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クラス転移で追放された俺、最強の『運』で異世界でスローライフを実現する。 ~一緒に追放された潔癖クラス委員長と、拾った美少女たちに囲まれて、今日も寝ているだけで全てを叶えます~  作者: 速水静香
第五章:食卓の革命と、湧き出る黄金の湯

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第二十二話:湧き出る幸運と、湯けむりの向こう側

 翌朝、俺は小鳥のさえずりよりも早く、カエデの声で目を覚ました。

 カーテンの隙間から差し込む朝日はまだ弱々しいが、彼女の声には漲るような活力が満ちていた。


「おはようございます、アタルくん。さあ、起きてください。今日は記念すべき露天風呂の日ですよ」


 俺が重たい瞼を持ち上げると、そこにはすでに着替えを済ませたカエデが立っていた。

 いつもの制服ではない。動きやすさを重視したのだろう、袖をまくり上げ、髪を高い位置で結い上げている。その姿からは、今日という日に対する並々ならぬ気概が感じられた。


「……おはよう。随分と張り切ってるな」


「当然です。私たちの生活水準を劇的に向上させる一大事業なんですから。一分一秒でも早く着手しましょう」


 彼女に急かされ、俺も身支度を整えてリビングへと降りた。

 すでにセレスとレイナも待機しており、二人ともやる気満々の顔つきだ。

 美味しい朝食――昨日の残りの味噌汁とご飯だが、一晩経って味が染みてさらに美味くなっていた――を腹に収め、俺たちはスコップやツルハシといった道具を担いで裏庭へと向かった。


 洋館の裏手には、手つかずの雑木林が広がっている。

 木々の間からは朝の光が差し込み、ひんやりとした清浄な空気が肌に触れる。


「さて、まずは場所決めですね」


 カエデが手帳を広げ、周囲を見回した。


「露天風呂において最も重要なのは、ロケーションです。景色が良く、かつ外からの視線が気にならず、それでいて屋敷から近い。そんな理想的なポイントを見つける必要があります」


「注文が多いな。そんな都合のいい場所、そう簡単に見つかるもんか?」


「だからこそ、貴方の出番なんです」


 カエデは真剣な眼差しで俺を見た。


「アタルくん。貴方の直感で決めてください。『ここだ』と思う場所を」


 無茶振りだ。

 だが、彼女の目は本気だった。彼女は俺の『運』を当てにしているのだ。

 俺は仕方なく、庭を適当に歩き出した。

 雑草が生い茂る地面を踏みしめ、木々の間を進む。

 なんとなく、足の裏から伝わってくる感覚に意識を向けてみる。


 しばらく歩くと、少し開けた場所に出た。

 大きな岩が一つ、ポツンと置かれているだけのスペースだ。

 その岩の周りだけ、なぜか草の背丈が低い。

 それに、なんとなく地面が温かいような気がしないでもない。


「……ここかな」


 俺は何の根拠もなく、その岩の前で立ち止まった。


「ここでいいのか?」


「ああ。なんか、ここが呼んでいる気がする」


 適当なことを言ってみた。

 だが、カエデは疑う様子もなく、大きく頷いた。


「分かりました。では、ここを掘りましょう。レイナさん、お願いします」


「任せてー! ここをドカンとやればいいんだね!」


 レイナが巨大なスコップ――というより、武器なのだろうか?もはや鉄の塊のようなもの――を構えた。

 彼女の獣人としての身体能力は、こういう時に頼りになる。

 レイナは大きく振りかぶると、俺が指差した岩の根元に向かって、勢いよくスコップを突き立てた。


 ドゴォォォォン!!


 凄まじい音がして、土煙が舞い上がった。

 ただ穴を掘るというより、爆破工事のような衝撃だ。

 俺たちが顔を覆って後ずさりする中、土煙の向こうから「あっ!」というレイナの声が聞こえた。


「な、なにか出たー!」


 俺たちが恐る恐る近づいてみると、レイナが掘った穴の底から、白い蒸気が猛烈な勢いで噴き出していた。


 シューーーーーッ!!


 蒸気はあっという間に周囲を白く染め上げ、硫黄のような独特の香りを運んでくる。


「これは……まさか……」


 カエデが目を見開き、震える手でその蒸気に触れた。


「温かい……いえ、熱いくらいです。これ、温泉ですよ!」


「マジかよ」


 俺も穴を覗き込んだ。

 蒸気と共に、透明なお湯がこんこんと湧き出している。

 地面を掘って一発目で温泉を掘り当てるなんて、いくらなんでも出来すぎだ。

 宝くじに当たるよりも低い確率なんじゃないだろうか。


「さすがは主君……! 大地すらも、主君の望みに応えたというのですか!」


 セレスが感極まったように手を合わせている。

 いや、俺はただ「ここかな」って言っただけなんだが。

 すべては俺の意思とは無関係に発動する『天運』のおかげだ。

 俺自身、この強運っぷりには未だに慣れない。


「素晴らしいです。お湯を沸かす手間が省けました。しかも、天然の温泉だなんて……最高の贅沢です」


 カエデのテンションが明らかに上がっている。

 彼女はすぐさま指示を出した。


「計画変更です。この源泉を中心に、岩風呂を作りましょう。セレスさんは周りの石を集めてください。レイナさんはさらに深く掘り進めて、湯船の形を整えて」


「りょーかい!」

「了解いたしました!」


 現場監督カエデの下、建設作業が始まった。

 レイナがその怪力で地面を成形し、大人が五人は余裕で入れるほどの広々とした窪みを作る。

 セレスが森の中から手頃な大きさの岩を運び込み、窪みの縁に並べていく。

 俺は……まあ、飲み物を配ったり、汗を拭いたりする係だ。

 というのは冗談で、俺も一応、邪魔にならない程度に手伝った。


 形が出来上がると、次はカエデの出番だ。

 彼女は杖を構え、並べられた岩に魔法をかける。


『清らかなる水よ、荒き大地を整えよ』


 水流が岩の表面を高速で洗い流していく。

 ゴツゴツとしていた岩肌が、見る見るうちに角が取れ、肌触りの良い滑らかな感触へと変わっていく。

 背中を預けても痛くないように、という彼女のこだわりだ。

 さらに、底面には平らな石を敷き詰め、泥が舞い上がらないように加工を施す。

 この辺りの丁寧な仕事ぶりは、さすが潔癖委員長といったところか。


「仕上げに、目隠しの柵と脱衣所ですね」


 セレスが近くの木を切り出し、手際よく加工していく。

 彼女の剣技は、木材の加工にも応用できるらしい。

 あっという間に、風情のある木の柵と、簡易的だがしっかりとした脱衣スペースが出来上がった。


 作業開始から数時間。

 太陽が真上に来る頃には、そこには立派な露天風呂が完成していた。

 岩で囲まれた湯船には、源泉から引いたお湯がなみなみと注がれ、湯気を立てている。

 水面には青空と木々の緑が映り込み、時折落ち葉がハラリと舞い落ちる。

 秘湯、という言葉がこれほど似合う場所もないだろう。


「……できた」


 俺たちは並んで、その光景を見つめた。

 達成感が胸に広がる。


「文句なしの出来栄えです。これなら、王族の別荘にも引けを取りません」


 カエデが満足げに頷く。


「すごーい! おっきいお風呂だー!」


 レイナが飛び込みそうになるのを、セレスが慌てて止める。


「こら、レイナ。まずは身体を清めてからです」


「えー、早く入りたいよー」


 はしゃぐ二人を見て、俺は苦笑した。

 さて、ここで重要な問題がある。

 誰が一番風呂に入るか、だ。

 普通ならレディファーストで女性陣に譲るべきところだろうが……。


「アタルくん」


 カエデが俺の方を向いた。


「一番風呂は、貴方がどうぞ」


「え? いいのか? カエデたちが入ればいいじゃないか」


「いいえ。この温泉を見つけたのはアタルくんですし、この屋敷の主は貴方です。主に最初に浸かっていただくのが筋というものです」


「そうです、主君。我々はその後で構いません」


 セレスも同意する。

 レイナだけは少し不満そうに頬を膨らませていたが、「美味しいおやつが食べたくはないかしら?」というカエデの囁きにあっさりと陥落した。


「……じゃあ、お言葉に甘えて」


 俺はタオルを片手に、出来たてほやほやの脱衣所へと向かった。

 服を脱ぎ、掛け湯をして、いざ湯船へ。


 足先をお湯に入れた瞬間、じわりとした熱さが伝わってくる。

 熱すぎず、ぬるすぎず、絶妙な湯加減だ。

 俺はゆっくりと身体を沈めた。

 お湯が腰、腹、胸へと上がってき、最後に肩まで浸かる。


「……あぁ~」


 声が出た。

 情けない声だが、止めようがない。

 全身の力が抜け、筋肉の緊張が解けていく。

 重力から解放されたような浮遊感。

 お湯の温かさが、体の芯まで染み込んでいくようだ。


 ふと見上げれば、頭上には澄み渡る青空が広がっている。

 木々の枝葉が揺れ、木漏れ日が水面にキラキラと落ちる。

 風が頬を撫で、鳥の声が耳に届く。

 視覚、聴覚、触覚、そのすべてが「心地よい」という信号を脳に送り続けている。


 これが、スローライフというものか。

 そう考えると、俺は、今、猛烈に幸せだった。


「……ふぅ」


 俺は岩の縁に頭を預け、目を閉じた。

 意識がとろとろと溶けていきそうだ。

 このまま眠ってしまいたい衝動に駆られる。


 しばらくして、柵の向こうからカエデたちの話し声が聞こえてきた。


『アタルくん、湯加減はどうですか?』


「最高だよ。カエデ、本当にありがとう。これを作ろうって言ってくれて」


『ふふ。喜んでもらえて何よりです。……あ、飲み物を用意しておきました。上がったら飲んでくださいね』


「気が利くなぁ」


 至れり尽くせりだ。

 俺はもう少しだけお湯を堪能してから、名残惜しさを感じつつ湯船を出た。

 体がポカポカと温かい。

 肌もスベスベになった気がする。温泉効果だろうか。


 脱衣所を出ると、近くの切り株の上に木のお盆が置かれていた。

 そこには、冷えたガラス瓶に入った飲み物が用意されている。

 薄い黄色をした液体だ。

 一口飲んでみる。


「……うまっ!」


 甘酸っぱい、柑橘系の味だ。

 森で採れた果物を搾り、琥珀蜜で甘みを加えて、カエデの魔法で生成した水で割っている。

 火照った体に、冷たい炭酸が染み渡る。

 風呂上がりの一杯として、これ以上のものはない。


「あ、主君が出てきました!」


 待ち構えていたレイナが駆け寄ってきた。


「どうだった? 気持ちよかった?」


「ああ、最高だったぞ。次はレイナたちの番だ。ゆっくり入っておいで」


「やったー! 一番風呂は譲ったけど、一番長く入るのはボクだもんね!」


 レイナは服を脱ぎ捨てそうな勢いで脱衣所へ突撃していった。

 セレスとカエデも、タオルを持って後に続く。


「では、私たちも頂いてきますね。……覗かないでくださいよ?」


 カエデがいたずらっぽく笑って言った。


「覗くかよ。信用ないなぁ」


「ふふ、冗談です。ごゆっくりお寛ぎください」


 三人が柵の向こうへ消えると、すぐに賑やかな声が聞こえてきた。


『きゃー! すごーい! あったかーい!』

『こら、レイナ! 飛び込まないで! お湯が溢れます!』

『ふぅ……これは素晴らしいですね。剣の疲れが癒やされます』

『カエデも早く入りなよー! 肌がつるつるになるよ!』


 楽しそうな笑い声が、青空に吸い込まれていく。

 俺は切り株に座り、冷たいジュースを飲みながら、その声をBGMにしてくつろいだ。

 平和だ。

 この上なく平和で、満ち足りた時間だ。


 ふと、視線を感じて森の方を見た。

 木々の影から、小さな動物たちがこちらを窺っている。

 リスのような、ウサギのような、不思議な生き物たちだ。

 彼らもまた、この穏やかな空気に惹かれてやってきたのかもしれない。


「あはは、悪いな。今、あいつらが入ってるからな」


 俺は小さく呟いて、グラスを掲げた。

 動物たちは驚いたようにぴょんと跳ねて、森の奥へと帰っていった。



 時間は夕暮れになりつつあった。

 世界は朱色になりつつある中、ようやく三人が上がってきた。

 全員、顔がほんのりと桜色に染まり、肌がつやつやと輝いている。


「ふあ~、極楽だったよ~」


 レイナがふにゃふにゃとした足取りで歩いてくる。

 骨抜きにされたようだ。


「このロテンブロという文化、これまでにない、素晴らしい体験でした。」


 セレスも満足げだ。


「いいお湯でした。お肌の調子も良さそうですし、これは毎日入るのが楽しみになりますね」


 カエデが自分の頬に手を当てて嬉しそうにしている。

 彼女の提案は大成功だったようだ。


「さて、お風呂の後はご飯ですね。今日はさっぱりとしたものが食べたい気分です」


「そうだな。昨日の残りの漬物と、冷たい麺料理なんてどうだ?」


「いいですね。地下倉庫に小麦粉がありましたから、手打ちうどんでも作ってみましょうか」


 カエデの提案に、全員が賛同した。

 風呂上がりに冷たいうどん。

 想像しただけで喉が鳴る。


 俺たちは洋館へと戻った。

 心地よい疲労感と、充実感を持って。

 リビングに入ると、窓から夕日が差し込み、部屋を黄金色に染めていた。

 いつもの風景だが、今日は一段と輝いて見える。


「アタルくん、小麦粉を取ってもらえますか?」


「あいよ」


「主君、私は薬味の準備をします」


「ボクは食べる係ー!」


「レイナはテーブルを拭いてください」


 賑やかなキッチンで、夕食の準備が始まる。

 包丁がまな板を叩く音、お湯が沸く音、誰かの笑い声。

 それらが重なり合い、温かい日常としての音楽を奏でている。


 俺は粉まみれになった手を洗いながら、ふと思った。

 この生活を守るためなら、俺は何だってできる気がする。

 たとえ、世界を救うことになったとしても、それがこの「スローライフ」の延長線上にあるなら、悪くないかもしれない。

 まあ、基本的には寝ていたいけれど。


「できましたよ! 特製冷やしうどんです!」


 カエデの声で、俺の思考は中断された。

 テーブルには、ツヤツヤと輝く白い麺と、冷たいつゆ、そして色とりどりの薬味が並んでいる。

 難しいことは後回しだ。

 今は、この美味しい食事と、仲間との時間を楽しもう。


「いただきます!」


 俺たちの声が重なり、楽しい夕食が始まった。


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