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Sympathy For The Devil  作者: 赤穂 雄哉
Stage Delhi
11/31

11. Nehru Place in New Delhi

挿絵(By みてみん)

「シナガワ。お前の名前は呼びにくい」

「俺が知るか」


 俺の隣はアフロアメリカンのティーンエイジャー。挑戦的な目で俺を見ている。髪は丸刈りにしており、まるで新兵のようだ。白目は青みを帯びているかと思える程の白さ。澄んだ瞳には世の中の厳しさは刻まれていないようだ。

「お前は…」

「ダニエルだ」


 俺と話をするのも嫌そうだ。ネルー・プレイス。デリーの秋葉原を呼ばれている場所で、PC用品が揃えられている。そこには公団住宅のような建物が立ち並び、多くの窓から原色の看板がぶら下げられている。通りには人が満ちており、日本人と黒人の組み合わせは珍しいらしく、チラチラとこちらを見られる。

 女性が着るサリーと看板のデーヴァナーガリー文字を見ていると、改めてインドに来ているんだという事を感じた。

 ダニエルは目を泳がせている。海外慣れしていないのだろう。素振りに緊張が浮き出ている。裏道に入れば五秒後に襲われるだろう。


「こんな若造とチームか。笑わせるぜ」

 俺が吐き捨てるように言うと、ダニエルが突っかかってくる。まだ血の気が多い年齢のようだ。

「うるせえよ。お前もティーンだろうが?」

「はっ、冗談だろ? もうすぐ三十だよ。まあ良い。このビルの五階だ」

 俺の知り合いの店に行く事になっている。建物の入り口ホールを抜け階段に入った。そこには色のセロハンが巻き付けられた蛍光灯が明かりを放っている。店からかかってくるインド歌謡曲は、ポップスと言いながら、節々にインドのアクセントとメロディーが巣食っていた。体にまとわりついてきそうな音楽だ。

 このビルは個人経営のPCパーツ販売店が多く入っている。各階には廊下が伸びており、いくつかの店が軒を連ねて電子部品やらを売っている。階段は狭く、通り抜ける時にはお互いが横にならないといけない。基盤の焼ける臭いが店から漂ってきた。胸くそが悪くなるが、ダニエルはそうでもないようだ。店の入り口を見る度に中を覗き込んでいる。


「おい、ダニエル。仕事だ。仕事」

「うるせえよ。俺に指図すんな」

 名残惜しそうな顔をしているダニエルはまだ子供だ。凄腕のハッカーだそうだが、怪しいものだ。油断が体中から溢れている。



 俺名義の口座の三割がリウにバレていた。入金、出金、残高。笑えてくる程パーフェクトだった。それをやったのがダニエルらしい。電子の網目をくぐり抜け、人目から隠してきた取引を、上から見つけて掬い上げるとは大したものだ。称賛に値する。本気で人を殺したいと思ったのは久しぶりだ。


 ただ、シナガワ、ソンマイ名義のものしか辿られていない。それ以外については、彼らが得意そうに見せた、俺の口座リストには載っていなかった。俺がロストナンバーズの機能を使って、別人に成り済ましてVR上で開いた口座。そこまでは、まだ手が伸びていないらしい。俺がロストナンバーズの所有者である事はわかっていない可能性がある。俺の事を単なるマネーロンダリング屋だと思っているのかも知れない。


 リウが俺と他の三人に命じたのはこれだ。俺とダニエル。アジア女とインド人。二組に別れろ。そして、俺とダニエルには武器商人の販路を洗えと命じられている。他のチームは知らない。

 ダニエルはこの手のビジネスには関わった事がない。当然だろう。まだ子供だ。そこで俺がガイドしてやるというシナリオだそうだ。成功報酬は出来高給らしいが、思う程でなければ、怠業してやれば良い。モチベーションとは買うものだ。


 俺とダニエルは五階に着いた。目的の部屋に看板がかけられている。バナルジ商会とゴシック体の文字が金色でかかれているが、とってつけたような塗装は剥げている。扉には鍵がいくつも付けられおり、家主の病的なまでの警戒心に苦笑してしまう。


 ノックをすると鉄板の無様な音が踊り場に響き渡った。

「ヘイ、アジズ。シナガワだ」

「カメラの方に顔を向けろ」

 インターホンから声が出てきた。踊り場の斜め上に防犯カメラが取り付けられている。カメラの方を向いて、笑いながら中指を立ててやった。

 しばらくすると、ドアが開いた。開かれた隙間からはドアチェーンが七つもかかっているのが見えた。この前より一つ増えているようだ。この男の年齢は五十辺り、伸ばされたあごひげが随分と白くなっている。

「ナマステ。俺だ。シナガワだ」

 アジズは眉間に皺を寄せている。久しぶりの対面の感動が台無しだ。もっとも、彼が喜んだ所で、俺は嬉しくはならないが。


「こいつは誰だ? この黒人?」

「ああ、こいつか。今回、一緒に仕事するんだ。ミスターPC。ハッカーだよ。このボケ、俺の口座をファックしやがった。殺してやりたいぜ」

「おい、ここで殺したりすんなよ」

 俺とアジズの会話を聞いてか、ダニエルは顔を引きつらせている。さっきまでの威勢はどこに飛んでいったのやら、アジズに頭を下げていた。余りの負け犬臭さに笑ってしまった。


「入れ」

「アジズ、お前らインド人は鍵に固執し過ぎだ。特にお前は偏執的だ。セキュリティーマニアだ。お前が死んだら棺桶まで鍵を付けるんだろうな」

「うるさい」

 部屋に入ると相変わらず混沌とした部屋だった。天井は高く設計されているが、余計なモノが多過ぎる。アジズはモノに支配されている。もはやモノの所有物だ。

 青色の肌をした神シヴァの絵があちらこちらに飾られており、奥には神棚がある。そこには枯れて茶色になっている花輪がかけられていた。


「アジズ。VR端末とネット環境を借りるぜ?」

「ああ、いつも通り。金は前払いで払え。延長する時は後清算、だな?」

「そうだ。じゃあ、奥の部屋に行くぜ」

 金を掴ませると、アジズは追い払うように手を払う。まるで犬のような扱いだ。彼の店では回線を売っている。この部屋の回線はあるプロバイダーを経由してネットに接続するのだが、そこのプロバイダーは活動記録であるログを消してくれる。ネットは匿名性はあっても、ログを追う事で基本的にはどの端末で行ったかは割り出せる。このログをプロバイダーが消す事で、何をしても追ってこられなくなる。


「なんだよ。ログを消すだけかよ?」

「まあな」

 呆れたような顔をしているダニエル。彼は身を乗り出してきた。さっきまで周りを不安そうに見回していたが、自分の得意分野の話となると別のようだ。表情が蘇っている。

「シナガワ。今度から俺に言えよ。俺だったらどうにでもしてやるよ」

「どうやるんだ?」

「東欧諸国やロシアの国にあるサーバーを使うんだよ。あそこはサイバー犯罪者の巣窟だからな」

「ただ借りか。後が面倒だろ?」

「いいや、俺達が企業のサーバーに侵入した際に、音楽やら映画を盗んだりしたものを、渡してやるだけで良いんだ。つまり俺達の娯楽のカスが交換条件なんだ。あいつら涙を流して喜ぶぜ」


 なるほど、俺が知らない世界もあるようだ。鼻が高くなっているダニエル。生意気だが利用価値はありそうだ。

 ただ、ダニエルは良いように利用されているだけだろう。彼らが渡しているデータは金になる。データから海賊版CDやDVD。それに業務用ソフトのコピー品が作られ、世界に流通しているのだろう。

「よし、簡単にこれからの計画を示す。一度しか言わないから良く理解しろ」

 ダニエルが薄笑いを浮かべて、俺を見下ろしている。もう、自分がどこに居るか忘れてしまったらしい。

 後で恐怖を植え付けてやるか。微笑みを返しながら、俺はレクチャーを開始した。

【Supplement】

 物語中での設定や背景の説明。


【ネルー・プレース】


・ネルー・プレースの位置:Google Map

https://maps.google.co.jp/?ll=28.550035,77.253907&spn=0.017114,0.033023&t=m&z=16&brcurrent=3,0x0:0x0,1

・ネルー・プレースの風景:Google Map

https://maps.google.co.jp/?ll=28.548009,77.25143&spn=0.004279,0.008256&t=m&z=18&brcurrent=3,0x0:0x0,1&layer=c&cbll=28.548009,77.25143&cbp=12,0,,0,0&photoid=po-68361459


https://maps.google.co.jp/?ll=28.548009,77.25143&spn=0.004279,0.008256&t=m&z=18&brcurrent=3,0x0:0x0,1&layer=c&cbll=28.548009,77.25143&cbp=12,0,,0,0&photoid=po-68361459


・ネルー・プレース周辺の動画:グロ無し

http://www.youtube.com/watch?v=u5AgO2FY0Ic



【サイバー犯罪関連のニュースや記事】


現代社会でもそうだが、各国の足並みが揃っていない事もあり、

物語中でも、サイバー犯罪はセキュリティーが低い所を経由して行われる事が多い。

セキュリティーの甘さが、国にとって利益をもたらすという、タックス・ヘイブンと同じ構造になってしまっている。

この舞台では特に東欧、旧ソビエト連邦諸国を中心にしてサイバー犯罪が盛んに行われている。

理由としては、東欧、旧ソビエト連邦諸国には生産などを行う際に必要とされる

道路、電気、ガスなどの社会インフラ普及率が西側諸国に比べて著しく低く、

収益を上げる産業が育ちにくい為。そして、教育水準が非常に高いのだが、給与水準が低く、

雇用率も悪い。その為、サイバー犯罪を行う人が増える事になってしまっている。

また、国家としても、アンダーグラウンド経済によって、経済が回るという状態になっており、

政府としても取り締まれない状態になっている。

自由経済になって金とモノは移動する事は容易だが、人はそうではない。

国家にとって、社会福祉、国民所得、雇用維持は、国際的な道義よりも優先される。

故に資本主義に対応する為に、倫理を売り物にせざるを得ないという事を現している。



・ロシア、東欧諸国からのサイバー攻撃が増えているという記事

 サイバー犯罪にはハッカー、サイバー犯罪集団、国家によるものに大別される。

 サイバー犯罪集団の場合、ロシア、東欧を中心としたもので、

 利益追従型に分類される。

http://www.nikkei.com/article/DGXNASFK09024_Z01C11A1000000/


【ロシアのサイバー犯罪グループについて】

 電子犯罪組織についての記載

 詳細はこのページにあるリンクから見られる。

http://ja.wikipedia.org/wiki/ロシアン・ビジネス・ネットワーク


【知的財産がサイバー犯罪者の中では通貨として扱われている事についての記事】

 情報は金であり、それは知的財産も含まれるという事。

http://www.computerworld.jp/topics/563/191129



【FBIも国際的ネット犯罪についての捜査態勢を強化しているという記事】

 (リンク先にセキュリティーに関するブログに繋がっている)

 サイバー犯罪捜査官をエストニア、ウクライナ、オランダに派遣したという記事

 FBIは米国の国内犯罪を対象としているが、

 インターネットでは国境を簡単に超えられる為、捜査官を送る必要が出てきている。


 個人の見方ではあるが、注意点として、国家主権はその国にあり、いかにFBIだったとしても、

 それを犯す事はできない。国家間でお互いに害であるとされた場合は、

 捜査情報を交換される事があっても、相反すれば、その限りではない。

 

http://www.computerworld.jp/topics/563/176089



【ヨーロッパ諸国のサイバー犯罪の取り組みについての概要記事】

 (詳細はページ内にあるリンクで辿る事ができる)

 ヨーロッパでサイバー犯罪に対して、どのように取り組んでいるかという記事。

 

http://www.icr.co.jp/newsletter/global_perspective/2012/Gpre201283.html


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