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緑の夢、光の目覚め  作者: 月本星夢
悪夢の開演
31/126

己の剣

 アーネベルアとエニアバルグが食事を取って来て、漸く朝食を食べ始めたオーガに、エニアバルクが心配そうな声を掛けた。

精霊の血筋とは言え、精霊のレナフレアムより少ない量に、体が付いて行けるのかと思ったのだ。

その問いに、先程の話をレナフレアムが話し、エニアバルグは納得した。

「恐らく精霊の血筋の御蔭で、周りの自然から、力を得ているのでしょう。

人間だけの血脈では無理ですが、この子の様に混ざり合った精霊の血脈であれば、どの属性からも力を得れますから。」

「…多彩な混血か…オーガ君の力は、これからもっと伸びるのだろうな。」

しみじみと言うアーネベルアに、オーガ以外の周りの者は頷いた。

一人オーガだけは、無言になっていた。

相手になる者がいない状況と、今朝の周りの者の訓練の(つたな)さを実感し、更なる剣の技を習得出来るのか、考え込んでしまった。

未だ、自分の剣の腕が未熟で、まだ力と技を付ける必要があると感じるのに、教えられる者がいない現実。

それを考えていると不意に、アーネベルアとレナフレアムの姿が目に入った。

目の前の炎の騎士と炎と光の精霊なら、己が剣を高める為に、利用出来るかもしれない。精霊を凌ぐ剣技の持ち主なら、その技量も並で無い筈。

己が考えを改めると、オーガは食事を再開した。



 朝食が終わり、キャルガムと別れ、アーネベルア達と共に、オーガとエニアバルグは、予定通りレニアーケルトの執務室へ向かった。

近衛連隊長のアーネベルアと共に訪れたオーガ達に、レニアーケルトが驚いた。

「アーネベルア様、この者達が何か、やらかしましたか?」

後宮担当の近衛騎士専用のの執務室へ入った早々、部下であるレニアーケルトから告げられた言葉に、アーネベルアは首を横に振り、理由を答えた。

「今朝、偶然に、訓練場で一緒になってね。

ついでに訓練を共にしたら、思いがけない事が判って、此方へ来たんだ。レニア、オーガ君の剣の事なんだが、用意している普通の剣じゃあ、扱えないみたいだ。」

「…え?近衛用の剣が、使えないのですか?

というと…精霊の力が、強いって事ですね。…う~ん、如何したものか…。」

隊長から聞いた言葉で、考え込んだレニアーケルトだった。彼の様子を見て、アーネベルアはふと、オーガが炎の屋敷に訪れた時の事を思いだした。

両親の事を思いだし、涙ながらに語った事──戦で亡くなった父親の、形見の剣を持っている事──が脳裏に蘇る。その事を確認する為に、オーガへ向き直り、尋ねた。

「オーガ君、前に私の屋敷に来た時、前の戦で亡くなった親御さんの形見の剣を持っているって、言わなかったかい?」

「…持っています…でも、ぼ…私が扱えるのか如何か、判りません……。」

前に話した事柄を思い出し、偽りの悲しい顔で答えるオーガに、持って来ているのかと問うと、言い難そうに、宿舎に置いていると返事が返った。

実の親の形見故に、持ち込んだ事を咎められるかと思いきや、横にいたエニアバルグが、オーガの肩を叩き、

「お前、辛い想いをしたんだな…。

てっきり、あの宰相の隠し子か、なんかと思ってた。」

と、自分の考えを述べていた。

彼の意見に拍子抜けしたオーガは、つい、言葉を漏らした。

「…あの…危険人物と、御疑いしないのですか?

私が陛下の御命を狙う者とは、思わないのですか??」

「ま~たく、見えない、らしくないと思う。ってのが、俺の意見。

隊長達は如何か、判んないけど。」

疑っていても、敢えて、そう嘘を吐くエニアバルグに、オーガも、信じて貰えて嬉しいと、取られる様な笑顔を作り、浮かべる。真実を隠して、遣り取りしているとは思えない光景に、レニアーケルトは普通に微笑んでいた。

「早々に仲良くなって、良かったな。アーネベルア様、オーガ君の剣は、その剣を登録しておきます。オーガ君、今から取りに行っておいで。

まだ道が判らないだろうから、エニアを案内役として連れて…ね。」

「「判りました、レニアーケルト分団長殿。」」

二人分の声が聞こえ、少年達は部屋を退出した。

残った上役は、相談という名の作戦会議を始めた。


「で、新人を御使いで追い払って、何を御相談でしょうか?隊長?」

話を切り出したのは、レニアーケルトだった。忙しい筈の近衛連隊長が、下っ端と共に此処に来た、本当の理由があると踏んだらしい。

察しの良い部下に、アーネベルアは微笑み、オーガの事を話した。

彼の実力が並で無い事と、隠している事。

彼自身が、様々な精霊の混血である人間だという事。

今判っているだけの事を、レニアーケルトに教え、ある事も付足した。

「今日、私が直々に相手をしたから、あの子が何か言い掛かりを付けられて、迷惑を掛けるかもしれない。エニアが、一緒なら問題ないが…」

「もし、一人になる場合は、気を付けておきます。

あの子の手に掛って、他の者が怪我をするかもしれませんし、あの子自身が怪我負っても、困りますからね。」

部下達の、安全の確保を宣言したレニアーケルトへ、上役であるアーネベルアは承諾の頷きをした。



この話が終る頃、再び部屋の扉を叩く音がした。

道案内役のエニアバルグと共に、オーガが、荷物を持って帰って来たのだ。

彼は自分の体の、三分の一位の長さの包みを、大事そうに抱えていた。

父の形見と告げている物…自らの精霊剣を、重い表情を作って、手にしていた。拾われた事と違い、上質の布に包まれたそれを、誰に渡せばいいか悩み、周りを見ている。アーネベルアかレニアーケルト…彼等のどちらで正しいのか、判らなかったのだ。

彼の様子に、レニアーケルトが声を掛けた。

「それが、御父君の形見かい?私に見せてくれるかな?」

言われて、素直に渡すオーガ。

渡された包みを受け取ったレニアーケルトは、覆っている布を取り、中身を出した。

それは見事な精霊剣…木々の精霊が持つと言われる、緑色の剣だった。

使い込まれた節の無い剣に、疑問が湧き、レニアーケルトはオーガに尋ねた。

「これは本当に、父君の形見なのかい?」

尋ねられたオーガは、俯き加減で、悲しそうに答える。

「はい、父が…剣の師匠から貰ったと、聞いています。只、父はこの剣を一度も使わず、大事に仕舞っていて、祖父から譲り受けた剣の方を使っていました。

その剣は、これと形が同じで、色の違う物でしたが…そちらは父が戦に持っていき、亡くなった時には、父の遺体と同じく、戻ってきませんでした。」

戦で遺体と、使っていた物が戻って来ない事は、その父親が、軍でかなりの上役という事が伺える。敵の首級を取る為に、その人物の遺体を持ち帰り、国で晒される。

そう言った待遇を受けた将軍あるいは、准将は先の戦で多く存在していた。彼等の中の一人が、目の前の少年と、新しい側室の父親という事になる。

それなりの地位を持ちながら、敗戦国の貴族の末路を辿った彼等に、同情は出来るが、遠い国の、とある言われの存在した国の戦だっただけに、何も言えなかった。

この国の同盟国で無い上、遠くの国同士での戦であり、その敗戦国の言われ故に、彼等は傍観するしか、術は無かったのだ。


重い空気の漂う中、オーガ近くにいたアーネベルアが声を掛けた。

「もう少し聞きたいのだけど、話してくれるかい?

オーガ君は、如何して、この国に来たのかな?」

疑いを持たれぬよう、俯いた顔を上げ、悲しみの籠った顔で、理由を話した。

「家族で住んでいた国が負けて…身の危険を感じた母は、私達を国交のない国へ向かう様に、仕向けてくれました。母は…その後、父を追うように亡くなり、一緒に逃げてくれた人も、この国に辿り着くまでに命を落としました。

私達は…無我夢中で逃げて、今の父に拾われて、やっと…平穏を得られました。」

俯きそうになるのを、我慢する演技をしながら、ラングレート宰相に告げた、偽りの身の上を彼等にも話す。

彼の話を聞いて、疑問が湧いたアーネベルアは、その事を口にした。

「もし…君達の失った国の人が迎えに来たら、君達は如何するのかい?」

「…御断りします。私と姉は、今の平穏を乱したくないのです。

もう、あんな思いは沢山です!」

熱が入り過ぎてつい、語尾を荒立ててしまったオーガは、そのまま無言になった。

失ったモノは還らない…そう思う気持ちが、このまま反映されてしまったのだ。

失いたくないが、何れ失ってしまう、今の平穏…ラングレート家の義理の兄弟との関係。兄と慕う者を失う事は、オーガにとって耐え難い物だと、自覚はあった。

だが、それは、避けられない運命。

それ程遠くない未来に、訪れるもの。

オーガは、この事を無意識に反芻していた。



 オーガの話が終ると、不意に彼の頭に大きな手が乗った。ポンポンと労うかの様に軽く叩かれ、顔を上げると、其処にはアーネベルアの紅の瞳があった。

「良く言ってくれたね。辛い事ばかりを言わせたようで、済まないね。」

優しい労いの声に、オーガは首を横に振った。そして真摯な顔で答える。

「辛くても…言わなかったら、変な誤解を生みます。

それで…この平穏が失われる事は…したくありません。只…父がどの様な地位であったか、私には判りません。」

彼等を信用させる為に、そう答え、更に付け加える。

「姉も忘れてしまったなら、思い出さない方が良いと言って、教えてくれませんでした。

私が覚えているのは、優しい微笑だった事と大きな手だけ。

もう、顔も声も思い出せません。」

逃げてきた状況が、凄絶だった事を告げる様な言葉に、彼等は沈黙した。もう、これ以上は聞けないと、判断したアーネベルアは、レニアーケルトに合図をした。

それを受けて、彼はオーガに手にしていた剣を渡した。

「オーガ君、父君の形見の剣を君の剣として、登録しておくよ。

この剣に恥じじないよう、精進し給え。」

レニアーケルトの言葉にはいと声を上げ、胸に手を置き、敬礼をした後、返された剣を、己の左腰の剣帯へ付けるオーガ。

これを身に着けるという事は、精霊剣士に匹敵する技量を持つという事を、周りに知らしめる意味もある。

余りしたくない事ではあったが、今朝の出来事で、望まない争いに巻き込まれる事は、予想が出来た。愚かな輩を、近付けない様にする為には、致したか無かった。


 オーガが持つ剣の登録を終え、彼等は自分の仕事に戻った。

アーネベルアは自分の執務室へ、レニアーケルトはエニアバルグを伴い、オーガに今後の仕事内容と、予定を簡単に説明をした。

当分の間は、エニアバルグかファムトリアと共に、行動する事を説明され、オーガは納得して頷く。新人である為、致したか無いが、例の件で一人に出来無いとの、判断もあると推測出来た。

かなり目立ったからな…と考えるオーガに、エニアバルグが囁きかけた。

「今朝のあれ、目立ったもんな。

俺だけでも不味いのに、お前も目立ってしまって…悪い。」

彼の謝罪に、オーガは微笑を添えて、気にしていないと答える。後悔しても始まらないし、降りかかる火の粉は己で払えばいい。

自分に牙を剥く者がいるのなら、それに応じるだけ。己の邪魔をする者は、排除する。

それが誰であろうと、関係が無かった。

邪気を身の内に秘める、邪精霊とも言える存在の己…。

この国の厄災たる己の邪魔は、誰にもさせない。

そう、オーガは思っていた。


 この日は、仕事の説明を受け、一日が何事も無く終わった。

それからオーガは、何事も無く日々を過ごしたが、波乱の波は刻一刻と、この国へと忍び寄っていた。

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