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Sympathy For The Devil  作者: 赤穂 雄哉
Stage Bangkok
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07. Connected Italy

挿絵(By みてみん)

 アメリカ人ビジネスマンの口座に金を突っ込むまで、6時間しか残されていない。アルコールの入った頭でVRにダイブすると、高確率でラッシュアウトを起こす。それを避ける為に睡眠を取ったからだ。


 ラッシュアウトが起こると、俺の場合、めまい、吐き気を起こしたあげく、自分が何を喋っているのかさえわからなくなる。嘘を積み上げてきた俺の人生は正確な記憶力を必要とする。取り違えば破滅しかない。


 カウサン通りは静けさを取り戻している。ネット・カフェに入ると、寝ぼけ眼で店員が奥から出てきた。寝てたらしく、寝癖がひどい。薄暗いネットホールに入るとイビキが随所から聞こえてくる。饐えた脂の臭いがした。

 割り当てられたボックスに入る。部屋に備え付けられているリクライニングシートはビニールが破れ、哀れな中身を晒していた。誰が毟るのかスポンジが千切られている。背をかけると金属部分が錆びた軋みをたて、椅子の中に溜った空気を吐き出した。

 ディスプレイをつけると、企業ロゴが表示され、個室内に浮遊している無数の埃を照らす。続いてPCの電源を入れる。OSが起動されたのを確認し、VR端末の起動確認を行う。良好のようだ。グリーンランプが点灯している。

 眠気から覚めきっていない脳を活性化する為に錠剤を飲み込んだ。脳内物質を活性分泌させる為のものだ、半時間程で胃壁から吸収されるだろう。体を伸ばしたら、背骨がなった。

「いいだろう。俺を負かせるか?」


 VR端末のガイドランプが点灯する。

 ほとんどのVRの起動シーケンスはダイレクト・キック方式が採用されている。それは最初に視神経を通じての通信から行われる。ワイヤレスで脳内チップを起動させるのも技術的には可能だが、脳内チップを通信待ち状態にするのは人体にも良くないらしい。

 VR端末のガイドランプの点滅は視神経から入り、脳内チップのスイッチを入れる。それにより眼球奥にある素子が起動し、脳内チップとの通信はナローバンドからワイドバンドに切り替わる。ワイドバンド通信になるとVR端末からの信号は色を帯びだす。データのオン・オフ信号は光の周波数を使って多重化され、その周波数範囲の信号を視神経は違う色と認識するからだ。

 その後に、眼球にある素子は反射によって、チップ状態、VRダイバーの神経状態、発信者情報をパッシッブに送信し、ワイヤレス通信モードに切り替わる。

 神経信号を身体からネットへと切り替える作業はこの後から行われる。もちろん、人体の刺激があり、その刺激が一定の閾値を超えていた場合、つまり、熱や刺激などの人体に影響があった場合は、即座にVR世界から現実世界に引き戻される。


 自分の仮想オフィス空間に入る。宇宙をモチーフにしたもので、足下には地球が表示されている。机や椅子はなく、何も無い空間だ。必要な時に必要なものが呼び出せば良い。最初はシンプルな状態がベストだ。ここは自分に最適化されたマネー工場。他人を踏み込ませた事はない。


 宇宙に放り込まれたような不安定感。今の俺の立場がそれだ。まずは情報を収集しなくてはならない。言語と手と視線がインターフェースになる。

「インターネットとBベースから検索。条件は円、米ドル、通貨、状況」

 そう発声すると、何もなかった空間に映像やドキュメント等のコンテンツが表示される。これらはインターネットの検索結果とBベースと呼ばれる会員制データベースサービスからの検索結果だ。

 Bベースでの情報検索は一般公開されていない個人サーバーや有料ニュースサーバーの情報が格納されている。情報提供者は匿名で、政府高官などがその提供元だ。提供する事で、情報提供者は莫大な報酬を得る事ができる。

「並び替え。ケース通貨危機」

 並び替えられた情報を閲覧し整理をしてゆく。ピックアップしたものを格納してゆく。自分が納得するまで、何度もそれを繰り返す。なるほど先が読めないという事だけは理解できた。


 追いつめられているという状況が俺をハイにする。後何時間。刻一刻と時間が迫るという現実は俺の魂を天まで運んでくれる。薬が効いてきたようだ。頭の回転が浮き足立ったように速くなる。

 吹き飛びそうになるプレッシャーは、俺の脳髄を痺れるほどの快感だ。俺は笑っているに違いない。不敵で、不遜で、傲岸な笑いをもらしているに違いない。


 宇宙を模した壁からシュバルツから集金した口座インターフェースを取り出す。これはインターネット上に構築されているネットバンキングシステムとリンクしている。

 目の前に女子銀行員が現れた。銀行のイメージだろう。スーツの着こなしには一部の隙もない。実に邦銀らしい。

 遊びが無い所が特に日本的だ。

「いらっしゃいませ。お取り引き内容を選択して下さい」

「振込」

「振込先と金額をお願いします」

 100万円毎に分割して、海外にあるオフショア法人の口座にそれぞれ送金をした。


「送金を完了しました。今後も当行をよろしくお願いします」

 女子銀行員はフェイドアウトしてゆく。海外口座に送金は終了した。俺は五つに分けられた金を、再度送金して一つにまとめた。

 送金する際に100万円に分割しているのは理由がある。日本に拠点を置く銀行が100万円超える海外送金を受けた場合、税務署に報告する義務があるからだ。残す証拠は最小限にする。

 まとめた金の送金先口座は日本と租税条約を結ばれていない国の口座だ。租税条約締結国であった場合、日本国税局から取引記録を取り寄せられる可能性がある。それを回避する為だ。


 海外にある洗浄済み日本円。日本円を欲しがる奴が日本にだけ居る訳じゃない。

 世界は広い。汚れたドルを持っていて、洗浄された日本円と交換したがっている奴も居る。グローバルな企業展開をしており、日本進出を目論んでいる連中。

 誰か?

 マフィアだ。


 マフィアのグローバル化は企業のそれよりも速い。勢力図も十年で様変わりする。

 信じられないと思うならイタリアを見れば良い。グローバル化の波に乗りンドランゲータなどはネットワークを世界中に伸ばしている。


「よお、シナガワ。元気にしていたか?」

「ああ、そっちも相変わらずだな。アルベルト」

「そっちは朝なんじゃないのか?」

「まあな。俺はクレイジーだからな」

 彼は大爆笑をしている。イタリア人は表情が豊かなのは良いが、感情の色彩が強過ぎる。少しうるさい。


「どうしようもねえな。女を作れ女をよ」

「縛られるのはどうもな。それに今日は女を抱いた。灰皿で殴ったがな」

 眉をしかめるアルベルト。彼もこの前の女房とは派手にやり合ったと聞いたが、それとこれとは別問題らしい。身勝手なものだ。

「女を殴るのは最低だぜ」

「はっ、何を言うかと思ったら。最高だったぜ」

 頭を振り、処置無しといったリアクションが返ってきた。片頬を上げてみせるアルベルト。軽蔑したかのように俺を見下す。

 しかし、そうしている内に、彼は自分の正体を思い出したらしい。

「まあ、そうかもな」

「だろう?」

 俺とアルベルトは顎を引き、目に昏い影を滲ませた。そうだ。俺達はそういう人間だ。


「取引だろ? 洗浄してくれるのか? どの通貨を持っている?」

「洗浄された日本円を持っている」

「いいね。丁度、中国からオファーがあったんだ。で、どの通貨が良いんだ?」


 彼らのUSドルと俺の円を交換する事で、マーケット以上のレートで取引ができる。もちろん、俺の方で汚れたドルの洗浄は必要になる。それは大した仕事じゃない。


 アメリカ人ビジネスマンの口座に約束した金額を振り込んだのは、日本市場が開く前だ。全ての取引が終った後、VRからアウトする。隣部屋のイビキが耳障りだった。座席の上で楽な姿勢をしていると、意識がゆっくりと落ちてゆく。眠気が後頭部を掴んで離さない。薄れてゆく視界。俺は眠りに落ちた。

【Supplement】

 物語中での設定や背景の説明。


【海外送金】

主人公が物語で説明しているが、海外送金をした場合で、一定の金額が超えると、

銀行から所轄税務署から、この人海外に送金したという通知が行われる。

日本の預金などの場合、利子に対して、20%の源泉徴収がかかる。

しかし、海外口座を作ってしまったら、それが適応できない為、

このようにして管理を行っている。

http://kaigaisokin.seesaa.net/article/257211842.html


【租税条約】

税金取る為に証拠書類を出すのを協力する為の条約。

当然、国家の利益が相反するので、出す所と出さない所がある。

主人公がいきなり、ここの口座に送らなかったのは、

SARと呼ばれるマネーロンダリングに疑わしい取引と

銀行に思われない為に、一時的には租税条約を結んでいる国に送っている。


・租税条約の内容

 各国の金融機関と情報交換を行うとあるが、その概要と実績

http://www.nta.go.jp/kohyo/press/press/2011/joho_kokan/index.htm


・日本と租税条約を結んでいる国を記載した地図

 租税条約が結ばれていない国もあるという事

http://www.nta.go.jp/kohyo/press/press/2011/joho_kokan/01.pdf


【イタリア・マフィア】

文中に出てきたンドランゲータはイタリアの組織で、

ボスニア・ヘルツェゴビナの紛争時に物資の流れが妨げられたのを受け、

海洋航路で発展したマフィア。グローバル化で一気に勢力が大きくなり、

2012時点ではイタリア内最強。


・ンドランゲータの概要

http://ja.wikipedia.org/wiki/ンドランゲタ


・ンドランゲータの活動概要などを反マフィア委員長にインタビューした記事

http://www.swissinfo.ch/jpn/detail/content.html?cid=32624366


・イタリアのカモッラ(マフィア)について書かれた記事

http://www.fben.jp/bookcolumn/2008/03/post_1762.html


【ナポリ・ゴミ問題】

ナポリのゴミ問題。

マフィアがからんでおり大問題になった。

行政に金が無く、ボヤボヤしているとこうなるという例。


・イタリア・ナポリのゴミ問題記事

http://www.afpbb.com/article/environment-science-it/environment/2334611/2508658


・イタリア・ナポリのゴミ:動画(食事中は観ない方が良い)

http://www.youtube.com/watch?v=oox4aj5wMPk

 YouTubeで画像を検索した際にわかった事。

 検索に"ナポリ ゴミ"とした場合と、"Napoli rubbish"とした場合の結果が異なる。

 日本語で"ナポリ ゴミ"と検索した場合、ゴミだらけの動画は一切出て来ない。


【主人公の仮想オフィス空間】

 カテゴリーとしては機密レベル4(Supreme secret)と呼ばれる仮想空間商品

 VR運営企業の宣伝では米国機密レベル分類システムのレベル3(Top secret)以上の

 セキュリティーを提供するという事になっている。

 実質、本人の承認があったとしても、登録者以外が内部の仮想ツールなどを使うのは

 基本的には無理。(ユーザーの設定次第で変更できる)

 個別に設定が行える自由度は存在しているが、外部のデータベースに

 アクセスするとなると、それだけでセキュリティーは下がる。


 また、主人公がデータを取り出しているシーンがあるが、

 ここでのコマンドはデータベースのデータベースのSQL文に近いイメージ。

 ”SELECT title,article , picture , video FROM Internet , B-base

Where category = currency crisis”という感じ。

 Internetと言っているのは、主人公によって作成されている

 Internetからつくられたサブクエリのエイリアスで、

 インターネットからブログなど、どうでも良い記事を省いたものになった情報群。

 ちなみにB-Baseは名称こそ違うが、トレーダーや商社マンなどが利用している

 高額情報サービスを結合したサブクエリのエイリアス。

 なお、高額情報サービスにも結構ガセもあるので、

 高度な情報リテラシーが必要になるのは変わらない。


 情報は溢れているが、それの真偽を判断するのは個人であり、主人公も例外ではない。

 現在社会と同じである。

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