表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クラス転移で追放された俺、最強の『運』で異世界でスローライフを実現する。 ~一緒に追放された潔癖クラス委員長と、拾った美少女たちに囲まれて、今日も寝ているだけで全てを叶えます~  作者: 速水静香
第六章:Fランクの逆襲と、泥塗れの守護竜

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/36

第二十五話:浄化の濁流

 カエデが杖を天に突き上げていた。

 彼女の口から、低く重い詠唱が流れ出す。

 そのカエデを中心として、高密度の魔力が集まりつつあった。


 だが、この魔法は簡単には発動しない。

 彼女が紡ごうとしているのは、水魔法の『浄化』。

 しかし、その規模ゆえに、長い詠唱時間と集中を必要としているようだ。

 もちろん、その間、術者であるカエデは無防備な状態となる。

 

 俺はそっと、さらに岩の奥へと身を隠した。

 俺にできることは見守ることくらいだ。

 それに、下手に巻き込まれたら、俺まで「洗濯」されかねない。


 問題は、ドラゴンの方だった。

 逃走を阻まれ、追い詰められた巨獣は、死に物狂いで反撃に転じる。


 グオオオオオオオッ!!


 泥の腕を振りかざし、毒のブレスを吐きながら、ドラゴンはカエデへと突進した。

 その巨体が迫る。地面が揺れる。

 詠唱中のカエデは、動くことができない。


 だが、その巨体を真正面から受け止める者がいた。


「させるものかッ!」


 セレスだった。

 彼女は主君とカエデを守るため、文字通り肉壁となってドラゴンの前に立ち塞がった。

 剣を握りしめ、ドラゴンの猛攻を一身に引き受ける。


 ガァァァン!!


 ドラゴンの泥の腕を、セレスは剣で受け止めた。

 凄まじい衝撃。彼女の足が地面にめり込む。

 だが、セレスは一歩も退かなかった。


「私が倒れるまで……一歩たりとも、通しはしない!」


 騎士としての誇りと誓いが、その剣閃に宿る。

 セレスはドラゴンの腕を弾き返し、カウンターの斬撃を叩き込んだ。


 ザシュッ!


 白銀の刃が、ドラゴンの前腕を深く切り裂いた。

 黒い泥が飛び散り、地面に染みを作る。

 だが、ドラゴンは怯まなかった。


 ブチュルルルッ……


 切り裂かれた傷口から、新たな泥が噴き出す。

 それは見る間に形を取り戻し、数秒後には元通りの腕が再生されていた。


「再生するのか……!」


 斬っても斬っても、すぐに戻る。

 これでは、いくら攻撃しても意味がない。


 グオオッ!!


 ドラゴンが咆哮を上げた。

 次の瞬間、その口から紫色の靄が吐き出される。

 毒のブレスだ。


「くっ……!」


 セレスは回避するが、ブレスは回り込む。

 紫の霧が周囲に広がり、近くの草木に触れた瞬間、それらは一瞬で枯れ果てた。

 緑だった葉が黒く変色し、ボロボロと崩れ落ちていく。


 これが、Sランク魔物の毒。

 ただ触れるだけで、生命を蝕む。


 セレスは息を止めながら、必死に体勢を維持している。

 しかし、その間にも鎧の表面が黒ずんでいくのが見えた。

 金属さえも腐食させる猛毒のようだ。


 ドラゴンはその隙を見逃さなかった。

 巨大な尻尾が、横殴りに振るわれる。


「セレス、後ろ!」


 俺の叫びよりも早く、尻尾がセレスの脇腹を捉えた。


 ドゴォッ!!


「ぐはっ……!!」


 セレスの体が吹き飛ばされ、地面を転がる。

 剣を持つ手が震えているのが、ここからでも見えた。

 それでも彼女は即座に立ち上がる。


「まだ……まだ倒れるわけにはいかない……!」


 血を吐きながらも、騎士は再び構えを取った。

 その姿に、俺は息を呑む。


 一方、レイナは別の動きを見せていた。

 彼女は俊敏な動きでドラゴンの横腹や背後を奇襲する。


「こっちだよ、デカブツ!」


 風のように駆け、爪を閃かせ、ドラゴンの狙いを絶えず逸らし続ける。

 彼女の役割は削り取ることではなく、注意を引き、進路を乱すこと。

 それは獣人ならではの野生の戦闘術だった。


 ドラゴンはレイナに標的を変え、泥の弾丸を連射した。


 ビュンッ! ビュンッ! ビュンッ!


 黒い泥球が次々と発射される。

 その一つ一つが、着弾すれば人間の体を貫通する威力を持っている。


 だが、レイナは避けた。

 紙一重で、ギリギリで、しかし確実に。


「遅いよ、ノロマ!」


 野生の勘で弾道を読み切っているのだろう。

 彼女の耳がピクピクと動いているのが見える。

 風の流れで次弾の方向が分かるのかもしれない。


「ボクを舐めるなよッ!」


 レイナの目が、獣人特有の金色に輝いて見えた。

 彼女の中で、何かが覚醒しつつあるようだ。

 動きがさらに鋭くなっていく。


 フェイントを織り交ぜながら、レイナはドラゴンを翻弄する。

 右に行くと見せかけて左に跳ぶ。

 低く構えたかと思えば、次の瞬間には頭上を飛び越える。

 その動きは、もはや人間の域を超えていた。


 ドラゴンは苛立ちながら、セレスとレイナを相手に暴れ回る。

 しかし、二人の連携は見事だった。

 セレスが正面を受け止め、レイナが側面から撹乱する。

 ドラゴンはカエデに近づくことすらできない。


 だが、Sランク魔物は伊達ではなかった。

 体力が尽きることも、再生が止まることもない。

 むしろ、時間が経つほどに動きが激しくなっていく。


 セレスの鎧には、いくつもの傷ができていた。

 剣には黒い泥がこびりつき、切れ味が鈍っているように見える。

 レイナの服も、泥の飛沫で汚れ、所々が破れている。


 二人とも、息が上がっていた。


 俺は岩陰から、その光景を見守っていた。

 無力だ。

 俺には、何もできない。

 ステータスはオール10。スキルは『天運招来』だけ。

 直接戦闘で役に立つことなど、何一つない。


 だが、だからこそ。

 俺にできることは、仲間を信じて待つことだけだった。


 カエデの詠唱は、まだ続いている。

 彼女が発動させようとしている『浄化』。

 それが完成すれば、あのドラゴンを消し去ることができる。

 俺は、その瞬間を信じて待つしかない。


「頼む……間に合ってくれ……」


 俺は心の中で祈るほかにすることはない。

 仲間たちを、信じるのだ。


 どれほどの時間が経っただろうか。

 おそらく、数分程度だったはずだ。

 だが、命懸けの戦闘においては、永遠にも感じられる時間だった。


 セレスは膝をついていた。

 限界が近い。

 レイナも肩で息をしながら、それでもドラゴンを睨み続けている。


 ドラゴンは勝利を確信したかのように、再びカエデに向かって突進しようとした。


 その時だった。


「――詠唱、完了」


 カエデの声が、戦場に響いた。

 静かな、しかし絶対的な宣告。

 彼女の周囲に集束した水の魔力が、臨界に達する。


 大気が震えた。

 空気中の水分が、すべてカエデの元へと吸い寄せられていく。

 その量は、もはや川一本分に匹敵するほどだった。


 セレスとレイナが、本能的に危険を察知して後退する。

 ドラゴンも足を止め、異変を感じ取ったようだった。


 カエデの目が見開かれ、冷徹な光が宿ったように見えた。

 その瞳からは、慈悲のかけらも感じられない。

 汚れを許さない絶対的な意思だけが伝わってくる。


「セレスさん、レイナさん。離れてください」


 二人は即座に反応した。

 セレスとレイナが、同時に後方へ跳躍する。


 カエデが杖を振り下ろす。


「『すべてを浄化せよ』」


 短く、しかし絶対的な宣告。

 その瞬間、周囲の空気が一変した。

 天から降り注ぐのは、慈悲の雨ではない。

 それは、対象を無に帰すための、圧倒的な「洗浄水」だった。


 ズザアアアアアアアアッ!


 巨大な滝が、ドラゴンの真上に現れたかのような光景。

 清浄なる水流が、ドラゴンの巨体を飲み込んだ。

 実際のところ、これは攻撃魔法ではない。あくまで水魔法で浄化を行うためのものだ。

 しかし、カエデの魔力と怒りによって行使された『浄化』は、物理的な破壊力を伴う激流となっていた。


 ギャオオオオオオッ!!


 ドラゴンの絶叫が水音にかき消される。

 泥の鎧が剥がれ落ちる。

 いや、それだけではない。

 マッドドラゴンという魔物は、その身体のすべてが有毒な泥で構成されているらしい。骨も肉もなく、ただ汚染された魔力と泥が固まって動いているだけの存在なのだろう。

 だからこそ、カエデの『浄化』は致命的だった。


 洗浄されるたびに、ドラゴンの体積が減っていく。

 泥という構成要素そのものが中和され、洗い流されていくのだ。

 それは浄化という名の、存在の消去に等しかった。


 さっきまで何度斬っても再生していたドラゴンの体が、今度は戻らない。

 再生する泥そのものが、浄化によって無害な水へと変わっていくのだ。


「まだです。こびりついた汚れは、根こそぎ削ぎ落とします!」


 さらに流れ込む水量が増した。

 その水流に抗うことができず、成されるがままでドラゴンは横たわっている。


 ギャャャャオオッ!!ギャャャャオオッ!!


 すべてが洗い流されていく。

 もはや、一方的な蹂躙だ。

 しばらくの間、浄化魔法という名の水攻めが行われたのち、ようやく水が引いた。


 そこには無残な姿になったドラゴンが横たわっていた。

 かつての巨体は見る影もなく縮んでいる。

 表面の硬い泥は失われ、核となる半液状の泥が、形を保とうと必死に蠢いているだけだ。

 汚れを落とされたマッドドラゴンは、まるで殻を剥かれたカタツムリのように心許ない姿に見える。


「……落ちましたか」


 カエデが冷ややかに見下ろす。

 彼女の怒りはまだ収まっていないようだ。


「汚れそのものが本体だったようですね。それを剥がされれば、ただの泥水です」


 追い詰められたドラゴンは、最後の力を振り絞って形を戻そうとした。

 だが、すでに核となる魔力は浄化され尽くしている。

 泥の体は形を保てなくなり、ドロドロと崩れ始めた。


 やがて、限界を超えたのか、ドラゴンの形が完全に崩壊した。

 断末魔の叫びすら上げる暇もなかった。

 その巨大な体は、カエデの魔法の効果でさらさらとした液体へと変わり、地面に染み込んでいく。


 後に残ったのは、静寂と。

 毒素が完全に分解され、美しく透き通った湧き水だけだった。


「……終わったか」


 俺は岩陰から出て、肩の力を抜いた。

 目の前には、かつてドラゴンだった場所から、こんこんと清らかな水が湧き出している。

 凶悪な魔物が、ただの綺麗な水になって終わるとは。

 なんともシュールな結末だ。


 セレスとレイナが、肩で息をしながらこちらへ歩いてくる。

 二人とも、傷だらけで泥まみれだ。

 特にセレスの鎧は、ドラゴンの猛攻を一身に受けた証として、いくつもの凹みがあった。


「主君、無事でしたか」


「ああ。それより、お前たちの方が大変だったろ」


「いえ、これくらいは騎士として当然の務めです」


 セレスは満足げに微笑んだ。

 彼女にとって、主君を守ることができたことが、何よりの喜びなのだろう。


「ボクも頑張ったよ! 褒めて褒めて!」


 レイナが尻尾を振りながら俺に駆け寄ってくる。

 泥だらけの彼女を見て、俺は苦笑した。


「ああ、頑張ったな。帰ったら、たくさん美味いもの作ってもらおう」


「やったー!」


「……ふぅ」


 カエデが杖を下ろし、乱れた髪を直した。

 彼女は自分のスカートを確認する。

 汚れはまだ残っているが、元凶を消し去ったことで、少しは溜飲が下がったようだ。


「とりあえず、洗濯ですね」


 彼女は冷静に言った。

 そこへ、洞窟の奥からざわざわとした音が近づいてきた。

 金属の擦れる音と、多数の足音。

 騎士団だ。

 ドラゴンの反応が消えたことを不審に思い、追ってきたのだろう。


「……誰か来るぞ」


 俺たちが身構える間もなく、崩れた入り口から金色の鎧を着た集団が姿を現した。

 先頭に立っているのは、ギルドで見たあの傲慢そうな騎士と、ひときわ豪華なマントを羽織った視察官らしき男だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ