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Sympathy For The Devil  作者: 赤穂 雄哉
Stage Bangkok
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02. Connected HongKong

挿絵(By みてみん)

「OK. Done.」

 取引は完了した。悪くない。


 インド洋マダカスカル近くにあるモーリシャス共和国。

 そこに作ったオフショア法人とその銀行口座。それらをまとめてリウという香港の宝石商に売り払った。それらは譲渡税、相続税を回避する為に多く使われるが、その曖昧性を利用して、マネーロンダリングも行われたりもする。

 オフショア法人と銀行口座は、インドのカルカッタで買った戸籍の名義になっている。そして、その男は書類上、モーリシャスに居住している。

 俺の相手が本当に宝石商かどうか? 俺には関わり合いの無い事。アンダーグラウンドでは相手の話を鵜呑みにする奴など、誰もいやしない。


 今回のオフショア法人の売却契約は、リウの会議スペースで行われた。仮想現実空間上に作られた仮想スペース。

 この部屋は中華のアクセントが強調されている。眩いばかりの赤。そして、これ見よがしに装飾された金色。どこか俺の神経を逆撫でするが、赤い木組みの灯籠から漏れ出る明かりは目に優しい。耳を澄ませば胡弓の物悲しい音色がする。泥臭さの隠された中華デザインは悪くはないが、うるささが隠されている。

 最近の中国人ビジネスマンは西洋モダンなシンプルなデザインを好むが、こいつはそうではないようだ。


 リウは宝石の売買の他に、マネーロンダリングも手がけているようだ。少なくとも事前に送られてきた企業登記簿はそうなっていた。

 おそらく、今回の取引理由はこうだ。中国に居住する資産家の資産を海外に移転する。その為のオフショア法人が欲しい。なるべく、スピーディーに、そして、足がつかないようにしたい。

 知っての通り、中国の富裕層資産の海外逃亡は、ここ数年すごい勢いで伸びている。タックス・ヘイブンと呼ばれる国々の指導者達は思わぬ需要に顔をほころばせている事だろう。


「All documents on this deal will be sent by this weekend. OK ?」(ドキュメントは週末までに送る。OK?)

「OK. I gotta it」(OK.わかった)

 俺はリウの会議スペースから自分の仮想オフィススペースに移動。その後、必要な書類の書き換えをすべく、電子公証役場に移動する。登記簿や様々な証明書の名義を書き換える為だ。

 電子媒体ではないステートメントなどの書類の送付先はバンコクにあるオフィス代行会社に変更する。そこに届いた郵便物は、足がつかないように、複数の国を跨いで転送されるのだろう。調べると何かが出てくる。

 しかし、好奇心は破滅の原因。死にたくなければ、他人の秘密は覗かない。それはアンダーグラウンドでの不文律。好奇心の後ろにはいつだって破滅が隠れている。

 俺はVRからアウトする事にした。



「ああ」

 深めのシートにもたれかかり、ため息を吐く。意識がネットから脳に戻って来る。安めのテーブルに置かれていたコーラからは水滴がとんでしまっている。ストローで飲むと、炭酸が抜けていて、砂糖の感触が舌の上に残った。空調は効いているが、どこか肌に粘り着くような湿気。東南アジアの気だるさが、そこらかしこに潜んでいる。

 長く伸びた髪が俺の目にかかっている。指を入れて横へと分けた。

 目の前にあるのは申し訳程度のテーブルと、PCに取り付けられた仮想現実世界の橋渡しをしてくれるVR端末がある。


 VR。バーチャル・リアリティ。脳に埋め込まれているチップにより、俺の意識はネットに投じる事ができる。目、耳、鼻、口、皮膚。感覚器官からの電気信号は身体から切り離され、ネット上にあるそれへと置き変わる。俺は病んで爛れた電子の海を駆け巡り、腐った世界のあらゆる場所に出没し、子供を孕んだメス豚のように貪欲に取引を行う。


 俺のチップはブタペストで手に入れたものだ。セキュリティー上の問題で、製造中止になったロストナンバーズと呼ばれるチップ。VRに接続した際に発信される発信者情報が簡単に書き換えられるバグ持ちチップで、このおかげで俺は誰にもなる事ができる。

 ただ、手術後の処置が悪かったのか、闇医者の腕が悪かったのか、俺はまれに強度のラッシュアウトを起こす。VRダイバー特有の症状で、日本語では記憶混濁と表現する事もある。


 ボックスの空間にノックの音が響く。黒ペンキの塗られた合板の仕切り。角度を変えれば塗料のムラが陰影をつくる。拾い集めの木材で急設したからだろう、叩かれる度に部屋が揺れた。

「Come in」(入れ)

 そう言うとネット・カフェの店員が無表情で入ってきた。

 ラオス人か?

 彼のタイ語の声調がおかしい。何を言っているのかわからなかった。両手を上げると彼は片言の英語をどもるように言った。まるで象が喋っているようだ。彼の目は死んだ魚のようだった。魂が抜かれた残り滓。


「Time up, mister. You want more ?」(お客さん時間切れです。延長します?)

 どうやら制限時間がきたらしい。

「メダーイ. マイ ミー ンガーン ナー」

 ノー、金が無いんだよね。タイ語でそう言うと、彼は欠けた歯を剥き出しにして、だらしなく笑った。影が薄い。彼が明日に居なくなっても、誰も気に留めないだろう。去勢された犬の顔をしていた。


 カウンターを通り過ぎると、店員が日本語で「ありがとうございました」と言う。見ると黒い顔を笑顔でいっぱいにしていた。歯だけが異様に白い。俺が日本人である事がバレているようだ。


 表に出るとすっかり夜になっている。現在地点はバンコクのカウサン通り。外国人観光客が集中する宿屋街。雑踏に中に様々な言語がとけ込んでいた。甘い香りが鼻をくすぐる。肉を焼いている臭いだろう、甘辛い味覚が舌の上で思い出される。


 通りを歩くと雑多な人々の足の届かない所に、ボロボロになっている猫が居た。死んでいるのかのようだった。そいつは腐ったような目を上げて俺を見る。閉じる事ができないのか、薄く開かれた口から牙がのぞいていた。いつかの俺を思い出した。


「今もそう変わらないか」


 呟きながら俺はバーに向かう事にする。

【Supplement】

 物語中での設定や背景の説明。


【モーリシャス共和国】

 物語中に主人公がリウに売却したオフショア法人のある場所。

 オフショア法人は税金を回避する為に設立される事が多く、

 主人公はその曖昧性を利用してマネーロンダリングを行っている。

 彼はマネーロンダリングの請負を生業としており、

 このようなオフショア法人をいくつか所有している。


・モーリシャス共和国の位置:Google Map

https://maps.google.com/maps?q=Mauritius+&hl=en&ll=-20.165866,57.49918&spn=0.146314,0.264187&sll=37.0625,-95.677068&sspn=62.057085,135.263672&hnear=Mauritius&t=m&z=13

http://offshore7.com/index.php/news/item/31-201107312



・モーリシャス共和国ポートルイスの風景写真:Google Map

https://maps.google.com/maps?q=Mauritius+&hl=en&ll=-20.165866,57.49918&spn=0.146314,0.264187&sll=37.0625,-95.677068&sspn=62.057085,135.263672&hnear=Mauritius&t=m&z=13http://offshore7.com/index.php/news/item/31-201107312


【オフショア法人・タックスヘイブン】

 タックスヘイブンとは一定の課税が著しく軽減、ないしは完全に免除される国や

 地域の事を指す。租税回避地、オフショアとも呼ばれる。

 その地域に法人を設立した場合、オフショア法人と言われる。

 ヘッジ・ファンド運用会社などがこういう所を使ったりする。


 また、日本では金融取引法上ヘッジ・ファンドの宣伝、売買が禁止されているので、

 こういった所に法人を設立、売買しているケースもある。

 (最近ではAIJ投資顧問が企業年金2000億損失を出していた。

  理由はヘッジファンドを購入し、それで損失が出たというもの。

  その事件の舞台となったのは、タックスヘイブンの一つであるケイマン諸島の法人で、

  そこを経由してヘッジ・ファンド購入をしていた)

 また、富裕層などが、譲渡税や相続税回避などで使われるケースも多い。



 考え方としては金を外国に出してしまい、日本法の適応外にさせるというイメージ。

 税法や金融商品取引法の適応を日本以外にしてしまうと考えれば良い。

 但し、日本にはタックスヘイブン対策税制があるので、

 本当に税金をかからないようするのであれば、他の条件を満たす必要がある。

 

 ケイマン諸島、パナマが非常に有名。


・タックスヘイブン・オフショア法人についての説明記事 

http://www.777money.com/yougo_kolumn/yougo/tax_haven.htm

http://d.hatena.ne.jp/martbm/20120208/1328660123


・オフショア法人を実際に設立する場合の情報(パナマの場合)

http://offshoreintercorp.com/panama/

http://www.pflf.biz/modules/pico/index.php/Panama_Information.htm


オフショア法人は、現地法に基づく会社役員などは居るが、

業務は無く、従業員もいない。全権委任状を発行する事で、

一人にあらゆる権限を与える事も可能である。

こういった実態のない会社をペーパーカンパニー、ダミー会社、

ゴースト会社と呼んだりもする。アンダーグラウンドでの必要不可欠要素。

現在、ネットの普及で誰もが簡単に作成できるようになっており、

代理店を通す事で、現地居住者の名義まで借りられるサービスがある。



・パナマでのオフショア法人の作成方法など

http://www.jetro.go.jp/world/cs_america/pa/invest_09/


(なお、本物語でオフショア法人、口座を開く為に他国の戸籍を入手するという表現が多くあるが、これは日本の住民票や戸籍抄本ではなく、パスポート認証などのドキュメントになる。日本の戸籍書類は海外では個人証明書類として通用しない)




【タイ・バンコク・カオサン通り】

物語中で主人公が生活拠点としている場所。

世界を旅行しているバックパッカーの宿屋のようになっているので、

様々な国籍の人がいる。


・カオサン通りの位置:Google Map

https://maps.google.co.jp/maps?q=13.758983,100.497125&num=1&brcurrent=3,0x0:0x0,1&t=m&z=19


・カオサン通りの風景写真:Google Map

https://maps.google.co.jp/maps?q=13.758983,100.497125&ll=13.758826,100.497286&spn=0.002366,0.004128&num=1&brcurrent=3,0x0:0x0,1&t=m&z=19&layer=c&cbll=13.759029,100.497044&panoid=Doa49IrOfjRVdpoIrC_o-g&cbp=12,98.45,,0,0


・カオサン通りの動画(グロ無し)

http://www.youtube.com/watch?v=OrMD2wyCQ98


【その他】

・中国資本が国外に逃げているという事について書かれた記事。

http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2011&d=0121&f=national_0121_101.shtml


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