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Sympathy For The Devil  作者: 赤穂 雄哉
Stage Delhi
10/31

10. Connaught Place in New Dehil

挿絵(By みてみん)

「まるで地球のゴミ箱ね」

「ああ、そうだ。地上を這いずり回る、生きとし生けるものは全てゴミだ」


 ニューデリー駅周辺は相変わらずの混乱ぶりだった。トゥクトゥクやリキシャーと言われる三輪自転車のタクシーが俺達を客にしようと大声を出している。重なり合うそれらは熱気に蒸されて、怒濤のような騒音になる。絶え間なく鳴らされるクラクションが頭に響く。

「エイ、ジャパニー。安い。安い。ノー高くない」

「エイエイエイ。あなた乗っていきなさい。乗っていきなさい。私安いです」

 目は閉じる事で視界を遮る事ができるが、耳と鼻はそうもいかない。俺の他にリウ、黒服の護衛二人。コンノートプレースに向かっている。粗悪な材質であろう歩道は、歩けばゴミが絡まりつくようだ。踏みしめる度に靴底に砂の感触がする。

 

 通りに牛が当たり前のように座っていた。路上にはゴミがぶちまけられ、蠅が飛び回っている。インドの混沌ぶりは相変わらずのようだ。露天で揚げているサモサの油の臭いがまとわりつく。露天にぶら下がっているラジオからインド音楽が流れている。甲高い女の歌声は絶命間際のヤギの悲鳴のようだ。


 目の前では携帯電話で忙しく会話しているビジネスマンが歩いていた。座り込んでいるオレンジ色の布を着た聖者と思わしき浮浪者を遠ざけるように大声で話している。聖者の眉間にある赤い印はぼやけていた。白いヒゲと髪を伸ばし邦題で、歯の無くなった口を開いて文句を言っているようだ。空気の抜けた呪詛が彼の到達した悟りらしい。



「ここだな」

「そのようね」

 リウは軽やかに言った。まるで羽毛のようだ。白い陶器のような顔の上には、汗一つ浮かべていない。

 コンノートプレースはロータリーに沿って作られた建物群だ。その外には濃い緑の葉を生やした樹木がねじくれ伸びている。汚染された大気の向こうを見れば、ばい煙の向こうに世界が揺れている。思いついたかのように近代的なビル群がそびえ立っていた。



 モーリシャス共和国の居住者がインドに会社を設立した場合、インドであげた売上げの収益は無税になる。そこでここに拠点を作った。架空の商取引を発生させ、金を洗浄する為だ。

 海外からのインド投資熱は高まるばかりだ。開始されたデリー・ムンバイ間産業大動脈構想でインドばかりか、外資が血眼になって金をぶち込んでいる。大きな金が動くなら、そこに紛れさせてしまえば、金の洗浄など雑作もない。

 インドなど中小業者の労働者などは、銀行のATMで金を下ろしたりしない。手渡しだ。そんな中小業者に食い込んで、僅かな利ざやを示してやるだけで、奴らは簡単に洗浄をしてくれる。



「ヘイ、ビッグボス。

 あんた考えてみろ、大企業の連中を?

 あいつらたった一ヶ月であんたの三年分の給料を懐に入れているんだ。あいつらは良いよ。テレビに洗濯機に冷蔵庫。何でもある。何でもだ。想像してみろよ?


 大きな広間にはシャンデリア。カーペットの毛足は深く、くるぶしまで埋まってしまいそうだ。絵画はかけられ、賑やかなビデオゲームで家族団らん。毎日が楽しいだろうな。テーブルに座って洋風の食事。子供も高等教育を受け、毎日輝かしい笑顔で笑っている。彼らはその微笑みで輝かしい未来を得る。きっと明日も楽しい日になるぞ。そう思っているに違いない。


 それに比べてお前はどうだ?

 小さなバラックに家族を押し込め、屋根からは哀れな電球がぶら下がっているだけ。禿げたカーペットに汚いケツを並べて座って、また食い飽きた野菜カレーだ。糞みたいな食事だ。汚れた壁に割れた窓。雨になれば雨漏りだ。ガキは泣き喚き、テストの結果をお前に見せてはお前を失望させる。ドン底だな。最低だ。最悪だ。お前のガキも同じだ。お前と同じ一生を送るんだ。こんな小汚い事務所で大企業の連中を見上げながら過ごすんだ。お前はガキが可愛くないのか?そんな境遇に追いやる自分を酷い奴だとは思わないのか?


 ヘイ、ビッグボス。

 選びなよ。俺はお前に選択肢を提示している。

 お前は今、人生の分岐点に立っている。どっちを選ぶ?

 俺はお前に金を与えるが、正義はお前に金を与えないぜ?」

 

 格差ほど俺にとって居心地の良い場所は無い。



 コンノートプレースではニューデリー駅の景色と違い、小綺麗そうな白い建物が並んでいるように見える。しかし、近づいてみると、崩れかけの縁石に剥がれた壁。排気ガスにたたずむ薄汚れた姿はさながら死にかけの野良犬のようだ。

 建物の間にある階段を上がる。コンクリートの屋根は低く、護衛二人は頭をしゃがめて付いてきた。蛍光灯がちらついている。街の喧噪が外から流れ込むが、ここの空気は停滞していた。空気は乾いてカビの臭いはしないものの、何か根本的なものが腐っている。


 二階の事務所に明かりが灯っている。誰だ?

 賃貸契約をしたのは、三日程前でVR上で行った。買い上げた居住者証明書と預金残高証明書を提出し、既に契約は締結している。しかし、その業者が部屋を改修しているなどありえない。ドアのノブまで盗んでいく連中だ。

「これから数百万ドルがここを経由する事になるとは誰も思わないでしょうね」

 後ろからリウが言う。緊張感も何も無い。

「誰か居る。護衛に行かせよう」

 不審者がいるのなら、護衛に行かせるべきだ。わざわざ危険な真似をする必要はない。

「あらあら、シナガワさん。どうしたの怖いのかしら?」

 挑発的な言葉に舌打ちをすると、リウが階段の後ろから俺を追い抜いた。尻を蹴飛ばしてやりたい衝動が俺のこめかみをけりつける。

 ドアの前にリウが立つ。

 踊り場に立った彼女は魔女のようだ。狂った世界の中で、全てを貪り尽くす魔女のようだった。紅い口紅の光沢が血吸い蛭のように見えた。


「シナガワ。これから仲間を紹介するわ」

「何だと? 笑わすな。俺は誰とも馴れ合わない。お前の妄想に俺を巻き込むな」

 振り返ったリウは踊り場から俺を見下ろしている。毒づく俺に顔色一つ変えない。唇に笑いをたたえたかと思うと、彼女はドアを開いた。

 部屋の奥には三人の人間が潰れたソファーに座っている。壊れたオモチャの人形のような連中だ。誰もが満足していない。誰もが腐っている。誰もが死にかけている。

 俺を嵌めたビッチはほざいた。


「これから世界に憎悪を売るわよ」

【Supplement】

 物語中での設定や背景の説明。


【ニューデリー】

https://maps.google.co.jp/?ll=28.641937,77.218587&spn=0.017175,0.033023&t=m&z=16&brcurrent=3,0x0:0x0,1


[ニューデリー駅]

https://maps.google.co.jp/?ll=28.641937,77.218587&spn=0.017175,0.033023&t=m&z=16&brcurrent=3,0x0:0x0,1&layer=c&cbll=28.641937,77.218587&cbp=12,0,,0,0&photoid=po-41856086


・ニューデリー駅:動画:グロ無し

http://www.youtube.com/watch?v=8GnBhT-v-Ns


・ニューデリー駅周辺の交通状態など:早送り:グロ無し

http://www.youtube.com/watch?v=0-wPBNvhUBQ


・ニューデリー駅周辺の風景写真:Google Map

https://maps.google.co.jp/?ll=28.641937,77.218587&spn=0.017175,0.033023&t=m&z=16&brcurrent=3,0x0:0x0,1&layer=c&cbll=28.641937,77.218587&cbp=12,0,,0,0&photoid=po-49098168


・コンノートプレース周辺の風景写真:Google Map

https://maps.google.co.jp/?ll=28.635115,77.221372&spn=0.008588,0.016512&t=m&z=17&brcurrent=3,0x0:0x0,1&layer=c&cbll=28.635115,77.221372&cbp=12,0,,0,0&photoid=po-70244275


・コンノートプレース周辺道路の動画:グロ無し

http://www.youtube.com/watch?v=q-jIz3-kyw4



【サモサ】

 軽食みたいな位置づけの食べ物。

 油が合わない人の場合、大変な事になる場合がある。

http://ja.wikipedia.org/wiki/サモサ


【モーリシャス出資だった場合、インド側の会社が無税になるという記事】

・インドが定めている税法上でこのようになる。

 どの国も企業も同じ税金が適応されている訳ではなく、NRIと呼ばれる非居住インド人を

 優遇する為にこのような事になっている。


http://akkord.com/blog/index.php?itemid=143


【物語中で出てくるデリー・ムンバイ間産業大動脈構想。物語中では稼働中としている】

 デリーとムンバイ(ボンベイ)間にある交通インフラを構築するというプロジェクト。

 ファンドも作られ、外貨や外資の受け入れは積極的に行われている。

http://blogs.itmedia.co.jp/serial/2011/02/post-4925.html

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