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クラス転移で追放された俺、最強の『運』で異世界でスローライフを実現する。 ~一緒に追放された潔癖クラス委員長と、拾った美少女たちに囲まれて、今日も寝ているだけで全てを叶えます~  作者: 速水静香
第五章:食卓の革命と、湧き出る黄金の湯

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第二十話:森の暴君と、琥珀色の甘味調味料

 巨大な熊がいた。

 それも、森の主とも言える巨大な熊が、低く唸り声を上げているのだ。


 目の前には、黒い毛皮に覆われた巨体。


 そいつを中心に、湿地帯の空気が、ピリリと張り詰める。

 その殺気は、周囲の温度を数度下げたかのように冷ややかで、鋭い。


「主君、お下がりください!」


 セレスが瞬時に俺の前に立ち、剣を抜いた。

 カエデも杖を構え、レイナは素早く俺の後ろに隠れる。


 熊がこちらを睨みつけた。

 自分の縄張りを荒らされた怒りが、その全身から立ち昇っている。

 どうやら、この魔大豆はこの熊のお気に入りの餌場だったらしい。


 グオオオオオオオッ!!


 周囲を揺らす咆哮と共に、熊が動いた。

 ドシッ! ドシッ!

 巨体に似合わぬ爆発的な速度だ。黒い砲弾と化した獣が、泥を跳ね上げながら一直線に突っ込んでくる。

 その迫力は、風圧となって肌を叩くほど凄まじい。


 セレスが剣を構え直し、迎撃のために一歩踏み込む。

 衝突まで数秒もない。

 俺はポケットに手を突っ込んだまま、迫り来る暴力をただ見据えた。

 戦えば勝てるだろう。だが、今はもっと穏便に終わらせたい。

 俺がそう願い、ふと視線をさまよわせた、その時だった。


 メキメキッ……バキィッ!!


 頭上で、何かがへし折れる重い音が響いた。

 熊が反応し、走る足を止めて上を見上げる。

 セレスもまた、剣を止めて空を仰いだ。

 鬱蒼とした枝葉の隙間から、とてつもなく巨大な球体が降ってきた。


 ヒュオオオオオオッ……。


 それは、直径二メートルはあろうかという巨大な蜂の巣だった。

 表面の無数の穴から不穏な羽音を漏らすその塊は、まるで狙い澄ましたかのように、茫然としている熊の脳天へと吸い込まれていく。


 ズドォォォォォォォォン!!


 轟音が響き、熊の頭上で蜂の巣が粉々に砕け散った。

 中から溢れ出したのは、大量の蜜と、そして――自分たちの家を破壊されたことに激怒する、無数の蜂の大群だった。


 ブウウウウウウウウン!!


 黒い雲のように舞い上がった蜂たちは、眼下にいる巨獣を元凶と断定し、一斉に襲い掛かった。


 グオッ!? グオオオオオッ!!


 熊が悲鳴を上げる。

 鋼鉄のような毛皮も、目や鼻といった急所を狙う毒針の前では無力だ。熊は顔面を前足で覆い、めちゃくちゃに暴れ回ったが、蜂の軍勢は容赦なく針を突き立てる。


 キャイン! クゥ~ン!


 数秒前までの威厳はどこへやら。熊は犬のような情けない声を上げると、尻尾を巻いて脱兎のごとく逃げ出した。

 後ろから黒い雲のような蜂の群れに追いかけられながら、森の奥へと姿を消していく。

 ドサドサと木々をなぎ倒す音が遠ざかり、やがて辺りには静寂だけが残された。


「…………」


 セレスは剣を構えたまま、ポカンと口を開けていた。

 カエデも杖を持った手が止まっている。

 レイナに至っては、「わぁ……」と感心したような声を漏らすだけだ。


「……行っちゃったな」


 俺は何食わぬ顔で言った。

 努力も根性もいらない。ただそこに立っているだけで、障害は勝手に排除されていく。

 今回もまた、俺の『天運』が、俺たちを守ってくれたのだ。


「それにしても、すごい光景でしたね」


 カエデが冷静さを取り戻し、地面に散らばった蜂の巣の残骸に近づいていく。


「蜂たちも、巣を壊されて災難でしたが……おかげで助かりました」


「あ! 見て見て!」


 レイナが何かに気づき、残骸の一部を指差した。


「なんか、キラキラしたのが出てるよ!」


 彼女が指差した先には、砕けた巣の破片から溢れ出た液体があった。

 それは、木漏れ日を反射して黄金色に輝いている。

 ドロリとした粘り気があり、辺り一面に甘く濃厚な香りがしてきた。


「これは……蜂蜜、でしょうか?」


 セレスが小首を傾げる。

 俺も近づいて見てみた。

 確かに蜂蜜のようだが、普通のものとは少し違う気がする。

 色が濃い。琥珀を溶かしたような、深みのある茶褐色をしているのだ。

 そして、香りだ。ただ甘いだけじゃない。どこか発酵したような、芳醇で複雑な香り。


「ペロッ……ん!」


 俺が観察している間に、レイナが指ですくって舐めていた。

 野生児の彼女に躊躇という言葉はないらしい。


「甘い! すっごく甘い! でも、なんかいつもの蜂蜜と違うよ!」


「違う? どう違うんだ?」


「うーんとね、喉が熱くなる感じ? あと、お酒みたいにいい匂いがする!」


 お酒みたい、という言葉にカエデが反応した。


「……なるほど。これは興味深いです」


 カエデが真剣な眼差しで呟く。


「レイナさんの言う通りです。これは通常の蜂蜜ではありません。おそらく、この蜂たちは樹液を集めていたのでしょう。この森に自生する、古木の樹液を」


「樹液?」


「はい。その樹液が蜂の体内で反応し、さらに巣の中で長い時間をかけて熟成された結果、発酵して、お酒のようになっているのかもしれません」


 カエデは指先にその液体を少量取り、舌の上に乗せた。

 彼女は目を閉じ、じっくりとその味を確かめる。


「……強い甘みの中に、しっかりとしたコクと旨味があります。そして、微かなアルコールのような味。もはやこれは、ただの甘味料ではありません」


 カエデが目を開き、俺を見た。その瞳には、確信の色が浮かんでいた。


「アタルくん。これは、私たちの知っている『味醂』ですよ」


「味醂だって!?」


 俺は思わず声を上げた。

 味醂。

 それは、和食において醤油や味噌と並んで重要な調味料だ。

 煮物に照りとツヤを出し、上品な甘みを加え、素材の臭みを消す。

 砂糖だけでは出せない、あの奥行きのある甘さは、味醂があってこそ生まれるものだ。


「間違いないのか?」


「はい。この森の古い文献に『幻の琥珀蜜』という記述がありましたが、おそらくこれのことでしょう。東方の国では、これを高級な調味料として、あるいは滋養強壮の薬酒として珍重していたそうです」


 俺は、その琥珀色の液体を見つめた。

 なんという幸運だろう。

 熊が襲ってきたこと、蜂の巣が落ちてきたこと、それら全てが、この『琥珀蜜』を俺たちに届けるための必然だったとさえ思えてくる。


「すごいぞ、カエデ。これで……これでついに……!」


「ええ。揃いましたね」


 カエデもまた、興奮を隠しきれない様子で頷く。


「魔大豆から作る味噌と醤油。そして、この琥珀蜜。この三つがあれば、私たちの理想としていた『あの味』を、再現できます」


 俺たちの脳裏には、同じ光景が浮かんでいたはずだ。

 豚の角煮、肉じゃが、照り焼き、煮魚。

 それらの料理が、この異世界で現実のものとなるのだ。


「レイナ、手伝ってくれ! この蜜をかき集めるんだ!」


「はーい! これ、舐めてもいい?」


「つまみ食いは程々にな。家に帰れば、これを使ったもっと美味い料理が待ってるぞ」


「ほんと!? じゃあ我慢して集める!」


 俺たちは空になった容器を総動員して、砕けた巣から溢れ出る琥珀蜜を回収した。

 もちろん、本来の目的である『魔大豆』の収穫も忘れてはいない。

 熊が逃げていったおかげで、周囲に脅威はない。悠々と、ピクニック気分で黒い鞘を摘み取っていく。


 セレスも、最初は呆気に取られていたが、今は嬉々として作業を手伝ってくれている。

 彼女にとっても、主君である俺が喜んでいる姿を見るのは嬉しいことなのだろう。


「これだけあれば、当分は調味料に困りませんね」


 カエデが満タンになった瓶を掲げ、満足げに微笑んでいた。


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