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クラス転移で追放された俺、最強の『運』で異世界でスローライフを実現する。 ~一緒に追放された潔癖クラス委員長と、拾った美少女たちに囲まれて、今日も寝ているだけで全てを叶えます~  作者: 速水静香
第七章:王都からの使者と、揺るがない生活

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第三十話:勇者の絶望と、清浄なる制裁

 穏やかだった午後の庭は、一瞬にして緊迫した空気が支配していた。

 カエデが杖を構え、その先端から青白い光が漏れ出している。

 それは慈悲の光ではない。

 汚れを許さず、不浄を根こそぎ排除しようとする、絶対的な光だ。


「……さて、掃除の時間です」


 彼女の低い声が広がる。

 サカモトたち勇者パーティは、その気迫に押されて後ずさった。

 彼らは本能的に悟ったのだろう。

 目の前にいるのは、いつもの小うるさいだけのクラス委員ではない。

 自分たちが束になっても敵わない、圧倒的な力を持った魔法使いなのだと。


「な、なんだよ……その魔力は……」


 サカモトが震える声で呟く。

 彼は、焦りと恐怖に支配されていた。

 彼らは勇者として召喚され、それなりに戦ってきたはずだ。

 だが、カエデが放つプレッシャーは、彼らが対峙してきたどの魔物よりも強烈だったに違いない。


「お前……無能と一緒に追放されたんじゃなかったのかよ!? なんでそんな力が……!」


 魔法使いの女子生徒が叫ぶ。

 彼女の杖は折れかけ、魔力も枯渇しているのが見て取れる。

 対するカエデは、万全の状態だ。

 しかも、この屋敷の豊富な魔力をバックにしている。

 勝負になるはずがない。


「無能、ですか」


 カエデが冷ややかに笑った。

 その笑顔は美しかったが、同時に背筋が凍るほど冷酷だった。


「貴方たちは何も分かっていませんね。アタルくんが『無能』なのではありません。貴方たちの目が節穴だっただけです」


 彼女は一歩踏み出した。


「そして、私は、ただの委員長ではありません。この屋敷を守る管理者です。……不潔な侵入者は、排除します」


 カエデが杖を振るう。

 次の瞬間、空気が破裂するような音が響いた。

 彼女の周囲に渦巻いていた水流が、一気に膨張し、荒れ狂う奔流へと変貌したのだ。

 それは以前、宰相たちを追い払った時の比ではない。

 ダムが決壊したような、いや、天災そのものと呼べる規模の鉄砲水が、牙を剥いてサカモトたちに襲いかかる。


「消えなさいッ!」


 カエデの怒声と共に、水の壁が勇者たちを飲み込んだ。


「うわぁぁっ!」

「きゃあぁぁぁっ!」


 サカモトが剣を振るって防ごうとするが、無意味だった。

 水の質量は岩石のように重く、彼らの体を軽々と弾き飛ばす。

 地面をえぐり、草木をなぎ倒し、濁流となって彼らを押し流していく。

 それは洗濯などという生易しいものではない。

 文字通りの「洗浄」であり、「排除」だ。


「ごぼっ! ぐあっ! 息が……!」

「助け……て……!」


 彼らは泥水の中で必死にもがくが、カエデの魔法は彼らを逃がさない。

 激流は彼らを洗濯機の中のように回転させ、揉みくちゃにし、地面に叩きつけ、そしてまた空高く巻き上げる。


「さて、徹底的にやりますよ。汚れが落ちるまで、何度でも!」


 カエデが無慈悲に杖を振るうたびに、水流はさらに勢いを増す。

 ゴウゴウと轟音を立てて渦巻く水の中で、勇者たちの鎧が軋み、服が裂ける音が聞こえる。

 こびりついた泥、垢、そして心の薄汚れた感情までもが、物理的な衝撃と共に剥ぎ取られていく。


「ギャァァァッ!」

「痛いっ! もうやめてくれぇぇ!」


 悲鳴が上がるが、水音にかき消されていく。

 高圧洗浄機どころではない。災害級の洪水に巻き込まれたようなものだ。

 黒ずんでいた鎧が、本来の銀色を取り戻し始める。

 固まっていた髪が解け、顔の汚れが落ちていく。

 だが、それは決して心地よいシャワーではない。

 汚れを「敵」とみなして殲滅する、攻撃魔法そのものなのだ。


 今のカエデは、掃除の鬼神と化している。

 彼らをピカピカにして、ここから追い出すこと。

 そのためなら、多少の手荒な真似も辞さない構えだ。


「さすが、カエデ殿」


 セレスは、カエデの水魔法に感心しているようだ。

 ただ、俺からすれば、今のカエデは正直怖い。


「ボク、あんなお風呂絶対やだ……」


 レイナも耳を伏せて震えている。


 やがて、長い長い洗浄タイムが終わった。

 カエデが杖を下ろすと、水流は嘘のように消え去った。

 後に残ったのは、泥一つなく洗い清められた庭と、その中央で折り重なるように倒れている勇者たちだけだった。


 彼らは咳き込み、肩で息をしている。

 その姿は、さっきまでの薄汚れた亡霊とは別人だった。

 髪は濡れて肌に張り付いているが、汚れは完全に落ちている。

 鎧も服も、新品のように輝いていた。

 ただし、全員が白目をむきかけ、ピクピクと痙攣しているが。


「……はぁ、はぁ……何なんだよ、これ……」


 サカモトが呆然と呟く。

 彼は自分の手を見た。

 泥だらけだった手が、白く透き通るように綺麗になっている。

 恐怖で顔色が蒼白になっているせいもあるだろうが。


「汚れは落ちましたね。ですが、まだ足りません」


 カエデが冷徹に言った。

 彼女はまだ杖を下ろしていない。


「外側の汚れは落ちても、貴方たちの内面……その腐った性根までは、まだ綺麗になっていません」


「な、まだやる気かよ……!」


「ええ。仕上げです。二度とこの場所に土足で踏み込もうなどと思わないように、しっかりと教育的指導をしておきます」


 カエデの周囲に、再び魔力が集まり始めた。

 今度は水ではない。

 空気が凍りつくような、冷たい冷気だ。


「『凍てつく波動よ、その身を戒めよ』」


 彼女が杖を振るうと、勇者たちの足元から氷の蔦が伸びた。

 それは彼らの足首に絡みつき、瞬く間に下半身を凍りつかせていく。


「うわっ! 動けない!」

「冷たい! 足が!」


 彼らはパニックに陥った。

 逃げようにも、足が地面に固定されて動けない。

 カエデは彼らに近づき、冷ややかに見下ろした。


「いいですか。ここは貴方たちが踏み荒らしていい場所ではありません。アタルくんが、そして私たちが大切に作り上げた、安息の地です」


 彼女の声には、静かだが確かな怒りが込められていた。


「自分たちが辛いからといって、他人の幸せを奪おうとする。その浅ましい考え方が、貴方たちをここまで追い詰めたのではありませんか?」


「う、うるさい……! お前なんかに何が分かる!」


 サカモトが反論しようとするが、その声には力がなかった。

 圧倒的な実力差を見せつけられ、彼のプライドは粉々になっていた。


「分かりますよ。貴方たちがどれだけ愚かで、身勝手か。……見ていて哀れになるほどです」


 カエデはため息をついた。

 そして、俺の方を振り返った。


「アタルくん。仕上げはお任せしてもいいですか? これ以上、私が手を下すと、彼らの心が折れてしまいそうです」


 彼女なりの慈悲だろうか。

 あるいは、汚れ仕事の最後は俺に譲ってくれたのかもしれない。


「ああ、分かった」


 俺は椅子から立ち上がり、ゆっくりと庭へ降りた。

 凍りついた勇者たちの前まで歩いていく。

 彼らは俺を見上げた。

 その目には、もはや嫉妬や憎悪はない。

 あるのは、畏怖と、そして諦めの色だけだ。


「サカモト」


 俺は彼の名前を呼んだ。


「お前たちがどうしてこうなったか、教えてやろうか」


「……あ?」


「お前たちは、『勇者』という肩書きに甘えすぎたんだよ。世界が自分を中心に回っていると勘違いして、周りへの感謝を忘れた。だから、誰も助けてくれなくなったんだ」


 俺はしゃがみ込み、彼の目線に合わせた。


「俺は『無能』と呼ばれて追放された。でも、だからこそ、自分の力で生きる覚悟を決めた。そして、大切な仲間たちと出会えた」


 俺はテラスにいるセレスとレイナ、そして隣に立つカエデを見た。

 彼女たちは俺を見て、微笑んでくれた。


「運が良かっただけかもしれない。でも、その運を掴んで、離さなかったのは俺たちの意志だ」


 サカモトは何も言えなかった。

 ただ、唇を噛み締め、悔しそうに下を向いた。

 彼も薄々は気づいていたのだろう。自分たちの傲慢さが、この結果を招いたということに。


「……もう行け。二度とここには来るな」


 俺は静かに告げた。

 それは慈悲であり、最後通常告でもあった。


「カエデ、氷を解いてやってくれ」


「……分かりました。特別ですよ」


 カエデが指を鳴らすと、彼らを拘束していた氷が砕け散った。

 自由になった彼らは、へたり込みながらも、なんとか立ち上がった。

 体は震え、足元もおぼつかない。

 だが、その顔つきは、来た時よりも少しだけマシになっていた気がする。

 いや、どちらかといえば、力が削がれて、その虚脱感の中にある種の諦念か。


「……行くぞ」


 サカモトが低い声で仲間に言った。

 彼は一度だけ俺の方を振り返り、何か言いたげに口を開いたが、結局何も言わずに背を向けた。

 謝罪も、感謝もなかった。

 だが、それでいい。

 彼らとの縁は、これで完全に切れたのだから。


 勇者たちは、とぼとぼと門の方へと歩いていった。

 その背中は小さく、頼りなく見えた。

 かつて教室で輝いていた彼らの姿は、もうどこにもない。

 彼らはこれから、王都へ戻るのだろうか。それとも、別の場所へ行くのだろうか。

 どちらにせよ、彼らの前途は多難だろう。

 だが、それは彼ら自身が選んだ道だ。俺たちが関与することではない。


 彼らが門を出て、森の奥へと姿を消すまで、俺たちは見送った。

 最後に鉄の扉が音を立てて閉じた。

 その音が、過去との決別を告げる合図のように聞こえた。


「……終わりましたね」


 カエデが息をついた。

 彼女は杖を下ろし、いつもの穏やかな表情に戻っていた。


「ああ。これで本当に、静かな日常が戻ってくるな」


 俺は大きく伸びをした。

 肩の荷が下りた気分だ。

 ずっと心のどこかに引っかかっていた、クラスメイトたちへのわだかまりが、綺麗さっぱり消え失せた気がする。

 カエデの『浄化』は、俺の心まで洗ってくれたのかもしれない。


「主君、お疲れ様でした。見事な采配でした」


 セレスが近づいてきて、頭を下げた。


「ボク、怖かったけど頑張ったよ! 褒めて!」


 レイナが尻尾を振って抱きついてくる。


「ああ、二人ともよく我慢したな。偉いぞ」


 俺はレイナの頭を撫でてやった。

 彼女たちの存在が、今は何よりも愛おしい。


「さて、掃除も終わりましたし……お茶の続きとしましょうか。スコーンが冷めてしまいました」


 カエデがテラスの方を振り返り、悪戯っぽく微笑んだ。


「そうだな。温め直してもらおうか」


 俺たちは笑い合いながら、テラスへと戻っていった。



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