12. Connected USA
「なんだよコレ」
ダニエルが呻くように言った。どうやら衝撃だったようだ。分厚い唇が呆けたように開いている。端から涎が溢れてきそうだ。
俺は自分のPCを立ち上げながら応える。
「ルーキー。とにかく今取ったデータを俺のVRアドレスに送れ」
「アドレス寄越せよ」
吐き捨てるように彼は言う。視線を合わせようともしない。彼には様々な武器商のデータベースを探らせたが、どこに販売しているか結果は出てこない。当たり前だ。ハッカーごときがノックして、販売実績や顧客情報が出てくるようなら、そいつはもう死んでいる。
携帯から俺のVRアドレス送信してやると、ダニエルは拗ねたようにキーボードを叩き始めた。ダニエルがディスプレーを睨みつけている。
「ヘイ、ルーキー、ショックを受けてんのか?」
「うるせえよ。お前らよってたかって黒人を食い物にしやがって」
アフリカへの武器流通の影を見たぐらいで大袈裟だ。俺が知っているのはごく僅かだ。
「知るか。それがビジネスだ」
PCは立ち上がったのを確認し、VRデバイスの動作確認をする。問題はないようだ。椅子にもたれると、ダニエルと肩が並んだ。
「お前ら最低だ。人の命を売り買いしてんだよ」
リウの人選に舌打ちしたい気分だ。どういうつもりで、こんな小僧を連れ込んだ?
ポケットから脳内物質促進剤を取り出し口に含んだ。いつもよりも苦い味がした。
「いいか。ダニエル。お前が片足つっこんだ所は、ビジネスの最前線だ。アダム・スミスが言った経済人というのが俺達で、市場原理が俺達のドグマだ」
自己の利得を最大化する行動を取る。実に簡単な論理だ。他の事なんか知った事じゃない。数字、数字。全てはそれだ。数字が出せないなら早く死ね。
「もう一度言うぞ、お前らは最低だ」
ダニエルは俺を指差し、一言一言を区切って言った。
彼のアクションでキーボードが床に転がり落ち、安っぽい音がした。
「光栄だよ。ダニエル。これから俺はダイブする。さっき教えた奴の会社を探っておいてくれ。社員名簿、人事情報、給与情報なんでも良い。とにかく個人を特定したい」
「わかったよ」
ダニエルは渋々了承する。ハッカーが社会の仕組みに知悉している訳じゃない。ダニエルも同じ。俺のバックアップがあって始めて機能が発揮できる。通常ルートでアクセスできるなら、武器販売など一発で社会問題になる。
ダニエルの腕は確かだ。これまで北朝鮮のハッカーを使っていたが、そいつらよりも腕が良い。センスがあるとでも言うのだろう。何度か感嘆の声をあげかけた。
これからアメリカビジネスマンの所で会談をする予定だ。VR上では彼の個人情報までは漁れない。ダニエルを利用する。会社運営はVRで行われてはいないからだ。
前回の取引でビジネスマンは会社のデータベースで俺の名前を調べたと言った。おそらく、社内イントラネットで、そのデータベースとやらが、管理されているのだろう。そいつをダニエルに襲わせる。出てきた情報を交差させると個人を特定できるはずだ。
あいつが何をして汚れた金を手に入れているのか知りたい。
今回のダイブは、ダニエルにはビジネスマンに商売敵の情報を売ってもらう為だと説明している。実際はビジネスマンのマネーロンダリングで使用する取引口座の変更依頼だ。
現在の俺の口座はリウに押さえられており、入出金の履歴まで取られている。ビジネスマンとの取引を隠したい。全ての取引を取引実績のない口座に移動させるのだ。
会談スペースの背景はアカプルコの夜景。リゾート地の落ち着いた空気が皮膚を柔らかく刺激する。
俺の申し出は直ぐに受け付けられた。日本のテロと関係があると言えば、彼は即座に理解を示した。
そして、何気なく商売敵の事を聞いたら、ローデシア商会の取引情報を渡すから、潰してくれと言ってきた。販売強化週間にでも入ったのだろうか? 言葉に力が入っている。
「なるほど、ビジネスマン。ローデシア商会の今度の取引を潰して欲しいのか」
「そうだ」
リゾートテーブルに両肘をついて彼は言った。静かなロウソクの光に彼の顔が浮かんで見えた。正直、男と会話をするのに、この雰囲気は不要だ。女を口説くなら悪くないのだろうが、血なまぐさい俺が座るには上品過ぎる。
「ウガンダ辺りでぶちまけさせる。俺とお前でそのシェアを食う。それで良いな?」
「できるのか、シナガワ? それならローデシア商会はウガンダを始め、コンゴ、ルワンダやブルンジの商売を失う事になる」
満足そうにビジネスマンは笑った。瞳が欲望に煽られ笑っている。腐肉の味を覚えたハイエナは、自分以外の全てが貪るべきものだ。信用だろうが、信頼だろうが、何でも喰らう。それが自分を滅ぼす事になったとしても。
「オーケー、ビジネスマン。それで行こう」
ローデシア商会の今回の取引はこのようになっているらしい。
ロシアの払い下げ品のアントノフ12を使うのだそうだ。
それはキプロスの航空会社の所有物でペーパーカンパニーを通じて書類上墜落させられた。墜落したはずの航空機はイギリスの会社を通じて再登録が行われている。その会社は規制の緩い国を見つけて登録してくれるらしい。航空機の所有者はアンゴラの航空会社。フライトプランはコンゴにあるペーパーカンパニーから提出されている。
販売先が反政府組織である為、ウガンダには兵器を持って行けない。だから、まずはアフリカに持って行く為に、リベリアで武器販売に必要になる最終使用者証明書を発行。
そして、ペーパーカンパニーで架空の商取引を発生させ、リベリア、ウガンダ間のフライトプランを提出する。
フライトの内容としてはリベリアからウガンダに水を貯蓄する為のタンクを納品する為だ。だが、実際のフライトでは水のタンクはなく、リベリアで降ろされているはずの兵器が積まれている。
「ローデシア商会はリベリアにペーパーカンパニーを設立している。そこからの販路は全て頂きだ。ウガンダで武器輸出が明るみになると、それらの市場は全部私達のものだ」
鼻をならして、ビジネスマンはほくそ笑む。天に向かって跳ねるカエルのような顔をしていた。
「ビジネスマン。お前の名前は何だ?」
「ロバートで良いよ」
「ロバート、君の英語は速い。生粋のニューヨーカーなのか?」
「そう見えるかい?」
嬉しそうにするロバート。田舎者が無理をしてニューヨーカーぶる場合も多い。どうとったら良いものか?
「昔は良くハイディと言われたもんだよ」
俺とロバートは笑いながら握手を交わした。
【Supplement】
物語中での設定や背景の説明。
【アフリカへの武器輸出について】
アフリカの紛争や戦争というのは、武器販売によって過激化してしまっている。
豊富な地下資源を換金できる仕組みを作り、それに武器商人を始めとする企業が飛びついて、金を貪っているという構図。物語でもその構図は継承されている。
武器商人による武器搬送の経路は法の網目を潜って形成されている。
以下のURLは実際に摘発されたケースで、もっと入り組んだものになっている。
(日本語の資料がなかったので英語資料)
・武器輸出でブルガリアが噛んだケース。
http://www.hrw.org/reports/1999/bulgaria/Bulga994-05.htm
・ルーマニア。
https://www.crji.org/articles.php?id=4124
【最終使用者証明書】
武器商人が武器を送るにも、合法的に送るのであれば
最終使用者証明書なるものが必要になる。
多くの場合、送ってもらう側の政府が発行するが、
ブラックマーケットでも流通している。また、官僚を買収しても簡単に手に入る。
物語中の世界もそれを継承している。欧州などは未だにソブリン危機のダメージから
抜け出せておらず、武器輸出を規制する気もない。兵器産業はライセンス生産を通じて、
国外で製造。国内法の囲みをやぶって、兵器を輸出している。
・最終使用者証明書についての記事。(ブログ)
http://www014.upp.so-net.ne.jp/TAcorp/Sa-So.htm
・映画のロードオブウォーが戦争商人の内容らしい。美化されている可能性有り。
説明にあるように他国の官僚を買収する事で手に入れられる。(ブログ記事)
http://blog.excite.co.jp/lordofwar/2842525/
【北朝鮮のハッカー達】
物語中で主人公が使っていたというハッカーがこの連中。
この舞台では北朝鮮は相変わらず経済が貧困化しており、中国の支配が進んでいる所。
利権が失われる事、経済による実質植民地化を危惧、軍は国民感情を煽っている。
その反面、国外に逃げようとしている関係者もおり、
ハッカー部隊はそういった連中の外貨を稼ぐ為に労働力を派遣させられている。
下のURLは北朝鮮にそんなハッカー軍団がいるという記事。
(ブログ:リンク先の記事は削除済み)
http://5zaru.com/file/1260
【アカプルコの情景】
・アカプルコの場所:Google Map
https://maps.google.co.jp/?ll=16.838719,-99.876709&spn=0.599368,1.056747&t=m&z=11&brcurrent=3,0x0:0x0,1
・アカプルコの夜景
http://ja.travel-pictures.russian-women.net/旅行·写真/画像-アカプルコビーチメキシコ-写真を見る·ツーリズム-ja-hh_p20.shtml
【VRについて】
脳にチップを埋め込む訳なので、誰もができる訳ではない。
その為、企業活動全てがVR上で行われる事は、新興企業で無い限り余りない。
ロバートのいる企業もそう言う理由。
ただ、チップを埋める行為は日本では健康保険対象になっている。
アメリカでも同様。
精神医療でも使われており、仮想空間での体験が精神医療に役立つと言う
訳のわからないレポートが発行されていたりする。
現在の精神医療の薬業界と同じ事をVR運営機関が行っている。
つまり、巨額な宣伝費の投下でトレンドを作ってしまい、
その上で、既存の医師会、薬業界と提携、世論を演出している。
仮想空間の出現で個人主義は益々加速し、気のあった者だけで形成された
細分化されたコミュニティーは社会的発言を持ち得ていない。
ネットは社会的合意を得る為のツールに成り得ていない状況。
その為、巨大資本による政治の寡占化がますます進み、
それが個人を仮想現実空間に走らせるという悪循環が発生している。




