~彩紐ノ節~ (前)
※本編よりも数年ほど遡ります。
幼い雅史の視点で、【謎】の一部を垣間見てください。
僕の妹は、母さんと一緒に別のお家に居た。
歳は僕の一つ下で、名前はミノリ。一番上の兄さんから聞いた物語のお姫様のように長い髪をしていて、二番目の兄さんに見せてもらった絵の女性のように白い肌をして、三番目の兄さんと見たお人形のようだ。四番目の兄さんに教えてもらった言葉を使うなら、ミノリはとても可愛い。
会ったことは少ないけれど、ミノリはいつも笑っていて、僕のことを「タダシちゃん」と小鳥のような声で呼ぶんだ。
その声を聞くと、兄というよりも友達のような気分になって呼び方なんてどうでも良くなる。
本当に可愛い、たったひとりの、僕の妹。
そして今日は、ミノリに会える日だ。
何を持って行こうか。庭のお花かな。でもミノリの居るお部屋からはお庭の花壇が見えて、きっと今は此のお家よりもたくさん花が植わっている筈。
なら、やっぱりお菓子かな。だけどお菓子は、母さんたちに持って行くって言っていた。
じゃあ、ミノリには何が良いだろう。
僕はミノリへのお土産を考えながら、机や本棚の辺りをごそごそと漁っていた。
すると引き出しの中で指先に何か固い物が触れた。取り出してみるとそれは、万華鏡だった。
僕は中を覗いて、筒を回す。くるくると変わる光景に、夢中になって筒を回す。こんなに小さなものなのに、中はどこまでも広く見える。それがとても面白い。色硝子が動いて、たくさんの形を成すのもすごく綺麗で、初めて見たときは不思議でたまらなかった。どんなに見ていても、飽きることはなくて、ずっと万華鏡を回していた僕に一番上の兄さんが買ってくれたのがこの万華鏡だ。
そうだ。この万華鏡を見せてあげよう。
ミノリは前に綺麗なものが好きだって言っていた。だからきっとこれも気に入ってくれる。…頂戴って言われると少し困るけど、でも、ミノリになら良いかな…。
僕は兄さんたちと一緒に、ミノリの居るお家に向かった。
まずは母さんにごあいさつをして、お茶を頂いた。それから直ぐに、太陽の光が差し込む廊下を抜けて、屋敷の南西に位置する部屋へ向かう。ミノリの待つ、寝室に。
「…タダシちゃん…?」
部屋の扉を叩いてから中に入ると、寝台の上から人形のようなまあるい目が、僕の方へ向けられる。大きな窓からの日差しに照らされて、ミノリはにっこりと微笑んだ。
「来てくれたのね、タダシちゃん」
寝台に近付くと、ミノリはその小さな白い両手を僕へと伸ばした。触れるとちょっと冷たい、ミノリの手。これは薬のせいだって、僕は知っている。
ミノリは、僕がお家から出られない理由と同じ理由で、このお家に居るのだと、父さんが話していた。
それに、僕を診てくれているお医者の先生が、ミノリのことも診ているのだと兄さんが教えてくれた。
だからきっと、この冷たい掌や顔色が悪いのは薬のせいだ。元気なミノリなら絶対に兄さん達のような温かい手をしているはずだ。
「どうしたの?」
「ううん、何でもないよ。そうだ、ミノリに見せたいものがあるんだ。手を出して」
僕は持っていた包みを差し出されたミノリの手に置いて、紐を解く。鈴の付いた組紐を外すと、ミノリが声を上げた。
「まあ、綺麗」
「見た目も綺麗だけど、ここから覗いてみて、ミノリ」
布を取り払って円筒を見易いように置き換える。するとミノリはちょっと戸惑いながらも、目を近付けて筒の中を覗き込んだ。
「…キラキラしていて、すごく綺麗。これはなぁに?」
「万華鏡って言うんだ。筒を回すとね、もっと綺麗だよ」
僕が言うと、ミノリは小さな手の中で万華鏡を回した。
「あ、模様が変わったわ。雪の結晶みたい…とっても綺麗」
楽しそうな声を上げながら、ミノリは次々に変わる光の花を見続けた。
喜んでもらえたみたいで、本当に良かった。
「――見せてくれてどうもありがとう、タダシちゃん」
「ううん。気に入ってもらえて僕も嬉しいよ」
「またこっちに来たら、見せてね」
「うん。必ず」
「ありがとう。約束よ」
ミノリはそう言って、僕が帰るときに万華鏡を返した。
一緒に摘んできた花が花瓶に生けてあるから、それでいいとミノリは言ったけれど、本当はもっと万華鏡を見たかったかもしれない。
でも、何も言わなかったのにミノリは手の中の万華鏡を返して、また見せて・とだけ言った。
ミノリには言葉にしなくても、僕の気持ちが伝わってしまったのだろうか。
ゴメンね、ミノリ。