出でる二重人格
【藤堂平助】
「始めっ!」
土方さんの号令が広間に響き渡った。
俺たちは前後左右に少しずつ動きながら相手の隙をさがす。
(それにしても…何だ?この感じは)
先ほどまで可憐に笑っていた少女とは思えない程の…いや、今までに会ったこともない程の鋭い殺気が彼女からは感じられる。
(オイオイ、目付きもやべーよ…)
クリクリとよく動くのが印象的だった大きな瞳は今、じっと俺を睨んでいる。
その目には何の感情もない―。
ただただ冷酷な何かを感じる。
―全てを吸い込むような闇―
よく整った彼女の顔が、その闇を強調ししているようだった。
飲み込まれまいと俺が少し後ろに下がった瞬間、彼女が突きを放った。
【佐伯千優】
戦闘態勢に切り替わった私は徐々に感情が冷えてゆく。
『目ノ前ノ人ヲ倒シタイ』
その欲望だけが今の私を動かす。
とその時、藤堂さんがほんのわずか後ずさった。
彼の目は私を見据えているが、防御がゆるくなっている。
それに気づき私は思いきり突きを入れた。
『ガスッ!』
鈍い音とともに藤堂さんは私の突きを止めていた。
払うのではなく、私の木刀の先を自身の木刀の柄で止めたのだ。
一寸でもずれれば、そんなやり方で突きはとめられない。
それを止めてみせたのだから、藤堂さんは相当 腕がたつのだろう。
私は即座に後ろに飛び退き彼の間合いから出る。
距離をとりながら私は一瞬の隙を探しはじめた。
【藤堂平助】
千優はものすごい脚力で後ろへ飛び退いた。
(こりゃ、女だからって甘く見れねーな。それにしても、総司と稽古を何度もしといて良かったぜ…)
沖田総司――彼の得意技は突きだ。さっき千優の突きを止めた方法も、総司と戦いながら編み出したもの…。
(それにしても…)
じんじんと手が痛む。
それに気づかれないように俺は少し木刀をきつく握りしめた。
一体彼女はあの細い体のどこに あんな力をもってるんだ?
さっきの剣の威力は 新撰組一と謳われる総司と変わらないだろう。
(負けるかもしれない…)
心のどこかで、その考えが芽生えた。
それに気づいてしまったら、もう胸のざわつきを抑えきれなかった。
【佐伯千優】
「?」
(何だろう…藤堂さんの刀に落ち着きがない…)
彼の刀の先は ほんの僅かだが、先ほどよりもブレがある。
それは達人らしからぬ動きだ。
隙があるというより、隙だらけ。
攻めようかと迷うが思いとどまる。
(さっきの止め方を見るとやっぱり藤堂さんは強いはず。これも何かの技なのかも)
私は彼の次の動きを導くために、わざと隙を見せた。
達人なら誰もがすぐに攻めていきたくなるような隙を…
【藤堂平助】
千優は攻めてこない。
俺の心の揺れに、まだ気づいていないのか。
と、千優に一瞬だが隙ができた。
ほんの一瞬の隙だが 俺にはこれで十分だ!
(取れる!!)
そう思って踏む込み木刀を降り下ろした。
『バキッ!』