実力の暴露 後編
隙を見て、彼等と離れたオルデファナことオーガは、手紙の主を捜した。
夕べの黒髪の青年…その姿は直ぐに判り、傍へ寄る。
「手紙の主は、貴方ですか?」
警戒しながらも、昨夜の忠告をした優しげな黒い瞳を見つめる。
人間の気配と共に、光と闇、風の精霊の気配があり、微々たるそれで、あの国の者だと直ぐに判る。あの忌まわしき国の者…精霊にとって、嫌悪する存在であった為、オーガの表情も厳しい物になる。
彼から、忌まわしい物を見る視線を送られた青年は、苦笑しながらも答える。
「厳密に言えば、私では無く知人です。
知人は…向こうで待っています。さあ、此方へ。」
そう言って、半ば強引に手を引かれ、オーガは広場近くの路地へ連れ込まれた。その様子を見た薄茶の髪の青年、バルバトーアは急いで後を追った。
連れ込まれた路地では、別の男が待っていた。
昨夜接触した隣の男とは別の、鋭い目つきの鋭い、黒髪と金色の瞳…闇と大地、炎の気配を感じる男に、オーガは身構える。
彼の姿を捉えた男は、優雅に一礼をして、
「御久し振りですね。オルトガーリニア殿下。オーガ殿下と、御呼びした方が宜しいですかな?私の事を覚えておいでですか?」
と尋ねる。オーガは初見の人間にそう言われ、不快な顔を向けながら答える。
「初めまして。
僕は、オーガ殿下なんて呼ばれる、筋合いはないよ。人違いだよ。」
強気な答えに、相手は失笑する。
「殿下、御芝居は、そこまでにして頂きたいのですが………
おや?邪魔者が来たようですね。」
「オルディ、無事かい?!」
バルバートアの声に、オーガは本能で、直ぐに彼等から離れた。途中、掴まれそうになった腕を素早く引き、バルバートアの傍へ舞い戻る。
「オルディ、お説教は後で、きちんとさせて貰うよ。
ファム君、彼等からオルディを離すよ。」
護身用に持っていた剣を抜いたバルバートアは、己の後ろにオーガを隠し、ファムトリアに指示を出す。指示を出された彼は、即座にオーガを庇い、何時でも剣を抜けるような体制を取っていた。
「…邪魔立てするな。
只の人間の分際で、我等、フェム・ディエアカルクの者に手向かうとは、笑止!」
同じ様に剣を抜き、バルバートアへその先を向ける男。
フェム・ディエアカルクと聞いて、バルバートアはやはりと思い、ファムトリアは驚いてオーガの方へ振り向く。振り向かれた本人は、ファムトリアの視線を無視し、バルバートアと見知らぬ相手の方を見つめていた。
義理の兄が自分を護る為に剣を抜き、あの穢れた血筋の者と対峙している。押され気味の為、援護しようと思っても、フェムトリアに阻まれ、それも出来無い。
只、只、心配そうに見つめるしか出来無い自分を、歯痒く思っていると、黒髪の男から声が掛った。
「相変わらず、人の後ろで震えるしか、出来無いようですね、殿下。
…まあ、直ぐに邪魔者たちを片付けて、御戻り頂きますよ。」
「そうはさせないよ。この子は、私の弟だからね。」
全力で立ち向かっていると思われるバルバートアの言葉に、相手は余裕の笑みを浮かべ、彼へ切り掛った。
受け止めはしたが、その隙に男は、オーガへと力を放とうとしていた。
それに気付き、相手と距離を開け、オーガ達を庇うように覆い被さると、敵に背を向けた事で、その背中へ相手の剣先が当たる。
バルバトーアの呻き声が聞こえ、笑い声と共に、相手の馬鹿にした声も聞こえる。
「はははは、敵に背を向けるとは、大馬鹿者だ。
ラングレートの嫡子殿、さあ、我等の殿下を返して頂こう。」
「オーガは…君達の捜している子じゃあない…。」
途切れがちになる声と、力無く崩れて行くバルバートアの体。
それを受け止め、右手に生温い物を感じたオーガは、己の手を見て驚いた。
そこには間違う事の無い、紅い液体…人間の血が、べったりと付いていた。人間がこれを出すという事は、怪我をしている事、つまり、命に係わる事だと気付く。
義理とは言え、兄である者が傷つけられた。
オーガは驚愕と、心の内から込み上げる怒りの為、言葉が出無かった。
無口になっているオーガへ、あの男の声が響く。
「相変わらず、血が御嫌いの様ですね。
以前の様に、倒れられても困りますから、此方へ。」
「……許さない……
バート兄さんを傷付けたお前は…お前だけは…許さない…。」
バルバートアをファムトリアに預け、血塗れた右手を拭う事無く、素早く腰の剣を左から右に移す。そして、利き腕の左で剣を抜きながら、相手に近付く。
伏せた顔は泣いているのか、怒りで見据えているのか判らない。只、傍にいる者には、近寄り難い雰囲気を与え、彼の怒りが手を取る様に判った。
剣を持つオーガの腕が、左だと気付いた相手は、揶揄の言葉を掛ける。
「殿下…幾ら兄君様方が左利きで、御強かったとはいえ、右利きの貴方が左で剣を振るうなど、出来はしませんよ。王族とは言え、所詮人間から生まれた貴方が、フェム・ディエアカルクの近衛騎士である私より、強い筈もありませんし…ね。
然もその精霊剣は、借り物でしかない、実力を認められて譲られた物では、無かったでしょう?判ったら、大人しく…?殿下?」
バルバートアと相手の間に立ち、ゆっくりと顔を上げる。
怒りを表し、相手を見据えた顔は、睨まれた者に一瞬だが、恐怖を与えた。
だが、向こうも戦を経験した騎士であるが故、直ぐに気を取り直して、オーガへと手を伸ばすと、強い拒絶の言葉が返る。
「我に触れるな!汚らわしい!!」
威厳に満ちた言葉使いと声に、相手は王族と確信し、バルバートアは精霊と確信した。オーガの言葉に、相手も応対する。
「殿下、その様に弱い貴方が、強勢を張っても無意味ですよ。
ですから、大人しく…な…。」
相手の戯言が言い終らない内に、オーガはその懐に入り、剣を振るう。一瞬の隙を見て攻撃を食らわせ、相手から離れる。
そして、再び距離を取り、言葉を掛ける。
「残念だが、これは我が剣。
お前のような者に、我が負けるとでも、思うたか?」
相手に剣先を向けたまま、殿下と呼ばれていた者が、浮かべた事の無いと思われる不敵な笑みを、その美しい顔に添える。
人間を傷付ける事には、躊躇しない。
然も、バルバートアを傷つけた者なら、尚更だ。
血塗れた剣を持ったまま、死へ導く一閃を喰らわそうとするが、もう一人の男の、風の力に阻まれた。
「ダイナ、此処は一旦引きましょう。
…殿下、また…会えるといいですね。」
「…二度と、我の前に姿を見せるな。もし、見せたなら、その命、無いものと思え。」
威厳に満ちたままの口調と声に、怪我の無い男は一礼し、その男と共に消え去った。風の精霊の術を使ったと感じ、仕方が無いと思いながら、剣を一振りして血を払う。
逃したのは痛かったが、もう一人の男の行動が、腑に落ちなかった。
あの時、あの男は、自分に注意を促し、今はもう一人の男に会わせるだけで、その男に加勢する素振りすら見せなかった。
傍観するしていて、相手が深手を負うのを待っていたかのように、行動したのだ。然も一瞬だが、その瞳が虹色に見えた。
しかし今は、考えるより先にやる事がある。
考えを纏める事は後回しにしたオーガは、剣を収め、バルバートアの傍に戻り、その傷口を確かめた。思ったより深く無く、持っていた袋の中身を取り出す。
「オルディ、…それは…何ですか…?」
「ん?これは血止めの薬草、で、こっちが化膿止め兼、治癒用の薬草だよ。
これをこうして、揉み解して…バート兄さん、ちょっと沁みるけど、我慢してね。」
袋に入っている布で、ある程度血を拭い、用意した薬草を傷口へ当てる。服を脱がせない状況故に、服の上から、別の布でそれを固定し、巻き付けた。
応急処置であるが、しないよりましな物。
手際良く、処置をしていくオーガを、ファムトリアは見ているしか、出来無かった。
先程のオーガの剣捌き…恐らく、アーネベルアに匹敵する…いや、それ以上かもしれないという考えが、彼の中でぐるぐると回っている事に加え、初めて見る実戦…命の遣り取りに、身動き出来無かったのだ。
そんな彼に、バルバートアの手が頭に乗る。
「ファム君は、怖くなかったかい?
剣で人が傷付くのを見たのが、初めての様だけど…。」
「いえ…あの…」
返す言葉が思い浮かばないのか、しどろもどろになっているファムトリアの後ろから、男性の声が掛った。
「ファム、オルディ、バート、無事か?!」
聞きなれた声に、彼等は振り返った。
そこには、紅の剣を持ったアルディこと、アーネベルアが黒髪のまま、エニアバルグと吟遊詩人を伴い、立っていた。
彼等の到着に驚きながら、呼ばれた三人は、只見つめるだけであった。