亡き国の亡霊 後編
空いていると教えられた店・風の鳥亭に、彼等が着くと、いらっしゃいの挨拶で出迎えた男がいた。
扉を開けると、店主らしき茶色の髪の優男が愛想笑いをする。しかし、入って来た客の顔を確認すると、落胆の顔になった。
「何だ、アルディ、あんたか…ん?おや?今日は、コブ付きか?」
アルデナルの後ろに見えた子供たちの頭で、そう告げる店主に、アルデナルは苦笑しながら答える。
「弟が友達を連れて、祭りに来たんだ。
ここなら空いてるって、エンプが言ったんでね。」
そう言って、後ろにいる少年達を店内へ連れて行く。
その中の一人に、店主の目が止まった。
深い緑の髪の少年か、少女か見分けの付き難い子供。
綺麗な顔立ちと判るその子を店主は、じっと見ている。
視線に気が付いた本人とアルデナルが、店主の方を向く。何かを確かめ終わった様子で、溜息を吐く店主に、アルデナルが言葉を掛けた。
「何だか、とっても残念そうだな。」
「全くだ。こんなに綺麗な顔をしているのに、女の子じゃあないなんて…
これは、オレへの当て付けか、神々の悪戯か!!」
オルデファナを指示し、残念そうの告げる彼へ、アルデナルが止めを刺す。
「やっぱりな、お前の好みそうな顔だったか。
残念、こいつは俺の弟で、周りにいるもの同じ学校の友達で男だ。」
楽しそうに告げる顔馴染に、店主は頭を抱え、彼等の様子を見て反応する。
「子供連れじゃあ、普通のテーブルだと、教育に悪そうだな。
あっちの個室の方が、都合が良いぜ、アルデナル。」
「判った、そうさせて貰うぜ、イエットルス。」
愛称で無く、正式名で呼ぶ店主に、アルデナルは承諾の返事とばかりに、彼のそれを呼び頷く。何かの合図だと、連れであるオーガ達は気付き、彼の言う通りにその部屋へ入った。
彼等が部屋に入った事を確認した店主は、奥にいる従業員に声を掛ける。
「暫く、アルディと話してくる。後は頼んだぞ。」
「判りました、店長。ここは私達に任せて、ごゆっくりどうぞ。」
店員に見送られ、店長ことイエットルスは、料理を片手に、アルデナル達が入った個室の部屋へ向かった。
こじんまりしたその部屋は、やや薄暗い居酒屋丸出しの店内と違い、普通の部屋の様相をしており、ここが飲食店だという事を忘れそうな所であった。
只、中央にある大きなテーブルの存在が、飲食店だという事を示すかの様に、部屋の中で主張をしていた。そのテーブルに、外から持って来た食べ物を置き、其々が席に着く。
それを見計らったように、店主が料理片手に入って来た。
料理をテーブルのど真ん中に置き、自ら空いている席に着く。そして、真剣眼差しで、アルデナル達を見る。
「アルディ…いや、アーネベルア様。
ちょっと、お耳に入れたい話がありまして…。」
「イエット、この子達がいても、大丈夫かい?」
席に着いている少年達を見回し、頷いてから、イエットルスは話しの口火を切った。
「大丈夫ですよ。彼等は貴方の部下でしょう?そっちの二人は、王宮で見た事がありますし、残りの御一人は…ラングレート家の、養子の坊ちゃんでしょう?
なら、尚更、話した方が良い情報を、仕入れたんで。」
先程とは違い、丁寧な口調と紅の騎士の本名を呼ぶ彼に、連れである少年達…王宮騎士達は、真面目な顔になる。
彼等の様子を見て、イエットルスは話を続けた。
「いえね、最近街中で、妙な輩を見かけるんですよ。」
「妙な輩?」
「ええ、3年前に戦に敗れて、滅んだ国を覚えておいでですか?」
「確か…ディエアカルク国だったかな?」
「そうです。」
断言したイエットルスの言葉に、王宮の騎士達は無言になり、頷いた。しかし、オーガだけはその話に俯き、顔を上げなかった。
自分が話した、嘘の身の上に使った国の事故に、態と俯いたのだ。
勿論、その国の事は嫌という程、調べ尽くした。
当時の王族は戦に敗れた為、攻め込んだ国に併合され、その命を奪われた。唯一生き残ったのは、姉姫とその弟皇子だったが、彼等は逃亡の末、命を落としている。
オーガが告げた身の上と同じく、追手に掛り、従者共々、生命を奪われたのだ。容姿は…確か…黒髪と黒い瞳だと、調べは付いていた。
だが、彼等に扮する事は避け、その国の騎士の血筋を装った筈だったのに、今、オーガに話され様とする事柄は、その王族の事と想像出来た。
しかし、このまま黙っている訳にもいかないと思い、オーガは声を出した。
「その国が…滅んでしまった国が……如何かしましたか…?」
ゆっくりと顔を上げ、何かと向き合うような表情を作る。あまり嬉しくないが、間違えられたのなら、それを利用するまでと思い、イエットルスと視線を合わす。
彼の視線を受けて、イエットルスは先を続ける。
「その国から、命辛々逃げ出した貴族や騎士が、生き延びたらしい王族を捜しているのです。…ラングレート家の御子息殿、貴方達の事ではないのですか?」
「関係ありません!!私は…オーガ・リニア・ラングレートです。フェム・ディエアカルクの国とは、何の関係もありません。
それに私自身、父の事は何も覚えていません!!」
強く否定するオーガに、アーネベルアは優しく呼びかける。その呼びかけで、我に返ったように振る舞うオーガへ、イエットルスは何かを確信したようだ。
【フェム・ディアカルク】と呼ぶのは、その自国民である証。
オーガは、その国の出身の、騎士の血筋という身柄を使っている為、敢えてそう呼んだが、目の前の店主は、そう取らなかったようだ。
「オルトガーリニア・デエルト・ガルア・フェム・デェアルク殿下、
………愛称は、オーガでしたね。
腰にある剣は、御父君である王から譲られた、木々の精霊剣ですね。確か、御父君も剣の師匠から譲られた物で、一度も使われていないとか。」
言われて、自分の腰にある精霊剣に、手を伸ばす。
まさかの出来事……オーガの予想外の展開だった。
かの国の王族や貴族が、精霊の血を引いている事は知っていたが、木々の精霊剣を王家の者も、所有しているとは知らなかったのだ。
然も、自分が話した通りの事柄と、自分と同じ名──王族は愛称──に驚きを隠せず、只、相手を見つめるだけしか出来無かった。
そんな彼の行動を、誤魔化しが効かなかった為に驚いたと、判断したイエットルスは、厳しい視線を彼へ向ける。
「オーガ殿下、貴方はこの国で、何をなさろうとしているのですか?」
「……何も…只、平穏に生きたいだけ…何も無い僕には、今の生活が大事だ。
兄と呼べる人がいて、姉も幸せに出来る人の許に居る。僕…私は、王の血筋じゃあない、騎士の血筋で…精霊の血筋だ…。
滅んだ国など、関係ない。
失った者は…もう、元には戻らないのだから……。」
偶然とはいえ、ここまで一致していては、本当に違っていても、否定の意味が無い。
完全否定を諦めて、その王族と間違えられた誤解を、敢えて解かなかった。
只、王族である事の断言を避け、王族と思わせる様な対応と共に、本音の否定を言葉の後半に含め、己が想いをも含めた。
失った者は、もう、元には戻らない。
オーガの失った家族である精霊達は、もう、帰って来ない。
その言葉はオーガの心に残り、その表情を暗くした。
彼の様子を見て、イエットルスは溜息を吐き、話を切り上げた。
「判りました。そういう事でしたら、こちらも、追求しませんよ。貴方々はもう、この国の人間で、彼等とも関係無い。それで宜しいのですね。
オルトガーリニア・デエルト・ガルア・フェム・デェアルク殿下では無く、オーガ・リニア・ラングレートと、エレディラレムニア・ダルトア・アリア・フェム・デェアクル妃殿下では無く、エレラ・レムニア・ラングレートという訳ですね。
あ…騎士であったファナムール伯の名も、無しにしましょうね。」
何処まで知っているのか、突っ込みたくなるような店主の言葉に、オーガは無言で頷くしか、術が無かった。偶然の一致とは言え、これ程まで同じである事は、幾ら否定を繰替えしても、覆せないと考えたのだ。
ならば、それを利用しよう。
既にその王族は死んでいて、閉合した国では、彼等の死を公にしているが、信じられない者がいる事も、判っている。
彼等がオーガ達の事を知り、この地へ集まっている。
顔を知っているものなら、直ぐにでも己が偽物だと判るだろう。流石に顔までは似ていないと考え、いざとなれば、自分の力を使い、利用出来る駒が増やせると思った。
しかし、それは思わぬ展開をも、再び引き起し、偶然が何処までも重なる事を、オーガは嫌と言う程、痛感する事となる。
まるでこれが、大いなる神・エルムエストム・ルシムの意思であるかのように。