紅の騎士の主 前編
王宮から離れたアーネベルア達は、炎の屋敷で一旦荷物を置き、今後の事を話し合った。拠点は神殿内の炎の屋敷か、アーネベルアの知り合いの屋敷のどちらかになる事を、彼が告げると、他の者はその屋敷の事を知りたがった。
「これから連れて行くよ。特にハルトには、知って貰いたいしね。」
そう言われたハルトべリルは、何か予測が付いたらしい。
「べルア様、もしかして、その屋敷には兄がいるのですか?
…確か、エーベルライアム殿の住まいだと、思うのですが…。」
「正解だよ。あの方なら、この事態を何とか出来ると、思っている。」
「エーベルライアム殿と言えば…建国祭の前に王宮を離れた方でしたね。
私の知っている限りでは、国民を大切にする方で、陛下が民に無体を強く提案に、異議を申し立てておられた筈です。」
ウェールムケルトの言葉に頷き、それが原因で城を離れた事を教える。
何故アーネベルアが、その事を知っているかと疑問に思えたが、バルバートアが、件の人物と一緒だという事を思い出した。
ハルトべリルの兄で、アーネベルアの知人であるバルバートアは、あの祭りでの計画を練った人物の一人でもあったのだ。
納得した彼等は、アーネベルアに連れられ、街中の質素な屋敷へと向かった。
薄茶色の壁で、庶民の家としては少し大きめな屋敷には、炎の精霊剣士がおり、アーネベルアの姿を見つけると、嬉しそうに挨拶をした。
「ようこそ、べルア様。
貴方が此処に来るという事は、フレィ様から戦の許可が下りなかったのですね。
まあ、戦が始まる原因が、あれですから、当たり前ですが。」
アーネベルアに敬称を付けて話し掛ける精霊に、レナフレアム以外は驚いていた。その様子に楽しそうな笑顔で、理由を告げる。
「彼等は、私に仕えている精霊剣士達だよ。
私の頼みで、この屋敷の警護をして貰っているんだ。」
「レナフレアム殿の御同僚ですか…。
エーベルライアム殿を護る為に、この様な事を?」
「そうだよ、あの方の剣の腕は、それなりだからね。
あの忌まわしき国の者が関わって来ると、あの方の身も危険なんだ。だから、彼等に頼んだんだよ。」
そう説明しながら、屋敷を囲む庭の結界を通り、屋敷の中へと入って行く。
そこにはやや年配の家令が、彼等を待ち受けていた。
「御久し振りです、アーネベルア様。他の方々は、初めまして。
私は、この屋敷の家令を務めている者です。皆様方を旦那様の御部屋へ、御案内させて頂きます。」
優雅に一礼をする家令に、彼等は頷き、案内を受ける。質素な屋敷の内部は、やはり華美な物は無く、それなりに落ち着いた物であった。
やや黄色掛った壁は簡単な浮彫で装飾され、床は茶色の敷物で覆われていた。調度品も木製の物が多く、この屋敷には相応しかった。
長い廊下を進んだ彼等は、一つの大きな木製の扉に着いた。
こちらも浮き彫りされただけの物であったが、他の扉より細工が細かく、ここが主の部屋だと判り易い物だった。
家令が扉を叩き、部屋の主から返事を貰うと、彼等を部屋の中へ通した。
そこには薄金の髪の青年が、大きな机の前に佇んでいた。
「べルア、良く来たね。その分だと、フレィ様が戦の許可をしなかったんだろう。
……って、べルア、何だか大人数なんだけど…王宮の方は大丈夫なの?」
入って来た騎士の多さに、驚いた青年がアーネベルアに確認を取った。頷く彼に、溜息を吐き、集まった面子を確認していた。
「ハルトとエニア、ファムは良いとして、何でまた、レニアーケルトとウェールムケルトまでいるのかな?
……もしかして、陛下に見切りをつけたの?」
「何時もながら、察しが良いのですね、エーベルライアム殿。
私の忠誠は国にあります。陛下ではございません。」
「私も、国とアーネベルア様が、忠誠の対象ですよ。…エーベルライアム殿は、陛下に忠誠を?」
逆に、レニアーケルトから尋ねられたエーベルライアムは、首を横に振り悲しそうな顔で告げる。
「私の忠誠は、国と国民…陛下には好意を持っていたけど…
今回の件で、悩んでいるんだ。国民を蔑にする案を通したり、寵姫を護る為に戦を仕掛けるなんて…ね。
陛下はもう、元に戻れないのかな…。
色事に現を抜かし、溺れるようじゃあ…国王として、如何なのか…。」
遠い目をして国王の事を言う彼へ、紅の騎士が話し掛ける。
「御気持ちは判りますが、陛下はもう…駄目でしょう。
ハルトから聞いた様子では、寵姫を愛するあまり、愚行を正す事が出来無くなっているようです。」
アーネベルアの言葉に他の騎士も頷き、同意する。紅の騎士の言葉を聞いて、エーベルライアムは溜息を吐き、ある事を決心したようだ。
「べルア、君んとこの精霊達を、借りれないかな?」
「精霊達ですか?」
「うん、君のお父君やレントガグル候、それと…
あの人にも、連絡を付けたいんだ。」
「構いませんが…あの方までとなると…前陛下の弟君が、何かしたのですか?」
「動きがね、活発になったらしいんだ。あの叔父さん、まだ諦めてない様だよ。
……年甲斐も無く、馬鹿をやり出すよ。」
エーベルライアムの言い草に、騎士達も苦笑しか出ない。
然も、前の国王の弟と言えば、思い当たるのは野心家の末の弟。
今の国王が王子の頃、何かと陰謀を仕掛け、その地位を脅かしていた。
前国王が崩御した時は、自分が王になる為に、今の王を暗殺しようとしたらしいが、紅の騎士によって阻まれ、ど田舎の領地へと追いやられた筈だった。
その人物の話が上がるとなると、事態はかなり厳しい物となる。
己が欲望に忠実で、国民より権力を欲する輩に、国を任せられない。止められるのは…亡くなった前国王と、国王の直ぐ下の弟君だけだった。
止められる者がいない、野放しの状態に彼等は頭を抱え、叔父さん呼ばわりのエーベルライアムに同意してしまった。
「確か…バルリーフェイム様…でしたね。まだ生きていらっしゃるとは…。
然も、野心もそのままだとは…もはや、呆れますよ。」
「あの殿下を、小父さん呼ばわりですか…
確かに、あの方は殿下と呼ぶには、相応しく無い方でしたね。
ですが…小父さんとは…。」
レニアーケルトの呆れた声と、ウェールムケルトの辛辣な言葉を受けて、エーベルライアムは続きを話す。
「そうだよ、あの叔父さん、まだ騙されたままなんだよ。
だから、べルア、あの人…父に連絡を取って欲しいんだ。あの人が出れば、一応動きは抑えられるし、こっちも動き易いからね。
多分、隠居がてら、君んとこのお父君と一緒になって遊んでるから、首根っこを摑まえて、連れて来てくるだけ良いんだ。
ついでに、君のお父君も釣れるしね。」
「……ライアム様、一応、父親にその指示ですか…。
まあ、強ち間違いではないのですが、そう来ますか…。」
エーベルライアムとアーネベルアの会話に、騎士達は不思議そうな顔をした。
エーベルライアムの言った、あの殿下の動きを抑えられる人物がいる事も意外だったし、アーネベルアの呼び方にも疑問が浮かんだのだ。その結果、エーベルライアム殿で無く、ライアム様と呼ぶ紅の騎士に視線が集まる。
一番先に口を開いたのは、ウェールムケルトだった。
「べルア殿、何故、平民出身のエーベルライアム殿に、その敬称を?」
問われた紅の騎士は、エーベルライアムへ視線を送り、それを受けた彼は頷いた。
「べルア、こうなった以上、もう、公表しても良いんじゃあないかな?
まあ、私としては、一線を引かれる事は嫌だけど、事態が事態だけに我儘を言っていられないしね。」
気楽な事が好きなこの御仁に、アーネベルアは溜息を吐き、真実を話し始めた。
「この方が、フレィ様に認められた私の主だよ。」
「え…王族と聞いていましたが、一般の方だったのですか?」
「レニアーケルトだったよね、不正解だよ。
私の本当の名は、エーベルライアム・シエラバレド・キャフェア・イロア・マーデルキエラで、エーベルライアム・シエラバレド・カレミアムは仮の名だよ。
私の我儘で、貴族じゃあなく、裕福な平民として王宮に上がったんだ。
陛下は…ガイナレムは知っているよ。彼から許可を得て、名乗ったからね。」
告げられた名前に、騎士達は驚いた。
その名は、前国王の弟…亡くなった筈の殿下が賜った、家の名だったのだ。
マーデルキエラ公…王位継承権を持ったまま、臣下へ降りた殿下の家名。
件の弟を制するが為の策であったが、暗殺者の手に掛って、命を落としたと、この国中の者は聞いている。
妻はいたが、子供はいなかったと噂されていた、その人物の子供だと、今、彼は告げたのだ。疑いの目を向ける二人の騎士にエーベルライアムは、疑うのも仕方無いよと言って、説明を続ける。
「父は私の身を案じて、生まれた事を公表しなかったし、その後ずっと、両親と共にべルアの実家で匿われたんだから。
勿論、前の陛下と今の陛下は、知っているよ。
あの御馬鹿な叔父さんを欺く為の、企みだったからね。何れは公表する予定だったけど…こうなるとは、予測出来無かったよ。」
「元々親戚同士だったから、この策には父も一躍噛んだんだ。
大切な主を護る為…なんて、理由を付けてね。」
アーネベルアの父親の性格を知っている二人の騎士は、この話に納得した。証拠を見せろと言えば、恐らく今回呼び出される本人と会う事になるだろう。
まあ、言われなくても、会わせられる事は判っていたので、敢えてそれを求めなかった。
「そう言われれば…エーベルライアム殿…いえ、エーベルライアム様の髪と瞳の色は、母君のレティアーパナ様譲りなのですね。
御顔は…セルドリケル殿下に似ておいでですよ。」
懐かしそうにレニアーケルトが言うと、そう?と、返事が返って来た。母親譲りの髪と瞳の自覚はあったが、顔が父親に似ているとは思わなかったのだ。
顔を顰めて、考え込むエーベルライアムの様子で、レニアーケルトは不味い事を言ったかと思った。しかし、その理由は違った。
「…今までそんな事、言われた事が無かったよ。
何時も母に似ているとばかり言われたから…レニアが初めてだよ。
本当に父に似ているの?」
「はい、若い頃の殿下に、似ておいでです。
…結婚した頃の殿下とは、あまり似ていませんが…。」
「うあ~じゃあ、私が年を取ったら、あんなになるのか~~~。ちょっとショックだな。」
自分の父を指して、己が年を取ると似てしまう事に、頭を抱えていた。
その様子に、周りの者達は失笑していた事は、言うまでも無い。




