前編
ここからは、番外編となります。
「ジェスク様。訊きたい、事が、あります。」
闇の神・アークリダに仕える、闇の精霊騎士であるアレストが、久し振りに、光の神の住居へ赴いていた。その第一声が、これであった。
傍には、好奇心旺盛な風の精霊騎士・エアレアがいて、瞳を輝かせている。
「…アレィ、私に訊きたい事とは、何だ?」
私的な遣り取りであった為、愛称で呼ぶジェスクは、眼の前の騎士を見やった。
あまり表情を出さない彼が、真剣な眼差しで、自分を見る…余程の事と思いきや、帰って来たのがこれだった。
「光の竪琴、ジェスリム・ハーヴァナム、主、見つけた。
その主、誰か、教えて、下さい。」
アレストに訊かれ、ジェスクは脱力し、頭を抱えた。民に下賜した筈のあれが、次の主に選んだ者が…問題だったのだ。
右手で頭を抱えたまま、苦悩した顔で無言になったジェスクを、アレストとエアレアは、不思議そうな顔をして見つめた後、光の竪琴が選んだ主が、かなり問題がある人物だと、思い当たったのだ。
神々の中でも竪琴の名手と呼ばれる、知の神であるカーシェイクが、戯れに触れた時も、他の腕自慢が触れた時も、主としなかった。
仮の主すら認めない、あの気難しい光の竪琴が、今回、黒き王の騒動の最中に自ら主を決めたのだ。
アレストは、闇の竪琴の主。
彼の闇の竪琴は、対である光の竪琴が、遂に主を選んだ事を彼に教えた。今まで主が無く、只、存在しているだけの光の竪琴が主を得て、その音を響かせた。
己の竪琴を通じて知った、光の竪琴の喜び。
主と共に詩を綴れる喜びに、打ち震えている様子を、アレストは感じ取っていた。そして、そこまで、竪琴に好かれている主と会いたい、共に演奏してみたい。
そう思ったアレストは、傍仕えしているアークリダに尋ねたが、彼女は頭を抱え、ジェスクに尋ねる事を進められた。
だが、眼の前の光の神も、彼女と同じ反応をし、頭を抱えている。
無駄に終わると思いきや、彼から言葉を掛けられた。
「光の竪琴の主なら、カーシェの許のいる筈だ。
今、あの子に、詩を教わっている。…誰か、いるか?」
ジェスクの言葉に、光の精霊騎士が入って来た。長い金髪の、細身の騎士…アレストとエアレアの見知っている騎士だった。
「御呼びですか?ジェスク様。」
光の騎士は、自分の主の傍に、知り合いの騎士達がいる事に気付き、彼等に微笑んでから、主の許へ向かう。
「ルシェか…。済まんが、二人をカーシェの所へ、案内してくれ。」
「承知しました。」
簡素な遣り取りの後、光の騎士・ルシナリスは、彼等と共に部屋を退出した。そして、改めて二人を見た彼は、彼等に尋ねる。
「アレィにレア…2人揃って、如何したのですか?」
「ルシェ、光の、竪琴が、主、選んだ。…会いたくて、来た。」
「私は、アレィのお供だよ。
アレィを、ここまで運んだついでに、新しい光の竪琴の主に興味があったから、このまま留まったんだよ。」
二人の返事に、ルシナリスは、そうですかと言って、微笑む。
「二人の様子だと、ジェスク様は誰か、御教えにならなかったんですね。」
光の騎士の推測に、二人の騎士が頷き、残念そうな顔で言葉を綴る。
「そうなんだ。ジェスク様は、只、頭を抱えて、困惑していらしただけなんだよ。それでね、カーシェイク様の所に行くよう、言われたんだ。」
「レアの、言う通り。…カーシェ様の、所に、行けと、言われた。」
二人の反応に、ルシナリスは、クスクスと笑いだした。事情を知っている彼は、自分の神が取った行動に、思い出し笑いをしたのだ。
彼の態度に、エアレアが不思議に思い、尋ねた。
「ルシェ、如何したの?」
「いえね、光の竪琴の主が決まった時に、ジェスク様は、同じ事をされていたので…ね。つい。」
未だに、笑いが止まらないルシナリスに、納得した彼等は、やはり、問題があるのかと、改めて思った。
…確かに、問題有々ではあったが………。
カーシェイクの部屋に着いた彼等は、扉を叩き、部屋の主の返答を待った。
部屋からは、既に竪琴の音が聞こえていたが、カーシェイクの物だった。
光の竪琴の奏者が弾いていないという事は、カーシェイクが手本に弾いているという状況であると、二人の騎士達は判断した。
流れていた音色が止まり、扉に向かう足音がした。足音が止むと、扉が開かれ、そこには、カーシェイクが立っていた。
リュース神と同じ、緑の髪と紫の瞳の男神…知を司る神であるカーシェイクは、装飾の全く無い無地の、深緑の長衣を着ている。
普段着のままでいる彼に、精霊騎士達は一礼をする。
「やっぱり来たね、アレィ。あれ?レアも?そっか、アレィを送って来たついでに、興味津々で見に来た訳だね。」
微笑みながらも、的確な指摘をする彼へ、精霊騎士達は、簡素に返事をした。
「はい、流石、カーシェイク様ですね。」
「カーシェ様、光の、竪琴の、主、会いに、来た。
ここに、いると、ジェスク様、教えて、くれた。」
二人を案内し終わると、ルシナリスが、その場から離れようとした。が、カーシェイクは、それを止めた。
「これから、演奏させるんだよ。
ルシェも折角だから、聞いててくれないかな?観客は、多い方が良いし…ね。」
引き留められたルシナリスは、素直に頷き、アレストとエアレアと共に、カーシェイクの部屋に入って行った。
そこには、カーシェイクの妹達──両性体なので、弟でもあるのだが、彼は妹扱いをしている──が揃っていた。今は金色の光髪と、青い空の瞳の双子…新しい神々が窓際の、座る為に周りより高くなっている、緑の絨毯の上にいた。
一人は白地で、装飾の無い騎士服、もう一人は、こちらも装飾の無い白地だが、ドレスだった。
男女、別々の服を着ていた二人が、共に結っていない長い髪を絨毯の上に広げ、部屋に入って来た精霊騎士へ、目を向けていた。
「オーガく…いえ、リシェアオーガ様とリーナ様?」
「オーガ…リシェアオーガ様?リーナ様?如何して、ここに?」
精霊騎士に問われ、先にリルナリーナが答え、それにリシェアオーガが続いた。
「?お兄様に、詩を習っていたのよ。アレィとレアは、どうしてここに?」
「アレィにレア?…あ、そうか、アレィは、闇の竪琴の主だったな。
アレィ、レア…呼び方は、リシェアでもオーガでも良い。」
思い当たった事を口にした、リシェアオーガは、彼等の驚いた様子を見て更に、言葉を続ける。
「父上に言われて、来たのだろ。
その様子だと、何も知らされていない様だな。」
姿も、口調も、昔と違う幼子に、アレストとエアレアの表情が曇った。
目の前の子供が初めて会った時と、すっかり変わってしまった事を実感している騎士達を、当の本人は、キョトンとした顔で見つめる。
「アレィ、レア、如何した?私は…何か、変な事を言ったか?」
「リシェア、彼等は、君が変わった事に戸惑っているんだよ。可愛かった口調と素直な態度が、全く違う、固い口調と態度になってるから…。
リーナみたいに、もう少し、子供らしくしても良いんだからね。」
兄であるカーシェイクに指摘され、リシェアオーガは考え込んだ。子供らしくと言われても、この2年で培われた口調と態度を、元に戻す事は難しかった。
「…無理、今…直せない。………二人とも、すま…いや、御免。」
胡坐を掻き、右足を両腕で掴んで肩を落とし、彼等を上目遣いでみるリシェアオーガに、エアレアが苦笑した。
それはオーガの、昔と変わらない行動だったのだ。
一方、アレストは、リシェアオーガに近付き、そっと、頬に手を伸ばす。
見上げる幼子の瞳の色は、変わっていても、触れて感じるのは同じ気配。
大地と光の気配。
それと共に感じる、心の中の人間と精霊の気配は、この子が神子と生まれた為、偽りとして纏えるもの。
危険なモノは無くなり、それに包まれていた、得体のしれないモノの正体が、はっきりと判る。全ての属性を持つ龍王の気配…それがこの子の本質と、アレストは感じる。
「リシェアオーガ様の、心の本質、変わって、いない。
ちゃんと、リシェア様、ここに、いる。」
微笑みを添えて言うアレストに、リシェアオーガは、安心した微笑を向けていた。向けられた闇の騎士は、触れていた手を離し、彼を抱き締める。
幼い頃のカーシェイクと同じ微笑み、泣きそうな幼子が安心して向けた微笑と、同じ物を向けられ、反射的に抱き締めてしまったのだ。
呆気に取られる、エアレアとルシナリスだったが、カーシェイクは、跋悪く感じたのか、上を向き、瞳を覆う様に右手を添えている。
自分が幼い頃、経験したアレストの行動、それが目の前で起こっていたのだ。
「アレィ…私に似ているからって、リシェアまで、子供扱いするのかい?
…あ…まあ…そう言えば…まだ、リシェアも子供だったね。」
カーシェイクに言われ、アレストは微笑み、
「リシェア様、カーシェ様と、似ている。
小さな、カーシェ様、リシェア様と、同じ、笑い方、してた。」
懐かしそうに告げる彼に、精霊騎士達は納得した。
何かに付け、幼いカーシェイクの世話を焼いていたアレストを、何度か見た事のあるルシナリスは、彼の今の行動が同じという事に気付く。
エアレアは、その事実を聞いた事はあったが、実際に目にした事はなかった。だが、確かに、今のアレストの態度は、恋愛対象では無く、保護者の態度。
ジェスク神とリュース神に、通じるものがあった。
そんな中、腕の中に納まったままの、リシェアオーガが、アレストに声を掛けた。
「アレィ、良い加減、離して、欲しいのだ…、いや、欲しいんだけど…。
でないと、練習が出来ないんだ。」
なるべく、口調を戻そうと努力している幼子に、無理しなくて良いと、闇の騎士が告げる。そして、ゆっくりと腕から解放すると、リシェアオーガは溜息を吐く。
彼の傍らでは、半身であるリルナリーナが、楽しそうに笑っている。
「アレィの過保護には、お兄様とエア、アリエとルーニァ、そして、私も、慣れちゃったから、オーガも慣れてね。」
「リーナ…慣れったって…えっ?兄上も?」
意外な事実を知った幼い光の神子の一人は、驚いた眼で兄を見つめる。妹の反応で兄は、微笑みと返答を返した。
「今でも、たまにされるよ。アレィは、父上達と同じで、過保護だからね。」
神子達の言葉を受けて、今度は騎士達が口を開く。
「…神子の心配をしない精霊はいませんよ。カーシェ様、リーナ様、リシェア様は勿論、他の神子様の事も、私達精霊は心配しますよ。」
光の騎士の言葉を皮切りに、風の騎士と闇の騎士の言葉も続く。
「確かに、リシェア様は一番、心配だね。カーシェイク様は、大丈夫だと思うけど…リーナ様は、如何かな?」
「リーナ様、リシェア様と、エア様と、同じ。良く、無茶を、する。だから、心配。」
精霊達の過保護振りを目の当りにした、リシェアオーガから、苦笑が漏れる。精霊として生きていた頃にされた、過保護な対応の理由を、改めて認識したのだ。




