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クラス転移で追放された俺、最強の『運』で異世界でスローライフを実現する。 ~一緒に追放された潔癖クラス委員長と、拾った美少女たちに囲まれて、今日も寝ているだけで全てを叶えます~  作者: 速水静香
第七章:王都からの使者と、揺るがない生活

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第二十八話:安息の代償と迫る危機

 静寂が戻ってきた。  先ほどまで玄関先で騒ぎ立てていた不快な害虫たちは、カエデの容赦ない洗浄魔法によって、森の彼方へと洗い流された。  

 窓の外では、再び小鳥たちがさえずり、風が木々の葉を揺らす穏やかな音が響いている。まるで何事もなかったかのように、世界は平和を取り戻していた。


「……ふぅ。これでようやく、静かな朝食の続きが楽しめますね」


 カエデがリビングに戻ってきた。  

 彼女は手にした白い杖を軽く振り、先端に残っていた水滴を払うと、何食わぬ顔で席に着く。その表情は晴れやかで、一仕事終えた後の爽快感さえ漂わせていた。


「お帰り。随分と派手にやったな」


「ええ。玄関周りのタイルまでピカピカにしておきました。ついでに、あの人たちが撒き散らした不浄な空気も浄化しておきましたから、もう安心です」


 彼女はそう言うと、冷めかけていたフレンチトーストにフォークを伸ばした。  

 普通なら冷めた料理は味が落ちるものだが、今の俺たちには関係ない。カエデが軽く指先を振るえば、パンからは再び湯気が立ち上り、焼きたての香ばしさが蘇るからだ。


「いただきます」


 カエデが上品にパンを口に運ぶ。  俺もまた、自分の皿に向き直った。  中断されたとはいえ、この黄金色のパンの魅力が損なわれることはない。むしろ、一度お預けを食らったことで、食欲はいっそう増していた。


 口に入れると、再びあの幸福な甘さが広がる。  牛乳と卵の濃厚な味わい。焦げた砂糖のカリッとした食感。  俺は目を閉じ、その味を全身で受け止める。


「ん〜っ! やっぱり美味しい! 変な人たちがいなくなって、もっと美味しく感じるよ!」


 レイナが大きく口を開け、最後の一切れを放り込んだ。  彼女の獣耳はピンと立ち、尻尾はリズミカルに左右に揺れている。彼女にとって、あの宰相たちはただの「食事の邪魔をする悪い奴ら」でしかなかったようだ。


「同感です。主君の安寧を乱す輩を排除した後の食事は、格別の味がします」


 セレスも満足げにナイフを置いた。  彼女の皿は綺麗に空になっている。騎士らしく食事のマナーも洗練されているが、その食べる速度はレイナに負けず劣らず速かった。


 俺も最後の一口を飲み込み、コップに残っていた牛乳を一気に干した。  喉を通る冷たい液体が、胃袋に落ちていく。  満腹だ。  そして、この上ない充足感。


「ごちそうさまでした」


 俺たちは手を合わせ、朝食タイムを終えた。



 俺は、ソファに深く身体を沈めていた。

 窓から差し込む柔らかな日差し。

 甘い香り。

 平和だ。

 このまま日が暮れるまで、何もせずに過ごす。それこそが、俺に与えられた最大の権利であり、義務でもある。


 だが、俺の『天運』は、時として俺の望まない方向へも作用するらしい。  

 俺のくつろぎを妨げるように、テーブルの隅に置いてあった魔導具――水晶板が、淡い光を放ち始めた。


 ブォン、ブォン……。


 低い振動音が聞こえてきた。  

 これは、敷地の入り口である『正門』に設置した魔導具からの呼び出し音だ。  

 板の表面に、門の前の様子が映像として浮かび上がる。


「……またか?」


 もしかして、さっきの宰相たちが戻ってきたのだろうか? 

 いや、あれだけ派手に流されたのだから、そうすぐに戻ってこられるはずがない。


「見てみましょう」


 カエデが水晶板を覗き込む。  

 そこに映っていたのは、宰相の脂ぎった顔ではなかった。


「……ギルドマスターですね」


 初老の男性だ。  

 ギルドマスター。

 彼は、フロンティアの冒険者ギルドで、俺たちにマッドドラゴン討伐の報酬を渡してくれた人物だ。  

 彼は門の鉄格子の前で、申し訳無さそうに縮こまっている。


「通していいか?」

「ええ。彼は礼儀をわきまえている方ですし、庭を泥で汚すようなこともないでしょう」


 カエデの許可が出たので、俺は遠隔操作で正門のロックを解除した。  

 水晶板の中で、重厚な門が自動で開き、ギルドマスターが驚いたように、しかし安堵した表情で敷地内へと足を踏み入れるのが見えた。

 彼が庭を横切り、屋敷の玄関にたどり着くまでの数分の間に、俺たちは茶器を片付け、客人を迎える準備を整えた。  

 やがて、屋敷の正面玄関の扉が控えめにノックされた。


「……失礼いたします。天道様、冷泉様」


 セレスに案内され、ギルドマスターがリビングに入ってきた。  

 俺を見つけると、深々と頭を下げる。

 その顔色は優れない。どこか疲れたような、憔悴したような感じが読み取れた。  

 何か、厄介ごとの匂いがする。


「こんにちは。今日は何の用ですか? またドラゴンの討伐依頼なら、パスですよ。俺たちは休暇中なんで」


 俺の言葉に、ギルドマスターは力なく首を横に振った。


「いえ、依頼ではありません。ただ……確認したいことがありまして」


 彼はハンカチで額の汗を拭いながら、俺とカエデを交互に見た。


「王国の宰相閣下と近衛騎士団が、このフロンティアを訪れていることはご存知でしょうか?」


「ええ、知ってますよ。さっきまでそこにいましたから」


 俺が玄関の方を指差すと、ギルドマスターは「やはり」といった表情でため息をついた。


「実は、ギルドの方にも事前に通達がありました。『英雄となった二人を王都へ連れ帰る』と。彼らは意気揚々とこの屋敷へ向かったはずなのですが……」


 ギルドマスターは言葉を切り、少し言いづらそうに視線を泳がせた。


「先ほど、森の入り口付近で、彼らを目撃しました。……全身ずぶ濡れで、泥まみれになった状態で」


「ほう」


「彼らは『覚えておけ!』と捨て台詞を吐きながら、ほうほうの体で王都の方角へ撤退していきました。まるで、鉄砲水にでも押し流されたかのような惨状でしたよ」


 ギルドマスターは、じっと俺の目を見た。


「この周辺で、局地的な豪雨があったという報告はありません。……天道様、何かご存知ではありませんか?」


「ああ、うちの敷地に泥足で入ろうとしたんで、ちょっと水をかけて追い払ったんですよ。カエデが」


 俺が事もなげに言うと、ギルドマスターは天を仰いだ。


「やはり……! いえ、薄々は感づいておりましたが、まさか本当にやってしまうとは……!」


 彼はがっくりと肩を落とした。


「相手は王国の重鎮ですよ! 王の代理人と言っても過言ではないお方です。それを水攻めにして追い払うなど……これは、国に対する明確な反逆と受け取られかねません!」


 ギルドマスターの声が震えている。

 まあ、普通の感覚ならそうだろう。国家権力に喧嘩を売ったようなものだ。


「それで? 俺たちを捕まえに来たんですか?」


「滅相もございません! 私は……事態の深刻さをお伝えしに来たのです」


 彼はソファに座るよう促されると、重たげに腰を下ろした。

 カエデがキッチンから紅茶とクッキーを盛った皿をテーブルの上に置き始めた。


「まずは落ち着いてください。美味しいお菓子もありますから」


「あ、ありがとうございます……」


 ギルドマスターは戸惑いながらも、クッキーを口にした。少し気持ちを落ち着かせようとしているのだろう。


「……今回の件、王宮は黙っていないでしょう。ただでさえ、今は国全体が余裕を失っていますから」


「余裕がない?」


「はい。実は、王都にいる私の情報源から、あまり良くない噂を聞きまして」


 ギルドマスターは声を潜めた。


「『異世界から召喚された勇者たち』についてです」


 勇者。

 その単語が出た瞬間、俺の手がわずかに止まった。

 クラスメイトたちのことだ。

 ギルドマスターは、俺とカエデがその「勇者たち」と同じ世界から来た元クラスメイトだとは知らない。俺たちはあくまで、偶然流れ着いた強力な冒険者として振る舞っているからだ。


「彼らがどうかしたんですか?」


 俺は努めて無関心を装って尋ねた。


「どうやら……限界のようです」


「限界?」


「はい。女王陛下の命令により、彼らは連日連夜、魔王軍との最前線へ投入されています。十分な休息も与えられず、回復魔法で無理やり体を動かされ、次から次へと死地へ送られている……。精神を病んでしまった者も少なくないと聞きます」


 ブラック企業も真っ青な労働環境だ。

 いや、命の危険がある分、もっとタチが悪い。

 あいつら、「勇者として優遇される」と思っていただろうに。現実は使い捨ての兵隊か。

 教室で俺を「無能」と笑っていた連中の顔が浮かぶ。

 自業自得と言えばそれまでだが、あの女王に使い潰されていると聞くと、少しだけ憐れみを感じなくもない。


「華々しい戦果を上げていると報道されていますが、内実はボロボロのようです。国民の支持も揺らぎ始めています」


 ギルドマスターは深刻な顔で続けた。


「そこで、女王陛下は新たな策を講じようとしています。国民の不満を逸らし、かつ戦力を補強するための策を」


 彼は俺とカエデを交互に見た。


「フロンティアで名を上げた『聖女』……つまり冷泉様と、そのパートナーである貴方様を、身代わりの戦力として利用しようとしているのです」


「身代わり?」


「はい。疲弊した勇者たちの失態を隠蔽し、『新たな英雄が現れた』と国民に喧伝することで、戦意高揚を図ろうとしています。そして、貴方様たちを最前線へ送り込み……勇者たちの盾にするつもりだという情報があります」


 盾。

 つまり、捨て駒ということか。

 自分たちで「無能」と断じて追放しておいて、都合が悪くなったら「英雄」として呼び戻し、最前線で使い潰す。

 しかも、俺たちの意思など関係なく、強制的に。


 相変わらず、あの女王の考えそうなことだ。

 自分の保身のためなら、他人の人生など何とも思っていないのだろう。


「……なるほど。宰相が必死になって俺たちを連れ戻そうとしたわけですね」


 俺が納得して頷くと、ギルドマスターは身を乗り出した。


「納得している場合ではありません! これは由々しき事態ですよ! 王命を拒否したとなれば、次は軍隊が派遣されるかもしれません。貴方様たちは国から指名手配されるも同然……いや、反逆罪を適用されてもおかしくありません!」


 反逆罪。

 国家に仇なす大罪人。

 たしかに、普通の人間なら、震え上がるような言葉だろう。


 だが。


「それで?」


 俺は平然と言い返した。


「そ、それで、とは……?」


「国が俺たちをどう扱おうと、知ったことじゃありません。俺たちはここで、静かに暮らしたいだけなんです。それを邪魔するなら、相手が国だろうが女王だろうが、排除するだけですよ」


 俺の言葉に、ギルドマスターは絶句した。

 国家権力という絶対的な力を前にして、ここまで平然としていられる人間を見たことがないのだろう。

 彼は俺の顔をまじまじと見つめた。そこには虚勢も強がりもない。ただの事実として述べているだけだと、理解したようだった。


 俺には確信があった。

 俺には『天運』がある。カエデには『浄化』がある。セレスには『剣技』が、レイナには『野生の力』がある。

 それに、この屋敷での快適な生活を守るという、何よりも強い動機がある。

 国ごときに、この楽園を壊されてたまるか。


 ギルドマスターは、手に持ったままだったクッキーを口に運んだ。

 そして、ゆっくりと噛み締める。


「……私が馬鹿らしくなってきました」


「え?」


「国の存亡だの、反逆罪だの……そんなことで悩んでいた自分が、小さく思えてきます。貴方様たちの、この揺るぎない日常を前にしては」


 彼は紅茶をすすり、ふぅと息を吐いた。

 その顔からは、先ほどまでの悲壮感が消えていた。


「美味しいですね。本当に」


「ええ。平和の味がしますよ」


 俺もクッキーを口に放り込んだ。

 サクサクとした食感と共に、素朴な甘さが広がる。

 バターの風味もしっかり効いている。


「……天道様」


 ギルドマスターが、真剣な眼差しで俺を見た。


「私は、貴方様の味方です。今回の情報は、あくまで噂レベルとして処理しておきます。ギルドとしても、フロンティアの英雄を国に売り渡すような真似はいたしません」


「それは助かります。面倒ごとは嫌いなんで」


「ですが、警戒は怠らないでください。国は何をしてくるか分かりません。特に、あの宰相あたりは、強硬手段に出る可能性も……」


 俺はカエデと顔を見合わせた。

 カエデがくすりと笑う。


「ああ、あいつなら心配いりません。カエデが徹底的に洗浄しましたから、しばらくは立ち直れないでしょう」


「……そうでしたね。あの方を水に流すなど、聞いたこともありません」


 ギルドマスターは吹き出し、そして腹を抱えて笑い出した。


「いやはや、まいりました。貴方様たちには、常識など通用しませんね。私の心配など、杞憂に過ぎなかったようです」


 ひとしきり笑った後、彼はすっきりした顔で立ち上がった。


「では、私はこれで失礼します。何かあれば、いつでもギルドへご連絡ください。全力でサポートさせていただきます」


「ありがとうございます。また美味いもんができたら、差し入れしますよ」


「ええ、楽しみにしています」


 ギルドマスターは、来た時とは別人のような軽やかな足取りで帰っていった。

 その背中を見送りながら、俺は大きく伸びをした。


「……さて」


 俺は振り返った。

 そこには、いつの間にか目を覚まし、話を聞いていたセレスとレイナも立っていた。


「主君。今の話……」


 セレスが真剣な表情で問いかけてくる。


「ああ。国が何か企んでるらしいが、関係ない」


 俺はきっぱりと言った。


「俺たちの生活は、俺たちが守る。誰にも邪魔はさせない。それだけだ」


「……はい! その言葉、胸に刻みました。私も、この剣にかけて、主君の平穏をお守りします!」


 セレスが胸に手を当てて誓う。

 その瞳に迷いはない。


「ボクも! 悪いやつが来たら、ガブってする!」


 レイナが牙を剥いて威嚇のポーズをとる。


「ふふ。頼もしいですね」


 カエデが微笑みながら、空になったティーカップを片付ける。


「さあ、難しい話はおしまいです。お茶会の続きをしましょうか。まだクッキーはたくさんありますから」

「そうだな。湿気ないうちに食わないともったいない」


 俺たちは再び、平和な日常へと戻っていった。

 国の陰謀? 勇者の危機?

 そんなものは、明日の天気よりもどうでもいいことだ。

 今の俺たちにとって重要なのは、目の前のクッキーが美味しいということ。

 それだけなのだから。


 西の空が、茜色に染まり始めていた。

 今日もまた、最高の一日が終わろうとしている。

 そして明日もまた、間違いなく最高の一日が待っているはずだ。

 俺には『天運』があるのだから。


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