紅の騎士の主 後編
エーベルライアムとアーネベルア達が、色々遣り取りをしている部屋の扉が、軽く叩かれる音と共に開いた。誰かが入室したらしい音で、騎士達は、反射的に警戒をする。
部屋の主は、平然としていて、入ってきた人物は、騎士達の様子にも怯む事無く、何時もの様に叱咤の声を出す。
「………何を、騒いでいるのですか?ライアム様。
書類に目は通されたのですか?
………あれ?近衛騎士の方々が、御揃いで…何かあったのですか?」
聞き覚えのある声に、アーネベルアとハルトべリルは振り返る。
そこには書類の束を抱えた、薄茶の頭が見えた。
「バート、君って、まだ大事を取っていないと、いけなかったんじゃあないのかな?」
エーベルライアムが反撃を試みるも、それは無駄に終わった。
「先生も不思議がっていました。
あの薬草の効果が、こんなにも強い訳が無いって言われて……
え?べルアにハルトも…?
………若しかして、君達も王宮から追放されたのかな?」
「いや、自ら陛下に見切りを付けて、去ったんだ。
……?起きて仕事をしているって事は…バート、怪我は、もう良いのかい?
かなり酷かったって、聞いたけど。」
紅の騎士に尋ねられ、微笑みながら答える。
「ええ、大丈夫。あの子が使ってくれた薬草の御蔭で、もう殆ど直っているのだけど…まさか、傷痕まで残らないなんて、医者の先生も首を傾げていたよ。」
返って来た返事に、そんな事もあるんだと感心するアーネベルアだったが、横にいたレナフレアムが口を開いた。
「あの子って、オーガ君の事ですよね。
薬草が普段より効いたって事は、生粋の精霊では?特にリュース様の精霊の手に掛れば、薬草の効果は数段、違って来る筈です。」
精霊の言葉に人間達は驚き、不思議そうな顔をした。
オーガと言う少年の内には、様々な属性が眠っている。だからこそ、あの王族に間違えられたのだが、かの王族には、薬草の効果を高める力など無い。
しかし、その少年は、薬草の力を無意識に高め、バルバートアが負った怪我を治しているのだ。
益々正体の判らなくなった少年の話で、アーネベルアはある事を思いだした。
「バート、例の件、フレィ様に伝えておいたよ。
で、フレィ様に、緑の騎士も係わっていないかって、聞かれたけど、私の屋敷に招くのに、かの方の心配をしたのかい?」
「あの件を伝えてくれたんだ、有難う。……フレィリー様は御見通しなんだね。
その通りだよ。木々の精霊騎士の方だから、体調を崩されてはいけないと思って、言わなかったんだ。
……と言うと、緑の騎士なら、大丈夫なのかな?」
「そうみたいだよ。精霊騎士なら大丈夫だって、フレィ様が言っていたよ。」
アーネベルアの言葉を聞いて、バルバートアは納得した。彼等の会話に付いて行けない騎士達は、不思議そうな顔で話し掛ける。
「べルア様、その…精霊騎士が如何とかって、何があったんですか?」
「ウェール、その敬称は、止めてくれないかな?
精霊騎士の話だけど、バートが確かめたい事があって、会いたいって言っていたんだ。だから、フレィ様に頼んだんだよ。」
「無理ですよ。貴方は神の騎士なのですから、敬称は止めません。
バート殿、確かめたいという事柄を、話して頂けますか?」
ウェールムケルトの即答と、バルバートアへの質問に、注目が集まった。質問された本人は、少し考えて簡素に纏めたらしい。
「それは、私の義理の兄弟の事なのです。
とある噂が真実の様に流れている事に、エーベルライアム様と一緒に疑問を感じまして、色々情報を集めていたのですよ。
その中に有った物が、精霊騎士の方々に関わっている物だったので、べルアの所の精霊の方々に、その騎士の方々と連絡が取れないのかと、打診したのです。
そしたら…。」
「私が代りに、フレィ様に頼んだんだよ。
その方が彼等と連絡が、付き易いからね。」
彼等の説明に、質問が返る。
「何故、オーガ君の事を調べているのですか?
あの子は、あの国の王族では、ないのですか?」
ウェールムケルトの問い掛けに、ファムトリア以外の騎士達が首を横に振った。レナフレムは先程の事実に、エニアバルグとファムトリアは祭りの時の出来事、ハルトべリルは抱き上げた時の、レニアーケルトは昨日の出来事で、其々判断を下していた。
オーガと言う少年は、あの忌まわしき国・ディエアカルクの王族で無いと、確信出来る事を彼等は体験したのだ。
故に、彼等はウェールムケルトの言葉を否定し、それを態度で示した。彼等の反応で、ウェールムケルトは困惑したが、アーネベルアが理由を話した。
「その事だけど、私達はオーガ君が、その噂を肯定していない事実を、目の当たりにしているし、その殿下であり得ない事ばかり、体験もしている。」
アーネベルアの返答を受け、主であるエーベルライアムが付け加える。
「そう言えば、あの殿下は、剣が使えなかったんだよね。
右利きなんだけど、からっきし駄目だったんだよ。
剣を怖がっていたし、あれって…振る以前の問題だよ。剣に振り回されていて、扱うどころか、剣に遊ばれている感じだったんだ。
あの子みたいに、バートを助ける程の腕じゃあないよ。」
彼等の会話に口を挟んだ、エーベルライアムの意外な言葉に、驚いたウェールムケルトが、彼へ疑問を投げ掛ける。
「エーベルライアム様は、オーガ殿下の事を御存じで?
え?オーガ君の剣の腕も、知っているのですか?」
彼の疑問に、頷いて先を続ける。
「一応、外交兼見分って事で、あの国の隣の国、ダルムフォンへ行った事があるんだ。そこで、あの殿下と会ったんだよ。
成り行きで、彼の剣の腕を見たんだけど…あれは壊滅的だったよ。他の人達も、苦笑しか出なかった。
一緒にいた殿下の兄君達の、嫌がらせだったんけどね。」
目の前に浮かぶその光景を、エーベルライアムは綴る。
ダルムフォンでみた、ディエアカルクの末弟であるオルトガーリニア殿下と、兄弟同士が蔑みあう様は、彼の目には一段と醜く映り、嫌な想いしか残らなかった。
その一方、廊下を通りすがりに見た、ラングレート家の養子のオーガのそれは、目を奪われる程、美しかった。
「あの子の方は、偶々訓練中の処を見たんだ、綺麗だったよ。
同じ右手の動きでも、あんなに違うんだとは思わなかった…べルア以来だよ、剣技に美しいって思ったのは。」
自分の騎士のそれをも思い出し、エーベルライアムは彼等の事を語る。
片や壊滅的な剣の腕、片や剣豪に匹敵する程、美しいと思える剣の腕…その違いは明らかに、二人を別人と捉えられる事柄であった。
2・3年で変えられる物では無い剣の腕に、その差が表れている。
そして、もう一つの事実を語る。
「殿下にとって、兄は、嫉妬と憎しみの対象でしか、なかったんだよ。
あの子の様に、嬉しそうに慕っている事は無かったんだ。
殿下は…あの国では厄介者、確か…ええっと、何だっけ…あ、思い出した!!
ディエアカルク・クェナムガルア・オルトガーリニアって呼ばれてた!!」
記憶を辿り、エーベルライアムが思い出した言葉に、騎士達は食付いた。
「ライアム様、それって、あの国の言葉で、役に立たない無能者って意味じゃあ…仮にも王族にその呼び名は、不敬ではないのですか?」
「あまりにも酷い言葉ですね。
臣下の者が言ったにしろ、皇子にそれはないでしょう。」
二人の騎士の意見に、エーベルライアムは首を横に振り、言った相手を暴露った。
「べルア、レニア…それを言ったのは、あの殿下の兄君だよ。
不敬には当たらないけど、酷いよね。
最も、その名には、他に名称が就く場合もあるんだ。
ディエアカルク・クェナムガルア・リデンボルグ。ディエアカルクに無能者として、虐げられし者ってね。」
更に酷い言葉を聞き、騎士達と彼の補佐は顔を顰める。兄である者が、その様な酷い言葉を弟にいう事は、特にラングレート兄弟の不快を買った。
ハルトべリルは、目の前の兄の態度を思い出し、全く違う兄の在り方に呆れていた。彼の兄は、彼が頭を使うのを苦手とする事実を、馬鹿にしない。
人は其々個性があるとし、それに見合った才能があると言って、他の道を示してくれた。それが今の騎士の道だった。
故に、彼等兄弟は信頼と尊敬、好意で繋がっている。
血の繋がりを気にしない兄故に、兄弟と認めると、物凄く過保護で溺愛する事は、体験済みであり、己もそうである。
それは今、義理の兄弟になった、あの姉弟に対しても言える事。
兄弟の幸せを願う…あの王族の兄弟とは、真逆の彼等の在り方であった。
エーベルライアムとの対面を果たした元王宮の騎士達は、彼等と共に、今後の行動を取る事にした。
べルアは炎の精霊に伝言を託し、例の精霊騎士の事でエーベルライアムから、バルバートアを借りる許可を取る。
エーベルライアム自身も興味を持ったのだが、バルバートアが不在になると己が彼の分まで、色々と雑務を熟さなければならない羽目になるので、今回は諦めたようだ。
「バート、君がいない間、頑張るから、君も有効な情報を持って帰って来てね。」
「判りました、家令のラルト殿に、ライアム様の監視を頼んでおきますので、くれぐれも仕事を放棄しない様、宜しくお願いします。
…吟遊詩人の方からの御話を、聞き過ぎない様に、息抜きも程々にして下さいね。」
きっちり釘を刺す補佐に、苦笑しながら判ったと告げる。バルバートアも、アーネベルアの屋敷へ向かう準備の為、一旦部屋から退室した。
彼の対応にウェールムケルトは、微笑みながら告げる。
「…きっちり釘を刺されましたね、エーベルライアム様。
流石は、貴方の副官ですね…貴方の扱いに慣れていらっしゃる。」
「う~ん、バートとは、学生時代からの付き合いだからね。
慣れていると言えば、そうなのかな?」
「そうですよ。
バートは学生時代に、ライアム様の扱い方が判ったって、言ってましたよ。」
「ああ、確かに、兄上はそう言っていた。……ファムとエニアに似ているな。」
エーベルライアムの返事に、紅の騎士と補佐の弟が、追撃を喰らわす。ついでに言えば、上げられた少年達は、驚いた顔でお互いを見合わせ、
「ハルトべリル様、俺…いえ、私はファムの扱いに慣れていませんよ。」
「…エニア、貴方で無く、私が、貴方の扱いに慣れていると、おっしゃっているのですよ。エニアは目を離すと、エーベルライアム様の様に羽目を外しますからね。
バルバートア様の苦労が、目に見えるようです。」
と、告げる。ファムトリアの言葉に、騎士達の失笑が起こり、例えに挙げられたエーベルライアムは、そう?と口にして、自分に似ていると言われた少年を見た。
む~んと何かを考え、その少年と自分を比べているらしかったが、数秒後、何かを思い立ったらしく、エニアバルグへ声を掛けた。
「エニア君だっけ、君、お祭り好きだって聞いたけど、屋台とか巡るのかい?」
急な質問に、慌てたエニアバルグは、背筋を伸ばし答える。
「あ…はい、大好きです。それが何か?」
彼の敬語と緊張に苦笑しながら、エーベルライアムは納得した。
「私と同じだね。うん、ファム君の見解は当りだ♪
君と私は似ている様だね。似た者同士、これからも宜しく。」
そう言いながらも、ある事を付け加える事を忘れない。
あ…と、言い忘れたけど、今は身分を隠したまま行動するから、べルア以外、今まで通りの対応をしてくれると、嬉しいんだけど…無理かな?」
告げられた言葉に、彼等は承諾の言葉を返し、目の前の王族を見た。特にレニアーケルトは、彼の父親を知ってるだけに、似た者親子として認識していた。
この後ここへ訪れる、親達を交え、彼等の行く先は波乱を増してゆく。
今日の会合は、この国を揺るがし、新たなる道へと歩む切っ掛けになるとは、誰も思わなかった。