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緑の夢、光の目覚め  作者: 月本星夢
悪夢の開演
30/126

炎の騎士

 オーガとアーネベルアの手合わせが始まると、再び、周りの騎士達の手が止まり始めた。強気の発言をした新人が、負けるのを見ようとしたようだったが、その新人がアーネベルアと互角で、打ち合っている事実に驚いていた。

レナフレアムと打ち合っていた時を同じ、舞うような剣技に目を奪われる者が多く、何時しか注目されていた。


 注目されている当事者たちは、真剣その物であった。

アーネベルアは以前、確かめられなかったオーガの実力を、引き出そうとしていた。

あの退屈で、物足りなかった確認の為の手合わせを思い出し、剣士としての本能を満たさんが為に、剣を繰り出している。

これでオーガの左手が動けば、その実力は知れるであろう。

だが、そう簡単にはいかないとも、彼は思っていた。

一方、オーガの方は、アーネベルアの思惑が判っていて、己が心と戦っていた。

負けたくないという本能と、実力を見せないという決心。

何度か左手に持ち替えようとするが、その度に気が付き、右手でしっかりと剣を握る。

今、晒す訳にはいかない左手の腕前を隠しつつ、相手の技量に内心舌打ちをする。

周りの者が言う通り、並みの精霊より強い、神々に祝福されし者の剣に本能が反応し、目の前の炎の騎士の技量を左手で試したくなる。

アレストよりは弱いと思えるが、エアレアより強いか、弱いか計り兼ねていた。


長く続くかと思われた手合わせも、アーネベルアが一瞬見せた本気の一撃によって、終わりを告げる。この一撃で、左手に持ち替えそうになり、止めたオーガの手から剣が消え失せた。

最後まで、利き腕を使わずに終えたが、オーガは内心悔しかった。

しかし、ここは引くべき時。

そう考え、素直にアーネベルアに頭を下げた。

「御指南、有難うございました。…完敗しました…。」

悔しい表情を押し隠し、真面目な顔を張り付けて言うオーガに、アーネベルアは微笑んで剣を収め、彼の傍に寄った。

落とした剣を拾い、鞘に納めるオーガへ、近付いたアーネベルアから声が掛った。

「君の本気が見れると思ったが、残念ながら無理だったみたいだね。

何れは、利き腕で、手合わせしたいよ。」

耳元で囁かれた言葉に、オーガは表情を変えずに返した。

「何れは…御見せ出来ると思います。

ですが、かなり危険となりますので、それだけはご了承下さい。」

真剣な眼差しで返された言葉に、アーネベルアは微笑を深くした。そして、擦れ違いざまにオーガの右肩を叩き、

「朝食は、まだなのだろう。良かったら、私達と一緒に行かないか?

エニアも一緒に…如何かな?」

と、彼等を食事に誘った。

この誘いにオーガが答えるより早く、エニアバルグが返事をした。

「アーネベルア様達とご一緒に食事なんて…名誉な事です。オーガ、勿論行くだろう?」

嬉しそうなエニアバルグの姿に、オーガは呆れ返って、答える。

「エニア、アーネべルア様に、御迷惑を掛けては駄目だろう。

………アーネべルア様、レナフレアム様、本当に宜しいのですか?」

子供の様に、上目遣いで尋ねられたアーネベルアは、つい、彼の頭を撫でながら返事を返す。その様子で、レナフレアムも微笑んで頷く。

「オーガ君、私が誘っているのだから、遠慮はいらないよ。

さあ、早くいかないと、食事が無くなるぞ。」

二人の少年騎士の背中を叩き、アーネベルアは彼等に進むよう促した。少年達はお互いを見つめ、頷き合って、アーネベルア達と共に訓練所から去った。

彼等の後ろ姿を、気に食わないとばかりに見つめる視線。

訓練場には入らず廊下で、彼等の様子を見続けた人物が呟く。

「…あんな奴を、アーネベルア様が構うなんて…。

……あの生意気な新人…恐ろしい目にあわせて、追い出してやる。」

かの人物の呟きは、誰の耳にも届かなかった筈だったが、オーガの許にだけには届いていた。しかし、彼は振り返ろうとはしない。

面白い事が起こるとばかりに、心の中で、冷たい微笑を浮かべていた。



 食堂は既に多くの騎士達で賑わっていた。

元は乳白色だと思われる、煤けた灰色っぽい壁と、高い天井。かなり広い場所に、ここぞとばかりにテーブルと椅子が沢山並べられ、各々食事をしている人々がいる。

その中の空いた場所へ、彼等は移動した。

「おんや、連隊隊長殿。こちらへ来るという事は、朝の鍛錬をされた様ですな。」

隣にいた体格の良い男から声が掛り、アーネベルアはああと、短く返事をした。声を掛けた男は、彼の傍にお馴染の面々と、見知らぬ少年を見つけた。

何時もの精霊剣士と、たまに一緒にいる、騎士に成りたての少年の一人は、見知った顔。その少年の横にいる、綺麗な顔立ちの少年に目が行った。

視線に気が付いた少年・オーガは、男に挨拶をした。

「初めまして、この度、後宮の護衛騎士として、王宮に上がりました、オーガ・リニア・ラングレートと申します。宜しく御願いします。」

深々と頭を下げるオーガの頭に、男の大きな手が乗っかった。軽く、二回叩かれ、

「ちゃんと挨拶が出来るとは、感心だな。

初めまして、オーガ坊や、俺は外旋部隊の分隊長の、キャルガム・ラナバグアだ。」

と、返された。整えられた髭ではあるが、熊を連想出来るそれは、彼の年齢を不確かな物にしていた。見た目では3・40代位だが、その声は20代後半位に聞こえた。

顔を上げる様に言われ、彼の姿を確認する。がっちりとした体は、今まであった事のある人物の中で、一際大きく、筋肉も付き放題である事が判る。

かなりの力持ちである事が知れる体だが、その表情は人懐っこい物だった。

然も、オーガを子供扱いしている。同い年の子供がいる様にも感じられたが、その想像通りだった。

「家にな、君位の息子がいてな…それが、可愛くないのって…。」

「キャル、君の所の子供は反抗期だろう…あれ?もう、13歳位になったのか?」

「いいんや、10歳だ…って、あれ?もしかして、坊やは…13歳なのか?!」

盛大に驚かれたオーガは、申し訳なさそうに頷き、理由を述べた。

「14歳です…多分、精霊の血筋と、ここに来るまで、食事処では無かった為だと思います。年相応に見えない事は、自覚出来ています。」

「済まん、悪い事を聞いた。…っと、坊や、食事を取っておいで。

早くしないと、無くなるぞ。」

「そうですね、べルア様、私がオーガ君を案内してきましょうか?」

「頼む。私は少し、エニアとキャルと話をしているよ。」

レナフレアムの提案に、アーネベルアは頷き、彼はオーガを連れて食事を取りに行った。彼等を見送ると、アーネベルアは残った者に話し掛けた。

「エニア、君はオーガ君の事を、如何思う?」

上司に聞かれ、緊張しているかと思いきや、真面目な表情のまま答える。

「素直で、危なかっしいくって…底の見えない奴って、とこですね。アーネベルア様は?」

「君とほゞ同じかな。後、実力が判らない。」

実力が判らないと聞いて、エニアバルグは不思議そうな顔をして、先程の手合わせの事を喋った。

「え…アーネベルア様が、勝ったのではないのですか?

先程の手合わせでは、あいつ、剣を落としていましたよ。」

「右手ではね。でも、あの子の利き腕は左だよ。

あの子は最後まで、利き腕を使わなかった。この事が如何いう意味か、判るかい?」

問われた彼等は、直ぐに答えを導き出し、話を続けた。

「実力を隠しているのか…。また厄介だな。」

「え…あれで…利き腕ではないのですか?

あいつ、どんだけ力を持ってるのか…怪しいですね。」

キャルガムとエニアバルグの返答を聞き、アーネベルアは真面目な顔で告げた。

「あの子は人を傷付るのが怖くて、利き腕を使わないと言ったよ。だけど私は、その言葉が真実か…確かめる事が出来無いでいる。

さっきの手合わせの時、あの子は何度も左手を使おうとして、躊躇していたんだ。

怖がっているのか、実力を隠したいのか、まだ判らないんだよ。

だから、エニア…。」

「お任せを。オーガの面倒は、俺が見ます。ついでに実力も判ったら、お知らせします。」

「俺も、部下も見かけたら知らせるぜ。

外出されたんじゃあ、エニア達の目が届かないだろう?」

「二人とも頼んだよ。…と、そろそろ帰って来るかな?」

そう言って彼等は話を止め、他の他愛の無い話を始めた。

その話も尽きる頃に、精霊剣士と少年が返って来た。


 

 彼等が話を始めた頃、オーガは、レナフレアムに連れられ、配膳所へと向かっていた。

好みの物があるかと聞かれ、何でも食べれると答えると、レナフレアムに褒められた。

その事で、不思議そうな顔をすると、オーガ位の歳の子は、好き嫌いがあると返事が返って来る。

「やはり、精霊の血が濃く出ているのでしょうね。

14歳でその位の成長振りでは、そう、推測出来ますよ。勿論、剣の腕もですね。」

「多分…そうだと思います。他の人と比べて、細いですし、食事もあまり取れません…。」

同意の言葉を言うオーガに、レナフレアムは微笑んでいた。実際の所、精霊であるが故だったのだが、今の身の上は、精霊の血を引く人間に過ぎない。

怪しまれない様にするには、こう答えるしかない。

矛盾が出ない様に対応するオーガだったが、食事の配膳の仕方に興味が向いていた。

料理を置く配膳皿を手に取り、用意されている料理を好みで取って行く。

なるべく、少量の物を取って行くオーガに、後ろの騎士が声を掛けた。

「坊や、沢山食べないと、大きくなれないぞ。」

言われたオーガは、如何返そうか考えていたが、素早くその声に反応したのが、レナフレアムであった。

「この子は、精霊の血を受け継いでいますので、あまり食べられないのですよ。

それに、成長速度も遅いようです。」

オーガの前にいた精霊剣士の声に、後ろの騎士は納得した。

そして、オーガに謝罪の言葉を掛けた。

「済まない、坊や。精霊の血筋とは、知らなかったんだ。」

「いいえ、気にしていません。普通だったら、そう言われますので。」

やんわりと微笑を添えて、言うオーガに、後ろの騎士はほっとしていた。

アーネベルア達の会話が途切れた頃、オーガとレナフレアムは、料理を取り終え、席へと戻って行った。



 席に戻った彼等と交代で、アーネベルアとエニアバルグが食事を取りに行った。

オーガの、配膳皿の中身を見たキャルガムは、それで足りるのかと聞いて来た。

レナフレアムのも少ないが、それを上回る少なさに、驚いたらしい。

足りると答える彼に、レナフレアムとキャルガムは苦笑した。

「恐らく、オーガ君は、私より多彩な精霊の混血でしょうね。大地と光…木々と…他にもあるように感じます。強いのは光と大地ですが、その次が木々の物ですね。

人間の血もある様ですが……珍しい混血でしょうね。」

「…ほお、凄いな。まさに愛の結晶だな。

坊や、これは誇れるものであって、蔑む物ではないぞ。坊やは、色々な血筋の先祖が、愛し合って生まれたんだからな勿論、お前もな、フレアム。」

驚きの視線を送るオーガと、少し曇った顔をしたレナフレアムへ、キャルガムはこの国での正論を告げる。

混血の精霊であるレナフレアムは、その珍しさから人間のどす黒い裏の面を見て来た為、あまりその事を口にしたがらない。

だが、ここでは彼は受け入れられ、キャルガムの様に褒め称える者が多い。信仰心の強い国であるが故、神に創られた精霊の存在は、尊い者と教わるからだ。

混血は珍しいが、尊い者だから尊敬に値する。好奇の目より、尊敬の目の方が断然多いこの国は、レナフレアムにとって、居心地の良い場所であった。

加えて、紅の騎士の存在が、彼の心の拠り所になっている。

その事を知ったオーガは、只、彼を見つめるだけだった。

光と炎の精霊の混血…今のオーガにとって、目の前の炎の騎士と共に、交わる事の出来無い存在。

彼等の存在は、邪気を払うもの。

邪気に侵される事が少なく、逆に邪気を葬る属性の者である以上、警戒に値するのだ。

己の邪気を隠し、対応しなければならない者…それが、アーネベルアとレナフレアムに対する認識である。

彼等と近しい者は、オーガの術を使えない。

ここの騎士の交流関係を把握するのが、一番だとオーガは考えていた。



「オーガ君、やけに静かですが、如何なさったのですか?」

考え事に耽っていた彼の耳に、レナフレアムの声が聞こえた。

我に返り、レナフレアと視線を合わせ、答えた。

「…今更ながら、僕…いえ、私はかなりの混血だったのかな…と思って…。

実の処は本当の両親もいないので、判らないというか、知りようがないのですが…。」

「そうですね…気配が判る者から見れば、貴方は類稀(たぐいまれ)な属性の持ち主ですよ。

全ての属性を持つ精霊は、いないに等しいのですから。

人間の血の影響もあるのでしょうね。人間は微弱ながら、多彩な属性を持ち得ますから…オーガ君程、強くないのですが…ね。」

そう言われて、納得したような振りをするが、腑に落ちない事柄が、オーガの心の中に残った。全ての属性を持つ…木々の精霊として、生きて来た彼にとって、理解し難い事であり、決してありえない事であった。

人間でない木々の精霊の身で、全ての属性を持つ筈が無い。

しかし、彼は本当の両親の事を知らない。

ふと過った夢の中の両親の姿に、思いを馳せた。

あれが前世の記憶で無く、彼等が自分の本当の両親ならば、光と大地の精霊の血筋なのだろうかと。

真実を知らないオーガは、自分自身の事に関して、何も確認出来無い事だらけだった。



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