光姿~戦の神の降臨~
「…神が、降臨された様じゃ。」
ルシフの神殿の神官達の私室では、リシェアオーガの気を感じ取った者がいた。その部屋の扉が叩かれ、部屋の主によって、叩いた者が部屋に招き入れられる。
「大神官様、神が…御降臨された様なのですが、今まで感じた事のない神気で…
如何したら、良いでしょうか?」
「ヴァルトレアか…。早速だが、御迎えに出向いてくれないかのぉ。
勿論、陛下も伴ってな。」
「判りました、大神官様。陛下と共に、御迎えに参ります。」
言うや否や、ヴァルトレアは、サニフラールの許に出向いた。彼は、既に着替えを終わり、神官の迎えを待つばかりであった。
「ヴァルか、準備は出来ている。すぐに向かおう。」
「畏まりました。只今より、陛下と共に、神華の塔へ参ります。」
ヴァルトレアとサニフラールが神華の塔に向かっている頃、リシェアオーガ達と銀色の双子が、色々と話をしていた。
彼等の名は、ハルシェとジルシェ、青紫の瞳で、長衣の方がハルシェで、赤紫の瞳で、短衣の方がジルシェと言い、共に神龍の王の剣の守護者であった。
今、その役目が終わり、彼等は新たな役目を担う事になる、と言う。その役目の事をリシェアオーガが聞くと、二人はお互いの顔を見て、彼に向き直す。
「我等が王の御許しを頂ければ、直ぐにでも新しい役目に就きます。」
「??我の許しが、必要な役目とは、何だ?」
「剣の守り人の役目が終わると我等は、その剣の担い手…王の守り人の役目を与えられます。ですが、それは剣の主が、必要とすればの話です。」
ハルシェの言葉にリシェアオーガは納得し、それを許した。すると、彼等の姿が銀の光と変化し、リシェアオーガの右手の中指に収縮した。
光が収まると、そこには銀色の、双頭の蛇の指輪が填まっていた。不思議そうに見つめる彼に向かって、音では無い声が聞こえる。
『我等の真の姿は、双頭の銀蛇です。
神龍王を護る為存在し、銀の指輪と化して、常に王の傍におります。御用の際は、これを外し、我等の名を御呼び下さい。
我等はその姿を、王の御望み通りに変え、王の御前に現します。』
二つの頭が絡み合った、指輪から聞こえる声に、リシェアオーガは判ったと頷く。
「我が君…此れで、彼等も安心出来るでしょう。
永年待ち望んだ、主の傍に居られる…我等と同じです…。」
皚龍の、感無量の気持ちが込められた言葉に、他の神龍もアルフィートも頷いた。リシェアオーガという、待ち望んだ主を得て、彼等は嬉しそうである。
その様子にリシェアオーガは、少し照れくさそうに微笑み、
「我で…良かったのか?」
と、彼等に尋ねる。勿論、と即答を返され、彼は嬉しそうな微笑に変わった。
「まだまだ未熟者故、何かと迷惑を掛けると思うが、宜しく頼む。」
そう言って、リシェアオーガは、彼等に頭を下げる。
下げられた方は、一瞬唖然となったが、笑顔で、こちらこそと返していた。
目の前で繰り広げられる、彼等の遣り取りに、退屈したのか、あの子供が、リシェアオーガの傍に寄って来た。
「お兄ちゃん…って、神様なの?」
怯える様子も無く、素直に聞いてくる男の子に、リシェアオーガは目線を合わせ、そうだよと、優しく声を掛けた。
「そなたの家族の仇を、我が取ってやる。
そなたは、此処で待っているが良い。」
そう言って、子供の頭を撫でてやると、その子は、うんと元気良く頷く。何時の間にか近寄っていた翆龍が、その子を抱き上げ、良かったねと声を掛けていた。
流石に、リュース神の神子の守りをしていただけあって、手慣れたものであった。彼女に加え、黄龍も傍に来て、同じ様に世話を焼き始める。
この両龍は、ジェスク神とリュース神の許で、その神子達の子守りを進んでしていたのだ。彼女等の手腕で、恥ずかしそうに笑う子供に、その場にいた全員が和んだ。
後は、この子の身柄を確かな物にしてやろう、とリシェアオーガは思った。ルシフの誰かに、頼む事を決めた彼の前に、近付く気配があった。
人間の気配…ルシフ王と大神官補佐が、急いで、こちらへ向かっている。気が付いたリシェアオーガは、髪と瞳の色を暗緑色に代えようとしたが、全員に止められる。
「駄目ですよ。折角、我が神・ジェスク様の御子であるリシェア様と、確実に判る姿へ、御戻りになったのに…勿体無いですよ。」
「…折角、主の姿になったのに…お願いですから、そのままでいて下さい。」
「リシェアオーガ様、我等が王の御姿になったのですから、御隠しにならずに、堂々となさって下さい。」
「碧龍の言う通りです。そんなに、お綺麗なのに…勿体ないです。」
「翆龍の意見に賛成!そうですよ、リシェアオーガ様、隠すなんて勿体ない!」
「…僕も…緋龍達の意見に、賛成…。」
「俺も、同意見だ。リシェアオーガ様、如何か、其の儘で居て下さい。」
「リシェア様、折角、双子のご兄弟のリーナ様と、同じお姿なのですから、そのままの方が、宜しいかと思いますよ。」
止めの黄龍の意見に、リシェアオーガは、あの姿に戻す事を諦めた。
半身と同じ姿…そう思うと、変えたく無くなったのだ。
彼等の前に、件のルシフの王と、大神官補佐の姿が現れた。
正式な王の服…白地で前開きの上着…裾と袖の折返しに、月と太陽の文様があり、両肩にはルシフの紋章が刺繍してある長衣を羽織り、上着の下には、同じく白地で短めのベストと中着、ズボン、白い布製の靴を履いている。
襟と袖口だけが上着の下から見える中着は、装飾の無い無地で、ベストの裾模様は上着と同じ裾模様、ズボンも中着と同じ無地で、靴の前側には白糸で、ルシフの紋章が目立たない様に施してある。
大神官補佐の長衣は、白地に七神の象徴が銀糸で裾を飾り、大きな両袖にはルシフの紋章、右肩には補佐を顕す、銀色の星の飾りがある。
神に会う為の、正式な衣装に身を包み、神殿に辿り着いた彼等の目に映ったのは、見た事の無い長剣を、大事そうに抱きかかえるアルフィートと、その傍らで最敬礼をしているルシナリス。そして、長い金髪で白い長衣の少年と、彼に向かって跪いている、様々な色の髪の騎士達…。
その騎士達の服の形は、色合いが違うだけの、同じ形の物であった。
服装で彼等が、神龍である事は判ったが、その神龍に膝を付かせている人物…。何者かは、はっきりとしなかったが、纏う気は先程感じた、神気だった。
「…ジェスク様?」
ふと、漏らした大神官補佐・ヴァルトレアの言葉に、ルシフ王・サニフラールも同感だった。金髪の少年の顔は、見慣れたジェスク神に良く似ている。
だが、髪の長さと体つきが違う。
そして決定的なのは、周りにいる神龍達の態度。
彼等が恭しく膝を折り、頭を垂れるのは、彼等の王と各々が仕える神のみ。
確かに少年の気は、神のそれに似ているが、違う物もあるように感じる。少年の特徴を、まじまじと確認し、サニフラールは呟いた。
「神龍の王…か?」
王の言葉に、ヴァルトレアは驚き、彼等を観察し出した。
確かに神龍達を従えているが、光の精霊騎士まで跪いている。
彼等精霊騎士は、神龍の王に最敬礼をしない。彼等が最敬礼をするのは、自分達の属性の神か、その神の神子のみ。
そして、傍らのアルフィートの姿…。とすれば…?
彼等が声を掛けかねていると、その少年から、話し掛けられた。
「ルシム・シーラ・ファームリア・シュアエリエ・サニフラール及び、
ルシフ・ラルファ・ルシアラム・ヴァルトレアの両名、出迎え、御苦労だった。
我が名は、ファムエリシル・リュージェ・ルシム・リシェアオーガ、
光の神・ジェスク神と大地の神・リュース神の子であり、美と愛の神・リルナリーナの双神である。以後、宜しく頼む。」
聞き慣れた声で、聞き慣れない口調──竪琴の件で一回だけ、聞いた事のある口調──の少年神に、彼等はその場で最敬礼を捧げた。
「良くぞ、御出で下さいました。我等は、貴方様の降臨を待っておりました。」
「リシェアオーガ様。ようこそ、御越し下さいました。
我等一同、貴方様の御越しを首を長くして、御待ちしておりました。」
二人の言葉に、リシェアオーガは頷き、後ろに控えている神龍達を示す。
「ルシフの王と大神官補佐に、頼みたい事がある。
彼等と共に、暫く、こちらに滞在したいと思うが、良いか?」
「早速、神龍様方の御部屋を、御用意致しましょう。
リシェアオーガ様は…前の御部屋で、宜しいですか?」
オルガを名乗っている時に、宛がわれた部屋の事を言っているらしい、ヴァルトレアに、リシェアオーガは頷く。あの部屋で、特に問題は無いと判断したのだ。
「では、御近くに、神龍様方の御部屋を、御用意致します。
それまで神龍様方は、リシェアオーガ様の御部屋で、御待ち下さい。」
「ヴァルトレア…人数からして、それは無理だと思うぞ。
せめて、神々の謁見の間にしておけ。」
サニフラールの突込みでヴァルトレアは、あの部屋に、この人数を入れる事が無理と気付き、慌てて訂正する。申し訳ございませんと、頭を下げる彼に、微笑みながらリシェアオーガは、優しく言葉を掛ける。
「ヴァルトレア、別に…謝らなく良いぞ。
普通の客人の数なら、あそこでも支障がないが、如何せん今は、かなり人数が多いからな。間違えて、当たり前だ。」
「ですが…。」
まだ、己の間違いを気にしている大神官補佐へ、リシェアオーガは、更に優しい声で、それを止める。
「ヴァルトレア、細かい事は、もう気にしなくて良い。サニフラール、誰でもいいから、謁見の間への案内を頼めないか?」
「承知しました、リシェアオーガ様。
ヴァルトレア、先に、リシェアオーガ様達を謁見の間へ御連れして、私と大神官とで今後の話をするから、その間に、そなたと他の神官達で、部屋の用意を。
それで良いな。」
自分の傍らにいる大神官補佐に、ルシフ王がそう告げると、彼は軽く一礼をして、承知しましたと返す。
こうして、ルシフの王・サニフラールと、大神官補佐・ヴァルトレアに連れられた一行は、神々の謁見の場に赴いた。




