神々の精霊騎士達3
アレストに纏いつかれたまま、オーガは休憩の場所に赴いた。先刻に昼食を取った場所の、近くの影に座り、アレストからの譲渡に身を任せていた。
流れ込む力…何故か、懐かしく優しく感じる、光の力…。身を委ねそうになるが、本能が拒否をする。
今は委ねるべきで無い、そう語るかの様に意識は、委ねそうになる体を引き剥がしている。
入り込む力は、光その物。
しかし、オーガの体に入ってからは、別の力へと変化していく。自分で意識的にしている訳では無い変化に、そういった物と認識している自分がいた。
そうしている内に、アレストの腕が離れ、オーガの体に自由が戻った。
「もう、大丈夫なのですか?」
「…ん、大丈夫。感謝する。」
心配そうな掛け声にアレストは簡素に答え、その瞳を閉じると、今度はオーガの肩へ寄り掛る様になり、そのまま動かなくなった。
驚いているオーガを後目に、アレストからは寝息が聞こえ始める。
「…アレィ…よりによって、幼子の肩に体を預けて、眠るなんて…。」
「余程、興奮し過ぎて、疲れたのでしょうね。珍しく目を輝かせて、見入っていましたから。」
オーガの横で寝入っている闇の騎士に、風の騎士と緑の騎士は、お互いの意見を言っていた。
何時もは無表情である闇の騎士が、目を輝かせて見入った、風の騎士と木々の剣士見習いの手合わせ…。
本来なら実力の差があり過ぎて、お話にもならない物であったが、見習い剣士であるオーガの実力が、普通と違い過ぎていた。
今の剣の腕は、神々に仕える精霊騎士と同等か、それ以上の可能性がある。然もその腕は、未だ発展途中にあると見受けられる。
ランシェは、再び浮上したあの考えを、本人がいる前では話さなかった。後で、仲間に告げるべき物だと考え、話題を変えようとした。
そんな時、不意にオーガから質問があった。
「あの…僕は、このままで良いんでしょうか?アレスト様って、闇の精霊ですよね。
光が入ると、大変ではないですか?」
自分の内にある、光の事を言っているオーガに、ランシェとエアレアは驚いたが、次の瞬間、笑い出した。ランナも笑い出していたので、オーガは如何してか、不思議がる。
「オーガ君だったけ、その心配はないよ。
直接の光に、闇の精霊は弱いけど、体が持っている属性の光は、何ら影響は出ないんだ。
ほら、朝に、炎と水の精霊夫婦に会っただろう?彼等同士は、打ち消す属性だけど、お互いの影響は見えなかったよね。」
エアレアに言われて、あの仲睦まじい夫婦を思い出す。全く影響が無いばかりか、別の意味で、こちらまでが当られそうな、熱々加減であった。
頷いたオーガに、エアレアは微笑み、良く出来ましたとばかりに、彼の頭を撫でる。彼等の遣り取りで、ランシェが口を開いた。
「…そう言えば、オーガ君が、アレストの傍に居る必要はありませんね。
力の譲渡は、済んでいますし…。」
「ランシェ様。無理です。動けません。」
情けない声を出すオーガに、ランシェは、疲れたのかと思ったが、理由は全く違った。アレストに寄り掛れている側の腕を、しっかりと捕まれていたのだ。
「あらら、アレィてば、余程、オーガ君が気に入ったらしいね。」
「珍しく、懐いていますよ。オーガ君、諦めて、そのままでいて下さい。」
「…アレスト様、ずっこい…。」
最後、ランナが漏らした本音に、彼等は笑いを深める。その声にも起きないアレストは、オーガの傍で眠りを満喫していた。
傍にある、優しい光と大地を感じながら………。
夕刻にやっと目が覚めたアレストは、自分の傍にオーガがいる事に気が付いた。自らの腕を彼に絡め、まるで抱き枕か、お気に入りの縫ぐるみの如く、しがみ付いていたのだ。
自分の腕をゆっくりと離し、アレストはオーガを見る。困惑しながらも心配している顔に、アレストは何故か、見入っていた。
「アレスト様。もう、大丈夫ですか?動けますか?」
目の前のオーガから掛けられた声に、アレストは頷き、
「御免。迷惑、掛けた。」
と、言葉少なく謝罪する。それに対しオーガは微笑み、いいえと答える。
彼にとってこの事は、特に迷惑で無かった。
この場でエアレアとランシェの、剣の手合いを見せられていた彼は、動けない事に苦痛を感じていなかったのだ。
まあ、退屈凌ぎにと、彼等が遣ってくれた面もあったが、他人の手合わせを見るのも勉強になると、オーガは理解した。間合いの取り方、技の使い方等、色々参考になった。
傍らの安らいだ気配も、オーガにとって、嬉しい物だった。森の動物達と同じ、親愛の気配…慕われているという感じは、オーガに喜びを与えていた。本能の喜び…と、オーガは理解している。
慕われる事に嫌悪感は無く、寧ろ嬉しい。
動物であれ、年上の精霊であれ、どの様な姿のものでも、慕われる事に喜びを感じている。
…まさか、年上の…精霊騎士にまで慕われるとは、思ってもみなかったが……。
「アレィ、やっと、起きたの?オーガ君、ご苦労様。」
ランシェとの手合わせを終えたエアレアは、彼等の様子に気付き、ランシェを伴って、彼等の許へ戻って来た。オーガに労いの意味を込めて、頭を撫でるエアレアと、アレストに説教を始めるランシェを、ランナは無言で見ていた。
ランシェの説教は、彼等が集まると何時見る風景だが、エアレアが幼子を構う事は稀な事である。余程、好奇心を刺激されないとしない行動に、ランナが珍しく考えていた。
確かに、目の前の幼子の剣の腕は、強い。だが、それだけでは、エアレアという、風の精霊騎士は興味を持たない。
それ以上に、彼の好奇心を刺激する物が、この幼子には隠されている。…素直な性格と力の保持量の大きさ、それに…闇の精霊に懐かれた…。
考えられる点を引き出したランナは、改めてオーガを見た。
友人から聞き及んでいた、森の養い子の人間とは、言い難いその性質。
人間では無く、本当に精霊では無いかと疑ってしまうそれは、その容姿と共に違和感をも与えている。
本当にこれが、この子の本質だろうか?何か…隠している…いや、隠されている本性があって、これは擬態ではないのだろうか?
ギルド騎士ならではの思考に、ランナは苦笑した。
職業病だな~と思いがら、夕飯の支度は、何人分用意するんだろうと、思案し始めた。
アレストが起きて、オーガが自由になった今、時刻は夕刻から夜に変りつつあった。
エアレアは風の精霊なので、左程時間の影響は無いが、アレストとランシェには、かなりの影響がある。
特に闇の精霊であるアレスにとって、これからの時間が、動き易い時間となる。逆に、木々の精霊のランシェの方は、動き難い時間になる。
ランシェの場合は、動けない訳では無いが、昼間よりやや反応が鈍ってくる。
同じ精霊であるランナも、そうであった。
彼等の様子に気が付いたエアレアは、一旦、ランシェの家に向かう事を提案した。それを承諾したランシェだったが、問題があった。
「…大の男が、二人増えるとなると…かなり狭くなりますが…良いのですか?」
目下の問題の、ランシェの住まいの広さだった。
元々一人暮らしだった彼の家に、ランナが転がり込み、オーガまでも預かっている状態で、更に精霊騎士が二人、増えるとなると…かなり狭くなる。
それを指摘した、ランシェだったが、身内であるランナが、とある提案をした。
「長に言って、今日は俺、親父達の所に帰るよ。
その方が、まだ広いと思うし…オーガ君も…一緒に…。」
「それは、許可出来ない。お前だけならまだしも、ランバルトが加わると、オーガ君に迷惑が掛る。
今日だけは、オーガ君を私が預かる。そう、長に言っておいてくれ。」
身内に対する口調で、ランナに告げるランシェに彼は、反発しなかった。確かにランバルト…自分の父親に掛ったら、オーガに迷惑する。そう、判断した。
自分以上に可愛い者が好きで、猫っ可愛がりするのが目に見て、ランナは苦笑した。
「判った。長に言っておくよ。
オーガ君と離れるのは辛いけど、親父に独占される位なら、我慢出来る…と思う…。」
名残惜しそうに言いながら、ランナは彼等と別れた。その後ろ姿を見ながら、エアレアがランシェに話しかけた。
「…ああ、そうか、彼、バルトの息子さんだったけ?道理で、オーガ君に構うはずだね。
さっきの話だと、相変わらず、可愛いもの好きの様だし、その息子さんにも遺伝したらしいね。」
エアレアの言葉に、ランシェは頭を抱えた。彼にとって、甥にあたるランバルトの悪い癖は、彼の弟からの遺伝でもあった。
今亡き、弟の息子であるランバルトの子供のランナも、同じ趣味を持っている。という事は、ランナと共にあの家族の所へ行かせると、大変な事態が起こると危惧したのだ。
まあ、オーガにとって、今の状況の方が好ましいと言うか、情操教育には適していると思われた。
オーガの行く末に、悪影響しかないと、判断したランシェの行動であった。