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Sympathy For The Devil  作者: 赤穂 雄哉
Stage Bangkok
5/31

05. Yaowarat Road in Bangkok

挿絵(By みてみん)

 チャランクルン通りの道端に小汚い少女が転がっていた。

 乗って来たトゥクトゥクが排気ガスの臭いを残して去ってゆく。ここはチャランクルン通りの外れ。人通りはあるが、誰も助けようとはしないばかりか、見向きもしない。街路樹の広い大きなの葉が全てを隠すように道を覆っていた。

 彼女は白であったであろうノースリーブを着ている。繊維は伸びきり、垢で茶色に汚れて、たまらなく不快な臭いをさせていた。足には安っぽいサンダルが一つ、チューブのような細い足に引っかかっている。彼女は鼻血を拭いて体を起こした。


 首につられているボードには下手くそな手書き英語でこう書いてある。

「Salvation Will Come(救済はくる)」

 いつか見た光景を思い出した。


 少女ははクリスチャンで、募金集めをしていた時に、募金箱を盗られでもしたのだろう。小さな体を震わせながら、散らばっていた小銭を拾い出した。気が付けば50サタン硬貨が俺の足下に落ちている。それを拾って少女に渡してやると、彼女は小さい歯を並べた口を開け、嬉しそうに笑った。声は聞こえてこない。どうやら口が聞けないようだ。


 哀れに思った俺は一ドル札を少女に握らせてやる。その紙幣にはこの文字が刻まれている。

 In god we trust.(我々は神を信じる)

 相変わらず周りの人間は無関心を装っている。少女の純真無垢な信心に水を差す訳ではないが、ここにも救済はきそうにもない。

 

 チャランクルン通りのもう一つ西側の通りがヤワラー通りになる。行き来する車の数も増え、人も賑やかさも騒がしさを帯びる。

 ヤワラー通りには丸っこいタイ語の看板に以外に、漢字が書き添えられている。上海や北京のそれとは違い、繁体字ばかりで狭苦しい印象を与える。この通りは華僑が経営している店ばかりだ。金行と呼ばれる金を売っている店も多い。他店の陰気な蛍光灯と比べて、金行は明るい照明を使っている為、外から見てもその繁栄ぶりは一目瞭然だ。その金行の一つが俺の目的地。以前にも資金洗浄のつなぎで金を借りた事がある。


 扉を潜ると赤いビロードをバックに、無数の金の装飾品が飾られている。リング、ブレスレット、ネックレス、アンクレット、イヤリング。人体のあらゆる部分に取り付けられるように、デザインされたアクセサリー達。この店にある全てのアクセサリーを身につけたとして、俺の心は豊かになるのか?


 俺の姿を認めると、カウンターにいる太った女が店の奥に向かって大声を出す。

 「シナガワ ライ ラー」(シナガワが来たよ)

 俺が来た事を主人に伝えているようだ。奥から返事がないので女は醜い猪首をこちらに見せつけて、もう一度叫ぶ。

 「ライ ラー」(来たよ)

 嗄れた男の声がした。

 「シナガワ、カモナァッ!」

 相変わらずの聞き取りにくい英語に俺は苦笑した。上がって来い。そう言っているようだ。


 奥に入ると装飾品の化粧箱が積み上げられている。空の化粧箱は魂が抜けた芸術品だ。天井に向かって口を開けているそれは、外見こそ煌びやかだが、どうしようもなく空虚だった。

 暗い廊下を進むとこじんまりした部屋に出た。奥には萎びた老人が座っている。深く刻まれた皺は、彼の人生のヒビを見ているようで、今にも崩れていきそうだ。

 早く、崩れてしまえよ。


 片目が義眼の老人は俺を見ると、椅子にかけろと促した。俺はそれを制して部屋の片隅に置いてある、中国茶用の急須に茶葉を入れ、電子ポットから湯を注いだ。

 少し狭めの部屋だが天井は高い。黒に近い茶色の木製品は俺の心にもフィットする。くどい位の雷文模様が気になる位。部屋には嗅覚の底部を刺激するような沈んだ香りがする。老人が自分の腐ってゆく臭いを消す為に香を焚いているからだ。彼は黄色くなった義眼ではない目を俺に向けてくる。


「随分と久しぶりだな。バンコクに来てたのか?」

「まあな」

「それで、今度は何しに来た?」

「VRに接続できるようにしてくれないか? いちいち足を運ぶのが面倒だ」

 俺は入れた茶を老人に差し出す。彼は表情は潰れたままだ。皺一つ動かそうとしない。

「何を言う。取引とは直接でなけりゃ駄目だ。絶対に駄目だ」

 相変わらずどうしようもない。

 俺は茶を口に含んだ。ジャスミンの香りが口腔内に広がる。飲み干すと微かな滋味が口の奥に残り、鼻に残る爽やかな香りと相まって渇きを一気にかき消した。

「金を借りに来た、USドルで11万。来週に13万、USドルで返す」

 老人はため息をついて、茶器を手にした。混ぜ物がないか鼻で確認した後、茶を口に含含む。直ぐには飲み込まず、舌で毒の感触を探っているようだ。眼球が宙を泳いでいる。動く喉仏が死に際の蛙のようだった。

「またか。お前は生き急ぎ過ぎだ。若い頃は儂もそうだったが、お前はそれ以上だ。返金は15万USドル。嫌なら他をあたれ。二週間後になるなら20万、一週間後には少なくとも半金を入れろ。保険はかけておくのを忘れるな」

「わかったよ。じいさん」


 これで金の目算は立った。俺がカオサン通りに帰った時には口座に11万USドルが振り込まれている事だろう。米国ビジネスマンの口座に振り込む金の算段が立った。後は奴から洗浄を頼まれた金をどう洗浄するかだ。

 老人に握手を求めようと思ったが、止めておく事にする。彼が握手するのは、返金が終ったときだけだ。

 雷文の全ての穴が目玉に変わったような感覚に襲われた。


【Supplement】

 物語中での設定や背景の説明。


【トゥクトゥク】

タクシーよりも安価な三輪バイクタクシー。

サムローと呼ばれたりもする。

http://homepage3.nifty.com/tuktuk/Q%26A.html


【50サタン硬貨】

タイ以外の人は大概余らせるケースが多い。お土産になるケースが多い。

http://www.bangkoknavi.com/special/5024118


【チャランクルン通り・ヤワラー通り】

物語に出てくる通り。

ヤワラーは中国人街。華僑の人が集まって街になっており、

随分と人通りも多い。


・チャランクルン通り・ヤワラー通りの位置:Google Map

https://maps.google.co.jp/maps?hl=ja&ll=13.741433,100.510987&spn=0.004731,0.008256&t=m&z=18&brcurrent=3,0x0:0x0,1


・チャランクルン通りの様子:Google Map Street View

https://maps.google.co.jp/maps?hl=ja&ll=13.740479,100.512317&spn=0.004752,0.008256&t=m&brcurrent=3,0x0:0x0,1&layer=c&cbll=13.740509,100.512167&panoid=5UQx-cyGXB74oqmVFKJaxA&cbp=12,282.1,,0,-1.4&z=18


・ヤワラー通りの様子:Google Map Street View

https://maps.google.co.jp/maps?hl=ja&ll=13.740229,100.510182&spn=0.004731,0.008256&t=m&z=18&brcurrent=3,0x0:0x0,1&layer=c&cbll=13.739905,100.51075&panoid=YgHDlv3kchrWxzOsv8vcjQ&cbp=12,288.61,,0,-5.67



・ヤワラー通りの紹介動画

 後半には金行内も撮影されている:グロ無し

 宣伝臭がするが、資料として。

http://www.youtube.com/watch?v=VqCnr7-ciwU

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