実力の暴露 前編
今回、文字数が多くて、区切りの良い所で切ったら、短くなってしまいました。
翌日、オーガは、昨日の夜、シャワーを浴びる時に外した沢山のリボンの中に、一つだけ、紙を包んだ物を見つける。
包みを開けると、それは手紙であり、昨夜の連中が言っていた物だと気が付く。
中身を見ると、伝言があった。
≪明日の午後4時に、広場の片隅で待っています。≫
丁寧な字で、簡素に書かれたそれを懐へ仕舞い、オルデファナことオーガは、祭りの最終日に出向いた。
昨日と同じように屋台を回り、彼等と共に祭りを堪能する。
手紙にあった時間を気に掛けながら、彼等と行動するが、無意識に足は広場に向かう。そこではまだ、舞踊家達が芸を披露しており、未だ人が行きかい賑わいを見せている。
時折聞こえる竪琴の音に、耳が反応したオルデファナは溜息を吐く。どの音も、以前聴いた事のある、闇の竪琴のそれより、拙いと思えた。
担い手の技術もそうだが、音自体も絆の無い竪琴の為、平凡に聞こえる。
と、その時、優しい音色が聞こえ、オルデファナはそちらへ目を向ける。竪琴の音だけで、奏者の詩の無いそれに導かれ、一人の吟遊詩人の前へ出た。
座ったままで、象牙色の竪琴を引いている男性。
詩が無い為か、人だかりの無い奏者は、時折咳を出している。
「お兄さん、吟遊詩人なの?如何して、詠わないの?」
聞こえた少年の声に、顔を上げた奏者は頷き、閉じられた双眼を声の主へ向けた。
目の前にいるのが、成人前の少年と判った詩人は、その子供に返事をする。
「そうだよ、坊や。私は吟遊詩人だけど…今日は運悪く、風邪を引いてしまって、詠えないんだ。折角の祭りなのに…残念だよ。」
「稼ぎ時なのにね…。でも、竪琴の音、綺麗だね。
お兄さんのそれ、主を選ぶものなの?」
少年の意外な質問に、奏者は驚いたらしい。
だが、客相手の商売をしている者、直ぐに微笑を浮かべ、それに答える。
「察しが良いね、坊やの言う通り、この竪琴は主を選ぶ。風の精霊の竪琴だよ。
でも今は、主の私が声を出せないから、少し機嫌が悪いのだけどね。」
擦れた声で返され、オルデファナは少し考え込んだ。目の前にある、料金入れの器には、微々たる金額しか入っていない。
宿代だけでも馬鹿にならないのに、薬とくれば、もっとお金が掛る。
そう考え、ある事を思い付いた。
「ねえ、お兄さん、僕、少しなら詠えるけど…手伝ってもいい?」
通りすがりの人から、何度も同じ様に言われた言葉で、苦笑した吟遊詩人は、
「試しに、春の訪れの詩を詠ってみるかい?」
と言って、その詩を弾き始めた。聞き覚えのある旋律に、オルデファナは詠い出す。
闇の精霊騎士から、習った詩。
あの時は闇の竪琴だったが、今度は風の精霊の物。
しかし、どちらの竪琴の音でも、損傷無しにオルデファナの声が加わる。少年らしい高めの声は、透明な響きを持って、優しく周りを包む様に詩を奏でる。
竪琴の音色と少年の声に、行き交う人々は足を止め、その詩に聞き入り、音を奏でている吟遊詩人も、少年の声に驚きながら、演奏を終えた。
何時の間にか、彼等の周りに人が集り、演奏の終わりに拍手喝采をしている。その観客達へ、優雅に一礼をするオルデファナは、周りに声を掛ける。
「御拝聴、有難うございます。ここにおられる皆様方、先程の演奏、御気に召されましたら、そこの器へ、御気持ちの金額を御入れ下さい。」
詠い手の少年の声に、周りの者はそこへ、幾らかの金額を入れる。しかし、まだ彼等は去ろうとせず、吟遊詩人と少年に詠う様、希望した。
それに答える為、少年は吟遊詩人に尋ねた。
「僕、あまり詩を知らないんだ。
後知っているのって、光と大地の神の詩ぐらいだよ。」
「君位の歳の子なら、その詩がお気に入りだろうね。やってみるかい?」
返った返事に頷き、再び竪琴が音を奏でだし、少年が詠う。
光の神と大地の神の叙事詩の、最初の詩。
光の神の旅立ちの詩に、周りの者は聞き入っていた。その詩が終ると、周りの者も満足したのか、お金を入れ、その場から立ち去り出した。
相当な量になった代金入れの中身から、吟遊詩人は少年へ、幾らかのお礼を渡そうとするが、少年は首を横に振る。
「…僕は要らないよ。そのお金は、お兄さんの分。」
「でもね、君が詠ってくれたから、こんなに貰えたんだよ。
だから、受取ってくれないと、私の気が済まないよ。」
詩人の言葉に、少年は少し考え、
「じゃあ、お兄さんの風邪が治って、詠えるようになったら、聴かせて。
それが僕へのお礼だよ。」
そう言って、立ち去ろうした少年へ、誰かの声が掛った。
「オルディ、何をしているんだい?
…吟遊詩人の方?…オルディ、迷惑を掛けなかったかい?」
薄茶色の髪の青年の声で、少年は嬉しそうに声の主へ駆け寄り、迷惑かけていないと反論する。すると、吟遊詩人からも、援護される。
「その子は、迷惑を掛けていませんよ。寧ろ、私の仕事を手伝ってくれました。お蔭で、竪琴の機嫌も直りました。
…ところで坊や、お礼は本当に、あれで良いのかい?」
「うん、あれがいい。お兄さんの声、早く治ると良いね。」
擦れ擦れに聞こえる声に、青年も納得し、吟遊詩人を見ていた。
彼の髪は布で包まれ、双眸は閉じられており、その色が判らないが、手に持つ竪琴が精霊のそれと判る。顔を眺め、顔色が悪い事を察すると、少年の保護者であろう青年は、その詩人の前に膝を付く。
「御顔の色が悪いようですが、御病気ですか?」
「…風邪を引いてしまって…この子に、迷惑を掛けてしまいました。」
詩の事を言っているらしい、吟遊詩人の額に青年が触れ、熱があるのを確認する。
「休まれた方が宜しいようですが、宿は何処ですか?」
「……今回仕事が、思うように出来なくて…取れていないんです。
暖かい季節ですから、野宿で何とか忍んでいましたが…。」
申し訳なさそうに告げる詩人へ、青年は何かを思い立ったらしい。
それを言おうとした時、名を呼ばれた。
「バート…あれ?吟遊詩人と一緒の様だけど…オルディは如何した?」
「アルディ…オルディは…えっ?其処に…いない?!」
吟遊詩人と保護者が話し出した隙に、少年はその場を離れていたが、その後ろ姿を見つけた青年は、後から来た銀髪の少年と、アルデナルに吟遊詩人を託した。
「エニア、アルディ、この吟遊詩人の方の護りを御願いします。
…詩人殿、後で御話がありますので、この二人と待っていてくれませんか?」
丁寧な言葉で言われ、詩人は、エニアと呼ばれた少年と、アルディと呼ばれた青年と共に、緑の髪の少年を追って行った、薄紫に髪の少年を伴う青年を待つ事となった。




