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クラス転移で追放された俺、最強の『運』で異世界でスローライフを実現する。 ~一緒に追放された潔癖クラス委員長と、拾った美少女たちに囲まれて、今日も寝ているだけで全てを叶えます~  作者: 速水静香
第六章:Fランクの逆襲と、泥塗れの守護竜

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第二十六話:虚像の英雄と、湯上がりの一杯


「……マッドドラゴンは、どこへ行ったのだ?」


 震える声でそう問いかけてきたのは、豪華なマントを羽織った男だった。

 おそらく、この騎士団を率いる視察官か何かだろう。

 彼の後ろには、ギルドで俺たちを馬鹿にしていたあの金ピカの騎士もいる。

 彼らは一様に、幽霊でも見たかのような顔で俺たちと、そして目の前の泉を凝視していた。


 無理もない。

 ついさっきまで、ここは猛毒の泥が渦巻く地獄のような場所だったはずだ。

 それが今では、マイナスイオンたっぷりの清涼なパワースポットに変わっている。

 おまけに、元凶であるドラゴンは影も形もない。

 あるのは、制服姿の俺とカエデ、女騎士、そして獣人のレイナだけ。


 俺は肩をすくめて、湧き水を指差した。


「さあな。綺麗さっぱり消えたよ」


 嘘は言っていない。

 文字通り、跡形もなく消え去ったんだから。


「き、消えた……だと?」


 視察官がよろめくように一歩踏み出した。

 彼は泉のほとりに膝をつき、震える手で水を掬った。


「……毒がない。それどころか、これは……聖水か? 高濃度の魔力を含んだ、純粋な水……」


 彼は信じられないといった様子で、カエデの方を見た。

 カエデはまだ杖を持ったまま、スカートの汚れを気にしている。

 その姿が、彼らにはどう映ったのか。


「まさか……『浄化』されたというのか? あのSランク魔物の毒沼を、一瞬で?」


 ざわめきが広がる。

 騎士たちが顔を見合わせ、ひそひそと囁き合う。


「おい、あの杖を見ろ。あれは国宝級の魔導具じゃないか?」

「あの服……見たことがないぞ」

「傷一つ負っていない……。ドラゴンと対峙して、無傷だと?」


 彼らの視線が、値踏みするものから、畏敬の念を含んだものへと変わっていくのが分かった。

 特に、あの傲慢だった金ピカ騎士の顔色は見ものだ。

 青を通り越して土色になっている。


「……貴公らは、何者だ?」


 視察官が立ち上がり、居住まいを正して問うてきた。

 さっきまでの高圧的な態度はどこへやら、声には深い敬意が滲んでいる。


「ただの通りすがりです」


 俺は面倒くさそうに答えた。


「薬草を採りに来ただけだったんですがね。なんか変なのが飛び出してきたんで、追い払っただけです」


「お、追い払った……?」


 視察官が絶句する。

 Sランクのドラゴンを「変なの」呼ばわりし、「追い払った」の一言で済ませる。

 その事実が、彼らの中での俺たちの評価を決定づけたようだ。


(……間違いない。こいつらは、ただの村人などではない)


 視察官の心の声が聞こえてきそうだ。


(その見たことがない服装。底知れぬ魔力。そして、この余裕……。もしや、古い文献にある『異界より来たりし賢者』か? あるいは、世を忍ぶ高貴な血筋の……)


 勝手に妄想が膨らんでいる。

 まあ、訂正するのも面倒だ。

 このまま適当に合わせておいて、さっさと帰らせてもらおう。


「あー、それで。俺たち、もう帰っていいですか? 服も汚れちゃったし」


 俺が言うと、視察官はハッとして、慌てて頭を下げた。


「し、失礼いたしました! 危機を救っていただいた勇者に対して、なんたる非礼を……!」


 勇者。

 またその単語か。

 どうもこの世界の人たちは、すぐに人を持ち上げたがる。


「ギルドマスター! これはいかんぞ! 彼らは国賓級の待遇で迎えるべき方々だ!」


 視察官が後ろに控えていた初老の男――ギルドマスターに叫ぶ。

 ギルドマスターもまた、額に汗を浮かべながら頻りに頷いていた。


「も、もちろんですとも! Sランク魔物の討伐、それも被害を出すことなく完全な浄化まで……。これはギルド始まって以来の偉業です!」


 ギルドマスターが揉み手をして近づいてきた。


「あー、皆様。まずはギルドへ戻り、正式な報告と……報酬の受け渡しをさせていただきたいのですが」


「報酬?」


 その言葉に、俺の耳がピクリと反応した。


「はい。今回の件は緊急クエストとして公示されておりました。討伐報酬に加え、特別功労金、さらにはギルドランクの特例昇格もご用意させていただきます!」


 金か。

 それはありがたい。

 今の俺たちは無一文に近い。これからの生活を考えれば、資金はいくらあっても困らない。


「ランク昇格については、いきなりSランク……いや、それでは足りないか。名誉ランクの授与を検討させていただきます! 王都への謁見の手配も、直ちに行いましょう!」


 ギルドマスターが鼻息を荒くしてまくし立てる。

 しかし、その提案の後半部分は、俺にとって迷惑以外の何物でもなかった。


「いらん」


 俺は即答した。


「は?」


「ランクとか、名誉とか、王都への謁見とか。そういうのは全部いらない」


 俺の言葉に、場が凍りついた。

 誰もが耳を疑っている。

 名誉と地位。

 誰もが欲しがるものを、俺があっさりと拒絶したからだ。


「な、なぜですか!? これほどの功績、国を挙げて称えるべきものですぞ!?」

「面倒だからだ」


 俺は正直に言った。


「俺たちは静かに暮らしたいんだよ。有名になってチヤホヤされたり、偉いさんに頭を下げに行ったりするのは御免だ」


 それに、王都に行けばあの女王と顔を合わせることになる。

 せっかく追放されて自由になったのに、またあそこに戻るなんて悪夢だ。


「そ、そんな……無欲な……」


 視察官が感涙にむせんでいる。

 どうやら俺の「面倒くさい」という本音が、「世俗の欲にまみれない高潔な精神」として変換されて伝わってしまったらしい。


「分かりました。その高潔な意志、尊重いたします」


 視察官は深く頭を下げた。


「しかし、何もなしでは我々の気が済みません。せめて、報酬金だけでも受け取ってください」


「金はもらうよ。生活費は必要だからな」


「ありがとうございます! では、他に何かご要望は……?」


 要望。

 俺は少し考えた。

 そういえば、ここに来た本来の目的を忘れていた。


「牛乳が欲しい」

「……はい?」


 ギルドマスターがきょとんとした。


「牛乳だ。新鮮で、濃くて、美味いやつ。あと、魔石。純度が高くて長持ちするやつを頼む」

「ぎゅ、牛乳と魔石……ですか?」

「そうだ。それが手に入れば、俺たちは満足だ」


 俺が断言すると、彼らは顔を見合わせた。

 ドラゴンを倒した報酬が、牛乳と魔石。

 そのあまりの落差に、彼らの脳内処理が追いついていないようだ。


「……ぷっ」


 横でカエデが吹き出す気配がした。

 彼女もまた、この状況を楽しんでいるらしい。


「了解いたしました! 直ちに、この街で手に入る最高級の牛乳と魔石をご用意させましょう!」


 ギルドマスターが叫んだ。

 こうして、俺たちのドラゴン討伐は、牛乳という最高の戦利品によって幕を閉じることになった。



 その後、俺たちはVIP待遇で街まで送られた。

 ギルドの前には、噂を聞きつけた人々が集まっていたが、俺たちは裏口からこっそりと物資を受け取り、早々に退散することにした。

 手に入れたのは、金貨が詰まった袋と、木箱に入った最高級の魔石。

 そして、氷で冷やされた瓶入りの牛乳が二十本。

 十分すぎる収穫だ。


「それでは、我々はこれで」


 ギルドマスターと視察官に見送られ、俺たちは街を後にした。

 あの金ピカ騎士は、最後まで俺たちと目を合わせようとしなかった。

 まあ、プライドがズタズタなのだろう。気にするほどのことでもない。


 帰りの道中も、俺の『天運』のおかげでスムーズだった。

 魔物は出ないし、天気もいい。

 レイナはもらった報酬の一部で買った干し肉をかじりながらご機嫌だし、セレスは「主君の武勇伝がまた一つ増えました」と誇らしげだ。

 カエデだけは、「早く帰って服を洗いたい」と早足だったが。


 屋敷に着いた頃には、日はすっかり暮れていた。

 森の木々が長い影を落とし、空には一番星が輝いている。


「ただいまー!」


 レイナが元気に扉を開ける。

 誰もいないはずの屋敷だが、カエデの魔法で自動的に明かりが灯り、俺たちを出迎えてくれた。


「……帰ってきたな」


 俺は荷物を置き、大きく伸びをした。

 やっぱり、ここが一番落ち着く。

 王城の玉座よりも、ギルドの喧騒よりも、この静かなリビングが俺の居場所だ。


「さて、まずは洗濯です」


 カエデが宣言する。

 彼女は自分の服と、ついでに俺たちの服もまとめて回収し、浴室の方へと消えていった。

 魔法を使えば一瞬で終わるだろうが、彼女なりのこだわりがあるのだろう。


「私は夕食の準備をします。今日は簡単に済ませましょうか」


 セレスがキッチンへと向かう。

 彼女もすっかり、この生活に馴染んでいる。


 俺はというと、一番の目的を果たすために動き出した。

 そう、風呂だ。

 今日一日、歩き回り、泥んこのドラゴンと対峙し、体は汗ばんでいる。

 この状態で入る風呂こそが、至高の贅沢なのだ。


「カエデ、風呂沸かしてくれー!」


「もう準備してますよ! 魔石も補充しましたから、今日はたっぷり入れます!」


 脱衣所から頼もしい声が返ってきた。

 新しい魔石のおかげで、お湯の温度管理も循環機能もパワーアップしているらしい。


 俺は服を脱ぎ捨て、浴室へと飛び込んだ。

 湯気が満ちる空間。

 広い浴槽には、並々と新鮮なお湯が張られている。

 ざぶん、と音を立てて身を沈める。


「……あ゛ぁ~……」


 声が出る。

 やっぱりこれだ。

 この瞬間のために生きていると言っても過言ではない。

 体の芯から力が抜けていく。

 筋肉の緊張が解け、疲れがお湯に溶け出していく感覚。


 天窓を見上げれば、満天の星空が見える。

 静寂と、温もり。

 ドラゴンを倒した英雄? 知ったことか。

 俺はただの、風呂好きの一般人だ。


 しばらくして、カエデたちの楽しそうな声が聞こえてきた。

 彼女たちは、裏庭の露天風呂で汗を流しているのだろう。

 平和だ。

 本当に、平和だ。


 三十分ほど堪能して、俺は風呂から上がった。

 体はポカポカで、肌はツルツルだ。

 清潔な服に着替え、リビングへ戻る。


 そこには、湯上がりの三人が待っていた。

 カエデは髪をアップにして、さっぱりとした表情。

 セレスは濡れた髪をタオルで拭きながら、どこか色っぽい雰囲気を出している。

 レイナは尻尾を振って、テーブルの上を見つめていた。


 テーブルの上には、氷で冷やされた牛乳瓶が置かれている。


「準備万端だな」


「ええ。アタルくんの言う通りに用意しましたよ」


 カエデがニッコリと笑う。


 俺は牛乳瓶を手に取った。

 ひんやりとした感触が心地よい。


「これが……お風呂上がりの『牛乳』ですか?」


 セレスが興味深そうに見つめる。


「そうだ。風呂上がりの最終兵器だ」


 俺は全員に行き渡るように準備をした。

 そして、それぞれの瓶を手にする。


「それじゃあ、今日の勝利に乾杯!」


「乾杯!」


 カチン、と瓶が触れ合う音が響く。

 俺は腰に手を当て、瓶を傾けた。

 冷たい液体が喉を通り抜ける。


 ……美味い。

 火照った体に染み渡っていく。

 五臓六腑に染みるとは、まさにこのことだ。


「ぷはぁっ!」


 一気に半分ほど飲み干し、俺は息を吐いた。


「おいしー! 甘くて冷たくて、最高!」


 レイナが目を輝かせて叫ぶ。

 彼女の口の周りには、白い髭のように牛乳がついている。


「……驚きました。牛乳にこのような楽しみ方があったとは。苦味と甘みが調和して、大人の味がします」


 セレスもうっとりとした表情で味わっている。


「ふふ。確かに、これは癖になりそうです。お風呂上がりの定番になりそうですね」


 カエデも満足そうだ。


 俺は残りの牛乳を飲み干し、ソファに深く沈み込んだ。

 窓の外では、フクロウの声が聞こえる。

 満腹で、体は清潔で、仲間がいて、美味い飲み物がある。

 これ以上の幸せがあるだろうか。


 今日手に入れた金貨があれば、当分の間は遊んで暮らせる。

 魔石もたっぷりとあるから、屋敷の設備もフル稼働できる。

 食料も、調味料も、日用品も揃った。

 俺たちの基盤は盤石だ。


「……ねえ、天道くん」


 カエデが隣に座り、夜空を見上げながら言った。


「私たち、これからもここで暮らしていくんですよね」


「ああ。追い出されない限りはな」


「追い出そうとする人がいたら?」


「その時は……ま、俺の運でなんとかなるだろ」


 俺は笑って答えた。

 カエデもつられて笑う。


「そうですね。貴方の運があれば、魔王が来てもなんとかなりそうです」


「勘弁してくれよ。俺は静かに暮らしたいだけなんだ」


 そう言いながらも、俺は確信していた。

 たとえ何が起きても、この場所だけは守り抜けると。

 だって、こんなに快適な場所、他にはないのだから。


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