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緑の夢、光の目覚め  作者: 月本星夢
邪気の織り成す夢
19/126

人間の心

新章突入です。

舞台も精霊の森から、人間の国へと移ります。

  精霊騎士達の目の前から、その姿を消したオーガは、闇包まれ蹲ったまま、人の世の動きを見ていた。人の営みと個人の感情、国の仕組み…ありとあらゆる物を見聞きし、狙うべき得物を捜す。

自分の意識を広げ、ふと、感じた感情…恋に破れ、自暴自棄になっている女の感情。

それらに、オーガは集中した。 

幾人かの女を見定める中、一人の女の感情に目が()まる。

黒髪、黒い瞳の、中々の美女。だが、彼女の想い人は、他の女性を選んだ。

自分より劣る、だが、周りからは、可愛らしいと言われている女性。

その女性から、想い人の心を自分に向けようとして失敗し、挙句の果て、その想い人からの強い拒絶を受けた。

未だ未練がある様子だが、その想い人より数段上の、高貴な者に狙いを定めていた。自分から想い人を奪った女への復讐、想い人を自分の前に、平伏せたいと言う欲望。

女の感情に、オーガは微笑む。

「この女、使える。」

冷たい微笑を浮かべ、見据えるオーガ。

もう彼の心で、信じるという心は為りを潜め、全てを壊すという欲望のみ。寂しさのあまり心を失い、冷たい表情は、(かつ)てのオーガとは、思えない程であった。

無邪気さ、可愛さ、微笑ましさとは無縁の、冷めた表情。

凍てつく心に、慈悲の感情は無い。

全てを失った心に、残る感情は、憎しみと怒りのみ。

だが、今はそれも、()りを(ひそ)めていた。



 己の手駒にする女を見つけたオーガは、次に舞台とする国を捜した。

女癖の悪い若しくは、女好きな王を抱く、国。

この女を使うには、そんな国が良い。

そう思い、オーガは再び意識を広げる。

すると、ある王国の中枢にいる貴族が、王の為の慰みの女を捜していた。


その後宮には正妃はおろか、側室もいない。王が正妃を娶る事を拒否した結果、貴族達が選び、送り込んだ側室を、飽きたと言う理由で尽く下がらせた所為だった。

その為、後継ぎもいなければ、王が正妃を娶る動きも無い。

国としては、何としても寵姫を宛がい、後継ぎを…と闊歩(かっぽ)している。

オーガが見つけたのは、その中の野望に満ちた貴族・侯爵というもの。

王に最も近い宰相と言う地位に居ながら、娘を、親戚の者を後宮に送り、尽く袖にされた者。

丁度良い駒を、もう一つ見つけたオーガは、早速、先程の女と接触を図った。



 田舎の小さな街の片隅の、森に近い泉で、その女は佇んでいる。

願いを叶えると(いわ)れのある泉で、彼女は何時もの様に祈る。

自分を振った男と奪った女への恨みと、自身が高貴な者へ嫁げるようにと、欲望のままに願いを乞う。その後ろ姿に、オーガは近付いた。

何かしらの気配を感じた女は、瞳を開け、後ろを振り向くと14歳位の少年がいた。

自分と同じような黒髪と黒い瞳の少年…見た事もない少年に、彼女は警戒した。

女の警戒を受け、オーガは無邪気に見える微笑を浮かべ、話しかける。

「今晩は、お姉さん。こんな夜遅くまで、熱心だね。」

明るい声の少年に、女はまだ警戒を解いていない。ゆっくりと近付く少年に、女は思わず声を出す。

「へ・変な事をしたら、大声を出すわよ。」

「別に、変な事はしないよ。

只、僕は、お姉さんの願いを、叶えてあげようと思ってね。」

無邪気に微笑む少年の言葉に、女は反応した。

自分の願いを叶えると言う少年…その姿を確認しようと、手に持った明かりを翳す。自分と同じ様な黒みがかった緑の髪と瞳、年相応のいや、無邪気過ぎる表情に上質そうな服…。

纏う気は精霊だったが、女には判らない。

育ちの良さそうな子供に、やっと警戒を解いた。それを見計らって、少年は女に近付き、至近距離で視線を合わせる。

「お姉さんは今から、僕の本当のお姉さんになるんだ。

そうすれば、貴女の願いは僕が叶えるよ。」

「…本当?…」

「本当だよ。これからお姉さんは、王様の御嫁さんになるんだ。

僕がそうしてあげる。だから……我と共に来るが良い。」

そう言ってオーガは、女の心を操りだした。

精霊の森で、邪気に身を任せて、一年。

この間で邪気から学んだ、魅了の術と魁儸の術…その後者を女に施したのだ。そして、いとも簡単に落としたオーガは、女の名を聞きだした。

彼女の名はエレラ…苗字は敢えて聞かず、新しい物を与えた。

「エレラ・ファナムール…そう名乗るが良い。我が姉上殿。」

貴婦人を扱う様に手を差し伸べ、操られたエレラは、その手に自分の手を伸せる。オーガはエレラの手を取り、立ち上がらせ、連れて行く。

有力な駒を手に入れたオーガは、冷たい微笑を浮かべ、再び闇の中へ、エレラを(ともな)い消えた。



 エレラという、最初の手駒を手に入れたオーガは、早速、あの国・エストラムリア国の宰相に、接触する方法を思案した。

一番怪しまれない方法を考え、自分と彼女の服を(わざ)と、薄汚れた物にした。貧困で喘いでいる民衆という、服装に変えたのだ。

剣は同じく薄汚れた布で包み、自分達の体も、汚れ(まみ)れにした。そして、かの宰相だけが、最も頻繁(ひんぱん)に使う道で、罠を仕掛ける。

片方を森が占め、人気の少ない道…そこで馬車を待つ。

宰相が乗っている馬車は、紋章がはっきりと判り、その作りは豪華だった。

判り易い馬車に、オーガはほくそ笑んでいた。一番良い時間帯と、瞬間を計る。上手い具合に、馬車の前へ飛び込み、自らは無傷でそれを止める。

止められた馬車の馬蹄と、警護の者は驚き、止めた少年に歩み寄る。

高貴な者の馬車を止めると言う、無礼を働いた少年に、馬蹄と警護の者が罰を与えようとすると、その姉らしき女性が少年を庇った。

「高貴なお方と、お見受けします。如何か、弟を許してやって下さい。

弟はまだ幼い故に、高貴なお方に無礼を働いた事が判りません。ですから、弟の代わりに私を、罰して下さい。」

弟を抱き締めて告げる姉の声で、馬車の中の人物…あの宰相が出て来た。

薄金の髪と緑の瞳…厳しい顔つきの彼は、少年を抱き締めている女に目を向け、その顔を見る。汚れてはいるが、美しい女に彼の思いは決まった。

そして、道で抱き合っている兄弟に向かい、声を掛けた。

「女、その弟を助けたいのなら、私のいう事を聞くが良い。」

掛けられた言葉に姉は頷き、それを合図に警護の者が、彼等を馬上へ乗せようとした。しかし、宰相はそれを認めず、自分と同じ馬車の中に招き入れる。

人目に付かずに懐に入れるには、その方が都合が良かった。一応、武器らしきものは、包みに入っている物だけと確認し、その包みを警護の者に運ばせた。

馬車の中で姉は、常に抱きかかえている弟を心配している。

怯えている様子の少年も、姉と同じく美しい者だと確認出来た。

自分の野望に、使えそうな兄弟を手に入れ、宰相は屋敷に戻った。



屋敷では、使用人達に兄弟の汚れを取る様に命令し、着替えも用意させた。

綺麗になった兄弟を宰相は、自分の部屋に招き入れた。

着飾った兄弟は、先程より数段もその美しさを増していた。

黒く艶やかな髪と、同じ色の瞳…まだ怯えて、姉の傍を離れない少年さえ、その美しさを(かも)し出している。美しい兄弟に、宰相は微笑み、彼等の名を問った。

「私の名はバンドーリア・レニア・ラングレート。この国の宰相を務めている。

お前達の名は、何と言うのだ?」

「私は、エレラ・ファナムール、弟はオーガ・ファナムールと言います。

如何か、宰相様、弟に御慈悲を。」

姉・エレラの言葉に、宰相は満足し、提案をする。

それは彼等を、この屋敷の養子に迎える事。

そして姉のエレラを後宮へ、上がらせる事だった。残されるオーガも、他の貴族の懐に収めようと画策したが、オーガの言葉にその想いを止めた。

「姉様を…あんな怖い所へ、一人で行かせられません。

如何か、私を護衛として、上がらせて下さい。」

弟のオーガが、姉の事を『姉様』と呼んだ…それは、この兄弟が元身分の高い家の出だと、察しられる呼び方。

裕福な家庭が、中心となる父親と母親を亡くし、兄弟だけで生きてきた。

その状況を想像出来た宰相は、ふと、彼等が持っていた包みを思い出し、使用人に持って来させた。

汚れた布を剥ぎ取ると、そこには立派な長剣が存在していた。

見覚えのある装飾に、宰相・バンドーリアは驚く。

木々の精霊剣…これを持てる者は、僅かな手練れ。精霊の剣を持つ人間など、希少価値である。

「この剣は、如何したのか?」

聞かれた兄弟は、悲しそうな目をし、話し出した。

「父の物です。3年前の戦で命を落とし、母もその戦で亡くなりました。

私達兄弟は、命さながら、この国に逃げ延びたのです。

もう、私達に残されたものは、その形見の剣しかありません。」

エレラの言葉でバンドーリアは納得し、それを弟のオーガに渡す。懐かせた方が得策だと思い、オーガに目線を合わせ、先程伝えた提案を優しい声で伝える。

「オーガだったな。お前と姉のエレラは、今日から私の子供だ。判るか?」

「…バンドーリア様の…子供?」

「そうだ、私は今日から、お前達の父だ。

我が妻は見構っていて母親はいないが、寂しい思いはさせない。良いな。」

安心した様に頷くオーガの頭を撫で、バンドーリアは彼等の部屋を用意させた。

部屋を出る間際で、嬉しそうに微笑むオーガとエレラを見て、バンドーリアは、自分の思い通りに事が進んだのを確信した。

後は、選り好みの激しい王を懐柔するのみ。上手くいけば、自分の野望が叶う。

そう考え、何時しかその顔に、狂気にも似た微笑が宿った。



 部屋に通されたオーガは、その華美さに頭を抱えた。

悪趣味では無いが、宰相という地位の煌びやかさに、慣れそうもないと思った。

だが、これから行く先は、もっと地位の高い王宮…。

これ以上に、豪華な場所へ行かないと、計画が進まないし、思い通りに事を運ぶ為には、姉を演じさせているエレラと、離れる訳にはいかなかった。

操っている彼女を起点に、王とその周辺の者共を手中に収めないと、自分の目的は遂げられないからだ。

バンドーリアの野心を知っているオーガは、彼を如何するか、思案した。

操るか、そのままで協力させるか…。

操る方が手っ取り早いが、あの者が持つ野心は、オーガの計画に使える。今のまま、大人しい弟を演じ、騙し続けるか…だが、そうすると宰相は、自分を他の野心に使いかねない。今は、このまま現状を維持し、時が来れば自分の考えを明かし、バンドーリアも巻き込めばいい。

逆らうのであれば、操る。

そう決めたオーガは、大人しい姉想いの弟を演じ続ける事にした。


バンドーリアの養子となり、数日間が過ぎた。

その間、彼等兄弟は家庭教師を付けられ、王に仕えられる様に色々な事を教えられた。

礼儀作法、社交ダンス、学業、王宮での基本知識等、色々な事を教えられた。オーガとエレラの二人は、教えられた事を身に付けるのが早く、教える方が舌を巻く程であった。

流石、バンドーリアが養子に迎える事を望んだだけあると、絶賛の声が聞こえている。

それ程優秀な子供の噂は、他の貴族の耳にも入り、王の御膝元にも届いた。

好機が巡ったと、バンドーリアは思った。

それはオーガも同様だった。王宮に入り込み、その主たる王を手中に収める。

この為だけに、オーガは何時も、姉であるエレラの傍にいるようになった。


                                    

 そんなオーガの行動を、バンドーリアは(うと)ましく思うようになる。

王に取り入るには、男の影があってはならない。

それが例え、血の繋がった弟だとしても、好ましくないと思った。そこでバンドーリアは、オーガをエレラから離す計画を始めた。

だが、バンドーリアの考えは心の動きを読めるオーガに、筒抜けだった。彼がいない時、バンドーリアはエレラにそれとなく、弟を話す様に告げるが彼女はそれを拒んだ。

幼い弟を一人に出来無いと、告げる彼女に他の使用人も納得していた。

それは全て、オーガの策略だった。

彼がエレラを操り、拒ませ、バンドーリアの思惑を阻止する為、使用人や家庭教師を使い、ある噂を流させもした。

弟を思う心優しい姉と、その姉を慕い、護ろうとして傍を離れない大人しい弟。

その噂を利用する為に、幅広く広めさせる。

何時の間にか流された噂で、バンドーリアは、エレラからオーガを離せなくなった。噂通りの女性だと、王に印象付けた方が、事を運ぶのに有利になってしまったのだ。



 兄弟を養子にして、三週間後

実質的にバンドーリアは、自分の野心の為、動き出す事となる。

手始めに、彼等を社交界へと送り出す事にした彼は、自分が懇意(こんい)にしている、侯爵からの招待状を受け取る。件の兄弟を見たいという彼の希望で、バンドーリアは彼等を着飾らせ、夜会に連れて行った。

エレラのドレスは、深い青で袖に膨らみのあり、スカートも一層膨らませたもので、彼女には良く似あっていた。ドレスの裾の装飾は金色の蔦模様であったが、それ程華美でなく、質素な物である。

開いている胸元を飾る青い宝石の首飾りが、華やかさを引き立て、彼女の美貌に花を添えていた。

オーガの方は、貴族の子弟が着る物で、姉であるエレラと同じ色、同じ蔦模様の装飾が上着の裾にあり、上着と襟に折返しがある物だった。

そこには、バンドーリアの家の紋章…ラングレート侯爵家の紋章が、彩りを添えている。

足元の黒いブーツにも同じ紋章と共に、エレラとお揃いの青い宝石の飾りがあった。


兄弟の衣装は思った以上に、彼等の美貌を引き立たせ、見る者の目を引き付けた。

その事には、バンドーリも満足していた。

これ程までに美形の兄弟は、早々にいない。然も、庶民とは思えない堂々たる態度で振る舞いで、本当に侯爵家の者である様に見える。

教育の賜物と言えば、そうであろうが、それだけでは無く、本当に高貴な家柄ではなかったのだろうかと、思わせる位だった。

姉のエレラに付き従う幼い弟は、何処かの騎士の様な振る舞いで、人々の中で見劣りをしない。そして、エレラも同じく深層の令嬢の様に振る舞い、彼等の家柄が元貴族でないかと、疑われる位だった。

それもその筈、オーガは精霊騎士と、他の国の中枢にいる者達の立ち振る舞いを覚え、それを自分と、操っているエレラに引用していたのだ。

彼等を利用しようと考えているバンドーリアは、その事に気付かない。只、周りの喝采(かっさい)と、羨望(せんぼう)の眼差しに内心、笑いが止まらなかった。

だがそれは、オーガと言う邪悪に身を染めた者が、人々を操り、彼自身の目的を遂げる為の布石とは、誰も気付かなかった。

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