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Sympathy For The Devil  作者: 赤穂 雄哉
Stage Cairo
20/31

20. Net cafe in Cairo

挿絵(By みてみん)

「ひどい」

 ダニエルが悲憤の涙にくれていた。窓のない部屋。四方はコンクリートで囲まれている。彼の嗚咽は外に漏れる事もなく、この部屋に閉じ込められていた。

「ひど過ぎる」


 PCの音が低く室内に沈む。

 ダニエルに調べさせていたのは、ロバートの個人情報。彼がどのような金をロンダリングしたがっているのか突き止める為だ。その中に人身売買の情報が含まれていた。

 キューバ、ハイチ、ジャマイカ、ドミニカ。青く澄んだカリブ海を囲む島国。ロバートはそこで少年、少女を買い漁り、コロンビアに送っているようだ。別に不思議な事じゃない。日常生活の一コマ。

 映し出された画面には年端のいかない子供達が映し出されている。純真無垢。彼ら、彼女らは無邪気な笑顔をカメラに向けている。

 これから自分がどのような境遇に嵌め込まれるのかも知らず。


「ダニエル。上出来だ。ここまでやれるとは思ってもみなかった。良い仕事をしたな」

 彼は俺を睨みつけると、近づこうをする俺を声で威嚇する。

「俺に触るな。良い仕事だと?」

 肩を竦めて見せると、彼は机を激しく叩いた。その衝撃ではないのだが、停電が起こった。天井の電球が闇に溶けていく。

 PCはUPSと呼ばれる無停電装置が取り付けられている。停電がよく起こる一帯では常設装置。もうすぐ、自家発電輪が行われるだろう。階下から自家発電機のエンジンをかけようとする音が響いてくる。


「何を怒っている?」

「これを怒らずどうするって言うんだ。クソ野郎。こんな胸糞悪くなる仕事をさせやがって、この子供達は自分が売られた事も知らない」

「学校に行けるとでも勘違いしているんだろう。多くの場合はそう言われているからな」

「この子供達を助けてやる事はできねえのかよ」

 感情に埋もれた言葉は聞き取りにくかった。涙声は悲哀に満ち、まるで豚の小さな悲鳴のように聞こえた。

「無理だな。これはビジネスだ」


 身体を燃やし尽くす憤怒がそうさせたのか。深淵に沈もうとする悲嘆がそうさせたのか。彼は椅子を蹴飛ばし立ち上がった。まるで人類の代表者気取りだ。笑ってしまうほど滑稽だった。

「ビジネスだと? これをビジネスというのか?」

「そうだ。それを買う者が存在し、それを売る者が存在する。その時点で市場は発生する。俺もロバートも市場の上にいるプレーヤーだ」

 ダニエルは涙を拭う事もせず、俺につかみかかってきそうだ。感情的になり、自分も何もかも失ってしまったかのようだ。


「何をとち狂っている、ダニエル。お前達がこうしたんだぞ? お前達が望み、そして、お前達の国家が望んだ。その結果がこれだ」

「嘘を付け。いい加減な事を言うな!」

「お前が好きな自由だ。自由貿易、自由競争。結果、貧困が生み出され、こうなった」

 ダニエルが悲鳴を上げる。

「止めろ!お前はデタラメだ!デタラメを言っている」


 明かりの消えた天井に俺の哄笑が響く。質の悪いコンクリートのヒビに吸い込まれていくかのようだ。灰色の塗り跡が残っている壁面は虚ろな顔をしている。


「お前はどのようにして、お前達の生活が維持できているか知らないのか? こういった貧乏国家からの搾取の上で俺達の生活は成り立っている。知らなかったのか?」


 俺はダニエルに近づいた。彼は憎悪をもって、渾身の憎悪をもって俺を見る。俺は彼が向き合っていたPCを操作し、世界中に散らばっている情報を集め始めた。


「お前がVRに入る為に、この世界に飛び込んできたと言ったな? だから、リウの言いなりになっていると。その施術費用を稼ぐ為に、この世界に飛び込んだ。それしきの費用も稼ぎ出せないから。お前は自分で自分を悲劇の主人公と思っている。そして、お前が属する黒人は不当に差別されていると思っている。そうだな? そうなんだな?」

 俺の質問に彼は答えもしない。

 検索ワードを放り込み、検索をかけるだけ。それだけで情報は手に入れる事ができる。普段は見ない? いいや、目を背けているだけだろう。


 ダニエルは自分が不幸だと思っているようだ。教育も満足に受けらない境遇だったらしい。そして、PCすら買う事もできず、マフィアの下っ端の手伝いをしながら独学でPCの知識を得たのだそうだ。

 しかし、その彼自身が悲劇的だと思っている生活でさえ、まだ恵まれている事を知らない。


「ダニエル。レクチャーしてやる。これを見ろ」

 俺は検索した画像付きデータを取り出し彼に見せた。

 そこではハエが飛び回っている魚屋がある。一メートル半ほどの魚は頭を下にして、木の枠に吊るされている。輸出品として捕られた魚で、腐っている為に売り物にならなかった物。それらは低賃金の漁師達に食料品として売られている。

「輸出する為に漁業を営みながら、自分では腐った魚しか食べられない連中が居る。そういう連中が居る事をお前は知っているか?」

 彼の目の前で動画を再生させ、記事を読んで聞かせてやった。彼は感情的になっている為か、何度も説明をしてやる。そう、俺達がどういう世界に住んでいるのかという事を教える為だ。

 ナレーションが陰鬱な声で状況を説明する。それは地獄の底から聞こえてくる亡者の泣き声のようだった。

 ダニエルは涙を浮かべている。澄んだ目はどこまでも深く。俺の言葉を吸い込んでいる。


 次に取り出したのは、緑が覆い繁る農園だ。そこでの食卓の風景。彼らは日に半日を越える重労働に狩り出されながらも、食い物は与えられない。口に放り込まれているのは、農園で拾った石。少しだけ色が違うから味がするように思ったらしかった。

「自分で作った作物を口に入れる事も適わず、石を口に含んで飢えをいやす。そんな連中が居る事をお前は知っているか?」

 見ろ。そして、これを読め。咀嚼して、飲み込み、理解しろ。

 移り行く画像は彼らの生活の断片だ。細いロウソクに照らされているだけのテーブルには何も乗ってはいない。

 ダニエルは少し下を向く。悔しさで食いしばった歯が砕けてしまいそうだ。白い歯だけがPCの明かりに照らされている。


 次は鉱山での風景だ。落盤にあう恐怖と闘いながら、彼らは暗闇で一日を過ごす。奴隷として売られてきた彼らは木石のように扱われ、食事さえ与えられない。出てきても給料などはない。彼らは買われた物、もしくは拾われた物。いわば消費材。

「自分の身を飾るのない石を拾い集め、今日の食事も食べられるかどうかわからない。そういう連中が居る事を知っているか?」

 ダニエルは下を向いて、むせび泣き出した。力が抜けたようになり、嗚咽だけが空々しく部屋を満たす。


「飢餓。貧困。人間である事をかなぐり捨てたくなる日常を送っている連中が、この世に存在している。俺達はそういった搾取の上で今の生活を営んでいる。お前の言う正義や平等はこいつらは含まれているのか?」

 ダニエルは何も答えない。答えられない。

「こいつらをお前の言う通りに平等にしてやると、何もかもが足りなくなる。何もかもが買えなくなる。理解しているのか?」


 停電が終わり、電球が再び光りを灯し始めた。発電機の唸り声は大きく、室内までその振動が伝わってきそうだ。



 ダニエルが拾ってきた情報を俺のVRアドレスに送った跡は帰路についた。表通りに出ると、若者の集団と出くわした。

 彼らはこの近くにある英会話教室の帰りなのだろう。俺とダニエルを見つけると、好奇の視線を向けてハロー、ハローと陽気な声で握手を求めてくる。

 エジプト人は人なつこい。普段、会話する機会が無い為か、外国人とわかる容貌をしていると嬉しそうに会話を求めてくる。


 沈み込んでいるダニエルをよそに彼らは俺に話しかけてくる。無邪気な笑顔。先ほどのコロンビアに売られる子供達を思い出した。


「How are you?」(ご機嫌はいかがですか?)

「I'm fine.」(良いよ)


【Supplement】

 物語中での設定や背景の説明。


【十時間で子供を買う方法:アメリカ】

 ハイチで子供を買える事を捕えた動画。グロ無し。

http://www.youtube.com/watch?v=eMZixMkDHVo

http://www.youtube.com/watch?v=mOdweBA4poE


【ダーウィンの悪夢:動画:腐った魚などややグロ有り】

 いつ消されるか不明。

 ビクトリア湖に繁殖した巨大魚ナイルパーチを巡ってのドキュメント。

 自由経済によって崩壊しつつある社会というのがこの映画のテーマ。

 主人公が漁業者が腐った魚しか食えないという言及があるがこの事になる

 ただ、映画なので全ての問題の原因が自由経済という訳でもない。

 http://www.youtube.com/watch?v=Dl_xCfHg3iY


【バナナ、カカオなどの食料品】

 

 以下のページは人権団体の記事。

 問題提起をする為に、子供達に特にフォーカスを当てているが、

 大人も奴隷のように働かされている。

 ・世界のこども問題

  要するに、バナナやココアなど安く食べられているが、

  それって安く労働力を搾取されているから、先進諸国は円満に生活できているという事。

http://www.ftcj.com/study/childlabor.html


 ・カカオ農場で働かされる子供

http://nantokashinakya.jp/references/episode/valentine/episode_03.html

 ・カカオ農場で働かされる子供:動画(英語)

http://www.youtube.com/watch?v=ZNpwIzeyjKQ


 ・Land Grabbingと呼ばれる問題

  (人権団体所属のブログ:問題提起という目的でエモーショナル:客観的情報も少なめ)

2008年程に世界的に食料の値段が上がった。

  その為、企業がアフリカなどに進出を行い、大規模な土地売買が行われた。

  現地人の生活関係無しに土地が売買で、その結果、現地人が奴隷のようになって

  働かされるという事。

  また、彼らの育てる作物はあくまでも企業のもので、彼らが口にできる訳ではない。


http://seize-stone.com/blog2453


・Land Grabbingの図がある

  緑色が土地を買われた地域、黄色が買っている地域、

  そして三角が赤い程、その土地の住民の貧困率が上がる(餓死したりする)

http://globalsociology.com/2009/12/04/landgrabbing-101/


【鉱物資源はアフリカを幸福にしない】

 収益は公平に分配されている訳ではない。貧民化した人達は奴隷として、

 企業に働かされる事になる。これら資源を買ってみても、

 現在の関係を崩す訳にはいかない。その為、貧民を無視した上で取引は行われている。

http://dev-media.blogspot.jp/2012/10/blog-post.html


【自由経済の弊害】

 ここでの舞台は現時点とほとんど同じような経済政策が取られている。

 その為、NAFTAなどは見直しは行われておらず、メキシコを始めとする

 加入国は産業構造の変化が十分に行われていない。

 

 農産物は安価なアメリカ産が市場を席巻しており、

 他加入国の第一次産業などは壊滅的な状態になっている。

 産業構造を変えようとしても、その予算がないのと、教育が遅れているのが理由で、

 高い失業率を生み出している状態。


 所得が減り、生活できなくなった第一次産業従業者の多くは、

 より多くの所得を求めて、麻薬などの違法物の生産、取引などに従事する傾向がある。

 最近、メディア上を賑わせているセタスについては、

 健在で高失業率の所得格差を栄養にして、その活動を強めている状況。

 物語はそれを継承している。


・自由貿易をうたい文句とした北米自由貿易協定(NAFTA)の例。

 メキシコではアメリカから安い農産物が輸入されるようになり、

 農産物の価格が下落、農民が生活できなくなるという事が発生している。

 

http://news.livedoor.com/article/detail/6345092/


・上記記事の補足

http://wiki.dickinson.edu/index.php/NAFTA:_Economic_and_Environmental_Impact_on_the_U.S._and_Mexico

 より抜粋

It is estimated that the price of corn has fallen more than 70 percent since the signing of the free trade agreement and this has reduced the income of more than 15 million Mexicans who earn a good living by producing corn.


アメリカの安価なトウモロコシがメキシコ市場に流入。

自由貿易協定前と比較して、トウモロコシ価格は70%も下落、

1500万人以上のメキシコ人が所得を下げていると推測されている。


【「プラン・メキシコ」麻薬撲滅に名を借りたNAFTAの軍事化】

 貧困が生み出された後に、そこにビジネスチャンスがあるという例

 この記事では、NAFTAによって社会不安がもたらされたが、

 そのメキシコの社会不安をビジネスチャンスと捕える向きがあるという記事。

 根本的な解決をするよりも、それを機会にして収益が得られるのは、

 現実ベースでも物語でも変わらない。

http://democracynow.jp/video/20080731-2


【おまけ:グローバル化についての文献:補強用】

 現時点でのグローバル化についての意見など。

 この物語と相反するもの有り。

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/kokusai/004/gijiroku/attach/1247200.htm

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