戦の開始 後編
最初の戦が勝利に終わった頃、エーベルライアムの屋敷で、今後の方針を話し合っていた彼の父親とその騎士は、その勝利に疑問を抱いた。
特に元将軍であるレントガグル候と、その元副官であるコーネルト公は、この戦の総指揮官である将軍の事を熟知していた為であった。
この戦の状況と、実行された作戦の情報で彼等は、その将軍らしくないと感じた。
短絡思考で短気、無謀な事ばかりする件の将軍に、今回の戦の様な、的確な判断による行動と巧妙に組まれた作戦を、実行出来る訳が無かったのだ。
その事で彼等は、ここに来た時エーベルライアムから齎された、精霊騎士の言葉を思い出していた。【邪気が王宮に蔓延っている】事を裏付ける現実に、今抱えている問題を逸早く、片付ける事に専念する。
将軍を操っている何者かが立てた作戦は、熟練の指揮者を唸らせる程の物であった為、今後何事も無かったら、この国は戦に勝ち続けると判る。
故に目下の問題の、あの馬鹿殿下を闇に葬る事が先決であった。
王宮の邪気の制裁は、その後。
神々からの介入があろうとなかろうと、彼等は起こすべく行動の準備を、エーベルライアム達に任せた。
任された方は、情報の収拾と共に、民衆の心の動きと行動を探っていた。
勝ち戦とは言え、国民の負担は大きい。
時に働き手を失った家族は、放浪の末、仕事を求め、王都へと集まってくる。
それに伴い、治安の悪化と物価の高騰。生活のままならない者が、路頭に溢れるのも時間の問題になって行く。
男ならまだ兵士の職があるが、女子供では、真面な職に在り付けない事が多かった。この事を見かねたエーベルライアムは、ありとあらゆる手を使い、彼等に可能な限り職を与えいった。
その甲斐あってか、市民の心は徐々に、王から市民の中にいるエーベルライアムへ移って行く。
意図して行っていない彼だったが、集まる信頼に戸惑い、頭を悩ませていた。
「バート…私は彼等の為と思って、行動しているのに、何故、彼等は私に、信頼を寄せるのかな?
まあ、今の陛下を信頼しろとは言えないけど、私に信頼を寄せられても……そんな重責を抱えられないよ。」
自分の屋敷の執務室で愚痴を零す彼へ、目下の側近であるバルバートアが、微笑を添えて答える。
「ライアム様、良い加減、諦めた方が良いですよ。
貴方が国民の為に動く以上、彼等の信頼は貴方に集まります。まさに、御父君達が施された、教育の賜物ですね。」
「……何か、罠に填められた気がするよ。
私は只、一般の国民の為しているだけで、自分の為じゃあないよ。だけどね…この結果は…嬉しくないな~。」
頭を抱えて、机に突っ伏すエーベルライアムと、その姿に笑いを堪える騎士達。
情けは人の為ならずを地で言っている主に、彼等は生暖かい視線を送っていた。
自分の為には動かず、他人の為だけに行動を示すエーベルライアムへ、忠誠を誓う者が出来ている昨今、彼の本音を聞いて、騎士達は苦笑する。
外聞と屋敷内での本当の彼の姿は、似ても似つかない。
しかし、先王の弟であるセルドリケル殿下を知っている者は、エーベルライアムの行動と為人を、その殿下に重ね合わせていた。
姿は違うのに、人望篤かったセルドリケル殿下を思い出させる青年に、王宮を離れた貴族が、何かを確かめる為に彼の元を訪れる。
傍にはラングレード家の元嫡男と、炎の騎士。
この顔触れだけでも豪華なのに、加えて元将軍とその側近もいる。そして…年配の貴族に取っては、驚愕の人物の姿もあるのだ。
死んだと思われている前王の弟君…王位継承権を未だ持つ、マーデルキエラ公・セルドリケル・シリアラムト・レアフェア・ファニア・マーデルキエラの姿。
何故、この人物がここに居るのか、疑問に思われたが、当の本人が彼等に理由を説明している。この屋敷の当主の、本当の名を告げる彼に、ある者は疑い、そして、ある者は納得していた。
前者は、エーベルライアムと全く会った事の無い者であり、後者は会った事ばかりか、話した事がある物だった。
彩は違えど、容姿は若い頃のセルドリケルに似ているし、その行動もそっくりであった。
エーベルライアム・シエラバレド・キャフェア・イロア・マーデルキエラ…この名に納得した者は、彼を次なる国王として見做し、忠誠を誓う者ばかりであった。
そんな中、王宮では離れて行く貴族が、相次いでいた。
戦の勝利に酔いしれ、この国の行く末を輝かしい物として見る輩は、そのまま堕落した王宮に残り、行く末を暗き物と捉える輩は、王によって追放されるか、自らの意思で去って行く。
己の身分と地位に執着せず、国を真意に捉える者程、王から心が離れ、民衆の為にと領地に籠るか、エーベルライアムの許へと集まってゆく。
それを見据えたオーガは、彼等を追求せずに、そのまま放置する。
この国を滅ぼす為には、こういった者達こそ重要で、王宮に残る者など、この国の最後の日に紅い花を飾る位しか出来無い、無能な者達であった。
オーガに操られているとは言え、何かの衝撃で正気に戻り、そのまま王宮を見捨てる者まで、出てくる始末。
その者すら追手を向けない王に対し、ラングレート宰相は疑問を持った。
去る者は追わずは、何時もの事であったが、王宮の荒れようは段々と酷くなっていく。
市民の心が離れ、貴族の心も離れ、残るは以前の王なら、否応も無く追放している様な人物ばかり。だが、彼等も以前と違う様相をしており、今の状態なら、王が追放しないのも頷けた。
そんな彼等の変貌に宰相は、色々と調べ、やっとの事である共通点を見出した。
それは…彼等の殆どが、王宮へ上がる前のあの兄弟に会っている事。
特に、弟のオーガと話をした事のある者が多く、それ以外は王宮に上がってから、彼と接触した者だと判明した。大人しい筈の養子の子供が意外な面を隠していたと、今頃になって気付いた宰相は、慌ててその姿を捜した。
王へ寵姫の養父として娘との会見を求め、許可が下り次第、彼は傍にいる筈の弟と話す段取りを付けようとしたが、いざ、養女である寵姫と会い、その傍に件の少年の姿が無い事を知る。
その事を娘に告げると、交代の時間で、今はいない事を教えられた。違和感の無い返事に、娘に会えるよう、伝言を頼む。
王宮に上がってからの、初めての父の頼みで、娘・エレラは嬉しそうに微笑み、承諾の返事をした。
「義御父様、オーガには、ちゃんと伝えておきますから、義御父様の…都合のいい時間と、場所を教えて下さい。
あの子に、それを教えておきますね。」
極上の笑顔で言われ、宰相は2・3程都合のいい時間と、自分の執務室を指示して、その場を去った。何事も無く去るその後ろ姿を、別室で控えていたオーガは見送り、姉の部屋へ戻った。
「あれで、良かったのですか?」
「上出来だ、姉上。この後、エレラの役目は、王の許に居る事。
義父上の事は私の管轄だから、もう気に病む事は無い。王との逢瀬、楽しむが良い。」
以前と違う対応に、周りの者は何も言わなかった。
そう、ここに居るのは、オーガの魁羅のみ。自らの心を失くし、操られるだけの人形。
その間の記憶は残らない。
オーガがこの国を後にしても、彼等の記憶は操られる前の物しか、残る事は無い。操られた間の記憶は、闇の中に葬られるだけであった。
全ては邪気の術。
跡形も無く、消え去る記憶だけにオーガも、彼等の事を気に掛けてはいなかった。




