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緑の夢、光の目覚め  作者: 月本星夢
邪気の織り成す夢
21/126

恋多き王の想い

 王宮に着いた彼等は、数多くの貴族と共に、王への挨拶の順番を待った。

緊張気味に見えるオーガとエレラに、バルバートアは優しく声を掛ける。

「そんなに緊張しなくても、大丈夫だよ。何時もの夜会の通りで、良いからね。」

低い柔らかな声が耳に届き、オーガとエレラは彼の方を向く。

「大丈夫ですわ、御義兄(おにい)様。

只、陛下に会うのは初めてなので、如何しても気持ちが、落ち着かないのです。

恋多き御方と聞いておりますし、御美しい方とも聞き及んでいます。ですから…。」

「ああ、女性としては、緊張するね。…あれ?オーガもかい?。」

不意に声を掛けられ、自分が震えていた事に気付くオーガ。

武者震いとは言えず、返した言葉が、

「姉上に悪い事が、起きないと良いのですが…。

義兄上、陛下はその…女性好きと聞いていますので…心配です。」

だった。弟の言い草も()も有らんと、納得したバルバートアは、心配ないと頭をポンポンと軽く叩く。本当は撫で回したかったのだが、折角整えたオーガの髪を乱す事になるので、敢えてそちらにした。

された本人は驚きの目で、バルバートアを見上げる。良く兄であったアンタレスにされていた事を、今の義兄である彼にされるとは、思わなかったのだ。

見つめられたバルバートアは、如何したと声を掛けた。それにオーガは、亡くなった父に良くされていたと、悲しそうな顔を作り答えていた。

いや、悲しそうな顔は、演技でなかった。

父ではなく、兄…それを思うと、自然に出た表情だった。


 そんな遣り取りの中、ラングレート候の順番となり、王の前に彼等は向かった。

向かった先には、威厳に満ちた男性が佇んでいた。緩やかな癖の、光髪(こうはつ)と見間違うばかりの金髪を後ろで括り、緑の双眸は厳しく威厳に満ちている。美丈夫という表現が相応しいその身を、緑の地に、金糸銀糸で彩られた装飾の長衣が包んでいたが、豪華絢爛である上に上品であった。

初めに宰相であり、養父であるバンドーリアと、その嫡子であるバルバートアが王に挨拶をし、次にエレラとオーガが挨拶をした。

件の兄弟を前に王は微笑み、頭を上げる様、命を下す。その途端、エレラの姿に彼の目は止まった。この瞬間に術が発動する筈だったが、王の身を飾っている宝石…(ルシム・)輝石(ガラムア)が、その発動を(はば)んだのだ。

これまでかと、オーガは思ったが、王の目はエレラを捕えて動かない。それは、エレラも同じだった。見つめ合う彼等にオーガは元より、バンドーリアもほっとした。

オーガの術が効かなくても、極く自然に、二人は恋に落ちた。一目惚れという、不可思議な現象が起き、術など必要がなかったのだ。

見詰め合う二人の時間を打ち消したのは、王の側近の近衛兵だった。我に返った王は、そのままラングレート候を見送り、次の貴族の挨拶を受けていた。

エレラの方も、離れ難い心を引き摺りつつも、その場から立ち去った。


そんな姉を心配そうな、嬉しいような、複雑な想いの籠った顔で、弟は見ていた。

彼の様子にバルバートアは、声を掛けようとしたが、先に父親のバンドーリアが声を掛けていた。心配いらないと、珍しく優しい顔でオーガに言う父に、バルバートアは違和感を感じるが、素直に頷くオーガに、何も言えなくなる。

何時もの父と違う面…それを目の当たりにした彼は、オーガ達の身を案じるしかなかった。父親の性格を十分承知の上での判断、自分が余計な事を言わない限り、兄弟の安全は確保されると考えたからだ。

己の野心の為には、血の繋がった者まで利用する。

それがバルバートアの父であった。


 王への挨拶が終わり、夜会の中心、ダンスへと移った。

エレラの周りには多くの男性が集まり、彼女に相手を申し込んでいる。そこへ、金髪の男性がやって来た。群がる貴族の子弟達は、その男性に気付き、道を開け始める。

そう、件の王が、エレラへ向かって来たのだ。

彼女の前へ、優雅に出される王の手と言葉。

「エレラ殿。(われ)と、踊ってはくれないだろうか?」

「…陛下、(つたな)(わたくし)で宜しければ、御相手させて頂きます。」

エレラは王の手に戸惑いながらも、自分の手を重ね、王に手を引かれて、ダンスの中心へと向かって行く。そんな彼等をオーガは、冷ややかな目で見つめていた。

周りの視線は彼等に向けられ、羨望と嫉妬、賞賛と批判の声や想いを一身に集めている。溜息を()き、嫉妬の念に駆られている御令嬢を見分けたオーガは、彼女に近付き、自らの美貌を利用して、優しい微笑で声を掛ける。

「そこにおられる、御美しい御方。如何か、私の御相手をして頂けませんか?」

一瞬、怪訝な顔をされるが、彼の美しさと優雅さに、その女性は頬を染め、恥らいながら彼の手を取る。彼女に手を重ねられたオーガは、ダンスの相手をしつつも、本人と周りに気付かれない様、褒め言葉に術を混ぜる。

それを繰り返した彼は、嫉妬する御令嬢達へ術を掛け続け、新たな魁羅を増やしたのだ。(ルシム・)輝石(ガラムア)を身に付けていても、心へ届く褒め言葉に混ざった術では、邪気避けの小さな輝石の効果も無い。

一種類だけの小さな輝石でも、魅了や魁儸の術を防ぐ効果を持つが、付けた本人が嫉妬や憎しみの念に駆られると、その効果も薄れる。

故に、優しく心の籠った褒め言葉と、直接の視線…魅了と魁儸の術を混ぜ込んだ物を、オーガから送られれてしまうと、彼に魅せられている状態の女性は、いとも簡単に術に掛り、堕ちていく。

一通り、嫉妬の眼差しを抑えたオーガは、壁際に移動した。

気配を消さず、未だ踊っている姉と王を見つめる。

心配そうな表情を張り付け、見つめる彼へ、(あか)い髪の男性が声をかけた。


「オーガ君…だったね。」

聞き覚えのある低く男性らしい声に、オーガは振り向き、声の主を確認した。紅い髪と紅金の瞳…あのアーネベルアが、彼の直ぐ傍にいる。

以前の貴族の服とは違い、白地に金糸の装飾のある騎士服・近衛騎士の服装だった。腰には近衛騎士の剣があり、【仕事中】である事が、明らかであった。近付いてくる気配で、既に気が付いていたオーガは、驚いている風に見せつつ、返事をした。

「…コーネル…ト…様?」

聞こえた呼びかけに微笑を深めたアーネベルアは、オーガの肩を軽く叩く。何事かと思ったが、彼から洩れた言葉に、その行動の意味を知った。

「アーネベルアで良いよ。姉上の事は心配だろうが、陛下なら…多分、大丈夫だよ。」

「…恋多き方と、聞き及んでいます…本当に、大丈夫なのですか?

姉上も飽きられて、捨てられるなんて事は…無いのですか?」

俯き加減で告げた言葉に、苦笑したアーネベルアは、オーガの不安を排除する為に、続きを口にする。

「陛下の…あの様な御顔は、初めて見るよ。

正に一目惚れなんだろうね。エレア殿と一緒におられると、幸せそうな御顔だ。

…久し振りに見る陛下の表情だ。」

「久し振りですか?」

「ああ、御両親が御健在の折に見たので、最後だったね。それ以来、見た事が無いよ。

だから、先程の心配は要らないよ。」

アーネベルアの説得に、納得した様に振る舞うオーガ。

別段、心配はしていなかったが、姉を思う弟を演じる為に仕組んだ、三文芝居。

相手の役者は、誰でも良かった。運良く──いや、運悪くかもしれない──引っ掛かったのが、アーネベルアだったのだ。

最後の締めとばかりに、オーガは呟きを漏らす。

「…陛下が、姉上を幸せにしてくれるのなら……私も安心出来ます…。只、陛下の御相手となると、他に姉上を害する者がいないとは…思えません。

だから、私は…姉上の御傍で、陛下と姉上を護りたい。出来るものなら………。」

聞こえるか、聞こえないかの声で綴る、姉想いの弟の想い。

俯いたままで呟くそれに、アーネベルアも真剣な眼差しを送っていた。


確かに王族、然も王に嫁ぐとなれば、多くの貴族を敵に回す。それを回避出来る可能性は、低い…今まではそうであった。

今、王の現状はそうでもない。恋多きと称される彼は、後宮に招かれた女性達を尽く食い散らかし、飽きたと言っては後宮から追い出している。

故に現在、後宮には誰もおらず、王の跡取りすら危ぶまれている状態である。そこへ、王自ら気に入った女性が現れたとなると、誰もが喜んで受け入れるだろう。

そう、アーネベルアは、オーガに説明をする。

この上で、まだ心配なら、姉の護衛として城へ上がれば良いと、助言もしてくれた。

言質(ことしち)を取ったオーガは、微笑み、判りましたと彼に一礼をした。

「御仕事中の貴重な時間を、私なぞに()いて頂き、有難うございます。

もし、そうなった場合、アーネベルア様に御相談させて頂きます。」

仕事中と言われ、アーネベルアは驚いた。確かに服は近衛の物で、礼服である。だが、それだけで判る筈も無い。

「オーガ君、何故、私が仕事中だと?」

問われたオーガは、不思議そうに頭を傾げ、周りに聞こえない様、気を使って小さな声で答える。

「今、召されている服は、飾り等で騎士の礼服だと推測しましたが、左腰にある剣でそうだと思いました。…違ったのですか?」

出て来た答えに、違わないと言ったアーネベルアは、オーガの評判を思い出した。

『頭の良い兄弟』というそれを、目の当たりにして納得した。

前と違う服の形と、彼が教えた自らの仕事、それに加え、彼の洞察力から導き出した、正しい答え。

近衛とは言わなくても、この城の騎士に是非、欲しいと、アーネベルアは思った。

剣の腕は、これからでも何とかなる。

自分自身が教えても良いと思うほど、この近衛騎士はオーガを評価し、欲した。


オーガの方は、アーネベルアの想いを感じ取っていたが、利用出来ると判断を下しただけだった。今まで培った自分の知識と洞察力、こと剣に関しては、精霊の師匠と精霊騎士から学んでいた彼にとって、この様な推察は当然だった。

判断出来なければ、剣士として遣って行けない。

そう思う反面、ふと、アーネベルアに、言っていない事があるのを思い出した。

普通の庶民と思っている彼に、告げていない事だが、今は告げるべきでは無いと判断し、敢えて黙っている。

養父であるバンドーリアには話している事だが、まだ周りには教えるべきでは無いもの。

自分達兄弟の親が、3年前の戦で亡くなっている騎士であるという嘘。

下手にここで話せば、無用の疑いを掛けられる。

ある程度、信用を得た上で話せば良いと、オーガは思った。

未だ自分を信用していない目の前の相手から、如何やって信用を得るか…それを考えると、笑いが漏れそうになる。

先程、自分に近付いた時のアーネベルアの手は、腰の物に掛っていた。

疑っていると判る行為と、内なる心の動き。

オーガは、警戒の念が未だ燻っている件の騎士を術を使わず、信用させるのも面白いと思う様になっている。

術を掛けて、あっさり思う通りになってもつまらない。

もっと抵抗を、もっと難題を求め、それを楽しみ出している自分に気付く。

人当たりの良さそうな微笑で、アーネベルアと別れたオーガは、心の中でそう感じていた。


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