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クラス転移で追放された俺、最強の『運』で異世界でスローライフを実現する。 ~一緒に追放された潔癖クラス委員長と、拾った美少女たちに囲まれて、今日も寝ているだけで全てを叶えます~  作者: 速水静香
第八章:王国の崩壊と、最強の「一般人」

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第三十四話:魔王討伐?

 あくびを噛み殺した俺の姿は、上空遥か彼方に浮かぶ魔王の目には、この上ない侮辱として映ったようだ。


『……貴様、我の御前で欠伸だと?』


 地獄の底から響くような声だ。

 だが、俺にとってはただの騒音でしかない。

 せっかくのティータイムを邪魔しておいて、礼儀を説くなんてお笑い草だ。

 俺は耳を小指でほじりながら、隣で腰を抜かしているギルドマスターに声をかけた。


「ギルドマスター、あいつ、拡声魔法でも使ってるのか? やけに声がデカいな」

「て、天道様……! そんなことを言っている場合では……!」


 ギルドマスターが悲鳴を上げた、次の瞬間だった。


 遠くの空に浮かんでいたはずの漆黒の巨体が、一瞬、ブレたように揺らいだ。

 刹那、世界から音が消えた。


 ドォォォォン!!


 遅れて、大気を引き裂くような轟音と共に、猛烈な突風がテラスを襲った。


「水よ!守護せよ!」


 詠唱とともに、カエデが巨大な水の結界を展開する。

 どうやら、カエデが反射的に魔法を使用し、風を防いでいるようだ。


 そして、風圧が収まった後、俺たちが目にしたものは、穏やかな青空ではなかった。


 黒。

 圧倒的な存在を持った、黒い軍団が広がっていた。


 数キロメートルは離れていたはずの距離を、一瞬でゼロにしたのだ。

 俺たちの屋敷の上空、わずか数十メートルの位置に、巨大な黒竜が滞空している。

 その翼は雲を払い、太陽を覆い隠し、庭全体に濃い影を落としている。


 さっきまで遠くの空にいたラスボスが、今は俺の家の玄関先に浮いている。

 宅配便だって、もう少し手順を踏むだろうに。


『ほう』


 魔王が、値踏みするように俺たちを見下ろした。

 その声は、さきほどの演説よりも低く、しかし明確な殺気を伴って物理的に降り注いできた。


『勇者を匿う愚か者どもは、貴様らか。……隠しても無駄だ』


 魔王が、持っていた杖をぞんざいに振るった。

 すると、庭の空間が黒く切り抜かれたように見えると当時に、空間の裂け目のような穴が開いていた。

 この世界に来た時に見た、転移魔法に似た魔法だろう。


「うわぁぁぁっ!?」

「きゃぁっ!」


 その穴から、ゴミを捨てるかのように、数人の男女が吐き出され、地面に無様に転がり落ちた。

 泥と煤にまみれ、恐怖で顔を引きつらせているその集団。

 見覚えのある顔ぶれだ。サカモトたち勇者一行である。

 おそらく、門の外か森の中に隠れて様子をうかがっていたのを、魔王に見つかり、強制的にここへ転移させられたのだろう。


『死に損ないの勇者共が』


 サカモトたちは魔王と目が合うと、「ひっ」と短い悲鳴を上げて、お互いに抱き合うようにして小さく縮こまった。

 情けない。あまりにも情けない姿だ。


『見るに堪えん。……だが、貴様らは違うようだな』


 魔王の赤い瞳が、再び俺たちに戻ってくる。

 カエデは不快そうに睨み返し、セレスは剣の柄に手をかけて油断なく構えている。レイナは「デカい獲物だ」と低い唸り声を上げている。

 そして俺は、飲みかけのフルーツ水をどう置くか迷っていた。


『我の御前において、平然と茶を啜るか。……傲慢な人間よ』


 魔王が杖をゆっくりと持ち上げた。

 その先端にある黒い宝玉が、ドクンと脈打つように光る。


『その余裕、塵となるまで保てるものなら保ってみせよ』


 空間が軋む音がした。

 魔王の背後に、巨大な魔法陣が展開される。

 一つではない。十、二十、いや百を超える魔法陣が、空を埋め尽くすように展開されていく。

 集束していく魔力が異常であることは、まったく魔法が使えない俺にも分かった。

 大気中の水分が蒸発し、バチバチという静電気の音がテラスの空気を震わせているからだ。

 カエデが淹れてくれた紅茶の表面に、細かいさざ波が立っていた。


「……あ」


 俺は小さく声を上げた。

 紅茶が冷めてしまう。

 フレンチトーストの余韻を楽しむはずだった至福の時間が、暴力的なエネルギーの奔流によって上書きされていく。


「天道様! あれは……あれは『国崩し』の魔法でしょう! 王都を一撃で灰にしたという、禁断の……!」


 ギルドマスターが絶叫し、頭を抱えてうずくまった。

 カエデやセレスも表情を硬くするが、俺の言葉を信じているからか、動こうとはしない。

 ただ静かに、俺の横でその時を待っている。


『消え去れ、塵芥のごとく』


 魔王が宣告した。

 杖の先端に集まっていた黒い光が、限界まで膨れ上がる。

 それは小さな太陽のように輝き、しかし熱ではなく、凍てつくような冷たさを放っていた。

 放たれる寸前。

 世界がスローモーションになったように感じる。


 俺の『運』が、動いたことを感じた。


 鼻の奥に、猛烈なムズムズが込み上げてくる。

 空気の乾燥か。

 それとも、魔王の放つ魔力に含まれる煤のような不純物のせいか。

 あるいは、先ほどまで食べていたフレンチトーストの粉砂糖が鼻に入ったのか。

 生理現象というものは、いつだって空気を読まない。

 世界の終わりだろうが、魔王の御前だろうが、出るものは出るのだ。


「……へ、ぶっ」


 俺は、盛大にくしゃみをした。

 静まり返った空間に、間の抜けた音が響き渡る。


 その瞬間だった。


 くしゃみをした拍子に、俺の手がテーブルに当たった。

 その振動で、皿の上に残っていたフォークが、カタリと落ちた。

 フォークは床に当たって跳ね返り、テラスの手すりに止まっていた一羽の鳥を驚かせた。

 それは、たまたま羽休めをしていた、森の渡り鳥だった。

 魔王の威圧にも気づかず眠っていた鈍感な鳥は、当たったフォークに驚き、パニックになって空へと飛び立った。

 一直線に。

 真上にいる、魔王の方へと向かって。


 魔王は、魔法を放つ直前の極限状態にあった。

 全神経を杖の先端に集中させ、魔力の照準を俺たちの屋敷に合わせていた。

 そこへ、下から鳥が飛び込んできたのだ。

 魔王にとっては、視界の端に何かが動いた程度の認識だったかもしれない。

 だが、その鳥は、ただの鳥ではなかった。


 ……いや、ただの鳥なのだが、その足には「何か」が握られていた。


 キラリと光る、小さな石。

 それは、アタルたちが以前、川遊びをした時にレイナが拾って、「綺麗だから」という理由で鳥の巣に置いてきた、ただのガラス質の石英だった。

 鳥は、驚いた拍子に、その石を足から離してしまった。


 石は重力に従って落下する。

 その落下地点は、あまりにも「精確」すぎた。


 魔王が構える杖の先端。

 圧縮された魔力が、今まさにビームとなって放たれようとしていた、その射出点。

 そこに、石英の小石が、吸い込まれるようにして割り込んだ。


 本来なら、そんな小石など、魔力の奔流に触れた瞬間に蒸発して消えるはずだ。

 だが、タイミングが悪すぎた。

 いや、俺たちにとっては、良すぎた。

 膨大な魔力が周囲へ放出される「0コンマ1秒前」。


 カッ!


 強烈な閃光が走った。

 小石は、魔力の出口を塞ぐ栓のような役割を果たしたのだろう。

 行き場を失った膨大なエネルギーは、杖の内部で乱反射を起こす。

 暴走し始めた魔力は、本来の通り道である前方ではなく、最も脆い方向へ――すなわち、杖を握る魔王自身へと逆流した。


『な、――!?』


 魔王の声は、驚愕に染まっていた。

 だが、言葉は続かなかった。

 続くはずもなかった。

 国一つを滅ぼすほどの熱量が、ゼロ距離で炸裂したのだから。


 ドォォォォォォォォォォォン!!


 轟音と共に、空に第二の太陽が生まれた。

 黒い甲冑が、内側からの光によって膨張し、弾け飛ぶ。

 漆黒のマントが、瞬時に燃え尽きて灰になる。

 絶対的な防御を誇るはずの魔王の結界も、自らの魔力による内部崩壊には対応できなかったようだ。


 俺たちは、テラスからその光景を眺めていた。

 まるで、花火大会だ。

 爆風が届く前に、カエデがすかさず水魔法で水の防御壁を展開し、俺たちを守ってくれた。

 熱波と衝撃波がカエデの水魔法に吸収されていくため、その中はそよ風一つ吹かない。


 光が収まると、そこには何もなかった。

 暗雲は吹き飛び、再び青空が広がっている。

 魔王の姿も、その背後に控えていた魔法陣も、乗っていたドラゴンごと綺麗さっぱり消滅していた。

 ただ、キラキラと輝く光だけが、周囲に雪のように舞い降りてくる。


「……へ?」


 ギルドマスターが、間の抜けた声を漏らした。

 彼は空を見上げ、口を半開きにして固まっている。

 理解が追いついていないのだろう。


 無理もない。


 世界の危機が、俺のくしゃみによって解決してしまったのだから。


「自滅、ですね」


 カエデが冷静に分析結果を口にした。


「魔力放出の瞬間に、外部からの干渉により術式が暴走。あのような高密度エネルギーを制御下に置いていながら、不用意すぎます。自らの力に溺れた者の末路としては、妥当なところでしょう」


 彼女は淡々と言っているが、その目は笑っていなかった。

 掃除の手間が省けてよかった、とでも思っているのだろう。


「すごい……」


 セレスが呆然と呟く。


「主殿は、指一本動かさずに……ただのくしゃみ一つで、魔王を葬り去ったというのですか……? これは、武芸や魔法の域を超えています。まさに、神の御業……」


 いや、ただの生理現象だって言ってるだろ。

 神格化するのはやめてほしい。


「あ! アタル、あれ見て!」


 レイナが指差した先。

 空から、何かが落下してくるのが見えた。

 魔王がいた場所から落ちてくる、巨大な物体。

 それは、太陽の光を反射して、虹色に輝いていた。


 ズドォォン!!


 屋敷の庭、少し離れた場所に、それが着弾した。

 地面が揺れ、土煙が上がる。

 俺たちは様子を見るために、テラスから庭へと降りた。


 クレーターの中心に鎮座していたのは、大人の頭ほどもある、巨大な魔石だった。

 透き通るような紫色の結晶。

 内包された魔力量は桁外れで、俺ですら近づくだけで肌が粟立つほどだ。

 おそらく、魔王の核となっていた魔石だろう。

 本体は消滅したが、これだけは燃え尽きずに残ったらしい。


「うわぁ、大きい……」


 レイナが目を丸くして近づこうとするが、カエデがそれを制した。


「待ってください。まだ熱を持っています」


 カエデは杖を振り、水をかけて魔石を冷却する。

 ジュウウウ、と白い蒸気が上がった。


「……これ、ものすごい魔力ですね」


 カエデが魔石を観察している。


「フロンティアの市場にある魔石すべてを合わせても、これ一つに敵わないでしょう。これがあれば、屋敷の魔導設備を百年はフル稼働させられます。お風呂の追い焚きも、空調の微調整も、使い放題です」


「お、それはいいな」


 俺は素直に喜んだ。

 魔王が何をしに来たのかと思えば、ただの燃料配達だったわけだ。

 わざわざ自ら出向いて、高純度の魔石を届けて、勝手に消えてくれた。

 なんと律儀な奴だろう。

 最初からそう言ってくれれば、お茶くらい出したのに。


「え、ええええええええ!?」


 背後で、ようやく再起動したギルドマスターが絶叫した。

 彼はクレーターの縁に立ち、頭を抱えている。


「ま、魔王が……本当に死んだ? 自爆? いや、天道様が倒したのか? どっちにしても、これは……これは歴史が変わるぞ……!」

「大袈裟だな。ただの事故だよ」


 俺は肩をすくめた。

 本当に、ただの不運な事故だ。

 あいつにとっては不運で、俺にとっては幸運だった。

 それだけの話。


「しかし、どうするんですか、これ」


 セレスが空を指差す。

 そこにはまだ、魔王軍の残党たちが残っていた。

 空を埋め尽くしていたガーゴイルやワイバーンたちだ。

 だが、彼らの動きは明らかに動揺していた。

 絶対的な支配者であった魔王が、一瞬で消滅したのだ。

 統率を失った軍隊ほど脆いものはない。


 一匹のワイバーンが、恐怖に駆られたように悲鳴を上げ、反転して逃げ出した。

 それが合図だった。

 我先にと、魔物たちは北の空へと逃走を開始する。

 蜘蛛の子を散らすような勢いだ。

 地上からも、地響きのような音が遠ざかっていくのが分かる。

 彼らも本能で悟ったのだろう。

 ここには、魔王すらも瞬殺する「何か」がいると。

 関わってはいけない「聖域」なのだと。


「……逃げ足の速いことだ」


 俺は見送る。

 追撃なんてしない。

 逃げる者を追うのは労力の無駄だ。

 彼らが二度とここに来なければ、それでいい。


「片付きましたね」


 カエデが、涼しい顔で言った。

 彼女はすでに、庭に飛び散った土や、空から降ってきた煤の掃除を始めている。

 水魔法が庭全体を洗い流し、クレーターを埋め戻していく。

 魔王との戦い(?)よりも、庭の景観維持の方が、彼女にとっては重要事項らしい。


「ギルドマスター、これでいいか?」


 俺が振り返ると、ギルドマスターは地面にへたり込んだまま、涙を流していた。


「あ、ありがとうございました……! この街は……いや、世界は救われました……!」

「いや、俺は何もしてないって」


 本当に、何もしていない。

 椅子に座って、くしゃみをしただけだ。

 でも、誰もそれを信じないだろう。

 まあいいか。

 結果として、平穏な日常が守られたなら、細かいことはどうでもいい。


「さて」


 俺は大きく伸びをした。


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