06. Soi Cowboy in Bangkok
金行から出てトゥクトゥクを捕まえる。東南アジアでよく見られる三輪バイクタクシーだ。運転手は若い男で、口の上に申し訳程度のヒゲを乗せていた。蒸し暑いこの空気の中、彼の皮膚はハ虫類のように乾いていて、無機質な瞳は虚飾しか映さなくなってしまったのか、焦点があってない。
「カオサンに行ってくれよ」
俺の言葉を聞いて、男は黙ってアクセルを回す。俺は運転席の後ろにあるバーを掴んだ。以前はトゥクトゥクの屋根にある外枠を掴んでいたものだったが、交通事故現場で転がったトゥクトゥクの側で、泣き叫びながら千切れた指を探してる奴を見て、掴む場所を変えた。
トゥクトゥクは車が滞り勝ちの道路をロケットのように突き進む。小さなタイヤは道路のデコボコを拾い、派手にケツを蹴り上げる。雑踏が遠ざかり、金切り声のようなエンジン音だけが耳を刺す。
カオサン通りに入ってもそいつはスピードを緩めようとしない。
狂ってやがる。
道の真ん中を我が物顔で歩いてる連中をクラクションで威嚇し、跳ね飛ばす勢いで突っ込んでゆく。通行人の罵声を飛んできたが、それすら吹き飛ばしてしまう勢いだ。
心地良い。このまま全部吹き飛ばしてしまえ。
目的地に着いたが、俺はこの運転手を気に入った。スリルを味わったのは久しぶりだ。アドレナリンが分泌され、俺の脳はすっかり興奮している。
「女は好きか?」
ウェストポーチに手を入れ、釣り銭を探っていた運転手は、しばらく考えた後に頷いた。沈黙していた目にうっすらと情欲の光が灯っている。
俺と運転手はスクンビット通りを下る。アソーク通りと交差する辺りにソイ・カウボーイと呼ばれる歓楽街がある。そこでは騒音にも近い音楽が暴力的に鳴らされている。
平衡感覚を狂わせるようなネオンが道を染め、並んでいる屋台からは甘くて濃い油の臭い。客引きの女共が店の中から手招きして、通り行く客に声をかけていた。
喧噪を適度に浴びた後、適当なバーに入る事にした。今日は暇らしい。ひなびた店の隅にはアメリカ人くさい白人がいるだけだ。カウンター越しに女を口説いているらしい。
「いらっしゃいませ」
女達は俺の顔を見て言葉を選び取ったようだ。タイ人運転手と一緒に入って来たからか、声音に当惑が混ざっていた。
「俺が金を払う。良い女を出してやれ」
「気前良いな」
カウンターの向こうに並んだ女達が相好を崩す。タイ女子大学生の制服のようだ。ボディーラインが浮き出たブラウスを着ている。薄手だが白で光沢のある生地が艶かしい。スカートは黒のタイトミニ。すらりと伸びた肢体は細く、強く抱いてしまえば折れてしまいそうだ。
彼女達はカウンターから、ゆるやかに滑り降りてきて、俺と運転手の隣にふわりと座る。そして、情欲を煽るかのように身体を擂り寄せてきた。痺れるほどの空調に冷やされた俺の体に胸が押し付けられ、その奥のあばらの感触までが伝わってきた。女に触れている部分だけが暖かい。
「はーい。キットです。お客さんどこから来たの?」
たどたどしい日本語だが、聞き取れないほどじゃない。ハスキーがかった声が耳を舐める。舌先に誘惑がダンスしている。
「さあな、どこだか分かるか?」
「当てましょか?」
「ああ、当ててみろ」
キットはあどけない表情をして、考える振りをしている。こちらもそれに合わせるてやる。このパフォーマンスも彼女の仕事の内だ。
「日本」
「外れ」
「えー、違わない。お兄さん、日本語上手な」
彼女達の日本語の語尾に”な”がよく付くのは、タイ語からきている。タイ語では親しい人と話す場合、語尾にナーを付けるからだ。
キットは甘ったるい声を転がすようにして、俺の呼称を変えながら、俺の顔色を見る。彼女達はプロだ。心の着地点を探している。
「日本で生まれた。だが、もう日本人じゃない」
「本当?私、日本人になりたいよ。どうして日本人止めた?」
「さあ?」
会話が続けられ、適度にキットの心が和んできた。彼女の中で俺のカテゴリー分けは終ったのだろう。表情にようやく固さがなくなった。
「こっちに来いよ」
「お客さん。スケベ」
笑う彼女の椅子をたぐり寄せ、腰に手を回して太腿に手を置いた。細い脚だったが、触ると弾むようだった。パンストの無機質な感触が手の平に伝わってくる。
揉むと華奢な脚の肉がたわみ、奥に骨の感触があった。キットは身体を離そうとするが、僅かな抵抗を捻りふせ、パンストを破ると彼女は小さく悲鳴をあげた。
「お客さん、肉食か?」
唇を尖らせて彼女は言う。計算づくの表情なのだろう。媚びが目の奥に潜んでいる。
「ああ、俺はアニマルだからな」
「やらしい人な」
「ああ、そうだ」
破れたパンストの中に手を突っ込むと、冷たく湿気を帯びた足の感触が伝わってきた。内股に手を動かしてゆくと、パンストが小さな音をたてて裂けてゆく。股の内側は外側よりも暖かくて柔らかい。まさぐるように内股をさすると、しっとりと手に吸いついてくる。
視線を感じるので頭をあげると、奥に居た白人が呆れたように俺を見ている。犬歯を剥いて笑ってやると、そいつは慌てて視線を逸らした。
カウンターの向こうから、オーイ、オーイという声が連呼されている。臆面もなく欲情している俺を見て、男はどうしようもないと苦笑いをしているようだ。
そうだ。俺は欲情している。内股に沿ってスカートの中に手を突っ込むと、キットが低く笑い始めた。それを釣られてか、カウンター向こうに居た女達も笑い始める。
「お客さん、エッチぃな」
「やらしいね、スケベ人間な」
「俺は雄。そして、お前らは雌だ」
笑いながらキットの尻を後ろから抱くようにして、首筋と喉の間に指を這わせる。親指を耳の後ろに当て、残りの指で顎を上げさせると、彼女は首筋を伸ばした。細いうなじを舌で舐めとってゆくと、雌の味が口の中に広がった。
甘い女の香り。長い髪に手を突っこみ、彼女の頭を肩に乗せる。キットは些細な抵抗を諦めたのか、背中が俺の胸の上にもたれてくる。
股間に彼女の尾てい骨の感触があるので、包むように脚をせばまると、尻の肉の感触が伝わってきた。ブラウスの上から手を捻り込むと、空調で冷えきった乳房が俺の手の中で潰れた。小粒な乳首はまだ寒さで小さく固まっている。
アメリカ人がチラチラ見ているようだが放っておく。カウンター向こうの女達は嬌声をあげながら、笑いながらヒソヒソ話しをし始めた。
「お酒、どうする?」
「シーバスは?」
「ありますよー」
軽くて明るい返事だった。気前が良い客だと踏んだのだろう。彼女達は口々にねだり始める。
「コーラ奢って」
「ああ、好きにしろ」
弄んでいた胸から手を抜いて、椅子に座り直す。すると、キットは俺から距離をとるようにして、着衣を直した。
「あいつにも何か飲ませてやれ」
運転手の方を見ると、女の扱いに困っているのか、俯いて言葉を選びながら話しているようだ。相手の女がじれったそうにしている。
「ヘイ、リラックスしろよ」
運転手は突然かけられた声に驚いたのか、一瞬、すくみあがる。しばらくして言葉を理解したのか、手を振って返す。
「オーケー」
運転手は決心したように女の腰に手を回した。突然の乱暴な動きに相手の女が驚き文句を言った。運転手の意識は女の体の上だ。ぎこちない動きで女を側に寄せている。もはや、俺の声も聞こえないだろう。
俺とキットは連れ込みホテルに入った。
やはり身体が細すぎたようだ。激しく責めていると、小さな身体では耐えられなかったのか、悲鳴をあげて抵抗しだした。手元にあったガラスの灰皿で頬骨を殴りつけるとキットは火がついたように泣き出した。そのまま腕を押さえつけ、犯し続けていると、嫌がる女をレイプしているような気分になった。
最高の気分だ。笑いながら絶頂を迎えた。
ホテルから出て、携帯を取り出しニュースを見る。どうやら、俺が腰を振っている間にも、世界は動いていたようだ。
ユーロ円、ドル円相場で、円が大きく下落している。
携帯から報じられるニュースを見ながら、シュバルツの日本円をUSドルに両替していなかった事を思い出す。今のレートで両替すると、米国ビジネスマンに振り込むはずの金額が5千ドルほどショートする。10時間しか残されていない。
狭められた選択肢。封じられてゆく可能性。時間は刻々と迫ってくる。アルコールの残った頭を振ると、正気が少し戻ってきたかのようだ。浮ついた頭を集中させ、今おかれている現状を把握する。
なるほど。
痺れるような緊張感。カミソリの刃を首筋に当てられているかのようだ。死神が鎌を研いでいる音がする。
緊張は味わいながら楽しむべきものだ。
【Supplement】
物語中での設定や背景の説明。
【スクンビット通り・ソイ・カウボーイ】
いわゆる夜の社交場。
こういった店は基本的にタイ人は入店できないが、
主人公のように連れて入った場合は例外となる。
エスコート料を払う事で持ち帰りも可。
【スクンビット通り、ソイ・カウボーイ】
ソイというのは、タイ語で小道という意味。
スクンビット通り、アショカ通り、ソイ・カウボーイについての位置情報:Google Map
https://maps.google.co.jp/?ll=13.736988,100.560994&spn=0.009463,0.016512&t=m&z=17&brcurrent=3,0x0:0x0,1
スクンビット通りの様子:Google Map Street View
https://maps.google.co.jp/?ll=13.739931,100.556206&spn=0.018926,0.033023&t=m&z=16&brcurrent=3,0x0:0x0,1&layer=c&cbll=13.739931,100.556206&panoid=GxlsX7z9Pc1TbLzZx-ZaNA&cbp=12,140.49,,0,10.76
ソイカウボーイの様子:Google Map Street View
https://maps.google.co.jp/?ll=13.737019,100.56196&spn=0.009463,0.016512&t=m&z=17&brcurrent=3,0x0:0x0,1&layer=c&cbll=13.73703,100.561868&panoid=A1GI5RCAYy9lrtYrDJ7w8Q&cbp=12,105.13,,0,1.86
【歓楽街:ソイ・カウボーイ, パッポン, ナナ】
夜の社交場で有名なのが、ソイ・カウボーイ, パッポン, ナナ。
夜の雰囲気を撮影された動画。(エログロ無し)
http://www.youtube.com/watch?v=TENj5JCuLtA
【タイ農業大学制服】
ホステスの服イメージ
http://viva-wmaga.eek.jp/2010/02/25/1108