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第12話 九鬼綾子

 恭子が吉澤悟と別れてしまってから色々なことが有った。悟とよりを戻せなかった一番の原因は、悟と別れて彼女が高校三年生となってまもなく、順子と紗栄子たちとの抗争で女子少年院にぶち込まれたことが大きかった。約半年間、スマホを取り上げられ、恭子は誰からも音信不通になってしまった。


 さて、恭子がレスした「オーちゃんねる」の「呪い代行・呪術代行」という掲示板の掲示名は、綾子だった。


 渋谷の犬の銅像の近くに来て、恭子は教えられたスマホに電話をした。キョロキョロと見回すと、二十代後半らしいビジネススーツを着た女性が電話に出た。彼女が綾子?


「もしもし、鈴木さん?」と女性が言う。掲示板では偽名を使ったのだ。鈴木とは言っていない。恭子は訝しんだ。


 呪術代行でビジネススーツ?ま、いっか。「もしもし、綾子さん?私、鈴木です」と電話に出た。「ミルクフェドのTシャツとパーカー着てます」と恭子は綾子に手を振った。今度は綾子が、こんなお嬢ちゃんが依頼人?と訝しんだ。支払い能力があるのかしら?


 恭子は、綾子に駆け寄って綾子を見上げた。綾子は身長が170センチくらいあって、しかもハイヒールをはいている。「綾子さん、背が高いですね。ね、ね、あなた、私を見て、綾子さん、こんな子供が?って思いましたね?」と言った。綾子は、このチビ、勘が鋭いね?と思った。


「何を言うんですか?鈴木さん。そんなことは思ってませんよ。立ち話もなんですから、静かな場所でお話をお聞きしましょうか?」と南口の方に向かって歩いて行った。恭子が追いかける。首都高沿いを歩いて、セルリアンタワーの前を左に曲がった。ビルとビルの間に小さな公園があった。綾子はそこのベンチに座った。恭子もその隣に腰掛けた。


「さあ、ここなら、誰も聞き耳を立てられません。鈴木さん、お話をお伺いしましょう」と恭子に話しかけた。恭子はどこまで話していいのか、さっと考えると、ホントとウソを取り混ぜて話すことにした。


「私は、騙されて少年院に少し前まで入所していたんです。騙した相手は、私を利用して、ヤク中にさせて、売春を強要したんです。私はその相手を恨んでいます。呪ってやりたい。それで、綾子さんの掲示板を見てご相談したいと思いました」


「そお、なるほどね。背景はわかりました。それで、これはビジネスですから、お客様の支払い能力は細かい話の前に確認しておきたいの。その鈴木さんを騙した相手が何人なのかわかりませんが、一人最低で二十万円かかりますよ?お支払いできますか?こういう、不法ではありませんが、このような行為ですので、お高いですよ」と綾子が言う。


 私は、スマホでネット銀行の自分の口座サイトを出して、綾子に見せた。「この口座は、残額ニ百万円あります。他にも口座を持っています。呪いたい人間は、五、六人ですから、足りると思いますけど?」と綾子に言った。


「まあまあ、こんな確認をさせて申し訳ありません。わかりました。鈴木さんには支払い能力があるということで確認できました。では、私の事務所にまいりましょうか?」と綾子が言った。「行きましょう、私の事務所へ」

「遠いんですか?」

「いいえ、ここです」と綾子は公園のすぐ横のマンションを指し示した。


 綾子は、メイサ南平台というマンションの二階に恭子を連れて行った。表札には「九鬼綾子」と書いてあった。なんだ、本名だったんだ。部屋に招き入れられる。


 その部屋は、玄関を入ってすぐのドアを開けると、十畳のリビングダイニングになっていて、その奥が八畳の洋室だった。リビングダイニングはキッチンはあるが、北欧風の事務テーブルにパソコンが有るだけ。開け放した洋室は、いろいろな測定器具がならんだ研究室のようだった。応接セットがあった。この部屋に人の住んでいる気配が感じられない。「呪い代行・呪術代行」をする部屋とは思えなかった。


 綾子がにっこり笑って恭子に「あら?薄暗い部屋で水晶球とか並べてあって、魔女の帽子でもかぶると思ってましたか?ガッカリさせてごめんなさいね。現代は、呪術代行と言っても極めて科学的なものなのよ」と私の心を読んだかのように綾子が言った。


 応接セットのソファーに私は促されて座った。すぐ横に綾子が座る。「さあ、鈴木さん、私の目を見てね」と優しそうな口調で言う。大きな吸い込まれそうな目だ。


 綾子はすごく美しかった。トップモデルになれる美貌だ。恭子はそんなものに負けまいと彼女の目を見返した。彼女に手を取られた。細く長い指で、ひどく熱い。彼女の両手が私の手を押し包む。目を閉じまいとしたけど、やけに目が重い。あれ?グミ食べ過ぎちゃったかな?と思った。目を閉じてしまった。


《《呪縛》》


 すぐ目を開けた。そのつもりだった。だけど、ひどく長い時間目を閉じていたような気がした。綾子はまだ私の目を見ていた。


「はい、事情はわかりました。恭子ちゃん、あなたが呪いたいのはまず六人ね」と言う。

「どうやって、私の名前がわかったの?」と私は驚いた。


「私は専門家よ。それくらい、目を見て手を握ればわかります。それに、恭子ちゃん、ウソはいけないな。呪いなんて暗い想念なんだから、話を綺麗事に作る必要はないのよ。気持ちはわかりますけどね。最初から自分の悪事を話せるわけないものね。そうか、クスリに売春ね。悪い子ねえ、あなたは。それで、あなたを暴力でのしてしまって少年院に送り込んだ少なくとも六人を呪いたいのね。美久、順子、楓、節子、紗栄子、佳子ね。あと男の子もいるけど、まず、この六人ね。どうしましょうか?病気にする?事故に合わせる?彼女たちの大切な人を失わせる?あなたの暗い想念は深いから、かなりのことができるわよ」と綾子がそのキレイな顔を歪めて笑った。私はゾッとした。


「大丈夫。私を怖がらなくてもいいわよ。私は、巫女みたいなものよ。物理的な手をくださずにそういったことができます。心配しないで。誰もあなたのことには気づかないわよ」


「あの、呪いって、呪う人間の髪の毛とか爪とか血とか・・・」

「そのようなもの、私には必要ないわよ。恭子ちゃんは、ただ、私に『アイツよ』とその人間を見せてくれればいいだけよ。そうね、これは成功報酬としましょうか?一人二十万円。幾人でも。前金として、七万円。成功したら、のこりの十三万円。ボランティアみたいなものよ。恭子ちゃん、可愛いもの。特別サービスでやってあげるわ」


 私はちょっと怖くなったが、綾子の目を見ていると断れない。思わず「お願いします」と言ってしまった。綾子は「私に任せておきなさい。安心しなさい。さあ、私の胸の中に飛び込んでおいで」と言って手を広げた。


 私は拒否できず綾子の胸に抱かれてしまった。深い安心感に包まれた。綾子がニコッと微笑んだ。私は目を閉じてしまって、顎を上げ、唇を差し出した。綾子の舌がヌルっと私の中に入ってくる。私は、真弓にとっての私のように、私が綾子への捧げものになってしまったように感じた。綾子が私の体を弄り、私を思いのままにするのを感じたが、嫌な気持ちではなかった。意識が遠のいていった。


《《(にえ)》》


 綾子は恭子の意識を読みながら、さっきあげた美久、順子、楓、節子、紗栄子、佳子の六人の背後に、自分にとって敵となる手強い存在を感じ取った。そいつらに神霊が憑いている。その神霊だけじゃない。強力な何らかのエネルギー体がいる。


 普通の呪いの依頼者だったら、綾子にあまり興味を抱かせない。しかし、渋谷の犬のところで恭子を見てから、綾子は恭子の怨念の対象に尋常でないものを感じていた。恭子の依頼がなくても、いずれ彼らとは決着をつける必要があるのがわかった。


 それにこの娘の暗い悪の想念は美味しそうだ。恭子がしようとしていることも実に美味しそうだ。無垢な少女がたくさん暗いところに落ちてくる。これは久しぶりに好物にありつけそうだ。この娘もジックリと私の使い下級巫女にしてやろうじゃないか?


 綾子は、ゆっくりと意識を失った恭子の服を脱がせていった。


 さあ、チビの小娘。おまえの穴という穴から、私の想念を吹き込んでやる。黒くなれ。真っ黒に。それから、おまえの真弓という小娘もいただこう。彼女の友達たちも。


 安倍晴明も言ったよね。「人を呪わば穴二つ」。おまえの呪う相手の墓穴の横に、おまえの墓穴も掘ってやるよ。私がおまえを吸い尽くした後の抜け殻を、そこに放り込んで。


 ……ふふ、私の血脈は、古い。とても古いものよ。この恭子ちゃんの暗い怨念、実に美味しそう。無垢な少女たちが次々と落ちてくる……久しぶりの好物だわ。


 私の先祖は、鎌倉から室町の頃、「彼の法の集団」と呼ばれた者たち。真言密教の立川流と混同されて、風評被害を受けた哀れな一派さ。あの立川流は、髑髏本尊や双身結合の像を本尊に据え、性的儀式で即身成仏を謳ったと悪説されたけど、本当は違うのよ。真の邪教は、私たちの血脈――荼枳尼天を本尊とし、狐や犬の髑髏を操り、髑髏本尊流の秘儀を極めた者たち。


 彼らは、正統の真言僧なんかじゃなかった。民間のシャーマン、聞きかじりの密教を憧れで真似した者たち。内三部経を基に、骸骨と性で魂を解脱させる儀式を繰り返した。女の体を器とし、男の精を呪力に変え、相手の想念を吸い尽くす……まさに、私が今やっていることね。


 室町時代、将軍足利義満の時代に抑圧され、立川流は悪書として焼き払われ、邪教の烙印を押された。でも、私たちの血脈は消えなかった。細く、農村の陰に潜み、巫女として生き延びた。江戸の田舎で、狐憑きや犬神の呪いを商い、髑髏を秘蔵し、性的秘儀を子孫に伝えた。


 戦後、私の祖父が真言宗の総本山に潜り込み、僧籍を得た。妻帯が許された明治の隙を突いて、従姉妹の巫女を娶り、この寺を隠れ蓑にした。一男三女をもうけ、上の三人には才能がなかったけど、私だけが……末っ子として、母からすべてを継いだ。あやかしの子、綾子よ。


 正統の密教は、愛欲を煩悩として禁じたのに、私たちはそれを力に変える。恭子ちゃん、おまえの暗い悪も、私の糧になるわ。おまえを下級巫女に仕立て、真弓たちを次々と……ふふ、美味しそう。


 あの六人の背後に感じるエネルギー体――神霊か、何か強力な守護か。いずれ決着をつけねばならないわね。でも、今は恭子ちゃんを、じっくり黒く染めてあげましょう。


 綾子の顔は、もうトップモデル並みの美貌ではなく、黒く歪んでいた。唇の端が裂けたように上がり、瞳が底なしの闇を覗かせる。恭子の無防備な体を抱きしめ、ゆっくりと想念を注ぎ込んでいった……。

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