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緑の夢、光の目覚め  作者: 月本星夢
悪夢の開演
32/126

運命の離別

 後宮の仕事に慣れ、何事も無く日々が過ぎて行く中、オーガは目的に向かって、着々と準備を進めていた。

近くにいるエニアバルグとファムトリアに気付かれず、術を使うのは容易く無かったが、それもまた、一興と彼は楽しんでいた。

操れるものは魁羅にし、警戒すべき者には術を掛けず、相手の出方を見る。

そして、己が動き易くする為に、相手を誘導し、手玉に取る。

まさか、この年若い少年が、自分を陥れているとは気付かないまま、ある者は言われの無い失態で地位を失い、王宮を追われ、またある者は家族や身内、知人の命を奪われ、自ら王宮を去って行った。

そう、エレラを使い、王を魁羅として手に入れたオーガは、元々暴君気味だった王を更なる暴君へと、仕立て上げ出したのだ。

だが、直ぐに狂王となって貰っては困る為、徐々に狂気に身を投じるように、術を操作する。手始めにエレアの義理の父である、ラングレート候を王の信頼の置ける側近へと、その身を転じさせた。

王の信頼を得たラングレート宰相は、待ってましたとばかりに、己の野望を叶え始める。

このお蔭で、オーガが表立って動かなくても、義理の父であるラングレート候の行動で、幾多の貴族が王宮を去る。

その中にはアーネベルアの父親である、副将軍も含まれていた。

彼は隠居を余儀無くされ、代わりに彼が嫌っていた者が後任となった。

この為、アーネベルアへの風当たりが強くなっていたが、彼が紅の騎士である以上、何も出来無かった。


 王宮に上がって、二か月経ったある日、漸くオーガとエニアバルグが、別の部屋に別れる事となった。

研修期間を終え、一人前の近衛騎士と認められたオーガとエニアバルグが、個人の部屋を持つ事になったのだ。お互い表面上は仲が良かった為、隣同士となったが、この事はオーガの行動に、新たなる機転を促す事になる。

そう、内なる邪気との対話が、容易に行われる事になるのだ。

今までは、気配に敏感な騎士であるエニアバルグが、常に一緒であった為、中々出来無かった。それが今、解放される。

本格的にこの国を滅ぼすべく、行動が出来る…オーガが何時も浮かべている、優しげな笑みは(なり)を潜め、邪気を含んだ不敵な笑みが彼の美しい顔を彩るようになった。





「陛下、ガイナレム陛下!」

王宮の廊下に、男性の声が響き渡る。

普段なら声を荒げて、このように呼ぶ事の無い声の主に、呼ばれた王は振り向く。

「何用だ、エーベルライアム。…此方へ来るが良い。」

そう言って、丁度入る所だった部屋へ、声を掛けた男を招く。

薄金の柔らかな髪と紫の瞳の、やや細身の男性。

文官として王に仕える、現王・ガイナレムの従兄弟だった。

王家の血を引きながら、王の傍に仕える者としての職に就かず、民間の事をを知りたい為だけに、下位の文官から務めた変わり者である。

今はその実力で、かなりの地位へ上っている。

王家の血族という事を隠している為、本当に実力がある彼。

本来の名を使わず、代わりの家名で仕える事を、王直々から許しを得ている。何れは、王の右腕になる為の教育でもあったが、本人はそれを良しとせず、今に至る。

未だ本当の名を名乗らず、偽名であるエーベルライアム・シエラバレド・カレミアムで通している彼は、姿も王家特有の見事な金髪で無く、薄金の為、余計にばれないでいた。

瞳も紫で、王家の血筋とは異なる。

全ては、母親似である特徴のお蔭で、今まで平穏に過ごせている。然も、彼は王位などには興味が無く、只、国の役に立ちたいという信念で、王家に仕える事を決めていた為、王であるガイナレムは彼を信頼し、高い地位に来るまで待っていた。

唯一心の許せる従兄弟である彼を前に王は、心に(くすぶ)っていた(いら)つきが無くなるのを感じる。先程の会議での貴族達の言い分に、心底立腹していた彼は、中断を言い渡し、執務室に帰る所だったのだ。

部屋へ招き入れたガイナレム王は、従兄弟である彼に座るよう言い渡し、己も座る。侍女にお茶を用意するよう言い付け、彼が呼んだ理由を聞いた。

「エーベルライアム、何故、吾を呼んだ?」

身近な者も愛称で呼ばない王は、地の繋がった従兄弟ですら同じ扱いであった。何時もの事ながら、堅苦しいと思うエーベルライアムは、先程の会議での事を話した。

「ガイナレム陛下。先程の会議ですが、民人の事を思えば、ラングレート宰相の意見はあまりにも無謀です。如何か、国民の事も考えてやって、頂けませんか?」

最もな意見を述べる彼に、王は何故か、苛立ちを覚える。自分の腹心を蔑にする従兄弟を、許せないと思ったのだ。

「エーベルライアム・シエラバレド・カレミアムいや、

エーベルライアム・シエラバレド・キャフェア・イロア・マーデルキエラ。

本日をもって、王宮の出入りを禁ずる。…暫くの間、休息を取れ。

今は…吾の傍にいる事は無い、暫し…民人の様子でも見て来てくれ。」

前半は感情的に言ってしまい、後半で隠れていた本音を言う王に、エーベルライアムは違和感を覚えた。

幼い頃から知っている従兄弟だが、感情的に物を言う事はあっても、言葉を途切れ途切れにいう事は余り無かった。

率直に言葉を紡ぐ事が多い王だった為、余計に今の言葉に違和感があったのだ。

それを敢えて指摘せず、彼は王に従った。

王に何か考えるがある、そう、彼は感じたのだ。


 彼は自分の執務室へ帰ると、残していた仕事を片付け、身の回りの整理を始めた。引継ぎの出来る仕事以外を片付け、自分の私物を纏める。

その様子を変に思った、部下が声を掛けた。

「エーベルライアム様、如何されたのですか?」

掛けられた声に振り向くと、そこにはエーベルライアムと同じ年位の、薄茶の髪に青い瞳の青年がいた。優しい顔立ちは母親似で、野心家の父を持つとは思えない程、穏やかな性格の部下だった。

侯爵家であるにも拘らず、平民でと偽っている彼に、良く尽くしてくれる。

国や民の為という、エーベルライアムの信念に共感し、学生時代から付き合いが続いているその部下に、返事をする。

「陛下から、本日よりお暇を貰ったんだよ。

これから私の後に来る人と、仲良くして欲しい。バルバートア、お願い出来るかな?」

「…出来かねますね。除名の原因は、今日の会議なのですか?」

バルバートアと呼ばれた彼は、理由を聞いたが、エーベルライアムは言い難そうにしていた。その為、彼には、誰が原因かと判ったらしい。

「エーベルライアム様には、申し訳ありません。父が、あの様な意見をしなければ…。」

謝罪の言葉が漏れた彼を、上司であるバルバートアは見つめ、彼の本名を思い出す。

バルバートア・ドレア・ラングレート、あのラングレート宰相の息子であった。

親子でも、こうも違うのかと言われている…彼。

子供の方は、野心など無く、父親の暴走を止めようとしている節が、良く見受けられる。

今回の側室の件でも、彼は初め、余り良い顔をしなかった。その後、側室になる彼の義理の妹と王が恋仲になった為、彼は義妹の事を考えて、承知したと聞いていた。

父親と違い、家族を大事にする傾向がある彼なら、当たり前の決断であった。

一緒に義理の弟も、王宮に上がった事を聞いていたが、側室になる姉を心配しての事だとも聞いている。彼の義理の兄弟の姿は、遠目でしか見た事が無かったが、大層美しかったと思った覚えがある。

あれでは、従兄弟が夢中になるのは、仕方が無い。

彼女なら、正妃になっても良いと、思える位だった。

そこで、ふと、エーベルライアムは気が付く。

従兄弟である王が可笑しくなり始めたのは、彼女を迎えてからではないか?

美しい妃を迎えて、変る王は歴史の中で多く存在する。

この事を考えると、今の王の行く末は、彼等と同じになる可能性が出てくる。

すると自分の取る道は、一つしかない。

王を正気に戻し、国を、国民を護る事。その為に、この機会を使えばいい。

考えが纏まった所で、申し訳なさそうに俯いているバルバートアへ、返事を返す。

「君が、気に病む事は全くないよ。これは私自身の事だし、ちょっと用事を思いついたから、良い機会になりそうだよ。

だから…バート、後は宜しく。」

「御断りしますよ。貴方は放って置くと何を仕出かすか、判ったものじゃあないですから。貴方の行動は、学生時代から御変わりないようですしね。

何かに巻き込まれないとも限らないので、私も一緒に行きます。

恐らくこの件で、貴方を説得出来なかった私も、父から勘当を言い渡されるでしょうし……父と袂を分ける、良い機会です。

義妹と義弟には悪いのですが、そちらはハルトに任せます。」

特に年若い義弟を気にしている彼は、一瞬顔に陰りを見せた。血が繋がっていないとは言え、大事な家族として彼等を認識している。

その事を踏まえて、ある提案をした。

「バートはここに残って、事の次第を伝えて欲しいんだけど…無理かな?」

「無理でしょう。私は間者には向きません。

直ぐに顔に出るのと、人を信用過ぎると言われますから。」

「そっか、レントディアの方が適任か…。頼めるかい?」

全く気配を感じさせず、この部屋で仕事を熟している、レントディアと呼ばれた部下は、無言で大きく頷いた。

彼はエーベルライアムの側近の一人で、王家の血筋に仕えるという裏の顔を持つ者。

バルバートアはその事を知らなかったが、彼が持つ雰囲気で、彼が適任と思った様だ。無口で表情を一つ変えず、真面目に仕事を熟す彼の、表情が変わらない事への評価であった。

「エーベルライアム様の命なれば、従います。

…バート殿、ライアム様が暴走しない様、宜しくお願いします。」

「判りました。エーベルライアム・シエラバレド・キャフェア・イロア・マーデルキエラ様が、羽目を外し過ぎないよう、鎖を付けて置きますね。」

「え…バート…?っと、その名前…私の名じゃあないのだけど…。」

バルバートアが知らない筈の、本名で呼ばれエーベルライアムは内心焦りながら、誤魔化そうとしたが、彼は微笑みながら返す。

「学生の時代には、既に知っていましたよ。

私の知人の一人、紅の騎士から頼まれましたので。羽目を外し過ぎる方だから、注意してくれってね。」

紅の騎士と聞いて、エーベルライアムは頭を抱えた。

紅の騎士…炎の剣を持つ現近衛隊長は、己の剣故に、国に忠誠を誓えない。

神の剣の掟で、彼が忠誠を誓うのは神。

しかし、同族の主を持つ事は、神によって許されている。…既に主を持っている紅の騎士は、その主を明らかにしていない。

主に迷惑が掛るからという、尤もらしい理由を付け、公表を避けているのだ。

そう、彼の主は、王では無い。だが、王家の血を引いている者。

つまり、バルバートアにお目付け役を頼んだ人物こそ、紅の騎士の主だったのだ。

「……べルアが、そう言ったのかい?君を信用して…?」

「そうですよ。べルアは…実を言うと、私の友人です。でも、父に知れると、彼が利用されると判っていたので、公には顔を知っているだけの知人で通しています。

エーベルライアム様の事も、父には話していません。

あの人なら、貴方も野心の為に利用するでしょうから。何も知らないあの人は、平民に使われている私に、憤りを感じているみたいです。」

「君ってば…本当に父親が、嫌いだよね。」

言葉の端に、見え隠れする父親嫌いの感情を、エーベルライアムは読み取った。

学生時代から、ふとした弾みで見えていた父親嫌いが、良く判る返答であったのだ。

「当たり前です。

父は…己の野心の為に、妹達はおろか、親戚の女性達をも犠牲にしたのですよ。

まあ、妹達や彼女達は、今幸せに結婚出来ていますが…婚約者から離され、無理矢理王宮へ連れて行かれた彼女達の事を思うと、今でも怒りを覚えます。」

血族を大切にする前ラングレート候の性格を、そっくり受け継いだと言われているバルバートアだったが、それが本当だという事をが良く判った。

昔のラングレート宰相は…今の様に、野心家で無かったとも聞いている。

妻を亡くしてから、変貌したと。

何があったかは知らないが、この分だと、その息子達も知らないだろうな…そう、結論付けたエーベルライアムは、女性は男性を変えるとしみじみと思った。

王然り、宰相然り、そして…目の前の部下然り。

まあ、部下の場合は、家族と一括りに出来るので、強ち女性のみとは、限定出来そうになかった。義理の弟にも何かあったら、駆けつけそうだと、感じたのだ。

家族を溺愛し、国と家族を護る。

最優先は国の様だが、それが家族を護るという事に繋がると考えるのが、ラングレート家の家訓なのかもしれない。

「バート、一応父君に話して、もし家を離れる事に成ったら、私を頼って欲しい。」

「判りました。バルバートア・ドレア・ラングレートではなく、只のバルバートアになってから、御伺いしますね。」

こうして、元王の腹心であった従兄弟のエーベルライアムは、王宮を去った。

その二日後には、部下であるバルバートアの姿も、王宮から消えた。





「…え?ハルト義兄上、今なんて言われました?」

「バート兄上が、勘当を喰らった。

…その後の行方は判らないが、お前達を宜しく頼む、と置手紙にあった。」

朝の訓練の時間を狙って、オーガを訪ねて来たハルトベリルから聞かされた事実に、オーガは動揺を隠せなかった。

何れ来る離別が、こんなに早く来るとは思わなかったのだ。

優しい兄から離される…それは彼にとって一番辛い事であり、悲しみであった。

彼の感情を知ってか、ハルトべリルが軽く彼の頭を叩く。優しさの籠ったそれに、顔を上げたオーガに微笑みかけ、もう一人の義兄が続きを告げる。

「大丈夫だ、兄上は生きている。心配は無い、また、会えるようになるぞ。」

「そ…ですよね…。バート義兄上は、無事で…生きていますよね。」

また会えるという言葉を飲み込み、オーガは返した。

また会える可能性は低い。

国が荒れだしたら、王宮を離れたバルバートアの命は、保証出来無いのだ。

再び俯くオーガに、ハルトべリルは耳打ちをした。

「兄上はああ見えても、少しは剣を使える。自分の身を護る位なら、大丈夫だ。」

安心させるかの様に呟かれたそれは、オーガの心にも届く。何れは、バルバートアとも、剣を交わす時が来る、そうとも取れる言葉であった。

その時が来れば、自分は如何するのだろう。

彼へ剣を向け、その命を奪えるのだろうか…。

この事を思うと、オーガの心は苦しみを訴える。

兄を失う辛さは、痛い程経験した。もう、それだけは嫌だ。

そうなれば…自分の心は壊れるだろう。

壊れて、感情を失い、邪気を宿す人形になるだろう。

「ハルト義兄上が、そうおっしゃるなら…安心です。」

偽りの微笑を添えて、告げる言葉に、違和感を与えないようにする。

今、オーガに出来る事は、それだけであった。


 運命はまだ判らない。

しかし、この国の破滅の足音は、緩やかにその歩みを進めて行った。

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