表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クラス転移で追放された俺、最強の『運』で異世界でスローライフを実現する。 ~一緒に追放された潔癖クラス委員長と、拾った美少女たちに囲まれて、今日も寝ているだけで全てを叶えます~  作者: 速水静香
第六章:Fランクの逆襲と、泥塗れの守護竜

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/36

第二十四話:裏街道の散策と、泥飛沫の悲劇

 西の平原へ向かう道中、俺たちはピクニックのような穏やかな時間を過ごしていた。

 森の木々は適度に間引かれ、木漏れ日が柔らかく地面を照らしている。時折、心地よい風が吹き抜け、葉を揺らす音だけが静かに響く。

 本来なら、ここは魔物が徘徊する危険地帯のはずだ。だが、俺たちの周りには、平和な空気だけが漂っていた。


「……不思議ですね」


 先頭を歩くセレスが、剣の柄に手を添えたまま首をかしげる。彼女は周囲を警戒こそしているが、どこか納得している雰囲気があった。


「冒険者ギルドの情報では、この辺りも魔物の目撃例が多いはずなのですが。気配の一つも感じられません」


「みんなお昼寝でもしてるんじゃないか? いい天気だし」


 俺は適当に答えた。

 実際には、俺の『天運招来』が魔物との遭遇を回避させているのだろう。遠くの茂みがガサガサと揺れることはあるが、それはこちらに向かってくる音ではなく、慌てて逃げ去っていく音だ。どうやら森の住人たちは、本能的に「関わってはいけないもの」を察知しているらしい。


「いえ、これは間違いなく主君の『強運』によるものでしょう」


 セレスが確信を込めて断言する。彼女は俺の運の良さを、一種の『加護』や『王の資質』として思っているような節がある。


「主君が歩けば道が開く。魔物ですら道を譲る。さすがはアタル様です」


「買いかぶりすぎだって」


 俺は肩をすくめた。


「あ! これ、甘い匂いがする!」


 さらに前を行くレイナが、鼻をひくつかせて立ち止まった。

 彼女は茂みの中に手を突っ込み、赤い木の実がついた枝を折って戻ってきた。


「見て見て! これ、美味しいやつだよ!」


「……本当ですか? 毒があるかもしれませんよ」


「大丈夫だよ! ボク、これ知ってるもん! いつも食べると元気になるやつ!」


 レイナは自信満々に言うと、木の実を口に放り込み、幸せそうな顔で咀嚼し始めた。


「ん~! 甘酸っぱくておいしー!」


「大丈夫そうですね」


 カエデは、じっとレイナの食べる木の実を見ている。


「カエデも食べるー?」


「いいえ、遠慮しておきます」


 この答えに、彼女の潔癖な感じが出ていて、思わず俺は笑ってしまった。

 しばらく歩いていくと。


「こっちこっち! 風が流れてるよ! 歩きやすい道がある!」


 口の周りを赤く染めたレイナが、獣道ですらない、ただの木々の間を指差した。

 だが、俺の『勘』もまた、そちらを指し示していた。正規の街道を行くよりも、こっちのほうが何か「いいこと」がありそうな気がする。


「行ってみるか。近道かもしれないし」


「……地図には載っていませんが、貴方がそう言うなら間違いはないのでしょうね」


 カエデは苦笑しながらも、俺の判断に異を唱えない。彼女のスカートが草に触れないよう、魔法で少し水を操って露を払っているのが見えた。

 俺たちはレイナの後を追い、森の奥深くへと足を踏み入れた。


 道なき道を進んでいるはずなのに、不思議と足場は悪くなかった。

 倒木はちょうどいい橋になり、密生する茨は俺たちが通る場所だけ枯れていたり、左右に開いていたりする。まるで、森そのものが俺たちを歓迎し、奥へと招き入れているかのようだ。


 しばらく歩くと、周囲の景色が変わり始めた。

 木々の緑が減り、代わりにゴツゴツとした岩肌が目立つようになってくる。地面も土から砂利混じりの岩場へと変わり、空気が少し乾燥してきた。


「……天道くん。薬草採取の依頼でしたよね?」


 カエデが周囲を見回して言った。


「薬草が生えているのは、もっと湿り気のある平原のはずです。ここは、どちらかと言えば……」


「岩山だな」


 俺は見上げた。

 目の前には、切り立った崖がそびえ立っている。どうやら、西の平原を目指していたはずが、いつの間にか北側の山岳地帯の裏手に回り込んでしまったらしい。


「方向音痴にも程があります。レイナ、どこへ連れていくつもりですか?」


「だってぇ、こっちから変な匂いがしたんだもん」


 レイナは悪びれずに鼻を鳴らした。


「変な匂い?」


「うん。なんかね、焦げ臭いような、鉄っぽいような……あと、すごく嫌な泥の匂い」


 その言葉に、セレスが反応した。


「泥……? まさか」


 セレスが鋭い視線を崖の方へ向ける。

 そこには、巨大な洞窟が口を開けていた。自然にできたものではない。何かが内側から突き破って開けたような、荒々しい裂け穴だ。

 そして、その奥から微かに音が聞こえてくる。


 ズドォォン……!

 キンッ! ガギィッ!


 爆発音と、金属がぶつかり合う高い音。そして、男たちの怒号と、獣の咆哮。


「……戦闘音です」


 セレスが剣を抜き、俺の前に立った。


「それも、かなり大規模な。……主君、ここは危険です。引き返しましょう」


「そうだな。面倒ごとに巻き込まれるのは御免だ」


 俺は即座に同意した。

 あの音の正体は、考えるまでもない。ギルドで見たあの金ピカ騎士団だ。彼らが正面から『マッドドラゴン』の巣に突入し、今まさに死闘を繰り広げているのだろう。

 そして、ここは恐らく、その巣穴の「裏口」にあたる場所だ。通気口か、あるいは抜け穴か。


「帰ろう。俺たちの目的は薬草と魔石だ。ドラゴン見物じゃない」


 俺がきびすを返そうとした、その時だった。


 グオオオオオオオオッ!!


 洞窟の奥から、空気を震わせる絶叫が響いた。

 それは威嚇の叫びではない。痛みと、焦りと、そして苛立ちに満ちた悲鳴だった。


 ズズズズズ……!


 地面が揺れる。洞窟の中から、凄まじい勢いで何かが迫ってくる気配がした。風圧が吹き出し、砂利が舞い上がる。


「来ます!」


 レイナが叫び、とっさに近くの大岩の陰に飛び込んだ。

 俺も反射的にカエデの手を引き、同じ岩陰へと身を隠す。俺たちは地面に伏せた。

 セレスだけが、逃げることなくその場に踏みとどまり、剣を構えた。


 ドゴォォォォン!!


 洞窟の入り口が内側から弾け飛んだ。

 岩の破片と共に飛び出してきたのは、巨大な泥の塊だった。

 いや、泥をまとった竜だ。


 『マッドドラゴン』。


 その体は傷だらけだった。泥の鎧はあちこちが剥がれ落ち、鱗には剣傷が刻まれ、翼の一部は焦げている。


「逃げてきたのか……」


 俺は岩陰から顔を出して呟いた。

 騎士団の猛攻に耐えきれず、裏口から脱出を図ったのだろう。

 なんという偶然。なんという不運。いや、俺の『天運』が引き寄せた必然か。

 ということは、この出会いには何か意味があるということだ。


 ドラゴンは血走った目で周囲を見回した。

 そして、目の前に立ち塞がるセレスと、岩陰に隠れる俺たちの姿を捉えた。


 グルルルゥ……。


 喉の奥で低い唸り声を上げる。

 騎士団に追われ、手負いになり、逃げ場を求めて飛び出した先に、また人間がいた。

 その事実は、ドラゴンの暴走を引き起こすには十分すぎた。

 八つ当たりだ。弱そうな獲物を見つけ、鬱憤を晴らそうとしているのだ。


「……不愉快ですね」


 隣でカエデが冷ややかな声を漏らした。

 彼女は杖を握りしめ、ドラゴンを睨みつけている。


 ドラゴンが大きく息を吸い込んだ。

 まずい。ブレスだ。


「セレス! 避けろ!」


 俺の叫びと同時に、ドラゴンの口からどす黒い濁流が吐き出された。

 炎ではない。毒素を含んだ、粘り気のある泥のブレスだ。

 セレスは一瞬で判断し、正面から受けるのをやめて横に跳んだ。泥の奔流は彼女がいた場所を通り過ぎ、後方の岩盤に激突して弾け飛んだ。


 バシャァァァッ!


 凄まじい飛沫が散る。それは雨のように降り注ぎ、周囲一帯を汚染していく。

 俺とカエデが隠れている岩にも、泥のしぶきが降りかかってきた。


「うわっ!」


 俺は頭を抱えて身を縮めた。

 運良く、俺の体には泥一滴つかなかった。岩の形状と、風向きが味方したのだ。


 しかし。

 俺の隣からは、何の反応もなかった。悲鳴も、安堵の息も聞こえない。ただ、不自然なほどの静寂だけがある。


 恐る恐る、俺は横を見た。


 カエデが立っていた。

 彼女は、自分の制服のスカートの裾を、両手でつまみ上げていた。

 紺色のプリーツスカート。

 その端に。

 ポツリと、黒い染みが付着していた。


 大きさにして、小指の爪ほど。

 本当に些細な、見過ごしてしまいそうなほどの小さな汚れだ。

 だが、その一点の汚れは、彼女の世界において、許されざる異物なのだろう。


「……」


 カエデの肩が、小刻みに震え始めた。

 周囲の気温が、急激に下がったような錯覚を覚える。

 鳥肌が立った。

 ドラゴンを見た恐怖ではない。もっと本能的にヤバい感じがした。


 カエデがゆっくりと顔を上げた。

 その瞳から、光が消えていた。

 そこにあるのは、絶対零度の殺意と、対象をこの世から抹消すべき「汚物」と断定した、冷徹な意思だけだ。


「……汚れた」


 彼女の口から、鈴を転がすような、しかし氷のように冷たい声がこぼれた。


「私が……この私が、泥などで……」


 彼女の手の中で、白い杖がミシミシと音を立てた。

 魔力が溢れ出し、周囲の空気へと満ちていく。

 それは、以前屋敷を掃除した時の比ではなかった。あの時は「綺麗にしたい」という前向きな感情だったが、今は違う。「許さない」という、破壊的な衝動だ。


「あー、カエデさん?」


 俺はおずおずと声をかけた。


「その、大丈夫か? 洗濯すれば落ちると思うぞ?」


「……洗濯?」


 カエデが俺を見た。

 その目は、俺を認識しているようで、していなかった。


「ええ、そうですね。洗濯が必要です」


 彼女は視線をドラゴンに戻した。

 その怪物は、まだこちらに向かって唸り声を上げ、次の攻撃を仕掛けようとしている。

 泥まみれの醜悪な姿。口から垂れ流される汚水。

 よくよく考えなくても、そのすべてが、カエデの逆鱗に触れている。


「あの薄汚い発生源ごと、この世から洗い流さなければなりませんね」


 カエデが一歩、岩陰から踏み出した。

 風が巻き起こる。

 彼女の黒髪が舞い上がり、制服のスカートがはためく。

 その背中には、目に見えない鬼神の影が重なって見えた。


「セレスさん、レイナさん。下がっていてください」


 カエデが静かに告げた。

 その声は決して大きくないのに、戦場の騒音をかき消して二人の耳に届いたようだった。

 セレスが驚いて振り返り、レイナがビクリと耳を立てる。


「私の服を汚した罪……万死に値します」


 カエデが杖を天に突き上げた。

 上空に、一点の曇りもない青空が広がっている。

 だが、その青空が、急速に色を変え始めた。

 雲が集まっているのではない。

 水だ。

 大気中の水分が、異常な密度で一点に収束しようとしているのだ。


 俺は悟った。

 これはもう、誰にも止められない。

 あのドラゴンは、運が悪かったのだ。

 騎士団に追われたことよりも、裏口から逃げたことよりも。

 世界で一番怒らせてはいけない潔癖症の制服に、泥を跳ねてしまったことが。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ