良い。
協力するなら、そのままの状態で、行動に必要な情報を提供すれば良い。
そう決めると、返事をすべく、口を開く。
「我の目的は、この国を滅ぼす事。
いや、この国だけで無い。人間の国を滅ぼすのが、我が目的。
そう言えば、我が何か、頭の良い宰相殿なら御判りだな。」
「……この国を滅ぼすのが…目的…か。
はははは、お笑いだ。私が引導を下す前に、この国は邪悪なるモノに目を付けられ、滅びの道を進むのか…。
やっと、やっと、この手で、この国を牛耳り、壊せると思っていたのに…・。」
宰相の言葉に少年は、先程と変り、妖艶な微笑を浮かべる。彼の心の奥に眠っていた真の目的が、表だった事を知り、操る事を止めたのだ。
そして、甘美な程、甘い言葉を囁く。
「義父上、貴方の目的は、この国を滅ぼす事。ならば、我と同じ。
今までの様に我が暗躍して、義父上がこの国を操り、滅びへと導けば良い。
必要ならば、我が力を貸そうぞ。
指示をくれれば、魁羅を動かし、力も思うがまま使い、義父上の御望みを叶えるよう。
…如何だ?悪い話では、無いと思うが…。」
魅了の術を絡めないで、囁かれた言葉だったが、バンドーリアは心を動かした。力を、権力を、滅亡を欲する者に対して、この囁きは、術無しでも魅力的であった。
だが、邪気に身を任す事は、自らの滅びを招く。
それを承知しなければ、この手は取れない。
バンドーリアの決断を待つオーガへ、彼の目は向けられたままだった。
「…手を貸す…か…。良いだろう。
国が滅んだ後、この身が如何なっても構わない。この国が…あの前王の血筋が絶えるのなら、それで良い。」
本音を漏らしたバンドーリアへ、オーガは承諾の言葉を掛ける。
「では、全ては義父上の御心のままに。
私と連絡が付き易いよう、魁羅の侍女を其方へ寄越します。他に用がないのなら、帰っても宜しいですか?」
必要な事も一緒に告げたオーガは、相手から後で連絡すると、返事を貰い次第、自室へ戻って行った。