第一話
今回から、新しい番外編になります。
黒き髪の王の一件が終わり、オーガ改め、リシェアオーガは、神々の住居、光の神の許に帰っていた。
自らの姿が光髪と空の瞳に戻り、双子の兄弟とも、父親とも似た物となった為、家族という事を実感していた。
時折、構い過ぎる両親と兄夫婦に対し、戸惑いを感じるが、慣れれば良いという片割れの言葉に、一抹の不安を感じる事もある。
片割れであるリルナリーナは、両親の許に居ただけあって、その対応に慣れている様子であったが、如何せん、リシェアオーガは初めてに近い扱い。
精霊の対応より大いに過保護で、溺愛振りが伺える行動は、初めて親元に帰ってから、一年経った今でも、慣れなかった。
小さい頃に親元を離れてしまった事で、心配を掛けてしまったという負い目も、それに拍車を掛けていた。それに気が付いた兄が、リシェアオーガに提案した。
「リシェア、無理せず、何時も通りで良いんだよ。
甘えるのが難しい年頃だと思うけど、甘えたい時には、甘えて欲しいんだ。
私達は、それが嬉しい。まあ、今は、帰って来てくれて嬉しいから、構ってるって所もあるんだけどね。」
そう言って、優しく抱き締める兄に、リシェアオーガは素直に身を任せていた。
精霊として生きていた頃に、兄として慕った者と、同じ色の髪と瞳。
彩は同じでも、得意な者が違う彼等。
片や剣術が、片や戦術…話術や知識が、彼等の武器であった。
今の兄・カーシェイクは、剣を扱えないのでは無く、扱わない。
自らの実剣を使わず、知識を剣とする者。
だが、それが時として、実剣より勝る物だと、リシェアオーガは知っていた。
敵を知らずして、感情のまま無鉄砲に向かうより、敵を知って冷静に策を練る事が、強い戦法の一つであり、最も重要な事でもある。
この事を、身を以て知っている彼にとって、今、自分を優しく抱きしめている実兄は、尊敬に値する者であった。
只、本の虫と言う病気と、嫁と妹溺愛の病気が、玉に傷であったが………。
家族と何の蟠り無く、平穏に暮らし始めたリシェアオーガは、意を決して、前の家族…元木々の精霊と会う事にした。
この先ずっと、会わないままでいると言う、選択肢もあったが、己の気持ちの区切りを付ける為、会う事に決める。
先ずは、母であるリュースに告げ、その後、父のジェスクに告げに行く。
母は不安そうに、リシェアオーガの行動を認め、父には行く条件として、一人、共を付ける事を承諾させられた。
そして、目下の兄、実兄のカーシェイクに告げる為、彼のいるであろう書庫へ行った処、運悪く、本に埋もれている姿と出会った。
「兄上、元リューレライの森の精霊達に、会って来ます。…聞いてますか?」
「うん…?ああ…聞いているよ。」
生半可な返事を返す兄に、リシェアオーガは、駄目だと思った。こういう場合、大抵聞いていない事が多い。
兄の返事に説明を諦め、次の対策を実行する。
書庫に籠っている兄を、そのままにして退出し、今度は兄の妻、リシェアオーガにとって、義姉であるファースの許へ向かう。
ファースの部屋も、薬草と本で埋まっているが、乱雑し易いカーシェイクの部屋と違い、きちんと整頓されている。
茶色い色彩が多い中で、真っ白な長衣は目立つ。背中の羽根は、動き難いと言う理由で、体の中に仕舞ってあって、今は、リシェアオーガ達と変わらない姿だった。
扉を叩かれ、ファースの傍にいた大地の精霊が、そこへ向かう。開けた扉の向こうには、新しい神、自分が仕える神の、義妹当たる者がいた。
「…確か、リュンナの妹の…リュリアだったか?」
「はい、そうです。…リシェアオーガ様ですね。ファース様に、御用ですか?」
「そうだが…ここに、義姉上はいる?話しておきたい事が、あるんだが…。」
扉から聞こえる、話し声に気付いたファースが、声を掛けて来た。
「リシェアね。私に何か用?…そこでいるのも何だから、入って来て。」
言われて、素直にリシェアオーガは、ファースの許へ向かった。薬草の乗った机の前で、自分より若干背の低いファースが、彼に微笑みを掛けている。
その優しい微笑に、リシェアオーガの顔も綻び、やんわりとした笑みが浮かぶ。
「義姉上に、話しておきたい事がありまして…。」
「リシェア、私達の前では、畏まっては駄目。勿論、リュリアの前でもね。
もっと子供らしくして、欲しいの。もう一回、やり直し。」
駄目出しを喰らったリシェアオーガは、苦笑しながら、言い直した。
「義姉上に、話があるんだ。…時間作って貰って…良い?」
合格点を貰えたらしく、良いわよと、返事が返って来る。ほっとしたリシェアオーガは、例の事を話した。
話の終わりに、ある事を付足すのを忘れなかった。
「それと…義姉上に、頼みたい事があるんだ。兄上の所にも行ったんだけど、本に埋まっている最中だったんだ。だから…。」
「そうね、聞いていないと思うから、私の方でも伝えておくわ。
だけど、リシェア、一人で大丈夫なの?」
「父上から騎士を一人、付けられたよ。
…心配だからって、言われたけど…僕なら大丈夫なのに…ね。」
「お義父様は、リシェアが彼等と共に行ってしまうと、思っているのよ。だから、必ず帰って来るようにって、共を付けたのよ。」
返された言葉に、リシェアオーガは一瞬驚き、笑い出した。
「全く、父上は…。私の帰る場所は、ここなのに…無用な心配をなさる。
判ったよ、義姉上、父上にも、ちゃんと帰って来ますって、伝言を頼むね。」
そう言ってリシェアオーガは、光の神と大地の神の住居を後にした。
共を付けると言われたリシェアオーガは、今住んでいる屋敷の庭を出た処で、その相手と会った。見知った騎士達に、リシェアオーガは、驚きを隠せない。
緑の髪の木々の精霊騎士と、金の髪の光の精霊騎士…。
一人の筈だったのだが、二人がそこにいた。理由は簡単だった。光の騎士はジェスク神に、緑の騎士はリュース神に、それぞれ共を言い遣っていたのだ。
「ラン…ルシェ…二人とも、如何して?」
「私はリュース様に、リシェアオーガ様のお供を言い遣って、参りました。
恐らく、ルシナリスも一緒でしょう。」
「ランの言う通りです。
私はジェスク様から、言い遣って参りました。御迷惑ですか?」
二人の騎士の言い分に、少年神は、仕方ないと言う顔で返す。
「迷惑ではないが…母上も心配性だな。」
思い当たった事を口にすると、二人の騎士は、少々微笑んで理由を述べる。
「仕方ありませんよ。リシェア様は幼い頃、攫われたも同然なのですから、お二方が心配されるのは当然です。」
「そうですよ、リシェア様。
母君である、リュース様の御膝元の神殿と言う、完全に安全な場所とは言え、用心に越した事はありませんよ。それに…あの方々の我が子への心配性は、今に始まった事ではありませんから。」
ランシェとルシナリスに指摘され、リシェアオーガは納得した。
自分だけでなく、兄のカーシェイク、半身のリルナリーナに対してすら、何かと心配し、配慮していた。過保護と言われれば、そうなのかもしれないが、如何せん自分は、生まれて間もない頃に家族の前から姿を消した。
生まれ持った役目の為、致したか無いとはいえ、実の家族に大変な心痛を齎した。帰ってからの、異常な程の触れ合い…構いたくて仕方が無いという行動を、体験済みだったのだ。離れ離れになった半身なら、いざ知らず、血が繋がっただけの家族からも、同じ行動をされた。
不思議に思ったが、何の事は無い。
直ぐにそれが愛情…溺愛から来る行動だと、身を以て知る事になった。
17年の間、見つからなかった我が子の、兄弟の帰還は、彼等にとって愛情の対象が増えた…いや、戻ったに過ぎなかった。
抱き締められた体から感じる、彼等の感情…良く戻って来たと共に、愛おしい者と認識する彼等のそれは、リシェアオーガにも心地良く感じる。
だからこそ、リシェアオーガは、自分の帰る場所は彼等の許と、決めていた。
それを知っていても、やはり両親は、心配だったようだ。
これを悟っている為、親から付けられたお共に関して、一言も文句を言わず、少年神は受け入れ、彼等と共に目的地に向かった。




