邪悪なるモノの正体
神々に報告する事となった風の騎士は、早い方が良いとばかりに直ぐ様、炎の屋敷を出立をする。
残された精霊騎士達は、人間の騎士に興味を持ったらしい。特に闇の騎士のアレストは、炎の騎士であるアーネベルアに関心を示した。
精霊騎士最強の一人である彼ならではと言えたが、今は緊急事態である為、控えている様であった。
ふと、何かを思い立ったバルバートアは、ここから義理の弟の事を知る事が出来るかと、闇の騎士に尋ねた。
しかし、首を振られ、率直に帰って来たのは、無理だという事。
結界が邪魔で、知る事が出来無いが、邪気だけは感じるらしい。
闇の騎士から、王宮を見据えて告げられた返答に、アーネベルアも反応した。
「アレスト様が、オーガ君と接触出来たら良いのですが…。
今の私達では、無理ですね。」
炎の騎士の言葉に、何かを感じたアレストは、彼に振り返って注意を促す。
「べルアと、自分、立場、同じ。敬語と、様付け、駄目。」
「アレストの言う通りです。
炎の神・フレィリー様の祝福を受け、炎の騎士である貴方は、私達と同じ神々の騎士です。ですから、様の敬称は可笑しいのですよ。
付けるとすれば、殿の敬称ですが、敬語は外せないのなら、無理に外す必要はありません。私も外していませんしね。」
緑の騎士に言われ、様付けだけは止めたようだ。
アレストが、闇の精霊だという事を思い出したバルバートアは、昼間は動けるのか、体調は大丈夫なのかと、心配しながら彼に尋ねる。
流石に緑の騎士を気遣っただけあって、彼の疑問は最もであった。
それに闇の騎士は、微笑を戻し答える。
「自分、闇の、精霊騎士。直に、光、当たらなければ、大丈夫。」
「…アレストは、無理をしなければ、大丈夫ですよ。
仕える神や光の神、光の精霊がいない状態の炎天下で、単独で戦う事は出来ませんが、普通に生活するには支障はないのですよ。でも…。」
「良く、無茶して、ランに、怒られる。」
「自覚があるなら、止めて下さいね。」
「無理。」
即答で返る否定の言葉に、ランシェが溜息を吐き、彼等の様子で周りが笑いそうになる。そんな中、バルバートアが声を掛ける。
「アレスト様、少しは自重された方が、宜しいのでは?
周りの方が、御心配されますよ。」
「…バートが、言うなら…少し、考える。」
心配しながら言われた忠告を、素直に聞く闇の騎士に、緑の騎士は溜息を吐く。
「バルバートア殿の忠告は、聞くのですね。
…余程、バルバートア殿を気に入った様ですね…。」
「バート、オーガに、似ている。人間でも、優しい心、持ってる。」
オーガに似ていると言われ、驚くバルバートアに、アレストは続ける。
「オーガ、力、強いし、優しい。バートも、心、強いし、優しい。」
「私の心が…強いのですか?」
バルバートアの言葉に頷く闇の騎士。
彼に同意したアーネベルアも、口を開いた。
「確かに、バートの心は、強いと思うよ。何事にも動じないと思うし、種族関係無しに、他人を気遣う事が出来るんだからね。」
「べルア様、兄は大らかなだけですよ。
種族とか、身分とか、気にしない…無頓着な面もあります。」
「ハルト…無頓着な…とは、酷いね。
時と場合、人によっては、ちゃんと身分を気にしているよ。相手に対して、不敬になっては駄目だからね。」
「確かに、バルバートア殿は、公務時では完全に、身分を弁えておいでですね。
私的な場合は、判りませんが。」
友人の援護と弟の暴露、意外にも弟の上司の援護が続く。
彼等の言葉に、闇の騎士と緑の騎士も納得した。
目の前の心優しい人間は、大らかと言われて頷ける程、種族を越えてまでも気遣いが出来る者。
そんな人間が、オーガの義理の兄となった事に、アレストは嬉しく思っていた。
精霊騎士達との話が終わり、彼等はそれぞれ予定した行動を始めた。
レニアーケルトとウェールムケルトは、エーベルライアムの許へ行き、彼の警護を、ハルトべリルは、エニアバルグとファムトリアとで、市民の動向を探る事となった。
アーネベルアは、バルバートアと共に風の騎士を待ち、彼等と共に行動を開始する事にした。風の騎士が、神々の話し合いの結果を持って帰って来る為、速くても2・3日掛ると、告げる緑の騎士に彼等も納得して、件の騎士の帰りを待つ間、オーガの事に関して聞く事となる。
オーガに関して判る事は、木々の精霊の養い子であり、赤子の時、リューレライと言う森に、捨てられていたらしい事。
その森の木々が、近くの神殿に使われる事となり、リューレライの森の精霊達は、彼を緑の騎士の故郷の森、シェンナの森の精霊に彼を託す事になった。
ここで、エアレアを始めとする精霊騎士に会い、彼の剣の実力がどれ程の物か、判明した事。
そして……リューレライの森が失われた事を知った彼が、心の内にあった邪気に、その身を任せてしまった事。
これ等の事を精霊騎士達から聞かされ、彼等の許に来たオーガという名の少年が、人間である事も知った。
だが、人間らしくない面を、彼等から聞く事となる。
「オーガ君は、己の剣の道を知りません。ですが、精霊として生きた身で、精霊剣士の道も、精霊騎士の道も拒否したのです。」
「…え?精霊として生きていたのなら、精霊騎士に成るのは、最高の誉れではないのですか?私は…べルア様を主としましたが、もし、神々に仕えないかと精霊騎士の方々に言われたら、迷いますよ。」
光と炎の混血の精霊の言葉に、精霊騎士は頷き、その時のオーガの返事を教えた。
「あの子は、即答で断ったのですよ。自分はその資格はないと。
剣の使い方の判らない者が、精霊騎士だなんて、冒涜だと。」
「確かに、精霊らしくないですね。それに…人間らしくない。
神に仕える事は、人間にとっても誉れですよ。それを断るなんて…………
まさか?!」
アーネベルアは、何かを思い立ったらしかったが、、緑の騎士と闇の騎士も、その考えが判ったらしい。
「あの方々の神子という線は、捨てきれませんが、あの方々の捜されている神子は、光の髪と空の瞳で、あの子とは違います。況してや、人間や精霊の気配を纏う事は、彼の歳の神子では出来ないのです。
確かにあの子には、神子の気配は有りませんが、神々に愛された人間というにも、腑に落ちない点が多いのです。」
「オーガ、カーシェ様と、似ている。
でも、心の、奥、邪気以外の、得体の、知れない、物、潜んでいる。」
闇の騎士の言葉に、彼等は言葉を失くした。邪気だけならまだしも、それ以外に、得体のしれない物を内に隠しているとなると、かなり危険な人物となる。
それが王宮にいる少年とは、結びつかなかった。
時折、無邪気な笑顔をを見せる、少年騎士。
それがオーガに対する、バルバートアとレナフレアムの認識であった。
しかし、アーネベルアは違っていた。
一瞬だけだが、漏れ出した邪気に気付き、偽りの笑顔と、偽りの感情を見せている事も判っていた。
例外は、バルバートアとハルトべリルの前だけ。
彼等義理の兄達の前では、本当の笑顔と感情を見せていた。
故に、どちらが本当の少年の姿か、アーネベルアには判断出来無かった。
「あの子の正体は、判らず仕舞いですが、木々の精霊に育てられた者という事だけは、確かなのですね。」
仕切り直しの様にバルバートアが尋ねると、精霊騎士達は頷いて、それを認めた。それに付足す様に、彼の実力を告げる。
「オーガ君の剣の腕は、精霊騎士並…いえ、それ以上です。今も、力の補給がままならないのなら、まだ何とかなりますが…」
「オーガ、自分より、強い。力の、配分、拙い。でも、今は、判らない。」
「ランシェ様、アレスト様…もし、出来るようになっていたら、脅威になりますよ。
精霊騎士以上となると…神々に頼るしか、方法がなくなるのですね…。」
以前、剣を合わせた時の事を思いだして告げる、闇の騎士へ、レナフレアムの言葉が続く。そして、アーネベルアも口を挟んだ。
「私が手合わせした時は、そう感じませんでしたね。右手での剣でしたが、難無く扱っていましたし、何度か左手に変えようとしながら、止めていましたよ。」
実力を隠すのが前提の行動に、精霊騎士達は真剣な眼差しとなる。王宮にいるオーガと名乗る少年が、自分達の捜している者だという可能性が、高まったのだ。
しかし、オーガが利き腕を使わない理由も、炎の騎士は述べた。
「あの子は、人を傷付けるのが怖いから、利き腕を使いたくないと言っていました。
ですが、その真偽は判りません。
何故なら、あの子は、バートを助ける為に使いたくない筈の利き腕を、躊躇する事無く、使っていたそうです。敵を倒す為だけに…ね。」
「べルア、それ、違う。恐らく、バート、護る為、無意識で、使った。
兄、護れなかった、オーガなら、やる。」
アレストの見解に、バルバートアも頷き、自分の体験した事を話した。
「あの時、敵が引くとすぐにあの子は、私の怪我の手当てをしたのです。敵を倒す為なら、その相手を追って行く筈なのに、あの子は、私の怪我の治療を優先したのです。
御蔭で御医者様が驚く程、すっかり良くなりましたよ。」
「そうだね、かなり酷かったはずなのに、今じゃあ傷さえ残っていないって聞いたよ。まだ、2・3週間しか経っていないのに、完治しただなんてね。
予定では、1・2ヶ月って聞いてたんだけど。」
バルバートアとアーネベルアの話に、ランシェとアレストは納得し、王宮にいるバルバートアの義理の弟が、あのオーガである事を確信した。
木々の精霊と思い込んで、その気を纏っているのなら、薬草の扱いと、その効能の高まりは頷けるのだ。
草花の精霊か、木々の精霊の気に反応した薬草は、その効能を高める為、彼等が採取した物や薬として加工した物は、市場で貴重品として高値が付く事が多い。
ギルドでも薬草採取は、かの精霊に頼む様にしているらしい。
その方が、ギルドに払われる報酬も、高値になるという。
自分の甥の孫であるランナが、ギルド剣士なので、その事を知っているランシェは、彼等に教える。
これを聞いたアーネベルアとバルバートアは、あの少年が、忌まわしき王国の王族で無く、精霊騎士達が捜している少年だと、完全に認識したのだった。
炎の屋敷で、精霊騎士達と炎の騎士達が合流した頃、王宮では早急に戦の準備が進められていた。
兵士を集め、攻め入る国をあれこれと示唆して行く彼等を、国王の傍でオーガが冷ややかに見つめる。彼等が居なくなった後、オーガは姉であるエレアか、国王の傍にいる事が多くなった。
彼の立場も、只の後宮の護衛では無く、王の傍に仕える近衛騎士となり、傍にいる事に違和感が無かった。
しかし、その表情は、王宮に上がった当初と別人のように違い、その役目の重圧に耐えていると捉える者もいたが、事実は異なった。
偽りの表情を止めただけであり、今の本性を曝け出した状態であったのだ。
その表情に、オーガの魁羅で無い人物は、更にあの王族で無いかと疑い、王に似通った威厳を感じ取っている。只、傍らに控えているだけで、口を挟む事をしない少年の態度に、立場を弁えていると彼等の目には映った。
しかし現実は、意見の言える魁羅を操って、口を出していると、誰も気付かない。
あの、ラングレート宰相でさえ、飾り物の近衛騎士と思える位であった。
会議が終わり、進軍する国が決まると、彼等は即座に行動を始めた。テキパキと進む様子に、流石の宰相も、やっと可笑しさに気が付いた。
虚ろな目をしている者もいれば、普通の目をしている者もいる。だが、圧倒的に虚ろな目をしている者が、多く見受けられる。
その原因を突き止める為、宰相は行動を始める。
遅かったと思われるそれは、意外な結末を迎える事となる。
騒がしい王宮の中、オーガは己の進む道を見据えていた。
隠す必要の無くなった本性を現し、人懐っこい笑顔も消え、唯一残っているのは人間の気配のみ。しかし、無闇矢鱈、周りに威厳を振り撒くで無く、時には気配を消して城内を探索する。
警備の配置はおろか、王族だけが知る隠し通路まで、把握し、来るべき時に備えていた。そんな折、神殿の方向から、見知った気配を感じた。
その気配は三つ。
精霊騎士達と思われる気配を感じ、オーガはその時が近付いた事を知る。
風の気、闇の気、木々の気…この三つはオーガにとって、忘れがたい精霊でもあった。
「レア様…アレィ様…ランシェ様…か…。
元気そうだな…。近い内に僕の正体が知れるのか……バート義兄上とハルト義兄上は、僕の事を嫌いになるだろうな……」
義理の兄達を想い、悲しみを含んだ声に彩られた言葉は、オーガの私室に響き、消えて行った……。




