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Sympathy For The Devil  作者: 赤穂 雄哉
Stage Delhi
16/31

16. Connected Tribal Area

挿絵(By みてみん)

 指定された所に入ると礼拝を行おうとしている所だった。

 真っ白な大理石に紺色のアラベスクが織り込まれている。目が痛くなる程の眩しさだ。アザーンと呼ばれる礼拝を呼びかけが部屋に鳴り響いている。礼拝をしているのは三人。彼らはひざまずき、俺達を拝むような形になってしまっていた。


 唖然としているダニエルを小突いた。何が起こっているか、まったく理解できておらず、意識の中に空白が生じている。

「おい、彼らの後ろに移動しろ」

「何故?」

「後で教えてやる」


 不審顔をしているダニエルの手を引き、音を立てないようにして、背後に回る事にした。視線が俺達を追ってくるのを感じる。

 元々、彼らと契約をしていたのは、インドネシア国籍のヒタンという名前の俺だ。接続している発信者情報が違う。だから、シナガワである俺とは初対面になってしまう。

 彼らは俺がイスラームに対して、どのような態度を取るのか観察する為に、敢えてこのようにしているのだろう。礼拝中に訪問する事はマナー違反。どのような行動を取るかで、判断しようとしている。

 光すら滑りだしそうな白の世界で、俺を探ろうとする意識がゆっくりと近寄ってくるのを感じた。光の鱗粉の中に、刃物よりも鋭くて細い警戒が隠されている。



 礼拝が終わり、景色が変わった。トライバルエリアと呼ばれるパキスタン・アフガニスタン国境辺りを思わせる荒涼とした景色に変わる。乾燥して鋭さを帯びた寒さ。日の光がどこか遠く、影が薄く長く伸びていた。砂礫の臭いが漂ってきそうな光景。


「君がシナガワ?」

「アッサラーム、アレイクム。お会いできて光栄です。ヒタンから紹介を預かりました。私がシナガワです」

 俺が伸ばした手を掴むなり、相手を抱き寄せ背を叩く。思わなかった動きに相手が動揺している。残りの二人を見れば、腰を浮かせているようだ。現実と仮想空間での違いが区別できず、肉体の反応が出てしまっている。俺が何をしようとこの男を傷つけられない。反射的に動いてしまっているようだ。


 思わぬ動作に神経が高ぶっているのが見えてくる。相手が俺の背を叩くが、腕の動きにギコチナさが感じられた。戸惑い。驚き。心地よい香りだ。


 今回は武器購入ルートをこちらに切り替えてもらう為の交渉だ。おそらく彼らはシナリオを持っている。一方的にこっちのペースに巻き込んで、ペースを崩してしまう。それが狙い。


 震えが残った身体で彼は答えた。動揺しているのだろう。声が震えていた。

「かけてくれ」

 足のない純白の丸ソファーが音もなく出現し、俺達は寝転がるように体重を預けた。沈み込む身体。だが、視線は揺らさない。軽く笑みを浮かべながら相手の視線を射抜く。


「そもそも、私達は武器の調達ルートを確保している。もちろん、君達が提示する価格によっては考えないでも無いが、我々ムスリムというのは、欧米と違い約束事は破らない。ヒタンからの申し出がなければ、このような会談を持つ事もない」


 そのヒタンが俺だがな。心の底で呟く。


「知っています。ヒタンもあなた方の事をこう言っていましたよ。ナイフは決してその柄を切らない。と」

「そうだ。わかってくれれば良い」

「あなた達イスラーム教徒は信義に厚い。まるで、私の先祖サムライのようですよ」

「サムライ、か。面白い事を言う」

 まんざらでもない顔をする相手。日本のサムライは映画の影響もあり、良いイメージが固着している。緊張感が緩んだようだ。世辞に心を動かすのは三流のする事。鷹の目のような彼らに隙を生まれそうだ。


 アラビアを始めとする、中東の文化を受け継ぐ国出身者との交渉は、時間が長くなる傾向がある。それだけ、契約にシビアだからだ。それにしたたか。本調子を取り戻すと、彼らは生まれつきの商才を発揮しだす。


「駄目だ。我々は誇り高いムスリムだ。お前の言う事は話にならない」


 言葉の裏にはもっと値引けという真意が隠されている。まるでソファーの中にナイフを仕込むかようにように、さり気なく要求を突きつけてくる。


「ありえない。武器の調達は十分なんだ。前線では余っているくらいなのに、お前達はまだ売りにくる。考えられない」


 交渉は長引く。先が見えないトンネルの中を潜っているかのようだ。無限の回廊。輪廻の輪。


「我々は信義の為に戦っている。同胞の幸せの為に。自由の為に。それを、その信義を売る事はできない」


 ともすれば、横になってしまいそうになる姿勢を起こし、相手から目を外さない。集中力が音をたてて崩れてゆきそうだ。背景に見える荒野のような無意味な会話。織り込まれる言葉は剣戟で、手振りと表情で相手からのシグナルを引き出す。


「駄目だ。出直して来い。シナガワ。ヒタンの義理はあるが、こればかりは聞けない。我々にも信義というものがある」


 交渉は膠着状態に陥った。金額的に見合わない。彼らはそう判断したのだろう。

 隣を見ると、最初の緊張感を忘れ、ダニエルの視線が泳いでいる。交渉相手でなく、背景の岩山の方が魅力的なようだ。


「ダニエル。会談中に失礼だぞ。ちゃんと相手を見ろ」


 空気が割れた。


 言葉にハッとしたのはダニエルだけじゃない。

 相手の顔色がみるみる変わる。太い眉毛が上がり、驚愕から憤怒に変わってゆく。

 当然だ。アメリカこそが彼らの敵。彼らが戦っている相手がアメリカだ。銃眼から見える彼らにどれほどの憎悪を送って来た事か。ネットに流される彼らの主張に何度拳を握ってきた事か。

 この場にアメリカ人のような名を持つ者が紛れ込めば、必然、場は殺気立つ。ガソリンに火を放つような行為だった。


「どういう事だ? シナガワ! アメリカ人をココに呼び入れたのか? あの憎んでも余りあるアメリカ人を? 彼はアメリカ人なのか?」


 仮想空間に唾の飛沫が実現するほどの勢いだ。眉間に叩き付けられるような敵意が押し寄せてくる。三人の身体から、業火のような怒りが吹き上げてくる。ジャハンナム。イスラームの地獄を想起させた。一瞬で体は燃やし尽くされ、灰燼と化してしまうかのようだ。肉はすり潰され、髪の毛一本残さない。血の一滴すら憎むかのようだ。


 恐ろしい。恐ろしい。

 それで俺が引くとでも?


「そうです。ダニエルはアメリカ人です。パキスタン統合情報局(ISI)主導でイスラム神学校を創立して、あなた達を組織した、あのアメリカの人間です。アフガニスタン紛争を終結させた後、最後にあなた達を、まるでゴミクズのように裏切り、捨て去ったアメリカの国籍を持つ男です。あなた達の信念をレイプした、あのアメリカ人です」

 相手はソファーから起き上がり、怒りをみなぎらせて立ち上がった。俺の言葉で胸を引っ掻きむしられ、憤りが俺達へと集中しはじめる。


「侮辱だ! こんな侮辱を! シナガワ! 貴様の血であがなっても、まだ足りないぞ! わかっているのか?」

 むせ返るような敵意と害意にダニエルは怯えた。目が逃げている。圧倒的な殺意に身が押し潰されようとしているのか、彼は痙攣を起こしたかのように震え出した。

 爆発的に高まる激情を、俺は巧みにダニエルに向けさせる。


「そうなんです。彼はアメリカ人。アメリカからやって来た。あのアメリカからやって来た。あなた達の国を、組織を、人民を好き放題に振り回し、イスラームの主権をファックし、レイプし、陵辱したアメリカ人。ザクロの花のような少女を引きずり倒して汚したあげく、クルミのような小さな幸せな家庭を潰して回っている、あのアメリカ人です」

 ダニエルの口から小さく悲鳴を漏らした。口がわななき、鼻の穴が大きく開かれている。口に持って行った手の平を噛み砕いてしまいそうだ。


「ダニエル!」

 俺がダニエルの耳の側で怒鳴っても、彼は聞こえていないようだ。迫ってくる恐怖に彼は釘付けになっている。


「ダニエル! お前達の国家、アメリカは滅茶苦茶な国だ。知っているか? 誤爆で粉砕された住宅地域を? 何もしていない一般住民が住む地域を彼らは爆弾を送ってよこした。住宅地にある地下貯水槽を直撃し、数百度まで熱された湯が町中に流れ出した。家にいた住民は皆殺しだ。彼らは何もしていなかったのに。彼らは紛争が終わる事を願って待っていただけなのに」

 イスラームの怒りを代弁するかのように、俺の舌は回る。


「俺が見た家では土壁に衣服の破片が張り付いていた。天井には熱湯に溶けた皮膚が張り付き、髪の毛が束となってぶら下がっていた。熱湯で溶かされた脂の臭いが、家中に染み付いていたぞ。コバエがこの世の天国とばかりに舞っていた」


 ダニエルは言葉も出ない。出せない。


「平和? 誰の為の平和だ? 常駐軍の兵が純潔の処女をファックしても罰せられない。交通の多い道に勝手に停止ラインを設けて、急病人で通り過ぎようとしたら銃殺する。誤爆しても賠償もせず、無実の人間を投獄する。誰の正義だ? 何の平和だ?」


 恐怖と言う感情が溢れている。もはや彼に理性が残っているかも不明だ。


「正義の鉄槌? 世界の平和? 無辜の人民をよこしまな欲望で蹂躙し、お前達の国は聖なるピストン運動で、彼らの生活と心を犯し続けている」


「シナガワ。そこまで知っておきながら。お前を殺してやりたい。お前達を殺してやりたい。我々にこのような屈辱を」

 言葉が怒りで失われたようだ。鷹の目は細められ、その視線だけで体が引き裂かれそうだ。全てを圧壊させるような赫怒がぶちまけられる。彼らの憤怒は視界に広がる荒野を闇に包む。素晴らしい。俺の意識の欠片すら残してくれなさそうだ。


「ですが、彼は、ダニエルはアフロアメリカンです」


 俺の言葉は彼らの心に届いたか?


「彼は、アフロアメリカン、です」


 一言、一言。宝石を扱うかのようにゆっくりと発音した。


「先祖は奴隷船に詰め込まれ、奴隷として軽蔑され、虐げられ、辱められてきたアフロアメリカンです」


 怒りに燃えている目に、意識が戻ってきているようだ。


「彼らアフロアメリカンへの侮蔑は今をもって残っています。彼らアフロアメリカンは今だに機会を与えられず、格差のドン底に押込められています。彼らの先祖と同じように、奴隷のような境遇を甘んじさせられている。彼もまたファックされているのです。誰にでしょう? ご存知でしょう? 白人どもです」

 俺の発言に彼らの感情が混乱し始めた。怒りを収めかねながら、困惑した頭で記憶を引きずり回している。


「思い出して下さい」


 静かな湖面に水滴を落とすかのように、波紋が広がってゆく。


「あなた達が武器を買っている相手は誰ですか?」


 舌を伸ばして彼らの脳を犯す。最高の気分だ。


「そのアメリカとその仲間である欧州の国から買っているのは誰ですか? あなた達をファックして、レイプし続けている国の企業。そいつを儲けさせてどうするんですか? 我々は中国の武器を売る。白人の国家ではない。有色人種の武器ですよ?」

 相手は怒りの感情を吹き飛ばし、居場所までも吹き飛ばしたようだ。貯水槽に落下した爆弾よりもショッキングだったろう。顔色まで失っていた。

 それはそうだろう。イスラームの誇りを高らかに詠うのなら、それがかえって仇になる。怒りをぶつける先。それをそっと変えてやる。怒りの大きさが返って彼らの居場所を失くしてしまう。


「思い出して下さい。あなた達の国の名前を。アフガニスタン。あのアフガーニーの名前を受け継いだ国ですよ?当時、植民地であったイスラームの民に自立を教えた、アフガーニーの名前を受け継いだ国家ですよ? その誇りを汚す? とんでもない。私達はイスラームを理解しています。あなたが今武器を買っている相手はそれを理解していますか?」


 沈黙した荒野。


「さあ、私達と契約を」

【Supplement】

 物語中での設定や背景の説明。


【アザーン:動画:グロ無し】

 礼拝を行う前、呼びかけを行う際に、このような呼びかけが行われる。

 イスラームでは日に五回、サラートと呼ばれる礼拝を行うが、

 その前にスピーカーから流されたりする。

 VR上でのサラートはそこに存在するムスリムの時間帯に合わせて行われるが、

 ここで行われたのは、交渉に現れる主人公がどのような態度を取るのか見ていた。

 余談になるが、モスクは土足厳禁。VR上では靴という概念がないので、

 ここでは靴を脱ぐなどはしていない。

 http://www.youtube.com/watch?v=8b_36lGAvoo


【トライバルエリア】

 パキスタン国内北西部のアフガニスタン国境地帯。無法地帯のようになっている。

 アル・カイーダ。ターリバーンが潜伏していると言われているのが、この辺り。


・トライバルエリアの位置:Google Map

https://maps.google.co.jp/maps?q=Federally+Administered+Tribal+Areas&hl=ja&ie=UTF8&ll=32.42634,71.378174&spn=5.822172,10.821533&sll=35.626047,71.801147&sspn=2.25924,4.866943&brcurrent=3,0x0:0x0,0&hnear=%E3%83%91%E3%82%AD%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%B3+%E9%80%A3%E9%82%A6%E7%9B%B4%E8%BD%84%E9%83%A8%E6%97%8F%E5%9C%B0%E5%9F%9F&t=m&z=7


・トライバルエリア辺りの風景:Google Map

https://maps.google.co.jp/maps?q=32.42634,71.378174&hl=ja&ie=UTF8&ll=34.110525,71.109867&spn=5.420456,10.821533&sll=32.42634,71.378174&sspn=5.822172,10.821533&brcurrent=3,0x0:0x0,0&hnear=%E3%83%91%E3%82%AD%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%B3+%E9%80%A3%E9%82%A6%E7%9B%B4%E8%BD%84%E9%83%A8%E6%97%8F%E5%9C%B0%E5%9F%9F&t=m&z=7&layer=c&cbll=34.110525,71.109867&cbp=12,0,,0,0&photoid=po-5919716


・トライバルエリアの撮影した動画(グロ無。音量注意!クラクションからスタート)

 街から街への風景など

http://www.pbs.org/wgbh/pages/frontline/taliban/view/tribal.html?&c=3qt


【ターリバーン】

 主人公の言うように、アフガニスタンはパキスタン統合情報局とアメリカの支援を受けており、

それによってアフガニスタン紛争を収めている。しかし、反アメリカ色が強くなってきた為に、

女性問題を表に立てて非難を始めた。(ただし、ターリバーン自身が、

理想主義的なイスラーム回帰を求め過ぎたという問題はある。民衆の非難もあったのは事実)

 以下はアフガニスタンがいかに混迷を極めているかの記事。


http://www1a.biglobe.ne.jp/index/review/r_2011kunousurupakistan.html

http://ja.wikipedia.org/wiki/ターリバーン

http://www.tkfd.or.jp/eurasia/india/report.php?id=274

http://www.geocities.jp/simanoke/part4.html


(個人的な見解:この妥当性は個人に依存するので注意)

基本的に、中東のイスラーム国家はモザイク国家と言われる程の他民族国家である。

自分の言うなりになる政権を打ち立てる為に、特定の部族を後押しするという米国、欧州の姿勢は

この物語でも継承されている。


イスラーム諸国が法体系にイスラームを使うのは意味がある。

価値観の異なる複数民族を統合にするには、イスラームを基盤にした価値観の統一を計るより

方法がない。教育施設も不十分な状態であるが、コーランを学ぶのは、ムスリムの義務である。


現在のイスラーム諸国の状態がイメージしにくいので、現代社会において、日本で例えるならば、

欧米諸国に決められた枠組みによって、日本が中国に併合されたと仮定する。

その状態で中国漢民族だけが優遇される政権が樹立され、日本人が一方的に迫害されている状態。

そして、その政権は米国によって、支持されており、自治を求めて、武力蜂起した集団を鎮圧する

為に、日本人一般人住宅地に誤爆されたりするような状態。

そして、自治を求める集団には、武器商人が武器を売りにくる。彼らの目的は金であり、

テロが発生するのは理由がある。


【ザクロの花】

http://mari.cocolog-nifty.com/mari/2007/06/post_d1b6.html


【アフガーニー】

 元々、経済植民地と化していた中東に、イスラームを通じて団結を呼びかけた人物。

 提示された権力や金を受け取らず、イスラーム主権を訴えた。

http://ja.wikipedia.org/wiki/ジャマールッディーン・アフガーニー


【ハーバード流交渉術】

 主人公が行ったのは、客観的な基準を主張すると言う点。

 議論点を値段交渉ではなく、民族問題にすり替え、意思決定を促させたという事を行っている。

 そうする事で、両者の利益になるような選択肢を提示した。(win-win解決策提示)

 それは価格ではなく、民族感情的に利益になるという形に誘導している。

 また、アメリカ人の代表者であるダニエルに非難を集中させ、

 その後にアフロアメリカンという言葉で、

 問題をダニエルからアメリカ・欧州に問題を切り替えている。

 ちなみに欧米は白人の国とは言えない。主人公は誤誘導をさせている。


http://daiquiri16.exblog.jp/12272573


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