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第十六話:飛来する高級食材と餌付け

 俺はため息をついた。

 凶悪な盗賊団かと思ったら、腹を空かせた家なき子だったとは。

 これも俺の『天運』が引き寄せた出会いなのだろうか。

 だとしたら、随分と手のかかりそうな拾い物をしたもんだ。


「カエデ。とりあえず、その胡椒をなんとかしてやってくれ」

「……はぁ。泥棒に情けをかけるのですか?」

「話を聞くにも、その状態じゃ無理だろ」


 カエデは渋々といった様子で杖を振った。

 ふわりと水が舞い、少女の顔を優しく洗う。

 胡椒が洗い流され、少女がようやく目を開けた。

 その瞳は、綺麗な琥珀色をしていた。

 野生動物のような、それでいて好奇心を含んだ瞳。


 俺と目が合うと、彼女はまた小さく震えたが、すぐに鼻をクンクンと動かした。

 その視線は俺ではなく、床に落ちたローストチキンの方に向けられていた。

 残念なことに、さきほどの騒動でテーブルクロスごと滑り落ちたチキンは、胡椒まみれになった挙句、カエデの洗浄水でびしょ濡れになってしまっている。


「……それ、もう食べられない?」


 少女が悲しそうに耳を垂らして聞いた。

 さすがに、これを食わせるのは忍びない。


「腹、減ってるんだろ?」

「……うん。三日、なにも食べてないんだぁ」

「分かった。何か食わせてやる。カエデ、何か残ってるか?」


 俺が振り返ると、カエデは首を横に振った。


「ありません。この泥棒さんが昨日の夜に自家製ハムを食べ尽くしてしまいましたから。残っているのは野菜と、硬い保存用のパンくらいです」

「パンじゃダメか?」

「獣人は肉食です。特に成長期の子に、あの石のようなパンを与えるのは虐待に近いかと」


 困った。

 俺たちの手持ちの食材は、昨夜の被害で底をつきかけていたのだ。

 少女の腹の虫は、相変わらず盛大に鳴り響いている。

 このままでは、彼女の空腹を満たすことはできない。


「……お肉ぅ……」


 少女がうわ言のように呟く。

 その目は、すでに俺の腕を肉塊として見始めているような気がして、背筋が寒くなった。


「仕方ない。何か調達してくるか」


 俺は立ち上がった。


「調達って、今からですか? こんな真夜中に?」

「ああ。俺の『勘』が、庭に出ろって言ってるんだ」


 俺は窓を開け、テラスへと出た。

 夜風が冷たい。

 カエデとセレス、そしてよろよろとした足取りの少女もついてくる。

 空を見上げると、満天の星空が広がっていた。


「……何もいませんね」


 セレスが周囲を警戒しながら言う。


「いや、来るぞ」


 俺は夜空の彼方を指差した。

 俺の運が告げている。

 向こうから、とびきりのご馳走がやってくると。


 キィーッ!


 鋭い鳴き声が夜空を裂いた。

 見上げると、月を背にして、巨大な鳥の群れが北から南へと渡っていくのが見えた。

 渡り鳥だ。

 だが、ただの鳥ではない。

 一羽一羽が鷲よりも大きく、羽毛が月光を受けて虹色に輝いている。


「あれは……『幻の怪鳥』!」


 セレスが驚きの声を上げた。


「高高度を飛び、滅多に地上には降りてこない希少種です! その肉は王侯貴族も垂涎の的とされる、極上の美味だとか!」

「へえ、美味いのか」

「ですが、あんな高いところを飛んでいては、弓も魔法も届きません!」


 確かに、豆粒のような高さだ。

 普通なら指をくわえて見送るしかない。

 だが、俺には関係ない。

 俺が「食いたい」と思ったなら、世界はそれに応えるはずだ。


 ヒュオオオオッ!


 唐突に、上空で乱気流が発生した。

 季節外れの突風だ。

 しかも、それは下向きの強烈なダウンバーストとなって、鳥の群れを直撃した。


 キィッ!? キィーッ!


 悲鳴のような鳴き声が響く。

 不意の突風に煽られた鳥たちは、バランスを崩してきりもみ回転を始めた。

 一羽、また一羽と、制御を失って落下してくる。

 その落下地点は、あつらえたように俺たちの目の前、屋敷の庭だった。


 ドサッ! ドサドサッ!


 鈍い音を立てて、数羽の怪鳥が庭の芝生の上に墜落した。

 あまりの衝撃に、鳥たちは目を回して気絶している。

 空からの贈り物、デリバリー完了だ。


「……落ちてきましたね」


 カエデが冷静に事実を確認する。


「ああ。運が良かったな」

「都合が良すぎます。……まあ、食材が手に入ったのなら文句はありませんが」


 カエデは倒れている鳥の一羽に近づき、杖でつついて確認した。


「丸々と太っています。これなら、あの腹ぺこのお嬢さんを満たすには十分でしょう」

「うわぁ……! でっかい鳥だぁ……!」


 少女が目を輝かせて鳥に飛びつこうとする。

 俺はそれを手で制した。


「待て。生で食う気か?」

「……ダメぇ?」

「せっかくの高級食材だ。一番美味い状態で食わせてやる」


 俺はカエデに視線を送った。

 彼女はため息をつきつつも、その表情は料理人のものに変わっていた。


「分かりました。私の腕にかけて、最高の料理に仕上げてみせます。泥棒さんへの最後の晩餐になるかもしれませんが」

「縁起でもないこと言うなよ」


 俺たちは気絶した鳥を回収し、キッチンへと戻った。

 セレスが手際よく羽をむしり、俺がナイフで解体し、カエデが魔法で下処理をする。

 見事な連携プレーだ。

 少女はその光景を、椅子に座ってじっと見つめていた。

 その目は、尻尾を振って餌を待つ犬のようにキラキラと輝いている。


 じゅわぁぁ……。


 フライパンの上で、肉が焼ける音が響く。

 香ばしい脂の匂いが立ち込め、キッチンの空気を満たしていく。

 カエデ特製のハーブと、市場で買ったスパイスで味付けされた、怪鳥のステーキ。

 表面はカリッと、中はジューシーに。

 溢れ出る肉汁が、食欲を刺激する。


「……できたぞ」


 俺が大皿に盛られた肉をテーブルに置いた。

 少女の喉がゴクリと鳴る音が聞こえた。


「いただきまーす!」

「お、おお…」


 俺が戸惑うような声を無視して、少女は肉にかぶりついた。


「んー!おいしい」


 そんなことをいいながら、少女が肉にかぶりつく様は、まさに野生そのものだった。

 ナイフやフォークなど使う余裕もないらしく、両手で肉を掴み、骨まで砕きそうな勢いで噛みちぎり、飲み込んでいく。

 よほど空腹だったのだろう。

 見ていて気持ちがいいくらいの食べっぷりだ。


 カエデは少し引いていたが、それでもコップに水を汲んで渡してやっていた。

 やはり根は優しいのだ、この委員長様は。


「ぷはぁっ!」


 一息で水を飲み干し、少女は大きく息を吐いた。

 ようやく落ち着いたらしい。

 彼女は口の周りを手の甲で乱暴に拭うと、俺たちを順に見回した。

 警戒心は消え失せ、すっかり満腹で幸せそうな顔をしている。


「……生き返ったぁ~! もうダメかと思ったよぉ」


 少女はニコニコしながら言った。

 口調も軽やかだ。見た目通りの野生児らしい明るさが戻ってきたようだ。


「礼には及ばないさ。で、あんたは誰だ? どこから入った?」

「ボクはレイナ! 見ての通り、狼の獣人だよっ!」


 レイナ、と名乗った少女は、頭の上の耳をピコピコと動かした。


「森で狩りしてたんだけどさー、最近獲物が全然いなくって。三日くらい絶食状態でヘロヘロだったんだよね。そしたら、なんかスッゴイいい匂いがしてきて……気づいたら、ここにいたってわけ!」


 匂いに釣られてフラフラと。

 まるで虫だな。

 まあ、カエデの料理は確かに美味いし、換気扇から漏れる匂いは森の獣たちにとっては拷問に近い誘惑だったのかもしれない。


「入り口は? 鍵はかけてたはずだけど」

「二階の窓。少し隙間があったから、そこから爪でこじ開けたんだー」


 カエデが「ああっ!」と声を上げた。

 彼女が閉めたはずの窓に、傷をつけられたことがショックらしい。

 それにしても、二階まで壁を登ったのか。

 この細い体で、驚異的な身体能力だ。


「それに、気配を消すのは得意なんだよ? 獲物に近づく時は、息もしないし、音も立てないしね! ……まさか、椅子が倒れてくるなんて思わなかったけどー」


 レイナは恨めしそうに、転がっている椅子を見た。

 あれは俺の『運』による不可抗力だ。諦めてくれ。


「なるほど。つまり、腹が減って盗みに入ったと」

「盗みじゃないってば! ……あ、やっぱ盗みか。ごめーん、テヘ」


 レイナは素直に謝った。

 耳がぺしょんと垂れる。

 どうやら、悪いことをしたという自覚はあるらしいが、反省の色は薄い。


「謝って済むなら警察はいらないのです」


 カエデが冷たく言い放つ。


「貴女は不法侵入と窃盗の現行犯です。それに、私の管理する食材を食い荒らした罪は重いですよ」

「ううっ……。でもぉ、ボクお金なんて持ってないしぃ……体で払うにも、こんなガリガリだし……」


 レイナが自分のみすぼらしい体を抱きしめる。

 確かに、売れるような労働力には見えない。

 だが、俺はふと思った。

 彼女の「気配を消す」能力と、「壁を登る」身体能力。

 そして、森で生き抜いてきたサバイバル知識。

 これらは、俺たちに欠けているものではないか?


 俺たちは前衛――セレス、後衛――カエデと、運――俺を持っている。

 だが、索敵や隠密行動ができるメンバーがいない。

 森で素材を探す時も、俺の運任せで歩き回るしかなかった。

 もし彼女のような、鼻が利いて機動力のある仲間がいれば、効率は劇的に上がるはずだ。


「なあ、レイナ。あんた、鼻は利くか?」

「当たり前でしょー! 狼をなめないでよぉ。数キロ先の獲物の匂いだってバッチリ嗅ぎ分けられるんだから!」

「森の地理には詳しいか?」

「ここで生まれ育ったんだもん。庭みたいなもんだよ!」


 決まりだ。

 俺はニヤリと笑った。

 カエデも俺の意図を察したのか、少し考え込むような顔をした後、小さく頷いた。


「……なるほど。利用価値はありそうですね」

「だろ? ちょうど探していたピースが埋まった気がする」


 俺はレイナに向き直った。


「レイナ。取引をしないか?」

「取引ぃ……?」

「あんたを衛兵に突き出すのはやめてやる。その代わり、俺たちの仕事を手伝え」

「お仕事?」

「森での素材集めや、周辺の調査だ。あんたの鼻と足が必要なんだ」


 レイナはきょとんとしていたが、すぐに疑わしそうな目を向けた。


「それだけでいいの? ご飯は……食べさせてくれる?」

「ああ。仕事をするなら、飯も寝床も保証する。毎日、今日みたいな美味い飯が食えるぞ」


 美味い飯。

 その言葉を聞いた瞬間、レイナの瞳が輝いた。

 垂れていた耳がピンと立ち、尻尾が千切れんばかりに振られる。


「やるやるー! やらせてよぉ! なんでもするし! 番犬でもなんでもなるからさ、またあの美味しいお肉食べさせてっ!」


 チョロい。

 あまりにもチョロすぎる。

 まあ、空腹は最大のスパイスであり、最強の交渉材料ということか。


「よし、商談成立だな」


 俺は手を差し出した。

 レイナは泥だらけの手で、俺の手をぎゅっと握り返してきた。

 カエデが「ああっ、また汚い手で!」と悲鳴を上げたが、まあ、あとで洗えばいい。


 こうして、深夜の捕物帳は、意外な新メンバーの加入という形で幕を閉じた。

 運良く手に入れた屋敷に、運良く集まってくる仲間たち。

 俺の『天運招来』は、本当に俺に必要なものを、向こうから勝手に運んできてくれるらしい。


 俺はレイナの汚れた頭を、適当に撫でてやった。


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