剣豪の兄弟 前編
緑に覆われた住居は編んだ草で出来ていて、その中に3人は入って行く。
人間の住まいの様に背の高い円卓や椅子は無く、お盆のような物と小さな敷物がその代りの役目をしている。
緑の絨毯の上にあるそれに座り、3人は溜息を吐く。
「長、あの子は、13歳になったようですが…あの成長っぷりは…。」
「アンタレスの思う通りじゃ。人間と同じじゃあ。やはり、精霊として育てるのは、無理じゃった様じゃのう。如何したものか…。」
長の返事にアンタレスも、レナムも無言になる。拾った人間の赤子を精霊として育てたのは、間違いだと気付いていた。
だが、時既に遅く、本人も周りの精霊もお互いを仲間として見做している。そして何よりオーガの纏う気配が、精霊そのものとなってしまっている事が一番の問題だった。
人間の気配が微塵も無く、純粋な精霊の気配。
普通では無い事態に、長もその事を知る精霊も対処しようがなかった。
「長、一応、人間の気配に戻れると言われている薬を探して来ました。ですが…。」
「アンタレスよ、如何したのじゃ?」
「オーガは、昔から薬の類が効きませんでしたよね。これがあの子に効くかどうか、心配ですよ。」
「効かなかったら、それまでじゃ。他の方法を探すとするかのう。」
長の言葉に彼等は頷き、この薬を試す事に決めた。ふと、アンタレスは何かを思い出し、自分の悪友でもあるレナムに尋ねる。
「レナム…あいつの剣の腕だが…どれ程になった?」
「…それをわしに聞くんか…。自分で確かめい!」
レナムの言い放った言葉に苦笑しながら、アンタレスは確信した。オーガの腕は既にレナムを超えている、アンタレスが稽古を付けられるか如何か、疑問になった。
「あの子の剣は、天賦の物…故に我等ではもう、教える事が出来無いのかもしれん。」
レナムの呟きがアンタレスの耳にも届いた。人間でも、その天賦の才を持って生まれる者がいる。オーガもその一人であろう。
だが、所詮は生きる時間の短い人間であって、永き時を生きる精霊では無い。それ故に人間が、精霊の手練れに勝てる事はあり得ないのだ。
生きる年月の差は如何しても埋められない。だが、それを凌駕しているのが今のオーガだった。極稀に、そんな手練れの生まれる可能性も否定出来無いが、現状で人間の剣技は精霊に勝てない。
勝てるとすれば、それは人間では無い。
神か、神龍か…精霊自身でしかない。
人間であるオーガがこれ程の剣の腕を身に付けているのは、自分と同じく生まれながらにして神に祝福されているのかもしれない。そう、アンタレスは思った。
その思いはレナムと長、この森に住まう精霊達の共通の想いだった。
アンタレスと別れて自分の住居に戻ったオーガは、彼から貰った剣を手に取って眺めていた。重みといい、掴み具合といい、オーガにしっくりと馴染む剣は、言葉に出来無い高揚感を彼に与えている。
初めての自分の剣…練習用の鈍な剣とは違い両刃のそれは、木々の精霊の剣特有の鞘を持つ。
緑の地に2本の燻した金の細紐が交差しながら鞘全体を包み、その先端を包み込むように同じ燻金の金具が付いている。そして金具と緑の地には、ルシム・ファリアルと呼ばれる神の華が同色で浮き彫りされ、柄は簡素なもので本体と交わる部分が十字の形になっている。
この十字の真ん中に大地の神の輝石である実りを約束した水晶と呼ばれる大地の神の創りし物が填まり、その部分は包帯が巻かれたように燻し金の細糸がある。持ち手の方は少し太めの燻金の糸で巻かれ、滑り止めの様になっていた。
何時までも剣を見続けているオーガの前に、アンタレスが戻って来た。
アンタレスとオーガは同じ住居に住み、兄弟の様に育っていた。そのアンタレスがいない時にはオーガが長の所に預けられ、長と共に過ごしている。
故にオーガは長の事をじっ様と呼び、長は彼の事を孫の様に可愛がっていた。だが、オーガが最も懐いたのは、眼の前にいる兄貴代わりのアンタレスだった。
「兄さん、長に頼まれた物を渡せたの?」
「ああ、用事は済んだぞ。…お前、まさかと思うが、今までそれを眺めていたのか?」
今までしていた行動を見抜かれ、オーガは笑って誤魔化す。しかし、眼の前のアンタレスは容易に誤魔化される相手では無い。
何時もの様に軽い拳骨を喰らい、
「…いい加減にしないとお前、、また食事をするのを忘れるぞ。」
と、小言を貰った。素直には~いと返事をして、オーガは台所に向かう。土で出来た簡素な釜戸と地下水の溜まっている流し、調理台には既に料理が並んでいた。
それはまだ、料理を教わっていないオーガの為に隣の住人が作ってくれた物だった。アンタレスはと言うと、一応出来るが今ある物の様に繊細な物は出来無い。俗に言う、男の料理になってしまうのだ。
一応食べられる物なので、特に問題は無いが、その豪快さは時に目に余る物がある。そんな時に限って、隣の住人フォンアが料理を作って持って来た。
まあ、フォンアの…アンタレスに対しての御小言付きではあったが。
今までいた居間まで食事を持ってくるオーガだったが、何時もよりその量は多かった。不思議に思ったアンタレスが彼に尋ねると、フォンアがアンタレスが無事帰ったお祝いだと言って作ってくれたと答える。
オーガが一人でいると何時も、無性に寂しがっているのを知っているフォンアならではの配慮だった。
「後で礼を言っとかなきゃな。」
そう言って、弟の頭を撫で廻す。うんと、元気の良い返事が返ってくるとアンタレスは一層、その顔を彩る微笑が増す。
この懐いてくれる子供を手放したくないと想う気持ちと、このままではいけないと言う想い…その2つの気持ちが彼の心を満たす。
『今はこのままでいい、考えるのは後にしよう…。』
気持ちを取り直したアンタレスは、オーガと共に食事を始めた。
食事が終わり夜の帳が森を包み込む頃、オーガ達の住居に客が訪れた。隣の住人のフォンアだった。
オーガは既にアンタレスの傍で蹲り、瞼を擦りながら眠そうにしていた。
「今晩は、レスが帰って来たって聞いたけど…ああ、いた、いた。」
そう言って、ずかずかと遠慮なく入ってくるフォンアに、アンタレスは苦笑する。ここだと小声で言うと、声のした部屋へ迷わずやって来た。
中に入ると寝入り寸前のオーガに服を掴まれ、困惑気味のアンタレスを見つけるフォンア。余程、寂しかったのであろう幼子は、兄貴分の服を力強く掴んで離そうとしない。
「あらまあ、もうオーガは寝ちゃったんだ。…まあ、お前が出かけてから、ゆっくり眠っていなかったみたいだしな。」
「…フォン、それは本当か?」
「そうだよ、眠気覚ましに剣の訓練をしていたようなもんだったよ。寂しさも一緒に、吹き飛ばしていたみたいだしね。」
アンタレスの隣で眠り出したオーガの頭をそっと撫でながら、フォンアの言葉に一抹の不安を覚えた。ここまで懐かれると手放せなくなってしまう。だが、何故、これ程までに懐かれるのか納得いかない。
アンタレスの考えを察してか、フォンアが口を開いた。
「ほんと、良く懐いてるよ。こっちが羨ましい位にね。
…お前がリュース神の祝福を受けて、生まれたせいかな?」
フォンアの言う通りアンタレスは、生まれながらにして大地の神リュース神の恩恵を受けている。
その証が、翡翠色の髪と紫水晶の瞳。
木々の精霊がこの姿で生まれる事は稀で、彼の姿は人間の土地で畏怖の態度を取られる事が多い。この精霊ばかりが住む地ではありえない事であったが、人間の地では仕方の無い事だった。
しかしルシフでは、この恩恵が役に立った。何処の神殿でも入手困難なあの剣を、ルシフでは簡単に手に入れられたのだ。
正式名称・ルシム・シーラ・ファームリア、神に守られた国と呼ばれるその国は、光の聖地を持った小国で、唯一、神の生誕祭が行われる神殿がある国。
他の神殿では手に入れ損なっていたそれをアンタレスは、何の困難も無く手に入れる事が出来た。
神々の御膝元故の快挙、リュース神の祝福を受けた精霊ならではの奇跡でもあった。
「あれ?オーガの剣って、こんなだったけ?」
眠っている幼子が抱き締めている剣に、フォンアは気が付いた。じ~っと、何かを確かめる様にそれを見ている彼は、アンタレスへと向き直る。
「これ、お前の剣じゃあないよな。」
「ああ、今日、オーガに贈った。レナムに勝ったお祝いだ。」
「……何時の話をしているのかな~?
まあ、3年程、ここを開けてたんじゃあ無理ないか。」
「人聞きの悪い…頻繁に帰っていたじゃあないか。」
「長くて2・3日もすれば、すぐに出かけたのは…どいつかな?」
「仕事が急に入るのが悪い。俺だって、こいつの傍にいてやりたかったんだよ。しかも、断り切れんものばかり入りやがって…。
で、今回は早々に切り上げた挙句に、長めの休暇までをもぶんどって来た。勿論、急な仕事の受け付けは全て拒否してな。」
冒険者の一種、ギルド剣士と言う立場のアンタレスは、ギルドと呼ばれる集団に組みしている。一般の冒険者の場合は自ら仕事を取りにギルドへ行くが、ギルドから直接仕事を依頼されて熟すのが彼等、ギルド剣士と呼ばれる者。
ギルドに信頼された上に、その技量を買われて仕事を依頼される。
それがアンタレス達、ギルド剣士である。
アンタレスの言葉にどの位居られるのか、フォンアが尋ねて来た。
1年位と返事が帰って来て、フォンアは安堵の溜息を吐く。
眠る幼子にとって、兄と慕う者が1年丸々傍にいる。それはきっと、物凄く喜ぶ事であろう。
「1年間休みなら、十分にオーガを甘えさせてやれよ。
それでなくてもこいつは、かなりの寂しがり屋だからな。…お前の傍を絶対、離れないとは思うが…。」
「それは覚悟の内だ。まだこいつは幼過ぎるからな。」
永く生きられる精霊にとって13歳は、やっと歩き始めた幼児に近い。
姿形は人間の13歳、精霊でいう処の50歳に届くか如何かの姿と変わりないオーガだったが、彼等の感覚に基づくと実年齢では未だ小さな幼子だった。
実際、精霊の子供の13歳は、まだヨチヨチ歩きの幼子だった。同じ13歳でも、これ程成長速度が違うと違和感が先立つ。
その事がオーガに寂しさを与えていたのは、当然の事である。
自分が周りとは違う事実…、それが突き付けられる度、剣の修業に没頭したのは言うまでも無い。