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緑の夢、光の目覚め  作者: 月本星夢
悪夢の開演
36/126

亡き国の亡霊 後編

 空いていると教えられた店・風の鳥亭に、彼等が着くと、いらっしゃいの挨拶で出迎えた男がいた。

扉を開けると、店主らしき茶色の髪の優男が愛想笑いをする。しかし、入って来た客の顔を確認すると、落胆の顔になった。

「何だ、アルディ、あんたか…ん?おや?今日は、コブ付きか?」

アルデナルの後ろに見えた子供たちの頭で、そう告げる店主に、アルデナルは苦笑しながら答える。

「弟が友達を連れて、祭りに来たんだ。

ここなら空いてるって、エンプが言ったんでね。」

そう言って、後ろにいる少年達を店内へ連れて行く。

その中の一人に、店主の目が止まった。

深い緑の髪の少年か、少女か見分けの付き難い子供。

綺麗な顔立ちと判るその子を店主は、じっと見ている。

視線に気が付いた本人とアルデナルが、店主の方を向く。何かを確かめ終わった様子で、溜息を吐く店主に、アルデナルが言葉を掛けた。

「何だか、とっても残念そうだな。」

「全くだ。こんなに綺麗な顔をしているのに、女の子じゃあないなんて…

これは、オレへの当て付けか、神々の悪戯か!!」

オルデファナを指示し、残念そうの告げる彼へ、アルデナルが(とど)めを刺す。

「やっぱりな、お前の好みそうな顔だったか。

残念、こいつは俺の弟で、周りにいるもの同じ学校の友達で男だ。」

楽しそうに告げる顔馴染に、店主は頭を抱え、彼等の様子を見て反応する。

「子供連れじゃあ、普通のテーブルだと、教育に悪そうだな。

あっちの個室の方が、都合が良いぜ、アルデナル。」

「判った、そうさせて貰うぜ、イエットルス。」

愛称で無く、正式名で呼ぶ店主に、アルデナルは承諾の返事とばかりに、彼のそれを呼び頷く。何かの合図だと、連れであるオーガ達は気付き、彼の言う通りにその部屋へ入った。

彼等が部屋に入った事を確認した店主は、奥にいる従業員に声を掛ける。

「暫く、アルディと話してくる。後は頼んだぞ。」

「判りました、店長。ここは私達に任せて、ごゆっくりどうぞ。」

店員に見送られ、店長ことイエットルスは、料理を片手に、アルデナル達が入った個室の部屋へ向かった。



 こじんまりしたその部屋は、やや薄暗い居酒屋丸出しの店内と違い、普通の部屋の様相をしており、ここが飲食店だという事を忘れそうな所であった。

只、中央にある大きなテーブルの存在が、飲食店だという事を示すかの様に、部屋の中で主張をしていた。そのテーブルに、外から持って来た食べ物を置き、其々が席に着く。

それを見計らったように、店主が料理片手に入って来た。

料理をテーブルのど真ん中に置き、自ら空いている席に着く。そして、真剣眼差しで、アルデナル達を見る。

「アルディ…いや、アーネベルア様。

ちょっと、お耳に入れたい話がありまして…。」

「イエット、この子達がいても、大丈夫かい?」

席に着いている少年達を見回し、頷いてから、イエットルスは話しの口火を切った。

「大丈夫ですよ。彼等は貴方の部下でしょう?そっちの二人は、王宮で見た事がありますし、残りの御一人は…ラングレート家の、養子の坊ちゃんでしょう?

なら、尚更、話した方が良い情報を、仕入れたんで。」

先程とは違い、丁寧な口調と紅の騎士の本名を呼ぶ彼に、連れである少年達…王宮騎士達は、真面目な顔になる。

彼等の様子を見て、イエットルスは話を続けた。

「いえね、最近街中で、妙な輩を見かけるんですよ。」

「妙な輩?」

「ええ、3年前に戦に敗れて、滅んだ国を覚えておいでですか?」

「確か…ディエアカルク国だったかな?」

「そうです。」

断言したイエットルスの言葉に、王宮の騎士達は無言になり、頷いた。しかし、オーガだけはその話に俯き、顔を上げなかった。

自分が話した、嘘の身の上に使った国の事故(ことゆえ)に、(わざ)と俯いたのだ。

勿論、その国の事は嫌という程、調べ尽くした。

当時の王族は戦に敗れた為、攻め込んだ国に併合され、その命を奪われた。唯一生き残ったのは、姉姫とその弟皇子だったが、彼等は逃亡の末、命を落としている。

オーガが告げた身の上と同じく、追手に掛り、従者共々、生命を奪われたのだ。容姿は…確か…黒髪と黒い瞳だと、調べは付いていた。

だが、彼等に扮する事は避け、その国の騎士の血筋を装った筈だったのに、今、オーガに話され様とする事柄は、その王族の事と想像出来た。

しかし、このまま黙っている訳にもいかないと思い、オーガは声を出した。

「その国が…滅んでしまった国が……如何かしましたか…?」

ゆっくりと顔を上げ、何かと向き合うような表情を作る。あまり嬉しくないが、間違えられたのなら、それを利用するまでと思い、イエットルスと視線を合わす。

彼の視線を受けて、イエットルスは先を続ける。

「その国から、命辛々逃げ出した貴族や騎士が、生き延びたらしい王族を捜しているのです。…ラングレート家の御子息殿、貴方達の事ではないのですか?」

「関係ありません!!私は…オーガ・リニア・ラングレートです。フェム・ディエアカルクの国とは、何の関係もありません。

それに私自身、父の事は何も覚えていません!!」

強く否定するオーガに、アーネベルアは優しく呼びかける。その呼びかけで、我に返ったように振る舞うオーガへ、イエットルスは何かを確信したようだ。

【フェム・ディアカルク】と呼ぶのは、その自国民である証。

オーガは、その国の出身の、騎士の血筋という身柄を使っている為、敢えてそう呼んだが、目の前の店主は、そう取らなかったようだ。

「オルトガーリニア・デエルト・ガルア・フェム・デェアルク殿下、

………愛称は、オーガでしたね。

腰にある剣は、御父君である王から譲られた、木々の精霊剣ですね。確か、御父君も剣の師匠から譲られた物で、一度も使われていないとか。」

言われて、自分の腰にある精霊剣に、手を伸ばす。

まさかの出来事……オーガの予想外の展開だった。

かの国の王族や貴族が、精霊の血を引いている事は知っていたが、木々の精霊剣を王家の者も、所有しているとは知らなかったのだ。

然も、自分が話した通りの事柄と、自分と同じ名──王族は愛称──に驚きを隠せず、只、相手を見つめるだけしか出来無かった。

そんな彼の行動を、誤魔化しが効かなかった為に驚いたと、判断したイエットルスは、厳しい視線を彼へ向ける。

「オーガ殿下、貴方はこの国で、何をなさろうとしているのですか?」

「……何も…只、平穏に生きたいだけ…何も無い僕には、今の生活が大事だ。

兄と呼べる人がいて、姉も幸せに出来る人の許に居る。僕…私は、王の血筋じゃあない、騎士の血筋で…精霊の血筋だ…。

滅んだ国など、関係ない。

失った者は…もう、元には戻らないのだから……。」

偶然とはいえ、ここまで一致していては、本当に違っていても、否定の意味が無い。

完全否定を諦めて、その王族と間違えられた誤解を、敢えて解かなかった。

只、王族である事の断言を避け、王族と思わせる様な対応と共に、本音の否定を言葉の後半に含め、己が想いをも含めた。


失った者は、もう、元には戻らない。


オーガの失った家族である精霊達は、もう、帰って来ない。

その言葉はオーガの心に残り、その表情を暗くした。

彼の様子を見て、イエットルスは溜息を吐き、話を切り上げた。

「判りました。そういう事でしたら、こちらも、追求しませんよ。貴方々はもう、この国の人間で、彼等とも関係無い。それで宜しいのですね。

オルトガーリニア・デエルト・ガルア・フェム・デェアルク殿下では無く、オーガ・リニア・ラングレートと、エレディラレムニア・ダルトア・アリア・フェム・デェアクル妃殿下では無く、エレラ・レムニア・ラングレートという訳ですね。

あ…騎士であったファナムール伯の名も、無しにしましょうね。」

                                                                                          

何処まで知っているのか、突っ込みたくなるような店主の言葉に、オーガは無言で頷くしか、(すべ)が無かった。偶然の一致とは言え、これ程まで同じである事は、幾ら否定を繰替えしても、覆せないと考えたのだ。

ならば、それを利用しよう。

既にその王族は死んでいて、閉合した国では、彼等の死を公にしているが、信じられない者がいる事も、判っている。

彼等がオーガ達の事を知り、この地へ集まっている。

顔を知っているものなら、直ぐにでも己が偽物だと判るだろう。流石に顔までは似ていないと考え、いざとなれば、自分の力を使い、利用出来る駒が増やせると思った。

しかし、それは思わぬ展開をも、再び引き起し、偶然が何処までも重なる事を、オーガは嫌と言う程、痛感する事となる。



まるでこれが、大いなる神・エルムエストム・ルシムの意思であるかのように。


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