神々の精霊騎士達4
ランシェの家に着くと、エアレアは勝手知ったる様に、台所に向かった。その様子に咎めもせず、ランシェも後に続いて行く。何かに気が付いたエアレアは、振り返り、
「オーガ君は、料理が出来るかな?」
と、質問してきた。習っていないオーガは、首を横に振り、まだ習っていないと告げる。
「まあ、幼子に料理をさせる事は、出来ないでしょうね。
それならばオーガ君、アレストと共に、ここで待っていてくれませんか?」
「僕…料理をしてみたいのですが…駄目ですか?」
興味津々で告げた言葉に、アレストが反応した。手をオーガに伸ばし、その腕を掴んで口を開く。
「…オーガ、自分と、一緒、いるの…嫌?」
悲しげな顔で見つめるアレストに、困惑しながら、違いますと告げる。その様子に、ランシェもエアレアも苦笑し、援護する言葉を掛けた。
「オーガ君、アレストは、料理が全く出来ないのですよ。彼一人で待たせるのも何ですから、一緒にいて下さいね。」
「そうそう、アレィってば、料理の才能は、壊滅的だからね。
オーガ君が来ると、彼だけ待つと言う、寂しい状況になるんだ。アレィは、一人が苦手だから、一緒にいてあげてね。」
彼等に言われて、オーガは、料理を習うのを諦めた。一人で待つ寂しさは、人一倍判っている為、この闇の精霊騎士と、一緒にいてあげようと思ったのだ。
「判りました。アレスト様と向こうで、一緒に待っています。」
そう言ってオーガは、掴まれた腕からアレストの手を解き、腕を組むのでは無く、手を繋いで居間へ向かった。
腕を解かれた時、アレストの目は更に悲しそうになったが、代わりに手を繋がれ、微笑まれた瞬間、嬉しそうなものに替わる。
彼の表情の変化は、長年の付き合いで無いと判り難い物であったが、その微かな変化を、オーガは感じ取っていた。
素直な人なんだなと、オーガは思った。
嬉しそうに見える──傍からは無表情に見えて、そうは見えない──彼に、好ましさを覚えた。
食事が終わって、ランシェは、エアレアとアレストに聞いた。
「この後、貴方々は、如何するのですか?」
効かれた二人は、暫く考え込んだ。目の前にいる幼子を構いたいらしく、オーガの方を見ている。
この時間、木々の精霊は眠りに付く事になるが、如何せん、風の精霊は時間の束縛は無く、闇の精霊は行動する時間となるのだ。
当然、木々の精霊として生きているオーガは、眠る時間となるが、昼間にアレストから力を譲渡されていた為か、眠くなかった。
これに気付いたオーガは、何時もより活発な自分に驚いていた。
そして、木々の精霊では在り得無い、体の状態を確認した。
何時もなら疲れて、力の過度の減少が有々と判るのだが、今は全く力の減少は無い。その逆、満ち足りた力が体を巡り、その捌け口を求めている。
オーガが不思議そうな顔で、佇んでいたのに気付いたのか、ランシェから声が掛った。
「オーガ君、眠いのですか?…違うみたいですね。」
告げられた言葉で顔を上げ、オーガはランシェを見つめる。そして、告げるべきか如何か、迷っていた事柄を口にした。
「ランシェ様。あの…僕…今は不思議と、眠くありません。多分、お昼にアレスト様から、力を頂いた所為だと思うんですが…。眠くなるまで、起きていては…駄目ですか?」
「あ…そういう事か…。
アレィってば、珍しく起きてたから、光を取り込み過ぎたんだね。君はアレィから力を貰ってたし、その後動けなかったから、起きていられるんだよね。
…ランシェ、訓練場を借りて良いかい?」
「何をする気ですか?エアレア。」
エアレアの考えている事に気付いたランシェは、怒りの隠れた微笑を彼に向ける。向けられた本人は、何食わぬ顔で答える。
「勿論、オーガ君の相手だけど?アレストも本調子だし、責任持って疲れさせようと…。」
言いかけたエアレアは、ランシェの素早い一撃を頭に受けた。つまりの処、張り倒されたのだ。
「幼子に、夜更かしを推奨するなんて…感心出来ませんよ。」
「ランシェ、自分も、一緒、いる。駄目?」
アレストの珍しい懇願に、ランシェは頭を抱えた。普段から人を寄せ付けず、極僅かな者にしか、心を開かない闇の精霊騎士…。
その最たるアレストが、これ程まで懐き、傍にいる事を望んでいる。オーガの持つ光の部分が、彼に影響しているのが判る行動でもあった。
聖なる闇は、聖なる光に魅かれる…また、その逆も然り。
だが、懐かれている本人が、アレストに魅かれている様子は見えない。
懐かれて嬉しいと、思っている様には見受けられた。
ランシェは、アレストの懇願に負け、彼等に訓練場を使う事を許した。
但し、自分も、その場にいる事が条件だった。一応、オーガを木々の精霊として扱っている、ランシェならではの行動でもあった。
ランシェの許しを得た彼等は、月明かりの無い、訓練場へ向かった。
そこに着いた途端、アレストが、オーガと手合わせしたいと言い出す。
自分の本調子の状態で、オーガと相対してみたい、そう願ったのだ。彼の想いは真剣な物で、誰にも止められそうになかった。
そこで彼等は、オーガに忠告した。
幼子という事と、昼間のアレスとの状態を、今の彼に当て嵌めての物だった。
「もし、眠くなったり、動き難いと思ったら、すぐにランか、私に言う事。
くれぐれも無理は、駄目だからね。」
「エアレアの言う通りですよ。アレストみたいに、倒れてからじゃあ、いけませんよ。」
本当の幼子の扱いに、オーガは苦笑した。リューレライの森の精霊と同じく、少々過保護に感じれる扱いに、内心嬉しくもあった。
「ランシェ様、エアレア様。大丈夫です。無理をしない様、心掛けます。」
彼等の心配を振り払うように、オーガは微笑と共に返し、アレストと再び対峙する為に、訓練場の真ん中に向かった。
その後ろ姿を見送りながら、エアレアがふと、言葉を漏らした。
「あの子…大丈夫だろうか?アレィみたいに、無理しそうな気がする…。」
「私も同感ですよ。アレストと一緒に、倒れなければ良いのですが…。」
二人の精霊の心配は、夜の闇に溶けて、消えて行った。