01. Connected Japan
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ありがとうございます
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Are you fuckable ?
俺から言わせると、全ての人間はfuckableだ。
「何を言っているんだ、シュバルツ。実質、君がナンバーワンプレーヤーだ」
日本で加入数最大を誇るオンラインRPGアーカーシャ・クロニクル。俺の目の前にいる彼。シュバルツはその中で三番目の勢力を誇るギルドのマスターだ。アーカーシャ・クロニクル内では、ローヤル・ハウンド、黒の急先鋒などと二つ名で呼ばれている。
アーカーシャ・クロニクルなどを始めとするゲーム空間は、VRと呼ばれるインターネット上に構築された仮想現実世界と接続されている。
VR内、ゲーム世界内を流通するウェブマネー、アカウントの個人認証を含むインフラ部分をVR運営企業が担当し、その上にゲーム世界やビジネス空間が構築されている。
今、シュバルツと話をしているのは、アーカーシャ・クロニクル内のチャット・スペース。脳には10m四方の幾何学的な模様で埋められた部屋が投影されている。足の無いテーブルと長椅子が宙に浮かんでおり、俺とシュバルツは向かい合わせで座っている。
彼のアバターはギルドメンバーのイラストレーターが描いたものらしい。涼しい目、引き締められた口に鋭い輪郭。それは黒い甲冑に浮き上がった蒼き情熱。
「ギルドメンバーの結束力の高さ。他のギルドではありえない。君のリーダシップがあってこそだろう?」
俺の舌は回り続ける。
「他のギルドにはない、団結力。メンバーの事を思い出せよ? あんなに個性的なメンバー。君以外の誰が統率できるって言うんだ」
「ありがとうございます。シナガワさん」
シュバルツは顔を上げ、ようやく口を開いてくれた。彼は寡黙な男。自らを誇る為に、いたずらに言葉を重ねる奴じゃない。
シナガワとは俺の名前だ。本当の名前はどこかに置いてきた。
幾何学模様が彼の背後でゆっくり形を変えている。奥行きもなにもない、図形のダンスは素晴らしく無意味だ。
こいつは何を考えている?
VRを含む、仮想空間上では表情や動作はどうとでもなる。つまり、相手から出て来る情報は、言葉、動作や表情から判断するしかない。
脳内からチップを通して送られるアバターの動作や表情は、よほどの精神的動揺が与えられない限り制御できてしまう。仮想現実に慣れていない奴は別として、VRダイバーの間では常識だ。
「そうだ。シュバルツ、恋人のルシアさんだったっけ? 喧嘩したとか言ってたけど、無事復縁する事ができたんだって? 心配したよ」
「心配かけました。もう大丈夫です。今回の喧嘩で、彼女がいかに大切な存在であるという事を、再確認できました」
この件でギルド中が大騒ぎになってしまった。派閥ができ、小規模だが権力闘争が起こる有様。仮想世界でも人間の本性というのは変わらない。
彼は言葉を続ける。ギルドの修復に奔走したようで、思い出す事も多いはずだ。
「ルシアとの関係が壊れるというのは、これまで築き上げてきた全てを否定するという事です。それは仲間達との信頼を裏切る事でもあります。心の絆を失う事。それは世界を失う事と等しい。俺はそれに気付きました」
「良かったじゃないか。君とルシアさんの仲が戻った事を心から祝福するよ」
俺は笑っているはずだ。
少なくともシュバルツにはそう見える。現実の俺がどうであれ。
シュバルツはしばらく黙っていたが、決心したように切り出す。まるで宣言しているかのようだった。鷹の眼光は俺に注がれ、凛々しい眉は淀んだ空気を引き裂く。
「はっきり言います。もう、シナガワさんとの付き合いはこれまでにしたいんです」
彼の言葉は何も感じさせない所から、一気に間合いに入ってきた。
黒の急先鋒の二つ名を持つだけはある。圧倒的な速さと気迫。
「おやおや」
「はっきり言います。これは不法行為ですよね? 良くない事ですよね?」
それを言うのか。
奥底に潜ませていた黒い感情が、かま首を持ち上げる。
シュバルツの正義感が燃え立っているのが見える。まるで炎のようだ。火柱のようだ。彼は高レベルの戦士。ゲーム内最高であるレベル75に達している。
シュバルツはギルドメンバーがピンチになると、例え自分のヒットポイントが残り少なくても参戦する。そんな正義感の塊のような奴だ。
「そうだ。その通りだ。犯罪行為だ。違法行為だ」
「あなたは犯罪者だ」
「だったら、君はどうする?」
「警察に言いましょうか?」
同情を買うべきか? 挑発するべきか?
シュバルツ。シュバルツ。レベル75の聖戦士。敢えて騎士となる名誉を捨てて、戦士を選んだ孤高の男。
彼はテーブルに手を付け、俺の顔に迫るように身を乗り出している。
「言ってみろよ。シュバルツ。ソレを言ってみろ」
「何?」
シュバルツの言葉が止まっている。
ああ、残念だ。彼と決別しなくてはならないとは。
「君が俺を告発するとする、告発先は日本の警察だ。ちなみに俺はタイに居る。日本の警察がタイでの調査権を持っていると思うか?」
シュバルツは反応しない。彼のシナリオをぶち壊してしまったようだ。ほんの少しだけ同情を覚えた。
「君は知らないかもしれないが、犯罪人引き渡し条約というのがある。現在、日本が締結しているのは、アメリカと韓国の二国だけ。それ以外の国にいる奴を逮捕するなら外務省経由になる。それも証拠が見つかっての話だがな」
俺の声はシュバルツの耳に届いている。虚を突いてしまったらしい。社会の仕組みを知らない奴は、これだから困る。ゲームの中で強くとも、俺には何の関係もない。
「シュバルツ。お前は俺を告発すると言った。だがな。そうしたら、今までお前がウェブマネーのロンダリングを手伝っていた事まで明るみになるぞ?」
簡単な契約だ。俺は不法な汚れた金を持っており、それでウェブマネーを買う。そのウェブマネーをシュバルツはギルドのメンバーに買わせていた。通常のレートより安く買えるという触れ込みで。
シュバルツはギルドメンバーに強化をさせたい。しかし、それには金銭的負担がかかる。装備にスキル。上を求めればキリがない。彼の苦悩が俺を呼び出した。
俺はそれに手を貸した。彼は割引されたウェブマネーをメンバーに買わせ、俺はギルドメンバーから集められた金、つまり洗浄された金を手に入れる。
「知らなかったんだ。俺は知らなかった。でも、シナガワ。あんたは俺に何と言った。安全で安心と言ったよな? 俺はそれを信じていた」
薄々気付いてはいたんだろう? 俺は嘲笑する。
「そうだ。安全で安心。俺が提供するウェブマネーはチープだったろ? 安い全て。安い心。略して安全、安心。満足したか?」
「裏切り者!」
すごい形相で睨みつけてくる。凄まじい気迫だ。勇猛な戦士である彼が発する殺気は、まるで鞭のようで、俺の心は打ち砕かれそうだ。
ゲーム世界を含む、VR上では肉体に物理的ダメージを与える事はできない。だから、彼は俺の良心に訴えるしか方法がない。
俺に良心があるか?
知った事か。
「残念だ。シュバルツ。君が安いウェブマネーをギルドメンバーに提供する方法はなくなった。ルシアに入れ知恵でもされたのか? 俺を脅せば、もっと安く販売できるとでも唆されたのか?」
アダムにリンゴを食わせたのはイブ。
ここでもそうらしい。
「シュバルツ。シュバルツ。哀れな引きこもり。毎日二十時間もプレイして、現実世界のルールを忘れたか?」
「黙れ!」
彼は後ずさりした。余りの衝撃に顔を歪ませている。余裕がなく、制御されていない生の感情がアバターに出力されている。車に跳ねられた猫のような有様だ。
ビッグ・サプライズ
ビジネスパートナーとして接触する前に、シュバルツの個人情報は、徹底的に調べ上げている。ブログに掲示板。嬉しそうに何もかもを垂れ流していた。
俺は誰にでも成り代われる。そういう特性を持ったチップを脳に埋めている。VR時に使用される発信者情報をシュバルツのそれに書き換える事で俺はシュバルツになれる。そうして、彼の生活を全て暴いてやった。
不正アクセス禁止法違反、個人情報保護法違反、電子計算機使用詐欺罪。
懲役? 罰金? 笑わせるな。
それらは日本国内だけに適応される。日本国外に居る俺には何の拘束力も持たない。
「可哀想に。世の中から見捨てられたお前は現実世界から逃避し、アーカーシャ・クロニクルの中に逃げ込んだ。そこに真実はあったか? そこに愛はあったか?」
「あった。俺はそれを見つけた」
「素晴らしいな。シュバルツ。現実世界ではお前の父親は単身赴任。母親は市役所の引きこもり相談サービスに日参しているぞ。市役所の担当係が今日も来たわと呟いていた」
「言うな、聞かせるな。現実はどうでもいい。俺はここがあれば良い!」
「お前の愛しいルシアはメンヘラだそうだ。リストカットを三回も失敗した。白い手首は二度と人目に晒せない」
「止めてくれ、もうお願いだ。やめてくれ」
懇願されても止めようとは思わない。悲痛な声が実に心地良かった。
俺は笑っているはずだ。
少なくともシュバルツにはそう見える。現実の俺も笑っている。
「ルシアの母親は売春しているそうだ。そりゃそうだ。生活保護を打ち切られ、メンヘラ一人を支えるのは、それしか方法がないだろう。四十歳を回ってしまったら、一日三人も客を取らなくちゃならない。昨日の晩はネパール人に輪姦されたそうだ」
シュバルツの絶叫が俺の鼓膜を揺すぶる。
「そんなメンヘラ女を、お前はどう支えるって言うんだ? 心の絆? 冗談だろ?」
俺はここを去る事にした。彼のギルドがどうなろうと俺の知った事ではない。
シュバルツは有能なプレーヤーだった。ギルドメンバーから信頼されており、誰も彼の悪口を言う奴など居ない。敵対するギルドマスターですら褒めていたほどだ。
彼らがゲーム世界で繰り広げ、そこで得る友情や愛情、そして真実。
信じろと言うなら金を出せ。そうしたら信じても良いだろう。
宗教だって構わない。
既存の宗教だろうが、新興宗教だろうが、金額次第で熱心で敬虔な信者になってやろう。
Are you fuckable ?
Yes, I'm fuckable.
http://www.youtube.com/watch?v=7fiRdjt4S8A
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【Supplement】
物語中での設定や背景の説明。
【犯罪人引き渡し条約】
外国人が事件を起こし、この条約が結ばれていない場合、
捜査や逮捕などは現地警察機構に依頼する事になる。(タイならタイ警察)
この時、警察から現地警察という連絡経路ではなく、外務省経由になる。
世論が大きく動き、国交問題などに発展した場合や、
テロなど国際的な問題になった場合は別の扱い。
そうでない場合は、どうにもならない。
警察とは組織であり、予算と人員が居て始めて活動ができる。
そして、その活動も国内法に限られている。他国の捜査をする場合は、
国家主権が有る為、現地警察に任せざるを得ない。
・主人公が述べている犯罪人引き渡し条約についての説明
http://ja.wikipedia.org/wiki/犯罪人引渡し条約
・外国人犯罪者は逃げ得では?という記事
いくつかの事件を焦点にして、外国人犯罪について書かれた記事
(やや煽り気味なので注意)
http://charger440.jp/200702/contents05/theme05.php
【電子マネーとマネーロンダリング】
・電子マネーはマネーロンダリングに使われやすいという記事。
電子マネーは可運性、流通性、換金性より、
マネーロンダリングに非常に使われやすい性質を持つ。
以下の記事ではE-Goldという仮想マネーで実際に
犯罪が行われた事を記載している
http://diamond.jp/articles/-/7570
コスタリカの電子マネー決済サービス「リバティ・リザーブ」が
六十億米国ドルのマネーロンダリングをしていたという記事
海外との決済で使用される事も多く、
日本でもオンライン・カジノやFXで使用されていた
http://japan.cnet.com/news/business/35032646/
【インターネットと国際犯罪】
・インターネット犯罪は裁きにくく、国際協力が必要ですという事を書いた論文。
インターネットを使用した場合、簡単に国境を越えてしまう。
行為を追訴する為の国際法は事実上存在しておらず、当該国の警察機構と
刑法に従って追訴せざるを得ない。
2つの事件を例にとって、説明がされている。
http://www.rwi.uzh.ch/lehreforschung/alphabetisch/schwarzenegger/publikationen/SchwarzeneggerJVers.pdf
【VRの環境について】
物語中のVRの説明にもあるように、VRはインターネット上に構築されている。
VR専用プロトコルが存在しているが、個人の神経状態を操る事ができる為に、
非常に高いセキュリティーと秘匿性が実現されている。
また、VR上ではウェブマネーと呼ばれる通貨が存在しており、
ネットやVRでの決済に使えるようになっている。
USドル、日本円、ユーロなど各通貨とのレートは、各通貨間のレートと等しい。
理由は現物通貨レートとウェブマネーのレートの違いによって、
アービトラージが発生する為。
購買平行説はウェブマネーの発生によって否定されている。
このような個人認証、ウェブマネーの売買を支えるインフラを整えているのが
VRと呼ばれる空間で、企業によって運営されている。
この物語では、VR機能を使ったゲームはこのインフラ部分の上で構築される。
ゲーム世界で独立したVRを開発するとなると、
神経切り替えについての特許や、独自VRプロトコルの開発、
VR装置、VRチップの使用料、特許料などで、
莫大なコストがかかり、実質的に商業ベースに乗らないというのが理由。
基本的に独立系VRは研究施設などの実験のみ。
ちなみにVR端末の価格は非常に高く、日本などの先進国では
個人所有している場合もあるが、タイなど低所得の国では
ネットカフェを使うケースが一般的。
先進国ではVRは日常化しているが、所得がある程度の水準を満たしてない国では
手の届かない世界になっている。
VRでの個人認証はネット犯罪の動向を見て、かなり厳密である事が要求されており、
個人特定まで可能。
主人公のチップは個人特定する為の発信者情報を書き換えられてしまうという、
ハードウェア的にはかなりのバグ持ちチップ。
本来テスト用に開発された発信者情報を書き換えるプログラムが入ったまま
出荷されたのが原因。コスト削減の為に生産工程短縮した結果の事件。
リコールが行われたが、いくつかのロットは回収できず、アンダーグラウンドに流れた。
失われたロット番号は後に、ロスト・ナンバーズと呼ばれるようになる。
該当責任者は降格され、実質担当の下請け技術者は免許剥奪されたが、
別の企業に拾われており、それがアンダーグラウンド企業に雇われている。
VRチップの電気はワイヤレスバッテリー技術を使用している。
レシーバー側が脳室に埋まっている状態。
VRチップの主な役割としては、VRプロトコルの暗号化、復号化、
脳の運動野、感覚野との信号のやり取りなどが行われる。
断熱材などを使用しており、チップ表面温度は影響を与えないとしているが、
脳漿は沸騰していると思われる。ハードボイルド調なのはその為。




