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Sympathy For The Devil  作者: 赤穂 雄哉
Stage Istanbul
29/31

29. Grand Bazaar In Istanbul

挿絵(By みてみん)

 ダニエルの心は死にかけていた。


 リウの一件が終ってからというもの、ずっと塞ぎ込んでいる。ホテルの部屋にいてもベッドの上で丸くなり、動こうともしない。

 彼女に結びつけられた鎖が解けたというにも関わらず、それを喜べていないようだった。


 ここはグランドバザールの入り口。ここの奥を抜けた所にVR装置が設置されている店がある。

 彼は雑踏に消えてしまいそうだ。立ち止まった彼を避けるようにして、通行人が通り過ぎる。群衆の中で彼だけが孤独だった。

「シナガワ、俺は何が正しいのか分からなくなってしまった」


 豪壮な門を潜ると、天井がアーチになっている通路が続いており、縦横に走る道には商店が並んでいる。窓が開けられている所もあるが、日の光は少ない。天井から吊るされた蛍光灯や、商店の照明で何とか先が見通せる。


 商人や通行人の会話が、アーチに反響して空から降ってくる。空間に閉じ込められた言葉は何重にも重なり合い、個々の意味を失って、騒音になっていた。

 まるで、俺達が住んでいる世界のようだ。世界の縮図がここにある。


 クッションの店から呼び声がかかった。積み上げられたクッションの一番上は、暗い赤のビロードで、荒めの刺繍がされていた。


「あなた日本人? どう、クッション買わないですか?」

「要らない」

「クッション。良いですね。お土産に良いです。あなた、これで寝ると良く寝られる。良い夢見られる」

「その奥にあるのを見せてくれ」

「これですか?」

「そうだ」


 店の奥にある大きめなクッションを取り出している店主を尻目に、ダニエルを小突いて先に進む。後ろから声がかけられたが、関わるつもりはない。


「シナガワ、リウは正しかったんだろうか?」

「知るか」

 ダニエルは早口になっていた。行き場のない思いが暴走しているようだ。思考を言葉にするのが追いついていない。何が言いたいのか把握するのが面倒だった。


「だけど、リウはVRの秘密を知っていたんだろう? お前とマイルズが仕組んだアレ。それに抵抗していたんだろう? それを暴こうとしていたんだろう? そんな人を俺は」

「リウは優秀だ。あいつが在籍していた人民解放軍は相互監視をしていて、政府は独裁。その中で、あれだけの連中を統率していたんだ。他から疑われないようにするのも、大変だっただろう」

 魚屋の生臭い空気をくぐり抜け、フルーツ・ショップでリンゴを買った。ダニエルは要らないと言って断る。赤みに偏りのあるリンゴを食べると、少しだけ鉄の味がした。


 ダニエルは唇を噛み、辛そうな顔をしている。

「VRダイブ中に快感中枢を刺激して、ダイバーに依存状態を作り出していた。それも、市場戦略の為に。それをリウは暴こうとしていたんだ。全てから隠れて、全てを敵に回して。俺は、俺は、俺は最低だ」

 リウは人民解放軍の中で、シンパを作っていた。彼女はVRの仕組みに気付き、誰にも気付かれないよう、世界中に暴露しようと計画していたらしい。軍や政府の後ろ盾も得られず、血気盛んな若手を細腕一つでまとめていたようだ。誰にも気付かれないようにして。俺でさえ気付かなかった。

 彼女の理想がどうだったのか?

 今となっては知り様もない。

「大した奴だったよ。まさか、最期の願いが他の同士達を救えとはな。思いもしなかった」

「あいつは全部の責任を一人で負ったんだ。たった一人で十字架を背負ったんだ」



 手を差し伸べた時、彼女の最期の願いはこうだった。


「私や私の家族はどうでも良い。この件で同士に危害が及ばないようにして欲しい。それを約束してくれるかしら?」

「それで良いのか?」

「ええ」

 そう言い終えた後、彼女は無表情に戻った。彼女から何の信号も出てこなくなり、意識は殻に閉じこもってしまったかのようだった。

 果ての見えない空間で、俺達は別れた。



 リンゴの芯を道端に捨てると、向かいを歩いていた男が、それを踏みつぶした。芯に残っていた種はタイルの上に散らばる。

「ダニエル。もし、リウをそのままにさせていれば、お前はずっと奴隷のままだった。それをお前は受け入れられたか?」

「わからない」

「彼女は目的の為には手段を選ばない。正義や理想というのは、全てそのようなものだ。地球の反対側に居る奴に言わせれば、今度は別の事を言う。耳を貸していたらキリが無い」


 ダニエルは苛ついていた。煩悶とした怒りを俺にぶつける。

「シナガワ! お前にとって正義とは何だ?」

「そんなものは無い。幻想だ。俺に言わせれば、善だの、悪だの、馬鹿げた議論でしかない」

「お前の倫理は滅茶苦茶だ」

「答えてみろ。クローンで人間が作れたとする。いきなり工場で生産された10億人。お前は彼らを人間と扱うか?」

「……」


 口車乗ってこない。俺から何かを言われるのを警戒しているらしい。

「答えられないだろう、ダニエル? お前が考えている倫理というものは、所詮、それまでの社会にあった、事柄を集めて色分けしただけなんだよ。だから、それから外れた事が起こると判断できなくなる」

 彼は黙ったままだ。商人が慣れ慣れしく俺の肩を叩く。手で払ってやると、舌打ちをしていた。


「膨れ上がった人口、様々な国、宗教。民族。考え方。それに、テクノロジー。基礎からガタガタになっているのに、今まであった考えの先に解決策があると、勝手に信じ込んでいる。その場しのぎで、辻褄合わせをしているだけなのにな。その程度のものなんだよ」

 現在の法や倫理などは、これまで生み出された宗教、哲学をベースにしている。それらはそれまで起こった事象がベースになっており、その上で構築されているだけ。

 加速してゆく混乱、混沌。


「それに、人間の意識など、脳が作り出した錯覚に過ぎない」

 人間が物理世界で行動する為に作られた内面世界。経験を通じて構築されるウェイト付けされた価値観の集合体が、勝手に一人歩きして、何が正しい、何が間違っているというのは、とても滑稽だ。


 俺は言葉を続ける。

「ダニエル。お前はラッシュアウトは経験した事は無いのか?」

「まだ無い」

「そいつを経験するとお前は理解する。意識など、自分など、視覚、聴覚などの感覚を通じて構築された概念の集合体でしかない、とな」

「そんなはずは無い」

 言葉すぼみになってゆく。最期の言葉は商店街の賑わいに消えていた。


「歴史も学問も皆、視覚や聴覚を通じて、お前の脳内世界に蓄積される概念でしかない。それを経験した記憶と照らし合わせて、善だの、悪だの言ってるだけだろう?」

「でも、真理はあるはずだ」

「真理? 時間を一次元でしか観測できず、六次元まである宇宙を三次元でしか知覚できないのに、どうして真理などあると言える? 制限された知覚で構築された科学は、あくまでも人間が物理世界を捕える一つの見方で、そういう意味では宗教でしかない。お前は脳が作り出した錯覚だ」

「そんな事はない。そんな……」


「眠った時、お前の意識はどうなる? 脳が損傷したり、老化したら、お前の意識はどうなる? 認識している概念の集合体がほつれてゆくと、見る間に意識は変わり、行動も変わる。それを知覚できるのは、お前以外でお前じゃない」

 彼は口をつぐむ。何も言えなくなったようだ。

「今度は俺がお前に聞いてみよう」

 耳に口を寄せる。


「お前は誰なんだ?」


 彼は俺から去ろうとして、後ろを歩いていた男にぶつかった。罵言が浴びせられる。そいつはダニエルが黒人と見るや、トラブルになるのも面倒くさいらしく、足早にその場を去って行った。


 人の流れる中で、彼は一人だけだ。口は引き結ばれている。答えを求めるつもりもない。彼の結論は彼が出せば良い。俺が口を挟む事も無い。


「ダニエル。呆然とするな。マイルズの所に行くぞ」


 消沈したダニエルは黙ったままに頷くだけだ。

 人ごみの中、彼の姿が見えなくなりそうだった。

【Supplement】

 物語中での設定や背景の説明。


・グランドバザールの位置:Google Map

https://maps.google.co.jp/?ll=41.010864,28.96908&spn=0.00965,0.021136&t=m&z=16&brcurrent=3,0x0:0x0,1


・グランドバザールの風景:Google Map

https://maps.google.co.jp/?ll=41.011042,28.968752&spn=0.00965,0.021136&t=m&z=16&brcurrent=3,0x0:0x0,1&layer=c&cbll=41.011042,28.968752&cbp=12,0,,0,0&photoid=po-17335404


http://4travel.jp/overseas/area/europe/turkey/istabul/kankospot/10007599/pict/?page=1&sort=date


・グランドバザール動画(グロ無し)

http://www.youtube.com/watch?v=vAEjqCYNVxo


【ペンフィールド実験】

 大脳皮質を刺激する事で、発生していない現実を体験するという実験についての記事。

http://www.qualia-manifesto.com/nikkei.html



【リベットについての解釈、他の実験など記載されている文章】

 単なる研究ノート。別にこれが正しいという訳でもないので注意。

 リベットが行った実験について詳しく書かれている。

 リベットの実験というのは、様々なものがある。

 ・刺激から脳に電気信号として伝えられるのと、意識が知覚するのに時間差がある

 ・行動より前に、脳の運動野で電位が発生する

  (ボタンを押す動作を行おうと、意識する前に、運動野で電位が発生した。)

 プライミング効果、盲視なども記載されている。


 この文章は実験以外は主観に括られた文章。

 これを選んだ理由は、日本語でこのような文章があまり無いあってもブログ

http://ir.okiu.ac.jp/bitstream/2308/182/1/10_1_004.pdf



【サルでも公平というのが分かるという実験】

 二匹のサルをケースに入れ、一方にキュウリを与え、一方にブドウを与える。

 そうする事で、キュウリが与えられたサルは不満を現す。

http://www.wired.com/threatlevel/2012/10/monkey-anonymous/


【おまけ:四色型色覚】

 普通の人間は3色しか認識できない。理由としては色を感じる錐体細胞によるもの。

 これが4色を持つ人がおり、この人から見える景色というのは、

 3色型色覚の人とは異なる世界になる。

 PCで色を作成しても、4色型色覚の人が認知している色は作れない。

 これは製造している側が4色目の認識できない為に発生しており、

 製造段階で実装できない為。色弱、色盲はこの逆。

 現在、当たり前と思っている世界は感覚器官に支配されており、

 違う感覚器官を持つ者にとっては別に映る。(昆虫、猫などがそう)

http://gigazine.net/news/20120625-super-human-vision-tetrachromats/


【ラットで快感中枢を刺激した実験】

ラットの中隔領域に電極を挿入し、ラットがレバーを押すことで電気刺激するという実験を行ったところ、摂食や飲水もせずに押し続けるという行動がみられた。


http://ja.wikipedia.org/wiki/側坐核


【サルを壊す実験】

2chコピペ


まずボタンを押すと必ず餌が出てくる箱をつくる。

それに気がついたサルはボタンを押して餌を出すようになる。

食べたい分だけ餌を出したら、その箱には興味を無くす。

腹が減ったら、また箱のところに戻ってくる。

ボタンを押しても、その箱から餌が全く出なくなると、サルはその箱に興味をなくす。


ところが、ボタンを押して、餌が出たり出なかったりするように設定すると、

サルは一生懸命そのボタンを押すようになる。

餌が出る確率をだんだん落としていく。

ボタンを押し続けるよりも、他の場所に行って餌を探したほうが効率が良いぐらいに、

餌が出る確率を落としても、サルは一生懸命ボタンを押し続けるそうだ。

そして、餌が出る確率を調整することで、

サルに、狂ったように一日中ボタンを押し続けさせることも可能だそうだ。

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