囁かれる王宮の噂 後編
次の朝、アーネベルアは炎の屋敷から直接、神殿へ赴いた。迎えた神官へ用件を言うと、彼は大神官を呼んで来た。
何時もの様に、七神の神官服を身に纏っているリンデルガレは、紅の衣装を身に着けているアーネベルアに気付き、その用件を悟った。
「アーネベルア様、この度の戦の件、フレィリー様に御伺いされるのですね。
このフォルムルシム・ラル・ルシアラム・リンデルガレ、炎の騎士様を神々の間へ御案内しましょう。」
「有難う、フォルムルシム・ラル・ルシアラム・リンデルガレ殿。
案内を宜しく頼む。」
何時もと違う、炎の騎士としての口調で話すアーネベルアに、リンデルガレ大神官は頷き、彼を神殿の奥、神々の間へと案内した。
一般市民が拝観する礼拝堂を抜け、その奥の白亜の部屋…そこには神々の像があり、その御手には輝石が輝いている。
内装の全てが、神々の輝石で作られているこの部屋には、既に紅い色彩が、彩りを添えていた。
「お久し振りね、べルア。元気だった?」
紅の衣に紅の髪と、紅金の瞳の少女…アーネベルアと同じ彩の少女が、親しそうに彼へ話かける。その少女へ近付いて、彼女の目の前に剣を置き、跪く。
騎士が、神々に捧げる敬礼をしたアーネベルアは、挨拶を返した。
「御久し振りです、フレィリー様。突然に御呼びして、申し訳ありません。」
深々と頭を下げる紅の騎士へ、少女は微笑みながら答える。
「構わないわ。他でもない私の騎士で、私の愛し子の呼び出しだもの。
答えない訳がないわ。で、べルアが聞きたいのは、この度の戦の事でしょう?
この件に関して言える事は一つ、貴方の参戦は許可出来ないの。」
想像通りの答えが返り、判りましたと告げる。
そして、部下の伝言ついでに、聞こうとしていた事を彼女に話す。
「フレィ様、私の部下のウェールムケルトが、宜しく伝えて欲しいと言ってました。
それと、別件で御願いがあるのですが…宜しいですか?」
「私からも、、その子に宜しく伝えてね。
でも、珍しいわ♡べルアのお願いなんて♪♪ええ、いいわよ。
内容によっては、話を聞くだけになるけど、それでいい?」
「はい。実は、友人が会いたいという精霊騎士の方々が居まして、彼等に連絡を取りたいのです。」
承諾の後、語られた御願いに炎の神は微笑み、快い返事をする。
「そんな内容なら、別段構わないわ。
で、べルアのお友達が、会いたがってる騎士は誰なの?」
「風の騎士・エアレア様と、闇の騎士・アレスト様です。」
二人の精霊騎士の名を聞いて、彼女は不思議そうな顔をし、アーネベルアに尋ねる。
「それって、緑の騎士・ランシェも、言われていないかしら?」
意外な名を聞き、告げられていない事に気付いて、彼は返事をする。
「名は上げられていませんが、友人の配慮かもしれません。
緑の騎士…木々の精霊は、私の屋敷にいる事が困難なので、敢えて教えなかった可能性があります。」
「あ…そういう事ね。でも、精霊騎士なら、問題ないわ。
どんな状況でも戦えるよう、普通の環境の影響が少なくなるから。
特殊な物なら、完全になくなるの。でも…べルアの友達って、優しいのね。
そういう配慮が出来るって、良い事だわ。」
フレィリーの友人に対する評価で、アーネベルアは、つい、件の友人の事を詳しく話してしまう。
気さくで、気遣いが出来て、優しい人柄である事。
御人良しでもあるが、人を見抜く目がある様子で、彼が危険に遭遇する事は、滅多にない事。
剣は身を護る程度ではあるが、頭は良く、信用の置ける男だという事。
己が主を託せる位、信頼しているバルバートアの事を思い浮かべ、微笑みながら説明をするアーネベルアに、炎の神も嬉しそうに微笑んだ。
そんな友人が、自分の騎士の傍にいる事が嬉しくて、一度会いたいと思った様だ。
「べルアが、それ程まで入れ込んで褒める人間なら、一度会ってみたいわ。
…でも、今は忙しいから、また今度ね。」
「?忙しいって、如何いう…あ、神子様の件ですか?」
思い当たった事を告げると、彼女は頷き、まだ見つかっていないと告げる。
「あの子…もう、14年もの間、捜し続けているけど、全く消息が掴めないの。只、繋がった双子で、もう一人の子が元気だから、その子も無事だとは思うのだけど…。
残された子が、もう少し大きくなったら、簡単に見つかると思うの。」
「繋がっているからですか?」
「そうよ、繋がっているからこそ、彼等の間で、遣り取りが出来るようになる筈…なのだけど、まだ幼いから無理みたいなの。
リーナが早く飛べるようになれば、あの子も見つかるのに…。」
魂が繋がっている双子の神子であれば、彼等の間での行き来が可能であった。
しかし、件の神子は、まだ出来無いと残念そうに言う炎の神へ、アーネベルアも言葉を添える。
「無理が出来無いからこそ、フレィ様方が捜しておられるのでしょう?
私の方でも、神子様に関する情報を手に入れたら、御伝えしますよ。」
「べルア、有難う。一応候補は何人か上がっているのだけど…決め手がないの。そう言えば…レアも、何か言ってたみたいだけど…残念、覚えていないわ。
べルア、さっきの事は必ず、レアとアレィに伝えておくわ。
…突然、あの子達がべルアの屋敷へ行っても、驚かないでね♪」
悪戯っぽい微笑を浮かべると、炎の神はその場から姿を消した。それを見届けて、敬礼を崩すアーネベルアへ、リンデルガレは話し掛けた。
「アーネベルア様、
やはり、此の度の戦の事を、神々は快く思っておられないのでしょうね。
原因は、あの…忌まわしき国の王族とも、聞き及んでいます。」
忌まわしき国の者と聞いて、アーネベルアはふと、オーガの事を思い出し、この事を彼に教えた。
「…大神官殿、その噂だが、当の本人達は否定しているし、全くの偶然だと、言っている。覚えているかい?あの、オーガと名乗った子を。
あの子が、王族と間違えられている子だ。」
オーガの事を話された大神官は、何とも言えない表情になった。
「あの子ですか?私が見る限り、あの王族では無いと思いますよ。
確かに、アーネベルア様がおっしゃった子からは、多種多様な属性を感じますが、根本にある物が違うように感じます。
如いて言うなら…精霊か、聖獣か、…神々の様な…そんな気がするです。」
アーネベルアが、感じ取った物と同じ物を、大神官も感じていたらしい。
全ては、あの精霊騎士達に訊けば判る…それを大神官へ告げて、アーネベルアは神殿を後にした。
神殿から王宮に帰ったアーネベルアは、炎の神から許可が下りなかった事を話し、今後の身の振り方を決めた。
近衛隊長の職を辞退し、後任を他の者へ引き渡す。副隊長も辞退する事になった為、混乱するかと思いきや、すんなりと事は進んだ。
前以て彼等が行動していた事もあって、混乱したのは任命された人物だけであった。新しい近衛隊隊長と副隊長、その補佐と後宮警備の分団長。
そして、近衛隊員の中にも若干、王宮を離れる者が出た。
この事態を知った将軍達は、彼等が怖気付いたと思い、弱い者は去れとばかりに、己の息の掛った者を後任に据えようとしたが、国王には阻まれて、出来無かった。
彼等が任命した人物のまま、現状維持となったが、将軍達は良い顔をしない。
しかし、その場限りの物と捉え、放置したらしい。
身の回りの整理を終えた彼等は、早々に王宮を出る事にした。その前にっと、エニアバルグとファムトリア、ハルトべリルがオーガを呼び出した。
正門からで無く、裏門から出て行く彼等は、そこでオーガと会い、言葉を掛ける。
「オーガ、ほんっとうに、無理すんなよ。
危なくなったら、姉さんと一緒に逃げ出せよ。」
「…エニア…逃亡を推奨して、どうするのですか!
オーガ、何かあったら、アーネベルア様の処へ、連絡を寄越して下さいね。」
「オーガ…お前を護って遣りたいが…俺はその前に国を護る者だから…それは出来無い。済まない。
だが、お前は実の姉を…エレラを俺達の分まで護ってくれ。」
オーガは三人の言葉を受け、微笑みながら別れを告げた。
「エニア、心配してくれて、有難う。私なら大丈夫だよ。
ファム、何かあったら、連絡するよ。
それと……ハルト義兄上、姉上は任せて下さい。その代わり、バート義兄上を私の分まで、護って下さい。
………べルア様、レニア様、ウェール様、フレアム様。
義兄上と友人達を頼みます。」
一礼をして告げた言葉に、名を呼ばれた四人は頷き、その場から立ち去った。
オーガは、彼等の姿が見えなくなるまで、見送った。
彼等の姿が見えなくなると、彼の表情は一変した。
その顔に浮かぶのは不敵な笑顔。
狂喜とも言える微笑が、彼を彩り、その気までもが変化する。
人間のそれから、精霊のそれへ。
隠す必要が無くなった為、己が本性を曝け出した。
王宮に残るのは、城外へ情報を流す鼠のみ。
彼等は操る必要の無い、泳がされている存在。この国を破滅に追いやる為に、野放しにしているだけ。
「やっと、時が来た…後は、人間共を国ごと葬るだけ…くくっ、楽しみだ。」
紅の騎士と彼に関わりがある者達が、完全に王宮から去った為、邪気の本性を現したオーガは、その狂気の念と復讐の想いに、己が身を任せるのだった。