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Sympathy For The Devil  作者: 赤穂 雄哉
Stage Bangkok
9/31

09. Mekong River in Bankok

 良い女だ。

 素直にそれは認めざるを得ない。漆のような滑らかな光沢を放つ黒髪に、珊瑚の砂浜を思わせる白い肌。それに艶かしい真っ赤な唇。大気汚染の進むバンコクでないのなら、俺はその美をゆっくりと堪能できただろう。

「リウ、と呼べば良いのか?」

「そう。あなたはシナガワと呼べば良いのかしら? それともソンマイ? 沢山名前があるのね、どれにしようか迷うわ」

 中国語訛りのないアメリカ英語発音だ。英才教育でも受けたのか、それとも生まれがアメリカなのか?


 メコン川に面したレストランの野外スペースは貸し切りだ。磨き上げられた木の格子の床には無数のパラソルが立てられ、その下には木製のテーブルと椅子が寂しそうに客を待っている。

 メコン川はいつも通りの茶色。船舶が撒き散らす重油の臭いが濃密で鼻が痛い。リウは気にはならないのか、澄ました顔をしていた。

 彼女の後ろには黒背広の男が二人立っている。南国の気候にその格好ではきついだろう。二人の鼻の頭には汗がいっぱいだ。

 

 目間麗しいレディー・リウは細やかなフリルのついた白いワンピースを来ている。身繕いに余念がない。金箔の散らされたネイルアートは絵画のようだ。

 それに引き換え、俺はTシャツと黒のカーゴパンツ。サンダル履きで腕時計すらしていない。随分とレディーを失望させただろう。

 女だったら女と先に言え、ファック野郎。


「さあさあ、機嫌を直してくれるかしら?」

 つくづく神経を刺激する女だ。思わず笑ってしまった。パラソルの下に笑い声がぶちまけられる。二人の護衛が俺の動きに反応したのか、身を動かした。

 俺はテーブルに肘をついて乱れた髪をかきあげ、見上げるようにして言った。テーブル板が腕に張り付き不快だった。

「で、金は持ってきたんだろうな?」

 凪ぐような風が川から吹き、彼女の髪をさらりと宙にさらう。だが、彼女は顔を動かそうともしない。

「いいえ」


 とんだ狐だ。涼しい顔をしているのが気に障る。彼女のアバターを思い出した。模様のような笑顔。現実もそうだとは。

「なら、帰るぜ。まったく何をしに来やがったのか。自分の金も洗浄できない癖に、演出だけは立派だ。恐れ入ったよ、お嬢ちゃん」

 席を引いた俺を呼び止めるかと思えば彼女は笑った。背を向け、手を振って去ろうとした時に、彼女はようやく口を開いた。

「金は振り込んでおいたわ」

「何時?」

「今、よ」


 携帯を取り出し、口座状態を確認しようと画面をタッチする。

「あなたの口座じゃないわ」

 思わず舌打ちをした。

 しまった。舌打ちをしてしまった。ここはVR空間じゃない。自分の感情を表情を出すのは最低のプレーヤーのやる事だ。

「ヤワラー通りの老人。あなたのパトロンに15万ドル送っておいたから。この前言っていた報酬よ」

「どうやって知った?」

 振り返ってリウを見据えるが、彼女は俺の方を向こうともしない。頭の中でデータベースを探りまわる。どこから彼女は俺の事を調べた?

「さあ。と言ってもわかるでしょうね。ディエンよ。彼、中国系でしょ?彼の中国語はわかりにくかったけれど、随分とおしゃべりなのね」

「ほお」

「全部喋ったわ。全部。ある事ない事。全て。あなたの人間関係は脆いのね。よく行くバーのマスターにも聞いてみたわ。彼はあなたに随分ご執心だった。笑えるわね」


 鈴を転がすような声だ。するりと耳の穴から毒を流し込まれた気分だ。

 心に冷や汗が滲み出すが、表情を変えるのを何とか踏みとどまる。相手は一気に畳み掛けてきているだけだ。

 デタラメで話を見えなくして、この場は一旦立ち去る。

「そうか。マスターのケツの穴が固かったと愚痴をこぼしたが、そこまでは聞かれてないんだな」

「それは聞いていないわね?」

「おかしい。15万ドル借りる為に、マスターのケツの穴を掘ったんだがな? どうして、そこまで聞いていない?」

 信じるも何もこいつとは初対面。彼女の言葉を額面通り受け取る必要はない。こっちが会話の主導権を取ってしまう。嘘でも何でも、全部うやむやにして、ここを去る。裏取りはその後だ。

「わかったぞ。ヤワラーのおっさんは金を二重取りしたわけか。笑いが止まらないだろうな。しかしな。リウ、振り込む前に確認はしろよ。頼むぜ、お嬢ちゃん。金の扱いに慣れてないんじゃないのか? 洗浄の仕方を知らないだけじゃなく、扱い方すら知らないとは恐れ入るぜ」


 だが、レディー・リウは表情を変えようともしない。薄笑いを浮かべたままだ。淀んだ水に浮かんだ睡蓮のようだ。花びら一つ動かせていない。

「そもそも、振り込みの目的はそこじゃないわ」

「……」

 会話の中で攻守がめまぐるしく入れ替わる。相手のカードが読み切れない。サプライズ・アタックを食った時点でこっちは不利だ。どうやって逃げ切る?

「テロリストから受け取った金を、そのまま振り込んでやったのよ。ヤワラーの、あなたの、パトロンに。ほら、日本でテロがあったでしょ? それで円暴落があったじゃない?」

「……これは、これは」

「わざわざFATF加盟国に口座をつくってね。CIAと日本警視庁にも通報しておいたわ」


 こいつ。

 犬歯を剥いて睨みつけたが、彼女は平然とした声音で俺の方を振り向いた。

「宿に帰っても無駄よ。あなたの部屋にヘロインが積まれているから。ディエンも今頃、逮捕されているはず。残念ね。友達が連れて行かれて」

 タイの警察は滅茶苦茶だ。金を積むと彼らの法規は直ぐに変わる。ディエンを助けるつもりもないが、俺が警察に捕まれば、身の覚えのない罪状が積まれてゆく事だろう。

「シナガワ。あなたは私の奴隷よ」

 勝ち誇ったような顔をしていた。彼女の俺を見る視線は死にかけの猫を見るそれだ。


「あんたをぶっ殺してやりたいね」

 笑いながら言った。滑稽だろうが、これぐらいしかできない。彼女は俺の横を通り過ぎた。俺の事を一顧にだにしない。護衛の鋭い視線が俺に突き刺さっている。彼女に手を出せば、その瞬間に俺が殺される事だろう。


「さあ、レディーに恥をかかせるものではないわ。行くわよ。シナガワ」


【Supplement】

 物語中での設定や背景の説明。


【メコン川】

・メコン川の位置(主人公とリウが会談した場所周辺):Google Map

https://maps.google.co.jp/?ll=13.731214,100.518594&spn=0.03802,0.066047&t=m&z=15&brcurrent=3,0x0:0x0,1


・メコン川の風景(主人公とリウが会談した場所周辺):Google Map

https://maps.google.co.jp/?ll=13.729547,100.512779&spn=0.009505,0.016512&t=m&z=17&brcurrent=3,0x0:0x0,1&layer=c&cbll=13.729119,100.513122&cbp=12,0,,0,0&photoid=po-34020870


【FATF】

・要するにマネーロンダリング取り締まりを行おうという集まり。

 これも加盟国していない国があるので、リウはわざわざ騒ぎを大きくする為に、

 そこの口座を作って振り込んでいる。

 ヤワラー老人をテロ共犯者として捜査、尋問される事を狙っている。

http://ja.wikipedia.org/wiki/マネーロンダリングに関する金融活動作業部会


【タイ警察汚職】

主人公がタイの警察は滅茶苦茶と言い切っている。

汚職や買収は当たり前になっており、これは物語舞台も共通である。


・タイの警察汚職事件の記事

http://www.lookthai.com/jp/info/tplmasserking.HTM


・タイの警察汚職事件の記事

http://blogs.yahoo.co.jp/ozzy3376/38905968.html


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