終焉~親馬鹿とルシフの民人達
周りでは思いっ切り、笑いを堪える者の姿が見えた。然も、ルシフの面々にも、同じ事をしている者達がいる。神々の、我が子に対する過保護は、今に始まった事ではなかったが、噂で聞くそれを、神の傍仕えの者以外が目にする事は、滅多に無い。
それが、今、眼の前で繰り広げられている事実は、思いの外に仄々とし、親しみの湧く物であった。
彼等の遣り取りに皚龍は、少し羨ましく、寂しく想っていた。ここには、彼が以前、仕えていた神はいない。
その神からの、労いや、手向けの言葉は聞けない。そんな事を思っていた矢先に、七神とは別の、彼にとって、聞き覚えのある少年の声が聞こえた。
「やっほ~、皚龍。主確定、おめでとう♪それと、レア達、ご苦労様。」
明るく、元気な声が辺りに響き、一陣の風が舞い降りる。真っ白な髪と、好奇心に輝いている、大きな虹色の瞳…。
少年らしい体に、白い短めの襟と袖のない上着、体に沿った白い短いズボン、サンダル履きの足と、肩には白い薄手の肩掛けが、緩やかな風に舞っている。
上着と肩掛けには、虹色を紡いだ糸で刺繍された、竜巻を顕した装飾がある。左腰にはやや黄色掛った白地で、全体が渦を巻いている様な文様の、剣が存在していた。
両腕には、虹色で風を模したような装飾の、太い腕輪。耳にも竜巻を模した飾りがあり、揺れる度に、虹色の光を弾き返していた。
「えっ、エアファン?来てたの?」
「あああ~、愛しのフレィリーもいる~♪」
エアファンの姿が見えると、フレィリーは急いで、ウェーニスの後ろに隠れた。如何やら炎の神は、この風の神が苦手らしい。
自分の後ろに隠れた、フレィリーを庇うウェーニスと、その様子に目の座ったアークリダと、溜息を吐くクリフラールが、エアファンに尋ねる。
「エア、如何して、此処に来たのですか?
危ないから、来ては駄目と、言ったでしょう。」
「…お前な…リダの言う通り、俺も危ないから来るなと、言ったよな。
…後で、お仕置き覚悟か?」
二人の神の言葉で、顔を上げたエアファンは、その姿を瞳に映した途端、驚いたような、焦ったような声を出す。
「うあぁっ、父様と母様までいる…あちゃ~、彼女は、お預けか…。」
「エア…答える気は…有るのですか…。」
静かな口調で、怒りを顕にしたまま、自分の方へ近づいてくるアークリダに、エアファンは怯え、仕方無く理由を述べた。
「ごめんなさい。でも…母様…実は…ね、ちゃんと、言い付けを守って、あの王の影響が届かない、高い所で見ていたんだ。
でね、戦いが終わったから、リシェアの様子見とレア達の労い、皚龍へのお祝いを言おうと思って…降りて来たんだ。…いけなかった?」
やや俯き加減で、顔の前に出した両手の指を弄りながら、半ば気落ちしたような表情で、母親へ言い訳をする。
我が子の様子を見た母は、仕方ないと言わんばかりに、言葉を綴る。
「それが本当に真実だったら、良いでしょう。
レア、皚龍、応戦中に、この子の気配がありましたか?」
彼の言い訳を受け取ったアークリダは、ついでとばかりにエアレアと皚龍に向かって、言葉の真偽を質問をする。
返った答えは、気配は無かったとの事だった。
納得した彼女達は、我が子であるエアファンへの、説教とお仕置きは止めたらしい。安堵の溜息を吐いたエアファンは、気を取り直して、リシェアオーガに向き直る。
「リシェア、神龍王に就任、おめでとう♪超が付く程、真面目な皚龍をよろしくね。
皚龍…寂しくなるけど、絶~対!遊びに行くからね。」
「エア様…いえ、エアファン様。有難う御座います。
遊びに御出での際は、何か、御出ししますよ。」
元主の言葉に、皚龍は微笑みながら応じ、態々出向いてくれた彼へ感謝をしていた。
リシェアオーガも有難うと、返答を返し、エアファンに微笑んでいる。その顔を、初めて見たエアファンが、大きな声で叫んだ。
「あああ~、リシェアが、やっと笑った♪
リーナ、そっくり!んでもって、凄く可愛くて、綺麗だよ♥」
「エア、そなたも、そう思うか?
やはり、前の笑顔より、今のが数段、良い。」
思わぬ処でエアファンは、ジェスクの親馬鹿炸裂の、地雷を踏んでしまった。何時もの、我が子自慢が始まる前にと、エアファンは早々に退散した。
「…ジェス叔父様…ごめんね。用事を思い出したから、また、今度ね~。」
見事な切り替えと逃げ足で、エアファンはその場から立ち去った。相手がいなくなった、ジェスクは残念そうだったが、この次には…と思っていた。
この遣り取りを目にした周りから、御愁傷様と言う声も、上がっていた。
ここに居る人型を取れる者、全員の意見でもあった。
一通り精霊達の労いを終えると、七神はルシフの人々の方へ、向き直った。
神々に向き直られた彼等は、反射的に再度、最敬礼をする。一往に、最敬礼をしている彼等を見定め、彼等が無事である事を確認した。
そして、かの神々が視線を止めた先には、深々と頭を下げる神官達と、ルシフの王の姿があった。
「御苦労であった。面を上げてくれ。」
ジェスク神直々の言葉に、彼等は顔を上げ、かの神を見上げた。
ルシム・シーラ・ファームリア…光の聖地を持ち、七神を祭る神殿を持つ、かの地。
神に認められた者が、生まれ変わり、集う国。
慕う神々の姿に、彼等は、敬愛の視線を送っていた。その代表とも言える、王・サニフラールが口を開く。
「始まりの七神様、良くぞ、御越し下さいました。私は、このルシム・シーラ・ファームリアを纏めるよう、言い遣ったサニフラールと申します。」
ルシフ王の挨拶に、七神は頷き、傍にいる者へ、視線を移す。
「ルシフ・ラル・ルシアラム・ガリアス…息災だったか?」
ジェスク神の声掛けに、ガリアスは、微笑みながら答えた。
「御久し振りでございます。ジェスク様と他の六神様。
残念ながら、この老いぼれに、未だ、キャナサ様の御迎えが、来ない様です。残す者達が未熟故、もう少し指導しろとの、御達しでしょう。」
何時もながらの対応に、ジェスクは、更に微笑み返す。かの神官の若き頃から、慣れ親しんだ遣り取りに、懐かしさを感じたのだ。
それと同時に、我が子の姿を取り戻させてくれた、民人達にも声を掛けた。
「此処にいるルシフの民人達、並びに旅の者達よ。我が子が世話になった。
そなた達の御蔭で、我が子が元の姿を取り戻し、尚且つ、己の定めに打ち勝ち、神龍王として、目覚める事が出来た。
父として、七神の一人として、感謝する。」
そう告げて、頭を下げるジェスク神へ彼等は、勿体無いお言葉ですと、口々に言っていた。その場へ、リシェアオーガも、ゆっくりと歩み寄って来る。
父の傍に到着すると、父と同じ様に頭を下げ、言葉を告げた。
「そなた達のお蔭で我は、生まれ持った真の役目に就く事が出来た。ここに居る者達が我を信じ、慕ってくれたからこそ、成しえたものだ。
我からも、感謝する。…有難う。」
「ジェスク様、リシェアオーガ様、感謝するのは、我等の方です。
このルシフを、旅の者達を、リシェアオーガ様は、命を懸けて護って下さった。我等は只、祈るしか出来なかった事を、貴方は成しえてくれました。
如何か、御顔を御上げ下さいませ。
そして、その御美しい御姿を、我等に見せて下さい。」
「我が王のおっしゃる通りです。ジェスク様、リシェアオーガ様。
我等とて、リシェアオーガ様の美しいその御姿を、堪能出来ておりませぬ。
如何か、御顔を上げて、我等に見せて頂けませんか?」
サニフラールとガリアスの懇願で、二人の神は顔を上げた。並んで見ると、更に似ている事が判る顔立ちの親子に、彼等から溜息と、感嘆の声が静かに上がる。
「ここに…リーナがいないのは、残念だな。」
ふと、漏らしたジェスクの呟きに、リシェアオーガは何故か、同意した。
そして、父親に向かって提案をする。
「父上、御要望ならば、リーナを呼びましょうか?」
我が子の言葉にジェスクは驚き、呼べるのかと問った。
はいと快い返事をし、彼は何も無い虚空へと、天高く両手を伸ばす。
「リーナ、聞こえているだろう。こっちへ、おいで。」
リシェアオーガの呼び掛けに応じ、彼の両腕の中の空中に、ゆっくりと少女の姿が現れて来る。
リュース神と同じ形の、真っ白なドレスに身を包み、あちこちに、花々をあしらった装飾を身に付けている少女…。
少女は、完全に実体化すると直ぐに、リシェアオーガの腕の中に飛び込んで来た。少女らしい、高めの柔らかな声が響く。
「オーガ、やっと、呼んでくれたのね。心配したのよ。あら…え…っと…。」
リシェアオーガに抱き付き、喜びの声を上げるリーナだったが、周りの状況を失念していたらしく、対応に困っていた。
取り敢えず、一旦、リシェアオーガから離れ、ルシフの人々に向き合った。
「初めまして、エレルニアラムエシル・リュージェ・ルシム・リルナリーナと申します。
リシェアオーガとは双神で、この度、愛と美を司る役目を頂きました。
ここに居られるルシフの方々と旅の方々、今後とも、宜しくお願いします。」
微笑と共に言葉を紡ぎ、優雅に淑女のお辞儀をするリルナリーナへ、感嘆の声と見惚れる視線が集まった。




