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緑の夢、光の目覚め  作者: 月本星夢
悪夢の開演
33/126

同じ血の絆

 バルバートアとエーベルライアムが王宮から姿を消した後、オーガは暫く仕事と策略に没頭し出した。寂しさを紛わす為のそれは、エニアバルグにバレバレだったらしい。

近々行われる祭りの日取りに、彼が急にオーガを誘ったのだ。

運が悪いのか良いのか、その日は休みになっており、何故か、外出と外泊許可も出ていた。不思議に思ったが、理由は直ぐに知れた。

「オーガの様子が可笑しいからって、分団長に言ったら、アーネベルア様とハルトベリル様から、休暇と外泊届が出された。

御二人は既に、お前の心配をしておられたみたいだ。」

「べルア様とハルト義兄上から…ですか?」

「ああ、それとこれ、ハルト様からだ。一人になってから、読むようにとの伝言だぜ。」

最初の頃の、ぶっきら棒な言い方が無くなり、砕けて口調になっているエニアバルクから、一通の手紙を渡された。蝋印は、確かにハルトベリル物の。

何だろうと思い、言われた通りに部屋で開ける事にした。


 祭り当日に集まる時間と、場所を知らされ、オーガはエニアバルグと別れた。

仕事の帰りだったので、普段通りに廊下を進むと、人だかりが見える。

近衛でも優良株の一人が、取り巻きと共にいる姿は何時もの事で、気にせずその横を通り過ぎようとした…その時、手にあった手紙を、その中の一人に取られた。

「…ハルト様からの手紙か…関係の無いお前が、貰う物ではないな。」

あの場にいなかった人物から、言われた言葉に怒りを覚え、素早くその手紙を取り返し、大事に懐へ仕舞う。そして、その騎士へ言葉を返す。

「関係無い訳ではありません。ハルトベリル殿は、私の義理の兄です。

兄からの手紙、返して貰います!」

断言より早く取り返した為、手にしていた騎士は、唖然となった。何時の間にか無くなっている手紙と、それを持っていた手を見つめる。

その姿に、中心にいる人物が声を掛けた。

「何を、馬鹿な事をしている。……君は…アーネベルア様を誑かした、輩か。」

「何を根拠に言っておられるか、判りませんが、此処は大来の場。他の方に迷惑が掛りますし、貴方々の名誉にも係わります。

他に場所を移した方が、宜しいと思いますが…如何されますか?」

制服で同じ近衛と判ったが、地位までは判らない相手へ、一応丁寧に対応する。オーガの言葉で、中心の人物は少し考え、彼と共に場所を移すよう、指示を出す。

彼等がオーガを連れて来たのは、夕刻に近い時間の為、人が少ない外の訓練場だった。薄暗闇の中で彼等は、オーガに折檻をしようとしたのだ。

連れて来られたオーガは、人気の少ない事を確認し、微笑んだ。

「貴方々が、何処で、何をなさろうと勝手ですが、言われの無い噂を広められるのは、不本意です。」

「はっ、本当だろうが!アーネベルア様をその顔で、誑し込んだんだろう。」

口汚く言う周りの者へ、顔を潜めながら、オーガは返答する。

「貴方々は、べルア様がそんな事をなさる方だと、御思いですか?それこそ、べルア様を貶めていると、判りませんか?」

オーガの言葉に周りの者は、口を噤んだ。

それ以上言えないと判ると、オーガは反撃に出た。

「べルア様は、私の実力に興味を御持ちなだけです。

あの方は、根っからの剣士…それだけです。……それとも、貴方々はその身を持って………炎の騎士の知らない、我の実力を知るか?」

人当たりの良い微笑が、狂気のそれに代わる。

同時に、口調も、何時もの真面目な優しい物から、威厳に満ちた厳しい物へと変わる。

その変貌ぶりに彼等は驚き、恐れ、逃げようとしたが、何かに阻まれ、この場から逃げられなかった。

「無駄だ、此処は闇の結界の中。お前達は、此処から逃げられない。

…我から手紙を奪う等するとは、無謀な輩だ。

我に喧嘩を売った事を、後悔するが良い。」

目の前の少年が纏う気は、人間の物で無くなっていた。精霊の気と共に、邪気が纏わりつく。木々の精霊の気と邪気で、彼等の足は竦むだけだった。

声を出せたのは、先程の中心なる人物。

身分は、今のオーガと同じ侯爵家の次男坊。

金色の髪に薄緑の瞳、やや吊り上がり気味の目は、恐怖に見開かれ、目の前の少年を捉えている。

美しい顔も同じく、恐怖で歪み、体は恐ろしさで震えている。傍から見れば、かなりみっとも無い姿を晒している彼は、震えで揺れる声で叫ぶ。

「この…化け物……お前なぞ…アーネベルア様に…近付ける…訳には…。」

「戯言は、其処までにして貰おう。」

そう言って、彼は左手で剣を柄ごと持ち、彼等に対して振るう。一振りで、数人が結界の壁に打ち付けられ、全身を打撲する。

命を奪うまでには及ばない様に、加減されてはいるが、怪我は免れない。

いや…今死なないだけ、なのかもしれない。

彼等は地面に落ちると、動く事すら、(まま)ならなかったのだから。

息はしている、只、それだけ。

人形の如く垂れこんだ彼等へ、オーガは術を掛ける。

魁羅のそれと、怪我を軽くするだけのそれ。完全に治す事は、元から出来無いが、幾分か軽くする事は出来る。

魁儸の術も、己の張った結界内では、炎の騎士の影響も無く、知られる事も無かった。闇の結界の外に無意識で張った、何事も無に帰す結界がある為に…。

それは彼も知らないし、内なる邪気も気付かなかった。

オーガの身の内に隠れている、本来の力の発現であった。

未だ彼の中には、本人の知らない力が眠っている。

それは本人も、邪気も、預かりしれない所だった。



 結界内の人間を制したオーガは、その結界を解き、彼等を各々の部屋へ帰る様、操った。十人に満たない数であったが、これ位は簡単な事だった。

今、彼は、王宮の中にいる数十人単位の人々を操り、己の目的の為に動かしている。彼等の行動、見聞きした事は、全て把握し、次なる使命を彼等に下す。

普通の人間では混乱する事だったが、邪気を含んでいるオーガには、容易であった。必要、不必要を瞬時に判断し、必要な物だけを残す。

バルバートアが王宮を去った事は、知っていた。しかし、ラングレート家と縁を切った事が伝わらなかったのは、宰相を魁羅にしていない為だった。

ラングレートの屋敷で起こった事なら、彼にも伝わったが、王宮内で遣り取りされてる為、伝わらなかった。

炎の騎士を警戒して、宰相の周りの者を操らなかった事に後悔した。

だが、起きてしまった事は、仕方が無い。

今は新たに加わった魁羅を駒に、騎士達を掌握する。

炎の騎士を駒にする事を止め、手に入れた駒を増やしつつ、己が目的に突き進む。

もう、後戻りは出来無い。前に進むしか、オーガの道は無かった。


 部屋に帰ったオーガは、渡された手紙を開け、中身を確認した。

中に入っていたのは、ハルトベリルの直筆の手紙と、ある宿屋の宿泊予約の紙だった。同封の手紙にはこうあった。

 『親愛なる我が義理の弟、オーガへ。

  祭りの間、そこに泊まると良い。

  この国の、初めての祭りだろうから、気分転換に楽しんでおいで。

  エレラの事は、俺にませてくれ。義理とは言え、大切な妹だ。護ってみせる。

                         君の義理の兄・ハルトベリルより。』

用件のみの、簡素に書かれた手紙は、ハルトベリルの性格を表しており、オーガは普段の微笑を零した。

この義兄も、自分のしている事を知ったら、離れるであろう。その為、少しでも距離を置こうとしているが、それが無駄だと判る文面でもあった。

手紙から微かに感じる、彼の心。

心配と気遣い、オーガを弟して扱う彼の、出来る限りの優しさが伝わる。

「有難うございます、ハルト義兄上。」

この暖かさ、優しさは、バルバートアに通じるものがある。同じ血を分けた、兄弟ならではなのかと思うオーガは、少し羨ましく感じる。

オーガには、同じ血を持つ兄弟はいない。失ってしまった兄と呼んでいた精霊とも、血の繋がりは無く、兄代わりと言うべき者だった。

それでも彼を兄と慕い、彼もまたオーガを実の弟の様に接していた。お互いが血の繋がった家族を失っており、その反動か、本当の家族の様になっていた。

周りの精霊も、オーガ達を家族として扱い、あまり寂しさを感じなかった。

だからこそ、失った時の悲しみと、心への傷は大きかった。

全ての人間を憎むほどに。

血を分けた兄弟で、ふと、オーガの心にある少女が過った。

心の奥底に仕舞っていた、夢の記憶。

その夢で自分を呼んでいた少女、恐らく、金髪の父親と緑髪の母親に囲まれた彼女は、自分にとって一体何なのだろう。

前世の夢にしては現実味を帯びた、最後の少女の夢。

自分を捜し、その名を呼ぶ声。

そう言えばと、オーガは、家族を失う前の夢を思い出し、可笑しいと思った。あの少女は、オーガを認識し、もう一人の自分と称した。

自分の名を知っている見も知らぬ少女…彼女は一体、誰だろうか…。

オーガの胸に名と声しか知らぬ、姿無き少女の事が、ゆっくりと浸透して行った。



 祭りの日、指定された場所に、オーガは赴いた。

王宮の裏門の、大きな木の近くに、二人の顔見知りの騎士がいた。服は普段着の様で、飾り気のない剣士の服…見習いの剣士の様に見える服だった。

オーガも、エニアバルグから事前に渡された、同じ服を着ていた。

薄茶色の装飾の無い剣士の服に、目立たない様に布に包んだ精霊剣。彼等の剣も、質素な剣になっており、目立たない様にしていた。

「…オーガ、お前って、そんな格好しても、目立つな。」

言われてキョトンとする彼に、今度はファムトリアも頷きながら告げた。

「エニアの言う通りですね。美しいと称される人が、どの様な服を着ても、目を引くと言われるのも、納得いきます。」

「ファム殿…それって、貴方にも言える事だと、思いますよ。」

反論を試みるオーガに、頷くエニアバルグ。

言われた本人は、そうですかと首を傾げるばかりであった。

そんな遣り取りの中、オーガは、祭り中の敬称、敬語禁止を言い渡されたのだった。

普通の市民が使うような言葉遣いでと言い渡され、オーガは少し考え、精霊時代の物に口調を変える事にした。


 裏門から出た彼等は、街へ繰り出した。賑わいを見せるそこは、オーガにとって初めて見る物が多く、対、好奇心で周りをキョロキョロしていた。

その様子に、後の二人は微笑み、彼に声を掛ける。

「あんまりよそ見をしていると、人にぶつかったり、迷子になるぞ。」

「…判ってるけど、この街のお祭りなんて、初めてだし…。

エニア、ファム、これから何処へ行くの?」

オーガの砕けた口調に、気を良くしたエニアバルグは、目的地を話した。

「そうだな、屋台も多いし、そっちへ行こうか。」

「エニア、その前に神殿に行ってからでしょう。」

即答でエニアバルグを叱咤するファムトリアは、続く文句を口にする。

「全く、目を離すと直ぐに、神殿を外そうとするんですから…。

オーガ、この祭りは、最初に神殿で祈りを上げてから、参加するんですよ。

そして、神々の祝福を受けてから、街に繰り出します。」

「…ファム、口調が全く変わってないけど…良いの?」

口調を指摘されたファムトリアは、不思議そうな顔をするが、代わりとばかりにエニアバルグが理由を述べる。

「こいつに言っても、直らない。これが普通の口調だと言って、聞かないんだ。」

「エニアの言う通り、私の場合は変えようがないので、このままです。」

言えて妙な答えに、納得するしかなかった。

無意識に狡いと呟くオーガに、彼等は微笑んだ。

自分達より年若い剣士を構う図は、周りの者から見ても心和む物であった。


そんな彼等を、街の喧騒が賑やかに迎えた。

この国で一番賑わう祭りは、一層華やかに幕を上げるのだった。


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