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緑の夢、光の目覚め  作者: 月本星夢
悪夢の開演
34/126

見習いの神官

 街へ繰り出したオーガ達は、祭りの最初に行う神殿への参拝に向かった。

王都だけあって大きな神殿は、その敷地内に神々の祝福をその身に持って生まれた者達が、住まう屋敷を抱えていた。

勿論、オーガの行った事のある炎の屋敷もあり、神殿から街はそんなに遠くなかった。


「ここは、エリアレナム大神殿と言って、この国では一番大きい神殿ですよ。」

ファムトリアの説明でオーガは、目の前の神殿を改めてみた。

白亜の建物には金と黒、青と赤、緑と虹色、銀色の七つの色が飾られ、この神殿が全ての神々を祀る事を示している。

彼等の言う通り、大きな神殿には人々が多く集まり、神官によって出迎えられていた。

白い神官達の中で、一際目立つ、紅い色彩。

紅の髪と紅金の瞳で、炎の写した様な紅の衣に身を包んだ人物が、彼等の方に目を向けた。ふと微笑みを浮かべ、彼等の近寄り、声を掛ける。

「良く来たね、君達。エニアを引っ張って来るのは、大変だっただろう?」

暗に神殿嫌いだとエニアバルグの事を言っている、その人物に見覚えがあった。

「…え?べルア様?」

オーガの呟きに、エニアバルグもファムトリアも、声を殺して笑っている。目の前にいる人物は、王宮にいる筈の騎士だったのだ。

事情を知らないオーガへ、紅の青年が理由を説明した。

「今日から、この国の建国祭なんだよ。

この祭りでは、この国で神々の祝福を受けて生まれた者が必ず一人は、神殿の入り口にいる事を義務付けられているんだ。今年は私の番だから、此処にいるんだよ。」

「大変なのですね…。」

理由を聞いたオーガは、ぽつりとそう言った。

彼の言葉にアーネベルアは微笑み、そうでも無いと返す。

改めて服装を見ると、普段の近衛騎士とは違う、紅の騎士服と剣…紅い地に炎を表す文様と、腰には炎の剣。

炎の神に祝福され、炎の剣に担い手として認められた者が、そこに居る。

しかし、彼は威厳を振り撒く出なく、存在しているだけ…神々の祝福を受けて者として、無闇に威厳を見せない彼に周りの者は自然と目を向け、集まってくる。

注目を集めている事に気付いた紅の騎士は、近くの神官に少し場を離れる事を告げ、部下達を神殿の中に誘った。人々が祈りを上げている場所とは別の、控室のような場所へ案内され、オーガ達は不思議に思った。

「暫く、ここで休むと良いよ。

私も、もう少しで交代の時間に入るし、良かったら一緒に街を回ろう。」

若干一名、この提案に手放しで喜んでいるが、後の二人は、そうもいかない表情になる。その一人、ファムトリアが真っ先に口を開いた。

「アーネべルア様、私達と一緒に街中に出て、大丈夫なのですか?

王宮と関係ない者としての装いを、私達がしているので、べルア様にあらぬ疑いが掛ってしまいかねません。」

「…ファムの言う通りです。

べルア様に御迷惑を御掛けしては、義兄上達に申し訳が立ちません。上司の申し出を、無下にする事はしたくありませんが、どうぞ、御了承して頂けませんか?」

二人の反論に、アーネベルアは笑い出し、返事をした。

「二人の心配は最もだけど、大丈夫だよ。

こう見えても良く、お忍びで街に出ているんだ。だから、心配は要らないよ。」


彼が言い終ると、部屋の扉が叩かれた。

「炎の騎士様は、此方に御出ででしょうか?」

聞こえて来たのは、白く長い髭を蓄え、優しげな顔に皺を刻み、金色に見える薄き緑の瞳の壮年の神官。

元の髪の色は判らないが、豊かな白い髪は神官服の後ろで括られていた。

その服の装飾は七神を示す七色の線の縁取りと、七神の象徴をあしらってあり、両袖には大きな円を半分にし、片面は昼空、もう一方は夜空を配置しており、その中心に太陽と月が座している。

太陽の周りに雲が浮かび、月の周りには雲と星が瞬き、円の縁には大地が覆い、その上を水と炎が踊るかのように配置されている。

七神の神官…即ち全ての神々の神官を意味する装飾に加え、地位を示す肩帯が、袖と同じ形の留め具で留められていた。肩帯の色は虹の様に七色で彩られ、その房は、別の七色で飾られていた。

恐らく、アーネベルアが場を離れる事を告げた神官から、その事を聞いて、彼を迎えに駆け付けた様だ。

「…大神官様…。」

ファムトリアの呟きで、目の前の神官の地位が、大神官である事をオーガは知った。彼の呟きが聞こえたのか、神官は微笑を浮かべ、名を告げる。

「初めまして、紅の騎士のお知り合いの方々殿。

御察しの通り、私はこの神殿の大神官を務める、フォルムルシム・ラル・ルシアラム・リンデルガレと申します。」

オーガ達の事を言っているらしい神官に、アーネベルアが彼等を紹介した。

「この子達は、私の部下達だよ。

銀色の髪とオレンジ色の瞳の子がエニアバルグ・ラサ・クームト、

その隣の、薄紫の髪で薄緑の瞳の子がファムトリア・グレナ・クートガルニ、

最後の緑の髪と瞳の子がオーガ・リニア・ラングレートという名前だよ。」

彼等の自己紹介が終ると、神官の目がオーガで止まり、感心した声が上がった。

「流石、紅の騎士様ですね。精霊の部下を御連れになるとは…確か、御二人目ですか?おや?精霊の方の気配は…多彩な属性を感じますが…不思議な感じですね…。

ですが、今は大地の気配が、御強いようですね。」

多彩な属性と言われ、以前にも言われた事を思いだす。

自分の本当の両親の事は判らない。

しかし今、大地の気配が強いのは、炎の屋敷に入った時に変え、その後何時の間にか無意識で纏う様になっていたのだ。

人間の気と共に、大地の精霊の気を纏う。それを神官は敏感に感じ取ったのだ。

そこの事にアーネベルアが、オーガの代わりに返答をする。

「その子は、色々な精霊の混血らしいよ。確かに、不思議な感じを受けるね。」

辛い事を思い出さない様にと、配慮された事に気付き、オーガは俯きそうになった顔を必死に我慢した。両親を知らない彼にとって、自分に残された物の一つであると、認識を変えようとしたのだ。

顔も知らない本当の両親…木々の精霊だったと思うが、それすら定かで無い。只、死んだ原因も判らず、人間でいう処の、墓と言う物の所在さえ知らない。

苦悩している事が顔に現れたのか、大きな皺だらけの手がオーガの頭に乗っかった。

「御辛い事を思い出させて、申し訳ありません。ですが、一言だけ、言わせて頂いても宜しいですかな?貴方の御両親の想いは、貴方の中にあります。

御両親は何時も、貴方を見守っておられますよ。その御両親に貴方が出来る事は、元気で、幸せに一生を終える事。それが、何よりの親孝行ですよ。」

優しい眼差しで言われたオーガは、何も言えず、只、目の前の神官を見つめる事しか出来無かった。

今、自分の遣ろうとしている事は、復讐という名の騒動。

己の幸せなど、微塵も考えた事も無い。だが、この考えを周りに示す事はしない。

隠す為に、素直に頷き、神官や周りの者への疑惑を取り除く。

「大神官様の御言葉、肝に銘じて於きます。

亡き両親も、私の事を…見ていてくれるのですね………。ならば、それに恥じないよう、頑張るつもりです。」

偽りの心で、偽りの言葉を紡ぎだす。

だが、悲しみは真実…育ててくれた木々の精霊の事を思い、これを告げた。

オーガの様子に気付いたエニアバルグは、彼に声を掛ける。

「オーガ、今日は祭りだぜ。そんな辛気臭い顔は、似合わないから()めろよな。」

「エニア…そんな態度だから、何時も注意されるのですよ。

たまには、人の気持ちを考えて行動しなさい。」

彼等の、日常茶飯事の遣り取りが始まり、オーガの意識はそちらへ向く。つい、吹き出しそうになり、必死で我慢をするが、アーネベルアと大神官に気付かれた。

「オーガ君、我慢しないで、笑えばいいよ。

彼等の言い合いは、何時もの事なのだからね。」

さり気に言われ、我慢しきれなくなったオーガは、笑い声を出した。

「くっ、ふふふ、あはは、エニアったら、相変わらずだよね。

そうだね、今日はお祭りだし、楽しまないと損だよね。」

楽しそうに言うオーガに、彼等は安心したらしい。

義理とは言え、兄と離れ、気落ちした様子が見えていたオーガの笑顔は、この祭りで二人の騎士が、目的とした物でもあった。

しかし…可笑しな事に、周りの全員がそれに見惚れていた。

耐性が付いていたのか、アーネベルアだけは直ぐに我に返ったが、他の三人…然も大神官までが、彼の微笑に釘付けになっている。

不思議な事もあると思ったらしいアーネベルアが、当の本人へ視線を戻す。

彼は笑いを止め、キョトンとした顔をしていた。

「エニア、ファム、私…あっと、僕の顔に何かついている?」

「な…あ、あ、いや、別に、オーガの顔が綺麗だって、見惚れた訳じゃあ…あるか。」

急に話し掛けられ、我に返って、慌てて繕うとするエニアバルグだったが、否定しようとして出来無かったようだ。そんな彼の様子に、今度はファムトリアが噴き出す。

「エニア、否定になっていないですよ。

まあ、オーガが綺麗なのは、今に始まった事ではありませんが。」

言えて妙な事を告げられ、オーガも苦笑するしか無くなった。彼等の遣り取りで、大神官も己が見惚れていた事に納得出来たらしい。

神官の場合、類まれな美しさを持つ精霊なら、見惚れても仕方が無いと思ったようだ。


 我に返った大神官は、自分の用事を思い出し、アーネベルアを連れて行こうとした。そして、他の神官で手の空いている者を呼んだ。

呼ばれて来たのは、黒髪と紅い目の神官。

オーガより小柄で、幼い印象の残る少年は、神官服を着ているにも拘らず、その服には装飾が見当たらない。唯一の装飾が、肩から掛っている真っ白な布のみ。

それが意味するのは、見習い神官であった。

修行中なのか、仕える神々が見出せないのかは判らないが、目の前にいる見習い神官へ、オーガは挨拶をする。

「初めまして、オーガ・リニア・ラングレートと申します。」

「あ…の、初めまして、私はバルラム・ルシアラム・カルダルアと申します。」

オーガに見惚れていたらしい神官は、掛けられた声に我に返り、挨拶を返す。

何かに怯えている様な彼へ、エニアバルグ達の声が掛る。

「久しぶりだな、カルディ。

お前まだ、見習いをやっているのか!良い加減、使える神を決めろよな。」

「エニア、神官が仕える神を決める事は、自身の心の奥から求める方で無いと、無理なのですよ。バルラム・ルシアラム・カルダルア様は、その様に思える神々を未だ見出せないだけで…。」

「御二方、私の事で争わないで下さい。

私が未熟なだけで…未だ、仕える御方を見出せないだけなのですから。」

顔見知りを判る会話に、オーガは彼等の間に視線を行き来させ、不思議そうな顔をした。オーガの視線に気が付いたエニアバルグは、その疑問に答える。

「カルディは、俺の幼馴染だ。二人とも両親を失くして、孤児院で育ったんだ。

で、俺は今の両親に引き取られ、カルディは神殿へ身を寄せたんだ。」

「何かしら、人の役に立ちたいと思ったのですが…未だ、正神官にはなれません。

オーガ様でしたね、こんな未熟者の私ですが、アーネベルア様が来られるまで、相手をさせて頂きます。」

様付けで呼ばれ、屋敷にいる通りに頷こうとしたが、不自然さに気が付き、再び不思議そうになった。

周りの騎士達も同じ気持ちだったようで、ファムトリアが質問を投げかける。

「カルダルア様、見習いとはいえ、神官である貴方が何故、精霊の血筋の方に、敬称を付けられるのですか?」

「え…?私、付けていました?…付けていないと思いますが…。」

指摘され、驚く見習い。

彼に幼馴染は、もう一度オーガの名を呼ぶ事を進めると、やはり無意識に付けている。この事実で、見習い神官は困惑して、己で何故でしょうと、言い始める始末。

彼の様子をエニアバルグが見かねて、憶測を話した。

「オーガが色々な精霊の混血みたいだから、神々の御業の様に感じたんじゃあないのか?実際、多彩な精霊の混血児に対して、無意識で敬称を付けた正神官を、見た事があるし…な。」

覚えのある神官の事を話す彼に、見習いも納得したらしい。だが、如何やっても敬称が取れない様で、諦めて、そのまま呼ぶ事にした様だ。

ふと、真剣な差しでオーガを見る見習い神官…彼は、何か心に芽生えた感情を、その胸の内に閉じ込めたようで、意識的に敬称を失くして呼ぶ声を心掛けたようだ。

しかし、これから先この神官は、オーガの事を呼ぶ時、様付けになる事が避けられぬ癖になるとは、誰も気付かなかった。



 見習い神官が持って来た、お茶とお菓子を堪能しながら、彼等はエニアバルグの昔話を聞いていた。

幼馴染がいる事で、孤児院時代の話が色々聞けた。

まあ、殆どが、エニアバルグの悪戯の失敗談であったが、彼がどんなに腕白(わんぱく)で、活発な子供だったか、容易に想像出来た。

笑い話が一段落する頃になると、アーネベルアが交代の時間に入ったようで、急いで彼等を迎えに来た。

オーガ達が去る時、見習い神官は、言い様無い消失感に誘われた。先程まで傍にいた精霊の血筋の者が、まるで己の主の様に感じ、彼は焦っていた。

彼は神官であり、例え、精霊の血を引いていても、人間に仕える事は無い。

判り切っている事なのに、何故か、その消失感は拭えなかった。

そんな心を持て余しながら、見習い神官は、自分のいるべき喧噪の中へ帰って行った。



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