第三十二話:黄金の刺激と、記憶を焦がす香り
勇者たちを屋敷から追い払い、静かな日常を取り戻してから数日が経過していた。
屋敷の中には、穏やかな空気が満ちている。
窓から差し込む日差しは明るく、庭の芝生は青々と茂り、時折吹き込む風がカーテンを優しく揺らしていた。
嵐が去った後の静けさというか、あるいはこれが本来あるべき姿なのかもしれない。
俺はリビングのソファに深く身体を預け、天井の木目をぼんやりと眺めていた。
平和だ。
あまりにも平和すぎて、思考がとろけてしまいそうだ。
「……ふぅ」
俺の口から、自然と溜息が漏れた。
それは退屈から来るものではなく、充足感から来るものだ。
だが、人間というのは贅沢な生き物で、満たされすぎると、今度は別の刺激を求め始めるらしい。
「どうしましたか、アタルくん。先ほどから、何度も溜息をついていますが」
対面のソファに座っていたカエデが、読みかけの本から顔を上げて尋ねてきた。
彼女の手には、分厚い魔道書が握られている。
勉強熱心な彼女のことだ。屋敷の書庫で見つけた本を片っ端から読破しているのだろう。
「いや、なんでもないんだ。ただ、平和だなぁと思って」
「ええ。害虫も駆除しましたし、空気も澄んでいます。理想的な環境です」
カエデは満足げに頷き、視線を本に戻そうとした。
だが、俺はそこで一つの話題を投じた。
ここ数日、頭の片隅に引っかかっていたことだ。
「なぁ、カエデ。俺たちの食生活は、かなり充実してきたよな」
「はい。アタルくんのおかげで、お米も見つかりましたし、味噌や醤油も作れました。昨日の和定食も、とても美味しかったです」
カエデの表情が緩む。
彼女にとって、故郷の味である和食が再現できたことは、この異世界生活における最大の喜びの一つらしい。
だが、俺にはまだ、満たされないピースがあった。
「確かに和食は最高だ。毎日食べても飽きない。……でもな、たまにはこう、ガツンとくるものが食いたくならないか?」
「ガツン、ですか?」
カエデが不思議そうに首を傾げる。
「そう。繊細な出汁の味もいいが、もっと暴力的で、脳髄を直接揺さぶるような……強烈な香りと刺激を持った料理だ」
俺の言葉に、床で寝転がっていたレイナが反応した。
ピクリと耳を動かし、のっそりと上半身を起こす。
「刺激? 美味しいの?」
さらに、キッチンの方からセレスも顔を出した。
彼女の手には、綺麗に磨かれた銀のトレイがある。
「主君、新しいお茶をお淹れしようかと思っていたのですが……何か、また新しい美食のお話でしょうか?」
三人の視線が俺に集まる。
俺は居住まいを正し、勿体ぶってから口を開いた。
「カレーだ」
「カレー……?」
セレスとレイナが首を傾げる。
やはり、この世界にはその名は存在しないらしい。
似たような煮込み料理はあるかもしれないが、あの独特のスパイス調合で作られる料理は、未知の領域なのだろう。
だが、一人だけ反応が違う人物がいた。
カエデだ。
彼女は持っていた本をバタンと閉じ、目を見開いて俺を見た。
「カレー……! ああ、そうです。すっかり忘れていました」
彼女の声が上ずる。
同じ日本から来た彼女なら、俺の言いたいことが痛いほど分かるはずだ。
「国民食とも言える、あの味ですね。とろりとした黄金色のソース、スパイシーな香り、そして白米との悪魔的な相性……」
「そうだ。俺が求めているのはそれだ」
俺は力強く頷いた。
「どんな料理なのですか? カエデ殿まで興奮されるとは……」
セレスが興味津々といった様子で聞いてくる。
「一言で言えば、香りの爆弾だ。数十種類の香辛料が複雑に絡み合い、奥深いコクを生み出している。一口食べれば、鼻腔を強烈な香りが突き抜け、舌の上で辛味と旨味が踊り出す。一度食えば病みつきになり、三日三晩、その味のことしか考えられなくなる……そんな魔性の料理さ」
「魔性の料理……」
セレスがゴクリと喉を鳴らした。
騎士である彼女にとって、「力強さ」を感じさせるその料理の説明は魅力的だったようだ。
「辛いの? ボク、辛いのあんまり得意じゃないかも……」
レイナが少し不安そうに尻尾を丸める。
「大丈夫だ。辛さの中にも、野菜や果物の甘みが溶け込んでいるからな。それに、辛さは調節できる。子供でも食べられるマイルドなものから、火を噴くような激辛まで自由自在だ」
「へぇー! じゃあ、ボクも食べられるやつがいい!」
レイナの目が輝きを取り戻した。
カエデは冷静な顔を取り繕いつつも、その瞳には熱いものが宿っていた。
「確かに、今の私たちには必要な刺激かもしれません。和食で心が安らいだ分、次は活力を呼び覚ますようなエネルギッシュな食事が恋しくなるのは、自然な摂理です」
彼女はもっともらしい理由をつけているが、単に彼女自身も食べたくなっただけだろう。
カレーの魔力には、潔癖委員長も抗えないらしい。
「問題は、材料だな」
俺は腕組みをした。
肉や野菜はある。米もある。
だが、肝心のスパイスがない。
胡椒や簡単なハーブならキッチンにあるが、カレーの核となるクミン、ターメリック、コリアンダーといった本格的なスパイスは見当たらないのだ。
「市場へ行けば手に入るでしょうか?」
セレスが尋ねるが、俺は首を横に振った。
「いや、以前フロンティアの市場を見て回った限りでは、乾燥したハーブが少しあったくらいだ。本格的なスパイスは南方の輸入品だろうし、鮮度も期待できない。俺が求めているのは、もっと鮮烈で、野生的な香りだ」
「では、どうするのですか?」
「探しに行くんだよ」
俺は窓の外、広大な『深き森』を指差した。
「この森は未開の地だ。俺たちがまだ知らない植物がたくさん自生しているはずだ。俺の『運』があれば、きっと見つかる」
根拠などない。
あるのは、「食いたい」という強烈な欲望と、これまで数々の奇跡を引き寄せてきた『天運』への信頼だけだ。
風呂が欲しいと思えば温泉が湧き、醤油が欲しいと思えば大豆が見つかる。
ならば、カレーが食いたいと思えば、スパイスが見つかるはずだ。
世界は、俺の快適なスローライフのために存在しているのだから。
「ふふ。アタルくんがそう言うなら、間違いありませんね」
カエデが立ち上がり、スカートの埃を払う仕草をした。
その顔には、冒険への期待と、未知の美食への探究心が浮かんでいる。
「行きましょう。森の恵みを探しに」
◇
俺たちは身支度を整え、森へと足を踏み入れた。
屋敷の周りは手入れされた庭だが、一歩外に出れば、そこは原始の森だ。
巨木が立ち並び、足元にはシダ植物が生い茂っている。
木漏れ日が地面にまだら模様を描き、鳥たちのさえずりが頭上から降り注いでくる。
「いい天気ですね。散歩にはちょうどいいです」
カエデが白い杖を軽く振りながら歩く。
彼女の周りだけ、下草が自然と避けて道ができているように見えるのは気のせいだろうか。いや、おそらく彼女が無意識に発している「汚れたくない」というオーラに、植物たちが恐れをなしているのかもしれない。
「レイナ、鼻はどうだ? 何か変わった匂いはしないか?」
先頭を歩くレイナに声をかける。
彼女は鼻をヒクヒクと動かしながら、周囲の空気を探っていた。
「うーん……いつもの森の匂いだよ。土の匂いと、葉っぱの匂い」
「そうか。焦らず探そう」
俺たちはのんびりと歩を進めた。
目的はあるが、急ぐ旅ではない。
途中で綺麗な花を見つけては立ち止まり、珍しいキノコを見つけてはセレスが図鑑と照らし合わせる。
まさにスローライフな探索だ。
三十分ほど歩いた頃だろうか。
突然、レイナが足を止めた。
彼女の獣耳がピクリと立ち、鼻が小刻みに動く。
「……あ」
「どうした?」
「なんか、変な匂いがする」
彼女は南西の方角を指差した。
「あっちから。鼻がムズムズするような、ツンとする匂い」
「ムズムズする?」
「うん。なんかね、くしゃみが出そうになるの」
それだ。
俺の勘が告げている。
刺激臭。
それはスパイスの存在を示唆している。
「行ってみよう」
俺たちはレイナの指差した方向へ進路を変えた。
木々の密度が少しずつ下がり、視界が開けてくる。
それと同時に、風に乗って漂ってくる香りが強くなってきた。
「……確かに、独特の香りですね」
カエデも気づいたようだ。
「薬草のようですが、もっと強い芳香です。精神が高揚するような……」
さらに進むと、岩肌が露出した日当たりの良い斜面に出た。
そこには、見たこともない植物の群生地が広がっていた。
鮮やかな黄色の花をつけた背の低い草。
赤い実をたっぷりとぶら下げた低木。
地面から力強く葉を広げる根菜類。
それらが太陽の光を浴びて、濃厚な香りを放っている。
「……へくちゅんッ!」
レイナが盛大なくしゃみをした。
彼女は鼻をこすりながら、涙目になっている。
「なにこれぇ。鼻が痛いよぉ」
「間違いない。ここだ」
俺は植物の前に駆け寄った。
手に取ってみる。
黄色の根茎はターメリック、つまりウコンだ。
赤い実は唐辛子によく似ているが、もっと肉厚で艶がある。
他にも、クミンのような香りを放つ種子や、コリアンダーに似た葉もある。
カルダモンやクローブに似た木の実も見つかった。
ここは、天然のスパイス畑だ。
いや、ただの天然ではないかもしれない。
この一帯だけ、妙に土の色が違う。おそらく魔力を含んだ特殊な土壌が、これらの植物を変異させ、香りを強めているのだろう。
「やりましたね、アタルくん! これ全部、香辛料ですか?」
カエデも目を輝かせて駆け寄ってくる。
「ああ。これだけあれば、最高のカレーが作れるぞ! しかも鮮度は抜群だ!」
俺は歓喜の声を上げた。
リビングで話していた夢が、こんなにも早く現実のものになるとは。
やはり俺の『天運』は健在だ。
だが、美味しい話には、必ずオマケがついてくるものだ。
これだけの恵みがある場所なら、それを独占しようとする主がいてもおかしくない。
ガサガサッ!
スパイス畑の奥にある茂みが、激しく揺れた。
何かが飛び出してくる気配。
「敵襲です!」
セレスが叫び、即座に俺の前に立ちはだかる。
抜剣の速さはさすがだ。
茂みを割って現れたのは、巨大な猪だった。
だが、普通の猪ではない。
全身の毛が燃えるように赤く、鼻息からは黒い煙が噴き出している。
その身体からは、陽炎が立つほどの熱気が放たれていた。
「『ホットボア』です! 火属性を持つ、気性の荒い魔物です!」
セレスが警告する。
「グルルルゥッ!」
ホットボアは充血した目で俺たちを睨みつけ、蹄で地面を掻いた。
自分の餌場を荒らされたと思って怒っているのだろう。
こいつは、このスパイスを食べて育っているに違いない。
だからこそ、あんなに赤く、身体の内側から熱を発しているのだ。
まさに、歩くカレースパイス肉だ。
「主君、下がっていてください。私が排除します」
セレスが剣を構え、前に出ようとする。
「待て、セレス」
俺は彼女を制した。
「あの猪、やけに興奮している。正面からやり合うと、その熱で火傷するぞ」
「ですが……!」
ホットボアが咆哮を上げ、突進の構えを見せた。
その鼻先が俺たちに向けられる。
俺は足元に目をやった。
そこには、ちょうど手頃な大きさの、丸い石ころが転がっていた。
なんの変哲もない石だ。
だが、俺にはそれが、勝利への鍵に見えた。
「……そらよっと」
俺は何気なく、その石を爪先で蹴飛ばした。
コロコロと転がった石は、緩やかな斜面を下り、ホットボアの方へと吸い込まれるように転がっていく。
ホットボアが、地面を蹴って突進を開始した瞬間だった。
その太い前足が、俺の蹴った石を踏んづけた。
グキッ。
嫌な音が聞こえた。
勢いよく加速していたホットボアは、バランスを崩して盛大にたたらを踏んだ。
巨体が宙に浮く。
制御を失った赤い塊は、回転しながら地面に叩きつけられ、ゴロゴロと斜面を転がり落ちていく。
ドゴォォォン!!
斜面の下にあった大岩に、頭から激突した。
ホットボアはピクリとも動かなくなった。
一撃だ。
いや、自爆だ。
「……え?」
セレスが剣を構えたまま、ポカンとしている。
あまりにもあっけない幕切れに、拍子抜けしたようだ。
「あーあ。猪突猛進とはよく言ったもんだな。足元を見ないからそうなるんだ」
俺は肩をすくめた。
戦わずして勝利。
しかも、あれだけの巨体だ。肉もたっぷりと手に入ったことになる。
スパイスを食べて育った猪の肉。
それは、臭みがなく、香辛料の風味が染み込んだ、カレーのための肉と言っても過言ではないだろう。
「すごーい! お肉だー!」
レイナが歓声を上げて駆け下りていく。
彼女にとっては、スパイスよりも肉の方が重要らしい。
「アタルくんの『運』は、相変わらず理不尽ですね」
カエデが苦笑しながらも、感心したように言う。
「おかげで食材も確保できた。さあ、収穫だ」
俺たちは手分けしてスパイスを採取した。
ターメリックの根を掘り出し、唐辛子の実を摘む。
クミンの種を集め、コリアンダーの葉を束ねる。
袋いっぱいの収穫を得て、俺たちは意気揚々と屋敷への帰路についた。
もちろん、セレスとレイナが担ぐ巨大なホットボアと共に。
◇
屋敷に戻った俺たちは、息つく暇もなく調理に取り掛かった。
キッチンは今、スパイスの香りが充満する実験室と化している。
まずはスパイスの加工だ。
本来なら、洗って、乾燥させて、焙煎して、粉にするという工程には数日かかる。
だが、俺たちには文明の利器以上のものがある。
カエデの魔法だ。
「『水分よ、去れ』」
カエデが杖を振るうと、ボウルに入れたスパイスから水分が一瞬で抜け、カラカラに乾燥した状態になった。
これでドライスパイスの完成だ。
魔法って便利すぎる。
「セレス、頼む」
「はい!」
次は粉砕だ。
石臼に入れたスパイスを、セレスが豪腕で挽いていく。
ゴリゴリゴリゴリ……。
重厚な音が響き、あっという間に細かなパウダー状になっていく。
挽きたてのスパイスの香りは強烈だった。
鼻を刺すような辛味と、食欲をそそる芳醇な香り。
これだ。この香りだ。
「……すごい匂いです。嗅いでいるだけで、唾液が出てきます」
カエデがお腹をさする。
レイナは「へくちゅん!」とくしゃみを連発しながらも、尻尾をブンブン振って期待を露わにしている。
俺は大きな深鍋を火にかけた。
たっぷりの油に、刻んだニンニクとショウガ(これも森の恵みだ)を入れて熱する。
香りが立ってきたら、みじん切りにした玉ねぎを大量に投入する。
ここからは根気だ。
玉ねぎが飴色になるまで、焦がさないようにじっくりと炒める。
「いい色になってきましたね」
カエデが鍋の中を覗き込む。
「ここがポイントだ。玉ねぎの甘みが、スパイスの辛さを引き立てるんだ」
玉ねぎがトロトロになったところで、解体したホットボアの肉を入れる。
一口大にカットされた肉は、美しい赤身と脂身の層を作っている。
ジューッという音と共に、脂の焼ける香ばしい匂いが広がる。
表面に焼き色がついたら、いよいよ主役の登場だ。
俺は、独自に調合した特製カレースパイスを一気に投入した。
バッ!
その瞬間、世界が変わった。
スパイスが熱せられ、香りが爆発する。
複雑で、奥深く、そして暴力的なまでに魅惑的な香り。
それは、人間の本能に「食え」と命令しているようなものだ。
「うわぁ……! なにこれ、魔法の匂いだ!」
レイナが目を輝かせる。
「未知の体験です。ですが、身体がこれを求めているのが分かります。胃袋が熱くなってきました」
セレスも生唾を飲み込んでいる。
そこへ、トマトの水煮と水を加え、煮込んでいく。
隠し味に、あの『琥珀蜜』を少々。
そして、最後に塩で味を整える。
グツグツと鍋が音を立てる。
黄金色というか、深い琥珀色のルーが出来上がっていく。
とろみがつき、表面に旨味の脂が浮いてくる。
ホットボアの肉からも良い出汁が出ているようだ。
隣の釜では、ご飯が炊き上がっていた。
カエデが水魔法で研ぎ、火加減を調節して炊き上げた、ツヤツヤの白米だ。
「完成だ」
俺は皿にご飯を山のように盛り、その上からたっぷりとカレーをかけた。
湯気と共に立ち上る、スパイシーな香り。
ホットボアの肉は柔らかく煮崩れ、ルーと一体化している。
彩りに、軽く揚げた夏野菜をトッピングすれば、見た目も完璧だ。
俺たちはテーブルについた。
窓の外はすでに暗くなっているが、食卓の上は輝いていた。
「いただきます」
全員で手を合わせる。
俺はスプーンを手に取り、カレーとご飯をすくった。
黄金色の海と白い大陸を、同時に口へと運ぶ。
「…………っ!」
ガツン!
殴られたような衝撃が走った。
辛い。
舌が痺れるほどに辛い。
だが、その直後に押し寄せてくる、強烈な旨味。
スパイスの香りが鼻孔を突き抜け、脳を直接揺さぶってくる。
玉ねぎの甘み、肉のコク、トマトの酸味。
それらが複雑に融合し、一つの巨大な奔流となって押し寄せてくる。
「か、辛っ! でも……美味いッ!」
俺は叫んだ。
額から汗が噴き出す。
だが、スプーンが止まらない。
次の一口が欲しくてたまらない。
「んんっ! 辛いよぉ! 口の中が熱いよぉ!」
レイナが涙目になりながらも、猛烈な勢いで食べている。
水を飲んでは食べ、食べては水を飲む。
完全に中毒になっている証拠だ。
「……信じられません。この刺激、この熱……。身体中の細胞が活性化していくようです」
セレスは顔を紅潮させ、一心不乱に食べている。
彼女の額にも、美しい汗が光っていた。
「……ふぅ、ふぅ……」
カエデは上品に、しかし確実なペースで口に運んでいる。
彼女の白い肌が、ほんのりと桜色に染まっている。
「毛穴という毛穴から、悪いものが全部出ていく感覚です。まさに、食べるサウナ……。これは、素晴らしい浄化料理です!」
彼女の中で、カレーは「浄化魔法の一種」に認定されたようだ。
確かに、食べているだけで身体が内側から綺麗になっていく気がする。
ホットボアの肉も絶品だった。
スパイスを食べて育ったせいか、臭みが全くなく、脂身まで甘い。
辛いルーとの相性は抜群だ。
「おかわり!」
「私も!」
「ボクもー!」
大鍋一杯に作ったカレーは、瞬く間になくなっていった。
食欲がないなんて、誰が言ったんだ?
今の俺たちは、魔物すら食い尽くす勢いだ。
最後の米粒まで綺麗に平らげた後、俺たちはソファに沈み込んだ。
満腹感と、心地よい疲労感。
そして、突き抜けるような爽快感。
汗をかいたおかげか、身体が軽い。
先ほどまでの気だるさが、嘘のように消えていた。
「……生き返った」
俺は天井を見上げて呟いた。
「はい。素晴らしい夕食でした。これなら、明日からも元気に過ごせそうです」
カエデが満足げに微笑む。
その顔は、湯上がりのようにさっぱりとしていた。
「でも、汗かいちゃったね」
レイナが自分の服を引っ張る。
確かに、全員汗だくだ。
だが、それは不快な汗ではない。全力で生きた証のような、気持ちの良い汗だ。
「そうだな。……よし」
俺は立ち上がった。
カレーを食べて汗をかいた後の楽しみといえば、これしかない。
「風呂に入ろう。もちろん、露天風呂だ」
「賛成です! 汗を流してこその完了形ですね!」
セレスが立ち上がる。
「その後は、またアイスクリーム食べようよ! 冷たくて甘いやつ!」
レイナの提案に、全員が頷いた。
熱くて辛いカレーの後に、露天風呂で汗を流し、冷たいアイスクリームで締める。
究極のコンボだ。
これぞ、最強の休日の過ごし方だろう。
俺たちはタオルを手に、浴室へと向かった。
窓の外では、月が綺麗に輝いていた。




