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Sympathy For The Devil  作者: 赤穂 雄哉
Stage Istanbul
26/31

26. İstiklal Caddesi in Istanbul

挿絵(By みてみん)

 連日の徹夜は体力を削る。

 気分を入れ替える為に、いつもより長めにシャワーを浴びた。石けんの臭いが気に入らなかったが、無いよりはマシだ。カルキの臭いがする湯気に包まれ、疲れを流す。


 久しぶりに外に出ると、思っていたよりも太陽が小さいように思えた。

 ガラタ橋を渡って、新市街に入る。ガラタ塔は石組みで作られており、今なお敵の監視をしているようだった。周りの風景にはとけ込まず、反り返るかのようだ。

 塔の付近は上り坂になっている。背後を振り返ると海峡に沿った町並みが見えた。向こう岸ではモスクの尖塔が天に向かって伸びていた。

 

 ガラタ塔を越え、イスティクラル通りへと入った。そこは石畳で道路の中央に路面電車の軌道が走っている。西洋を思わせる整然とした町並みは新しく、色も枯れていない。昼過ぎだからか人通りも多く、真っ直ぐに歩く事もできない。道行く人々は観光客も多いようだ。雑多な人種が密集している。


 靴屋、服屋、食堂。色とりどりの店が軒を並べており、喧噪をより濃くしていた。ショーウィンドーを覗くと、店内は洗練されており、床も磨き上げられている。商品数も多く、どれもが気取っているかのようだ。


 こじゃれたロカンタと呼ばれる大衆食堂で、遅めの昼食を取ろうとすると、ダニエルはマクドナルドが食べたいと言い出した。

「正気か?」

「ああ、俺はマクドナルドを食いたいんだよ」

「冗談だろ?」

「冗談じゃない」

 まるで子供のようだ。顔をしかめて見せると、露天で演奏をしている奴らのギターが耳に飛び込んできた。


 代わり映えのしないハンバーガーとポテト。湯気をたてているジャンクフードを前にすると食欲が消し飛んでしまいそうだ。一口食べると余計に食う気がしなくなった。

 ダニエルは二つ目のハンバーガーを口にして言った。

「なあ、シナガワ。お前は一体誰なんだ?」

「今、残っているのは、シナガワだ。ソンマイ、ヒタン。その他、色々の戸籍を売り払った。残ったのはリウから手に入れた中国人戸籍ぐらいだな。取り合えず、俺の事はシナガワで良い」

「良くわからないけど、金にはなったんだろう?」

「まあな」


 手元にあったパスポートや戸籍。そして、それらを株主や全権委任者と設定している全てのオフショア法人。それらのほとんどを売り払った。金を作る為だ。そうして作った金も突っ込んで、手元の金はほとんど無い。


 ダニエルは俺の顔色を伺うようにして訊いてきた。


「俺が紹介したウクライナの連中は、結構羽振りが良かっただろう?」

「ああ、あいつらか。アルメニア人が交渉に出てきやがって、随分と値切られた」

「そうなのか」

「気にするな。そういうものだ」


 ダニエルがハンバーガーに噛りつくと、横からはみ出たソースが手についたようだ。舌打ちしてハンカチを渡そうとすると、彼は自分のハンカチを取り出して拭いた。


 ダニエルはため息を吐く。

「ああ、中国語を勉強しておくんだった。シナガワはわかるのか?」

「ある程度はな」


 ロストナンバーズの機能を使うにしても、すり替わる奴の発信者情報が必要になる。得られた発信者情報は末端の者ばかりだった。また、すり替わったとしても、そいつらの仮想オフィスは中国語のドキュメントばかり。途方も無い作業量だった。

 思い出しただけでも気が遠くなる。


「プレッシャーがある日常というのも悪くはないものだろう、ダニエル?」

 彼はカウンターに居る彫りの深いトルコ人店員を眺めていた後、ポテトを口に放り込んで短く答えた。

「まあね」

「ダニエル。狭められた環境の中で、活路を見いだすのは、既存の選択肢以外のアクションを取るより他無い。理解しているか?」

「何だよ、それぐらいわかっている。お前に言われなくともわかっている。それより、シナガワ、これからどうするんだよ?」


 足を組むと、テーブルに足が当たり、ショックでダニエルのコーラーが溢れた。俺は手にしていたコーヒーを飲む。安っぽい味だった。

「まあ、どうにでもなる」

 呆れたような顔をした彼は、首を振って残ったコーラをすすった。飲み終わった後、顔を上げて遠い目をした。


「バーチャル・ボーイ。リウから解放されたとして、お前はどうするんだ?」

 ダニエルの顔に影が差した。コーラの容器は握ったままだ。小さな音をたてて紙コップが潰れてゆく。まるで魂を握りつぶしているかのようだった。

「わからない」

「そうか」

「シナガワはどうするんだよ?」

「知るか」


 店の賑わいが戻ってきたかのように騒がしく聞こえてきた。カウンターに列を作っている奴らは会話を楽しんでいるようだ。暢気な笑い声が聞こえてきた。


 携帯電話が振動をする。着信のようだ。

 取り出すと相手はアルベルト。ンドランゲータのアルベルトだ。

 VR以外の場所で、会話をするのは初めてになる。どんな声だろうかと想像しながら、受話ボタンを押す。


「Yeah ?」(何だ?)

「It's coming」(来てるぜ)


 案外と軽い声だった。拍子抜けするほど明るい。電話の向こうで笑っているようだ。

 携帯電話をネット画像に切り替える。映し出された映像には騒乱の臭いがした。

 笑った後に俺は答える。


「Yeah!」(ああ)



【Supplement】

 物語中での設定や背景の説明。


【ガラタ塔】

http://ja.wikipedia.org/wiki/ガラタ塔


【イスティクラル通り】

・イスティクラル通りの位置:Google Map

https://maps.google.co.jp/maps?hl=ja&ll=41.027652,28.975196&spn=0.009713,0.021136&t=m&z=16&brcurrent=3,0x0:0x0,1


・イスティクラル通りの景色

https://maps.google.co.jp/maps?hl=ja&ll=41.029425,28.975174&spn=0.009712,0.021136&t=m&z=16&brcurrent=3,0x0:0x0,1&layer=c&cbll=41.029425,28.975174&cbp=12,0,,0,0&photoid=po-11492669


http://www.tripadvisor.jp/Attraction_Review-g293974-d295195-Reviews-Istiklal_Street-Istanbul.html


・イスクティラル通りの動画(グロ無し)

 路面電車から撮影された映像

http://www.youtube.com/watch?v=eUw5C5vvTpU

 


【ロカンタ】

 要するに食堂の事。調理済みの食品を取って会計をする。

http://turkey.tabino.info/lokanta.html 


【アルメニア人の商才について】

 商売が巧いとされる華僑3人が束になっても、1人のインド人には勝てるかどうか。

 そのインド人が3人束になっても、1人のアラブ人と同じぐらい。

 そのアラブ人が3人束になっても、1人のユダヤ人には敵わない。

 しかし、そのユダヤ人が3人束になってかかっても、1人のアルメニア人には敵わない

http://business.nikkeibp.co.jp/article/money/20071114/140647/?rt=nocnt

http://www.dtac.jp/caucasus/armenia/history.php



【セキュリティーについて】

 VRプロトコルで守られている部分については秘匿性がある。

 個々別にデータアクセスの制限が行えるが、

 この舞台ではリウはデータアクセスすら許さないという設定を行っている。

 データベースの特定レコードにアクセスする事で、外部に伝達する事を懸念している。

 音声をデジタルデータ化して、それを信号化してデータベースにアクセスすると、

 実質、盗聴マイクを設けた場合と同じになってしまう。

 VRプロトコル内にあるシステムにアクセスする為にはVR装置が必要となってしまう。

 公的機関、銀行などVR端末を持っていない者に対して、

 サービスを展開する機関や企業においては、必然的にVRプロトコルで守れていない部分が

 出ざるを得ない。ダニエルを始めとするハッカーが狙うのはこの部分になる。


 この物語上においては、技術の発展に伴い、量子暗号が投入されようとしている。

 VR端末と使用者の間では実現しており、光子を使って公開鍵のやり取りを行っている。

 専用線の素材、機材などの特許をVR運営企業が握るという事になる。


 尚、量子コンピューターについてはこの物語では、商用の目処が立っていない状態である。

 メモリ、バス、HDD、SSDなどの大容量記憶装置などのハード環境。

 ソフトを作成する際のコンパイル環境を含むソフトウェア環境も、一般家庭に普及するには、

 まだ先が見えない状態になっている。


 量子コンピューターが高速になるのは量子演算素子を使用したアルゴリズム

 因数分解、データベース検索、巡回セールスマン問題などが代表的

 暗号の基底を揺るがすと言われる理由は、SSL(https)の

 アルゴリズムRSA(他のアルゴリズムもある)が容易に解析できてしまう為。

 RSAは桁数の多い素数を組み合わせたもので、因数分解に天文学的な時間がかかってしまう。

 現時点までは解析に時間がかかるので問題とされていなかったが、

 量子コンピューターでは因数分解を高速で行ってしまえる為に問題視されるようになった。

 この暗号が高速に解けたとして、何ができるのかと言うと、盗聴などが可能となる。

 つまり、サーバーと使用者の間での通信を横から覗き見できるという事。

 また、通信内容を改ざんする事でサーバーや使用者にすり替わる事もできる。

 ハッカーがサーバーにあるデータベースやシステムに侵入するのには、何の関係もない。



【おまけ:量子暗号】

この物語ではVRダイブで使用されるVRダイバーとVR端末間で実現している。

その実行手順で商用化されているのが、本編初番で主人公が述べたダイレクト・キック方式と

呼ばれるもの。(造語)

 


・量子暗号についての資料

(注:量子暗号の実用化イメージにあるのは、あくまでもイメージ。現在、試験中のはず)

http://www.uqcc2010.org/jp/images/aboutCryptography.pdf

http://www.venture.nict.go.jp/series/cryptography/chapter4/4_3.html


・量子コンピューターで暗号が簡単に破られるという理由

http://www.s-graphics.co.jp/nanoelectronics/kaitai/quantumcom/3.htm


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